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業界動向 2022.06.14

原点は“クリエイターに還元できるプラットフォームづくり”。渦中の「The Sandbox」創業者インタビュー

「メタバース」が様々な盛り上がりを見せる中で、ソフトバンクのビジョンファンドなどから大型の資金調達を行うほか、サービス内の土地が数億円で取引されるなど、大きな注目を集めているプラットフォームがある。The Sandbox(ザ・サンドボックス)だ。

パッと見たところ、全世界で数億人が遊ぶゲーム「マインクラフト」を彷彿とさせる、いわゆるボクセル調のアートスタイルが目につく。一見しては「よくあるマイクラフォロワー」と思われがちなThe Sandboxが注目を集めているのは、ゲーム内に経済圏を生み出すことを前提としているがゆえである。独自トークンである「$SAND」を介して、クリエイターが作った様々なアバターやアイテムなどを取引でき、その取引対象にはゲーム内の土地である「LAND」も含まれる。いわゆる「Play to Earn(P2E)」も内包し、ゲームプレイをしながら換金可能なゲーム内通貨が稼げるシステムを作り上げているのだ。

日本でも暗号通貨の大手取引所、コインチェックがSANDの取り扱いを開始。同コインチェックのNFTマーケット「Coincheck NFT」ではLANDの販売が行われるなど、環境が整いつつある。

今回Mogura VR Newsは、The Sandboxの共同創業者でCOOを務めるセバスチャン・ボルジェ(Sebastien Borget)氏にインタビューを行った。彼の言葉を引用しながら、謎に包まれたThe Sandboxの実像に迫りたい。

原点は“作れる”ゲーム

The Sandboxは「NFTゲーム」等とも呼ばれるが、ボルジェ氏らはそもそもブロックチェーンや暗号資産分野の起業家ではない。彼らはゲーム開発スタジオであり、UGCプラットフォームを作ろうとしているチームだ。

そして、The Sandboxの歴史は長い。ボルジェ氏らが同名のゲーム(旧「The Sandbox」)をモバイル向けにリリースしたのは、実に10年前、2012年のことだ。彼らは「作ること」に関心があり、「これだけ普及したスマートフォンのタッチスクリーンを使えば、誰でもクリエイターになれるのではないだろうか?」という発想で旧The Sandboxを開発していたのである。

当時はブロックチェーンの仕組みは一切なく、シンプルに「ユーザーがゲームやワールド(空間)を作って共有して遊べるゲーム」として展開していた。完全に2Dのインターフェースで構成されており、アートスタイルも現在のものとはまったくと言っていいほど異なる。リリースした2012年には、Appleが選ぶベストゲームにも選出。最盛期には「4000万以上ダウンロードされ、ユーザーが作った世界の数は7,000万を超えた」(ボルジェ氏)という。


(2012年9月のThe Sandbox。オフィシャルの動画より引用。今のThe Sandboxとはまったく違うシステムだ)

しかし、そこで彼らが直面したのは「トップクリエイターたちが、The Sandboxから離れていってしまう」という現象だった。「何時間・何日もかけてコンテンツを作っているクリエイターの関心を、評判などの社会的名声以外でも惹きつけたい」という問題意識から、クリエイターが収益をあげることのできる仕組みを模索し始める。ちょうどNFTゲームの端緒のひとつ「CryptoKitties」が話題となった時期であり、ボルジェ氏は「これだ、と思った」そうだ。NFTの仕組みをUGCに組み込むことで、ユーザーが作ったものに所有の概念を発生させ、取引ができるようにすることで、ゲームの世界に経済圏を組み込んだのだ。

その後2018年、その「CryptoKitties」を世に送り出し、今では世界有数のブロックチェーン企業となった香港のAnimoca BrandsによりThe Sandboxチームが買収される。UGCのゲームに経済という血を通わせるための開発がスタートした。こうして2Dのピクセルは3Dのボクセルになり、モバイルゲームはPCゲームとなったのである。

拡大する構想と本リリースまでの道のり

The Sandboxはまだリリースされていない。これまでプレイできたのは2021年11月のアルファ版シーズン1、2022年3月のアルファ版シーズン2だ。それぞれアクセス可能だったのは1ヶ月間。今後、アルファ版シーズン3を経て、2022年中には本リリースを予定している。

ボルジェ氏によれば、2つのシーズンを経てThe Sandboxは急激に成長した。アカウントに相当するウォレットを保有するユーザー数は2022年1月時点では50万ユーザーで年500%成長を記録。2022年5月には300万ユーザーに拡大している。肝心のプレイヤーに関しても、シーズン1で3万人だった月間アクティブユーザー数はシーズン2では35万人を超えた。18種類だったエクスペリエンスの数は35以上に増え、スヌープ・ドッグなどのアーティストとコラボしたエクスペリエンスなど、ゲーム以外の様々な分野とのクロスオーバーが増えたという。

シーズン2を総括するツイートで、ボルジェ氏はThe Sandboxについていくつかの数値を明らかにしている。特に筆者の目を引いたのは、ユーザーの平均プレイ時間だ——3時間という数字は1つのゲームを1ヶ月間にプレイした時間としては、まだ少ないように思う。特にオンラインで接続するタイプのゲームでは、プレイ時間は伸びやすいのだからなおさらだ。

このプレイ時間については、ボルジェ氏も「まだ始まりにすぎない」と、満足していない様子だった。「私たちが実現したいのは、もっと常時接続するメタバースだ。これからさらに多様な体験ができる、ユーザーが飽きないプラットフォームを目指している」と語る。「私たちが作りたいのは、人に会い、楽しみ、発見することができる、夜も眠らない場所を作りたい。美術館やギャラリーを訪れることも、コンサートやバーチャルコンサートを楽しんだり、ゲームをしたり、いろいろなことができて、そこに地球上のどこからでもアクセスできる世界だ」

(The Sandboxでエクスペリエンスを作る機能「Game Maker」でバーチャルコンサートを作っている様子)

問われる“メタバースの土地”の価値と意味

ボルジェ氏らはゲームを切り口に「UGCと経済圏を組み合わせたメタバース」へのビジョンを掲げ、取引のできるゲームを作ろうとしている。一方で、どうしても気になるのが昨今の通貨であるSAND、そして「ゲーム内の土地」であるLANDを巡る投機的な動きだ。SANDの価格は2022年10月23日、Meta(旧Facebook)の社名変更の直後に急騰。0.7ドル前後から最高値は7ドル近くへ上がったが、現在は1ドル前後に落ち着いている。


(SANDの対USDでの価格変動。coinbaseより引用)

LANDに関しても、日本円にして1億円以上で購入する企業が現れるなど、バブルなのではないかと思われる動きが相次いだ。LANDを“所有”すると、「その上にエクスペリエンスを展開し、世界中のユーザーに公開することができ、収益化もできる。他のクリエイターに貸すこともできる」(ボルジェ氏)だと言う。

ボルジェ氏が語る内容は、まるで「現実に土地を購入してできること」のようだ。しかし、まだユーザー数が数十万人しかいないプラットフォームのバーチャルな土地を、企業はなぜそんな価格で購入するのだろうか?

The Sandboxでは、LANDの数を有限個に制限している。LANDの数は166,464個で、決してそれ以上増えることはないという。「エクスペリエンスの数が無限である必要はないと考えている。全てを探索するだけで一生かかってしまうほどの量がほしいわけではなく、ユーザーが経験するのに十分な量を提供したい。」(ボルジェ氏)。そして、LANDはThe Sandboxの中に“配置”されており、ユーザーにより発見されやすい場所と発見されにくい場所が生まれる。「いまや現実世界で一等地を確保するのは大変なことだ。メタバースでは、例えば渋谷109の隣に何かを展開できる可能性がある」とボルジェ氏は語る。

この限定性と位置関係が土地に「レアリティ」を発生させ、価値を生み出している。SANDやLANDを購入する投資家としては、The Sandboxがメタバースプラットフォームとして、かつてのモバイル版のように現在の数十倍、さらに数百倍のユーザーを獲得することを織り込んでいるのだろう。


(The Sandboxのマップ。企業が広く保有する大区画は面積が大きく表示されている)

LANDの高騰やSANDの乱高下にはバブル的な動きがあるように思えるし、実際に投機筋の購入もあるだろう。投機的な動きに関して、ボルジェ氏は「新しい技術には混乱がつきもの。いま我々はその渦中にある」と語る。「The Sandboxはデジタル国家のようなものだ。プレイヤーはもちろん、アーティスト、クリエイター、オーナー、そして潜在的にはお金を出して経済を発展させクリエイターを支援する投資家など、あらゆるタイプのユーザーが集まることになる。そしてそれらのユーザーの割合にはバランスが存在する。健全な分布にならずに、特定のユーザーグループだけが多数派になるとリスクが高くなってしまう」と続けた。

そして、ボルジェ氏は「心に留めておいてもらいたいのは、私たちがトークンやNFTを導入してまだ2年しか経っていないこと。私たちはユーザーのコミュニティを作りながら、より良いコンテンツを作ろうとしている」と語った。「短期的なマネーゲームではなく、より大きいビジョンを実現するものを一緒に作りたいという人たちもいる」のだと。

ボルジェ氏の根底にあるのは、UGCプラットフォームにおけるクリエイターへの還元だ。「人間がゲームの世界で時間を過ごすようになって25年が経った。ゲームの世界により没入できるようになり、バーチャルなアイテムを購入できるようにはなったが、実際は買っているのではなく“借りている状態”だ。そしてクリエイターが作ったものは、古いプラットフォームでは集中管理されているがゆえにクリエイターのものであるとは言えず、わずかな収入しか得られない。技術の力でこうした状況を一変できると信じている」(ボルジェ氏)

日本での展開はどうなるのか?

彼らのチームは急激に拡大している。香港に拠点を置く彼らのチームはすでにグローバルでは300名以上のメンバーがいるとのこと。「世界中どこからでもアクセスできるように」との言葉の通り、各国への展開も加速している。

日本にもすでにチームがあり、日本企業との提携も始まっている。2022年3月には商業施設を展開する渋谷109と提携。アバターやファッションアイテムを販売するなどの取組がスタートし、今後はアーティストやキャラクター等とのコラボレーションによるイベントやミニゲームの実施などを予定している。他にも、スクウェア・エニックス(ゲーム)やエイベックス(音楽)など各業界との提携が進んでいる。


(渋谷109との提携発表時に公開されたThe Sandbox上の渋谷109。アルファ版シーズン2では実際に入ることができた)

米国やAnimoca Brandsが拠点を置く香港やNFT・Web3への取組が盛んなシンガポールなどに加えて日本での展開をいち早く進めている。その理由をボルジェ氏に訊いたところ、次のような答えが返ってきた。「日本は技術が進んでいるだけでなく、ゲーム、マンガ、アニメ、音楽など、世界の文化をリードする文化がある。それを世界に繋げたい」。日本ではまだPlay to Earnの仕組みが法的な規制もあり適用できないなど、いわゆる「茨の道」だが、日本での展開には意欲的だ。

ブロックチェーンをベースにしたメタバースという“仮説”

前述のように、The Sandboxは、ブロックチェーンの仕組みを活用した、いわゆるWeb3の考えに立脚したプラットフォームを志向している。2021年末から巻き起こったメタバースのトレンドについても、「技術面で魅力に感じているユーザーだけでなく、誰でもアクセスできるようにするのが我々の役割だ」とコンテンツを重視した立場をとっている。

今後はより多様なエクスペリエンスを提供できるように、ゲームを作るツールである「Game Maker」をアップデートしていく予定だという。「ユーザーを飽きさせない」という言葉があったように、それぞれのエクスペリエンスにさらに深みを持たせながら、さらに数を増やしていく見通しだ。

そして、ブロックチェーンを採用したメタバースであるがゆえに気になるのが、メタバースの要素としてしばしば挙げられる「相互運用性(インターオペラビリティ)」への取組だ。相互運用性とは、メタバースが普及した場合に、多様なプレイヤーが運営する膨大なメタバースプラットフォームの間で、所有物やアバターなどを“持ち運べるようにする”こと。現時点では個々のプラットフォームで閉じていることも多いが、経済圏を内包するメタバースが増えるほど、ニーズが高まっていくと予想されている。特にウォレットを介して複数のサービスを横串で連動できるブロックチェーン系のメタバースでは強く意識されているようだ。

「ユーザーが複数のプラットフォームにログインする際に、アバターやアイデンティティを自由に移動させるために、相互運用性は重要だと考えている」とボルジェ氏も語る。The Sandboxは、実際に2022年4月にブロックチェーンを組み込んだ位置情報ゲーム「FlickPlay」と提携し、すでに相互運用性への一歩を踏み出している。

経済圏を作るためにトークンを作り、ストアを整備し、土地を有限個に設定し、トークンと土地を売り出す……。今回ボルジェ氏の話を聞いていて印象的だったのは、彼らはこれまでのゲーム運営で直面した課題から新たな仮説をもとにシステムを志向し、新たな世界づくりに挑戦している、ということだ。現在、The Sandboxを巡る言説は賛否含め様々なものがあるが、彼らは自分たちが進めるメタバース構築が、クリエイターに還元をできるビジネスモデルになるという仮説を信じ、賛同者を集めながら前に進もうとしているようだ。

メタバースを目指すプレイヤーは、様々なルートでその構築に向けて動いている。ゲームやUGCの仕組みを整備して「メタバース」と呼ばれるケースのあるサービスを見てみると、「Fortnite」や「Minecraft」「VRChat」「cluster」には(今のところ)そのサービス単独での経済圏は存在しない。UGCかつ経済圏を確立している「Roblox」やMetaの「Horizon Worlds」は最もThe Sandboxに近いプラットフォームだと言えそうだが、どちらもブロックチェーンは採用していないし、取引には少なからず手数料がかかっているなど、いずれにも差異がある。

ブロックチェーンの仕組みを内包したゲームであるThe Sandboxは、果たしてどこまでクリエイターにとっての自由な「砂場」でいられるのか。そしてどのように「飽きないメタバース」が実現していくのか、その行き先に引き続き注目したい。


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