【VR映画ガイド第89回】消滅の危機に立たされた”言語”を取り上げたVR映画

世界の映画祭でも高い評価を得ているドキュメンタリー

現在、世界中で話されている言語はおよそ6-7千語で、今世紀末までには3千語にまで減少してしまうかもしれないと言われています。今回、紹介する「KUSUNDA」は絶滅の危機に瀕しているネパール中西部で話されているクスンダ語を取り上げた作品です。

「KUSUNDA」は40年間、伝統的な狩猟採集生活を送ってきた86歳のLil Bahadurと、教師になる夢を持つ15歳の孫娘Himaの2人の異なる世代の姿を中心に、先住民の伝統や文化、そして母国語であるクスンダ語を守るために奮闘する姿を描いています。

監督するのはFelix Gaedtke監督とGayatri Parameswaran監督です。2人は元々ジャーナリスト出身で、数々の戦争や紛争などをフレーム映像として伝えていました。その中で自分たちが現地で感じた感覚を同じように観客に伝えるのが難しいと感じている時に、バーチャルリアリティのような没入型メディアに出会い、ドイツのベルリンにNowHere Mediaという主にVRやARのストーリーテリング作品を制作する制作会社NowHere Mediaを設立しました。

その後、戦争で荒廃したイラクを取り上げたVRドキュメンタリー作品「Home After War」や今回の「KUSUNDA」など世界の映画祭でも高い評価を得ている作品を次々に制作しています。 NowHere Mediaは人権、紛争、社会問題、気候危機などの分野を、VRやARなどの先端技術を使って、世界中の人たちに物語を”体験”してもらえるような作品作りに挑戦しています。

オススメのポイント

1. 先端技術を使って表現される世界

「KUSUNDA」はCG合成、Tilt Brushを用いたアニメーション、モーションキャプチャ、フォトグラメトリー、ボリュメトリックキャプチャなど様々な先端技術を使って制作されています。そのこともあり、通常のフレームドキュメンタリーよりもより想像力を掻き立てられ、事実を知る情報だけには留まらず、実際にある問題や状況を体感することによって知ることができます。

実際にネパールの山奥に行くのとは異なりますが、再現された場所で現在の事実を“体感”することはできるでしょう。今後、時代が進むことで失ってしまう“物”や“事”をデジタルでアーカイブする方法として、このような表現はより進化していくと思います。

2. マイク機能を利用した素晴らしい演出

とても面白い試みだなと思ったのがVRヘッドマウントに搭載されているマイク機能を利用して体験者の声を使ったインタラクションです。体験中に数回、実際に声に出してクスンダ語を話すシーンが用意されています。クスンダ語をきちんと発音すると、その言葉の意味を知ることができます。ちょっとしたゲーム感覚でクスンダ語に触れられるのです。

知識として絶滅危機に瀕した言語について知るだけでなく、実際にクスンダ語を体感できるという素晴らしい演出でした。

3. 作品を通した社会的な取り組み

Felix Gaedtke監督とGayatri Parameswaran監督が常に抱いている目標の1つはマスメディアが取り上げない世界中で起こっている現実や問題に目を向け、情報にアクセスできないという状況を逆転させることです。小さなコミュニティで多くの人たちに知ってもらう手段を持っていない人たちに、どうすれば声を届けることができるのか、2人の監督は考えています。

初めてVRに出会った時に、これで作品を作ることで現状に大きなインパクトを与えることができると感じたそうです。今回、人口わずか300人弱しかいないネパールの小さな村クスンダの中で長い間使われてきた言葉の絶滅危機の現状を伝えることで、人種、文化、歴史すらも失ってしまうかもしれない危機感やこれら絶滅危機に瀕している言語の実態に迫っています。そういった言語の多くは社会から疎外されているコミュニティで使用されているという事実を世界の多くの人に知らしめようとしています。

現在、Felix Gaedtke監督とGayatri Parameswaran監督はこの作品とPCとVRヘッドマウントを持ってネパールに出向き、何日もかけて上映会をしています。今後もモバイル用に360度動画版を制作し、ヘッドセットとモバイル機器を入れたバックパックを作って、さらに多くのネパールの村を回っていくそうです。さらに段ボール型のVRヘッドマウントを配布してクスンダ語の絶滅危機を伝えるだけでなく、その言語を残していくための活動を行なっていくとも説明しています。

VR映画が一つのコミュニティの危機を救うかもしれない状況を私も応援したいと思います。

作品データ

Trailer

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