数々の360度映像を手がける全天球映像作家チーム「渡邊課」課長、渡邊徹氏によるワークショップ「プロ向け!現場で使える・失敗しない360度カメラの選び方と撮影ワークフロー」が6月7日に開催されました。
場所は株式会社MoguraのVR/AR/MR体験ショールーム「もぐラボ」。イベントではプロ向けのミドルエンド360度カメラである「Insta360 Pro」と「Kandao Obsidian R」の2機種を中心に講義が行われました。
渡邊氏によれば、数年前に比べて360度カメラの性能がアップしたことで、安定した撮影が可能になったとのこと。360度映像の撮影をすること自体は容易になってきたものの、むしろ360度映像であることの必然性を企画段階から設定することが重要と指摘。そして、360度映像の特徴的な視聴体験として「スケール・スピード・サラウンド」の3つをおいて説明しました。
(渡邊氏はVR映像の3つの特徴「Scale」「Speed」「Surround」を挙げた)
(スピードをより分かりやすく体感させる)
(周りの風景がストーリーに関わるため「周囲」が重要)
また、最近では6DoF対応の一体型VRヘッドセット「Mirage Solo(ミラージュ・ソロ)」なども登場しており、これまでよりもリッチな360度映像体験を手軽に提供できる環境ができつつあります。渡邊氏は今後、深度情報も付与された、体験者の動きと連動した360度映像が普及する可能性についても触れました。
ただし、今でも360度映像は初めて体験するという人も多いとのこと。初めて360度映像を見る人は「どうすれば良いか分からずに迷ってしまうことがある」と渡邊氏。また、これまでに何度も360度映像を体験したことがある人に対しても、360度映像の中で視線を動かすためのルールがあると良いと話しました。
渡邊氏は、360度映像を見ている人の大部分は正面だけを見ているという研究結果を紹介した上で、「せっかく360度視点を動かせるので、視線誘導をどう作るのかというのも面白いところ」とクリエーターとしての矜持を見せました。そのためには前述のルール作りが重要で、例えとして映像に出てくるボールを追いかけさせる演出などを紹介。さらに視線誘導を行うことで制作者の意図通りに視聴者を驚したり、映像の中に誘う演出が可能になると語りました。
また、360度映像と現実を連携させるのも面白い演出効果になるとのこと。360度映像の中にあった伏線を視聴後の現実空間で回収するなど、オンラインからオフラインといった演出の有効性も示しました。
一通り360度映像の特徴を話した後は今回のイベントでメインとなる2つのプロ向けのミドルエンドの360度カメラについて説明がされました。
Insta360 ProとKandao Obsidian Rは共に8K品質の360度映像が撮影可能なカメラです。価格はInsta360 Proが約37万円、Kandao Obsidian Rが約80万円。
ざっくりと言えば、Insta360 Proは取り回しが良く、Kandao Obsidian Rは綺麗な映像を撮影できるのが両機を比較した際の特徴とのこと。
ただし、両方のカメラとも白飛びする問題は出てくるので、事前にリハーサルで確認することが重要と指摘。また、音楽ライブなどの本番中にリアルタイムプレビューで映像を確認するのは難しいのも現状です。渡邊課で音楽ライブを撮影した際には、本番前のリハーサルで照明演出の詳細をメモし、照明のタイミングに合わせてLANケーブルで接続したPCからマニュアル操作で調整を行ったと話しました。
また、Kandao Obsidian Rはレンズ毎のマニュアル操作が行えるので、Insta360 Proよりも細い調整が可能です。渡邊氏によれば「もしかしたらレンズの個体差があるかもしれないのでシビアに見ると良いかもしれない」と、各レンズのチェックが必要と話しました。
しかし、Kandao Obsidian RにはInsta360 Proで可能なリアルタイムステッチができないので、リハーサルや構図を確認する際には別の360度カメラを使うのが現実的とのこと。渡邊課はチェック用のカメラとしてinsta360 ONEを使用していると紹介しました。
さらに、Insta360 ProはSDカードかSSD1つで記録できるのに対し、Kandao Obsidian RはSDカード計6枚が必要です。他にもKandao Obsidian Rはギガビット対応のWi-Fiルーターが必要など、事前の準備で注意する点が多くあります。
Insta360 Proで最も気を付けなければいけないのはカメラ搭載のマイクであるかもしれません。「(マイクは)使えないと思った方が良い」「オーディオゲインを最大に下げても音割れをする」と渡邊課。
その大きな理由としてInsta360 Proはファンの音の大きさがあるとのこと。Insta360 Proにはファンレスモードもありますが「冷房の効いた環境でも長い時間の撮影は難しかった」と話しました。そのため外部マイクを使う場合も、ファンの音を拾わないようにどの位置にマイクを置くかは悩むポイントだと明かしました。
Kandao Obsidian Rの場合はファンの音がないので、外部マイクをカメラの真上に載せることも可能です。ちなみにカメラの真上は写りこまないとのことで、実際に渡邊課がKandao Obsidian Rで撮影したLittle Glee Monsterの360度音響のミュージックビデオ『ギュッと』を紹介しました。
撮影テストのチェックではInsta360 ONEを使い構図などの確認をしたとのこと。また、リトグリのメンバーの立ち位置はレンズの正面になっています。レンズ正面の立ち位置の理由は、スケール感を感じられるようにカメラからの距離は60~80cmと近い距離に立ってもらったとのこと。
しかし、近い距離に立ってしまうと、レンズとレンズの切れ目の箇所のスティッチングが破綻しやすく、1mほど離れれば問題ないが、今回はレンズ正面に立つ演出になったと話しました。また、ミュージックビデオの中でメンバーがカメラに向かって手を向けるシーンは自動スティッチングではなく、手作業でスティッチングの修正を行ったとのこと。
スティッチングについては純正の自動ソフトで行うことが多く、破綻する一部箇所はAuto Panoなどのソフトで手動で修正することがあるとのことです。
Kandao Obsidian Rはビットレート最大100mbpsまで設定可能です。上の動画のように人の肌の質感も再現され「かなり綺麗に撮れる印象。照明を少し暗くしても多少ノイズは出るが綺麗に撮れる」と、渡邊氏はKandao Obsidian Rを高く評価しました。
ただし、Kandao Obsidian RとInsta360 Proの両方とも暗いロウライト環境の撮影は苦手なようです。過去にプラネタリウムで360度映像の撮影をした際には、一眼レフカメラを使って撮影をしたとのこと。その際はデータ量が非常に大きくなってしまい大変だったと話しました。
現状では、ロウライト環境での360度カメラによる映像撮影は難しく、インタニア製などの魚眼レンズと通常のカメラを組み合わせた撮影が現実的とし、360度カメラの課題も示しました。
本イベントでは実際に撮影を行いPCにインポートするところまでが実演されました。その後のポストプロダクションについては、渡邊課が普段使用しているAdobe Premiere Proについての参加者からの質問に答えたり、Mocha VRなどのスタビライゼーションソフトの紹介などが行われました。
また、下の動画のようにinsta360 Proで撮影した際に起きたローリングシャッター現象を逆手に演出の1つとして活用したミュージックビデオを紹介するなど、これまでの渡邊課の豊富な実績を交えて360度撮影に関する様々な説明が行われました。
多くのプロ向け、業務向けの360度カメラがこの2年ほどで発売されています。実写360度映像も映画などのプロモーションで一般の方の目に触れる機会も増えてきており、様々なクリエーターによる新しい360度映像表現が現れてくることも期待したいところです。