Home » なぜ卯月コウがFANTASIAで披露した「脱法ロック」にファンは心揺さぶられたのか? あの瞬間までをたどる


VTuber 2022.10.14

なぜ卯月コウがFANTASIAで披露した「脱法ロック」にファンは心揺さぶられたのか? あの瞬間までをたどる

10月1日、にじさんじの大型イベント「にじさんじフェス」で、音楽ライブ「FANTASIA DAY2」が開催された。男性VTuber8名が初の統一衣装で出演することが注目を集めた今イベント。当初は1月に開演する予定だったが、新型コロナウイルスの影響で延期になり、今回ようやく実現したこともあり、ファンの間でのライブへの期待度はこれまで以上に高まっていた。

当日、著者も現地を訪れた。8名それぞれの歌唱パフォーマンスはどれも圧倒的で素晴らしかったことは先に触れておくとして、ひとつ驚いたことがある。とある1曲がかかった際、観客席で(声を出してこそいないが)歓喜と動揺の広まりを肌で感じられたことだ。その曲とは、卯月コウの「脱法ロック」カバーである。

原曲はNeru氏が2016年6月に制作発表したボーカロイド「鏡音レン」オリジナル曲で、読者の中にもニコニコ動画などで視聴したことのある人は少なくないだろう。ただ、今ライブに限っては「この曲の人気さ故に会場がザワついた」というシンプルなものではない。卯月コウとこの曲の深い関わりをファンの多くが知っていたからこその動揺だったのだ。

今回は卯月コウと「脱法ロック」の関わりについて少し振り返ってみる。本記事をきっかけにライブのアーカイブを視聴することを強くおすすめしたい。

卯月コウがライブ王になるまで

すべては4年前の2018年9月にさかのぼる。個人VTuberユニット甲賀流忍者ぽんぽこの主催した「第一回 ライブ王決定戦 緊急記者会見」という配信があった。参加したのは、因幡はねる、ふぇありす、卯月コウ、ピーナッツくんの4名。それぞれが決定戦の当日に生配信を行い、30分間のうちに、よりリアルタイムの視聴者数を記録できた者が勝利するという内容で、1位になった者には「ライブ王」の称号が与えられる。

今考えると、個人VTuberと事務所所属VTuberが視聴者数で争いあうという、かなり攻めた内容だ。ただ、当時のVTuber界隈の中では、こうした各グループの垣根を超えたプロレス的な企画に期待するファンも多く、そうした声に応える企画だったことは付記しておきたい。また、当時駆け出しの時期だった「にじさんじSEEDs」の卯月コウと、VTuberファンから急速に注目を集め始めていた「あにまーれ」の因幡はねるの対決企画という意味でも、緊張感のある企画だったことを覚えている。

会見の場で「全員ぶっ倒します」「とにかくすごいことをします」と宣言した卯月コウだったが、その後の生配信では「ヤバいよね」「みんな、どうしよう」と弱気な姿勢を見せていた。しかし、それでも「勝ちたい」という意思だけは変えず、下記のように語る。

「なんだかんだ言って勝ちたい(中略)『卯月コウだったら負けるの似合うやん』っていう状況で、やっぱり勝ちたいなっていうのがあるよな。(中略)もうなんか逆張りの逆張りというか……頼むわ」

そんな本番直前のタイミングで、ニコニコ動画に投稿されたのが「脱法ロック」のMAD「にじさんロック」(制作者Mt)だった。

この動画では、にじさんじメンバーが数多く登場するが、明らかに主人公として卯月コウが配されているのが特徴だ。「(ライバーになる前と思われる)部屋に引きこもった卯月コウが、にじさんじの先輩たちに導かれ、ライバーとして覚醒する」といったストーリーのように読み取れる。これを見た卯月コウはTwitterで「昨日から観まくってる 感情爆発した」とコメント。このMADをきっかけに「卯月コウを応援しよう」という雰囲気がファンの間でも高まっていった。

そして本番、卯月コウは「にじさんじSEEDs」のメンバーなどを配信に一斉に呼び出すという配信を実施。段取りが決まっていなかったためグダグダになったり、ゲストのマイク音質が非常に悪かったりと、お世辞にも質の高い配信では無かったが、そういった要素も含めてチャット欄は大きく盛り上がり、「ライブ王選手権」の優勝に輝いた。優勝後もにじさんじの数の力による手法を責める書き込みが少なくなかったが、卯月コウは「どんな手段を使ってでも勝てて嬉しかったです」とコメント。「これが俺の格だ」とボソリとつぶやいたのが印象的だった。

これ以降「ライブ王決定戦」は開催されていない。そのため4年間、卯月コウは王座に着いたままとなる。ただ配信で彼がその名称を口にする機会はほぼ無くなり、次第に忘れられたネタのひとつとなっていった……しかし、この流れのなかで生まれた「にじさんロック」を当時見ていたライバーがいたことも忘れてはならない。三枝明那と、瀬戸美夜子。2人はこの動画をきっかけに、にじさんじデビューを決意することになる。

「ライブ王」が再び広まるまで

時を経て、2021年。もう一度「ライブ王」にスポットが当たることになる。それは、人気バトルロイヤルゲーム「APEX Legends」の大会「VTuber最協決定戦」でのことだった。この大会はVTuberが3名のチームを組んで、決勝の日まで練習配信を継続的に行うのが通例となっており、「誰と誰が一緒になるのか」といったところも注目のひとつとなっている。

卯月コウは今大会に初参加。英リサ白雪レイドと組んで「チーム雪月花」として出場することになった。当時の卯月コウの実力は他2名と比べれば未知数なところがあり、それだけに決定戦の視聴者からの期待も高かったように思う。

しかし、それにも増して話題となったのは、卯月コウの「APEX Legends」のユーザー名「ライブ王」だった。今回の大会に参加したVTuberの多くはユーザー名を自身だと分かるように設定していた中で、パッとでは誰か分からない「ライブ王」という名前は明らかに浮いていた。そのため、他の参加者たちから「誰?」「なんでライブ王なの?」といったツッコミが相次ぎ、それらの様子は切り抜き動画などでまとめられ、さらに注目を集めることに。また練習試合からの本人の急激な上達ぶりもあって、彼に熱い視線を向ける視聴者が多く見られたことも書き添えておこう。

本番当日、卯月コウは「ライブ王 卯月コウ」と名称を変更して参加。順位は惜しくも2位。しかし大健闘もあって「ライブ王」という名は、過去の決定戦を知らない層にまで一気に広がった。そして、今年の5月、葛葉、イブラヒムと組んだチームで総合優勝を獲得。もう「負けるのが似合う」存在では無くなっていたのだ。

どんな舞台でも輝く瞬間をつくるようになった卯月コウには、4年前からの明らかな成長を感じられる。それは一方で、過去の繊細で内向的な「卯月コウ」からの変化でもあった。長く彼を追っているファンほど、その成長具合に大きな感情を抱かずにはいられないだろう。

そんな彼が次に向かったのは、幕張メッセという大舞台だったのである。

日陰に差す光

「FANTASIA DAY2」に戻ろう。歌そのものの感想については、同じ舞台に立ったライバーたちのものを引用するのが適切だろう。過去に「脱法ロック」を歌った経験のある樋口楓は「観れて良かったというか、この時代に生きてて良かったって思ったし、ウヅコウがにじさんじに入ってきてくれて良かったと思ったね」と語り、「伏線回収っていうか何なんだろうな。コウがやってきたこととか、コウが『そういえばあれやったよな』みたいなこととか、『そういう関係もそういえばあったな』とか、そういうのがすごく伝わってきたライブだった」と振り返る。

「にじさんロック」がデビューのきっかけのひとつであったと語った三枝明那は「正直、FANTASIAを総括してウヅコウだったな」と断言。「家に帰ってから『脱法ロック』ばかり聴いてます。今回はいくら何でも良すぎです。ちょっと、どうかしてました。あらゆるものが駆け巡って、ちょっと泣いた。当日、ウヅコウパフォーマンスを見て、マジでいいな……って」と笑いながら語っている。その後、ライブが終わってからずっと卯月コウ周辺情報をネットで検索し続けていたそうだ。

剣持刀也は「『今回のライブではこれが好きだったな』というのが毎回あるんですけど、今回はぶっちぎりで『脱法ロック』だったなって思いますね。(中略)ロックンロールみたいなキャラクターじゃないですか、ウヅコウって。文脈もさながらそういうキャラクター性もあって、ドンピシャでしたよね」と言いながら、卯月コウの立ち位置の難しさについても下記のように触れる。「『そっち側に立つのって求められているのかな? それがしたいのかな?』部分って彼が抱いている命題みたいなもののひとつだと思うんだけど……まぁいいんだよ。そういう人間にそういうのを抱いている視聴者もいたかもしれないけど、そういう人間でもいいなって思わせるくらいの光景があったんじゃないかなって思いましたね。」

剣持刀也の語る「そっち側」とは「日向側」と言っても差支えはないだろう。長く日陰側にいた卯月コウは、成長するにつれて日向側へと向かっていく。そうした変化に複雑な気持ちを抱くファンもいるだろう。しかし、今回のライブはそういった気持ちすら吹き飛ばす内容だったことは間違いない。

ライブ後、卯月コウは配信で「余計なことを考えないで歌えたかな」と振り返る。

「(ライブ王は)今だったら逆に内輪ネタ過ぎないんじゃないかな。当時を見ていなかったとしても、今年俺をみはじめた人でも、ライブ王って名前に触れたことはあるだろうし、節目節目で使ってるから気合入れるのにもいいかな」

「(デビューしてから)4年経ってるわけよ。自分がただ単に幸福を受け取れてなかっただけかもしれないけど、当時より確実に明るくなってるし、幸せになってるし……ここを逃したらギリギリのタイミングなのかなって思っていて。昔の自分もステージに連れて行って歌うみたいな感じのイメージだったんだよね。嫌がるかもしれないんだよ、昔の自分は。でも幸せを実感してみると、人って動物は幸福に抗えないんだなってことを考えるようになって。(中略)無理やり自分を引きずっていってドンってステージに出して、またがってタコ殴りみたいな」

あらためて「脱法ロック」の歌詞を見てみると「現実逃避に縋(すが)れ」「社会不適合者に堕ちろ」「自殺点ばっか決めろ」と過激な言葉を並べながら「それが脱法ロックの礼法」とまとめ上げて、人のネガティブな部分を肯定するかのような内容となっている(デビュー間もない頃からの卯月コウのスタンスにも共通しているといったことは言うまでもない)。

剣持刀也は過去にマリオカート杯で卯月コウのことを「日陰に差す光」と称したことがある。表舞台、日向側に立つようになった卯月コウが「脱法ロック」を日陰に向かって歌う。日陰にはかつての卯月コウと、自分を含めた視聴者がいる。光が眩しくなるほどに、影もより濃さを増していく。その明暗の差があまりに激しくて、意味不明に心揺さぶられてしまった。あの瞬間、決定的に何かが変わったのは確かだが、自分の中で何が変わってしまったのか、うまく言葉を探せないままでいる。

にじさんじ 4th Anniversary LIVE 「FANTASIA」 Day2アーカイブ
(ネット配信視聴チケットは10月14日23:59まで)
https://live.nicovideo.jp/watch/lv338167046


VR/AR/VTuber専門メディア「Mogura」が今注目するキーワード