Home » メタバースの異分野交流が生み出す「学問」の可能性とは? 東京理科大学VRChatイベントで感じたこと


VRChat 2022.07.18

メタバースの異分野交流が生み出す「学問」の可能性とは? 東京理科大学VRChatイベントで感じたこと

7月8日(金)、東京理科大学 理工学部にて、ソーシャルVR「VRChat」を活用した異分野交流イベント「メタバースで『創域』の可能性を探る~VRChatで異分野交流を~」が開催されました。

2023年4月に理工学部が「創域理工学部」へと名称変更されるにあたり「『創域』をメタバースという新たなプラットフォームで実施できないか」という試みとして開催された本イベント。VRヘッドセット「Meta Quest 2」の無料貸し出しや、VRChatコミュニティ・イベントの「VRC理系集会」も参加するなど、大学主催イベントとしては非常に先進的な取り組みから注目を集めていました。

MoguLive編集部は今回、本イベントを取材。「VRChat」を舞台に行われた、学問の新しいあり方を提示したイベントの様子を、以下にてお伝えします。

学生も学長も全員アバターで参加

今回のイベントは、東京理科大学 理工学部在学生を中心に参加者が公募。「VRChat」未経験者、経験者それぞれで募集され、未経験者には運営側から「Meta Quest 2」が貸し出され、事前に操作講習会も実施するという、非常に親切な対応となっていました。

参加者の多くは「Meta Quest」版からの参加で、かつ「VRChat」も始めたてだったためか、パブリックアバターが多数でした。一方、思い思いのカスタマイズされたアバターで来場した経験者の姿もチラホラ見られました。

東京理科大学の石川学長は本人の身体をもとに作られたリアルアバターで登壇。学生の方からは「そっくりだ……!」と声が上がり、学長本人から「そっくりに見えますか(笑)」と返すなど、和やかなやりとりも。

石川学長は「バーチャルリアリティは専門の一部ですが」と前置きした上で、「メタバースも、これから先さらに発展していくことで広がる未来があると思います」「スマホや電子メールも最初は問題点がありました。ここにお集まりのみなさまが、様々な問題点を未来に向けて解決していってほしいと願います」とコメントしました。

理工学部の伊藤学部長は「VRChat」デフォルトアバターのホットドッグアバターで登場。学部名の「創域理工学部」の「創域」という名前に込めた「新たな領域・価値を創造する」というビジョンを紹介し「(今回の交流会について)VRの世界に閉じず、リアルとインタラクションしたり、リアルのものを持ち込んだりと、様々な趣向を凝らしました」と語っていました。

現実の映像中継に、3D映像! 准教授による実験設備紹介


(画像は公式配信より引用)

交流会本番に入って発表されたのは、建築学科の宮津准教授による、防災研究 地震設備「21号館実験棟 建築構造・材料実験室」の解説。現実側にある設備による実験映像を「VRChat」の会場へ中継するという試みです。


(画像は公式配信より引用)

実験では、「振動台」と呼ばれる装置の上に再現されたデスクが、小さめの地震と大きめの地震を再現した際、どのようになるかを検証しました。単に表示するだけでなく、「この揺れの震度はどのくらいか」を予測するというクイズも設けられました。

ただし、残念ながら筆者環境では中継映像がうまく配信されず、別途YouTube側の配信を確認することに。とはいえ、防災研究に用いられている設備を見るだけでも興味深いですが、なにより「VRから現実世界を見る」という構図が「メタバースは現実に接続できる」という可能性を提示しているようでした。

国際火災科学専攻の水野准教授による、防災研究 火災設備「火災科学研究所実験棟」に関する発表では、「VRChat」会場で実験映像を3D立体視映像として表示するという試みが行われました。

映像を見るまで半信半疑でしたが、驚くべきことに、本当にVR空間内では立体映像として視認できました。ワンルームを模した箱の中で燃え上がる炎や、立ち上る煙までも立体的に映り、まるで眼前で火災実験を行っているような感覚です。

実験映像では、防火耐性のある建材と防火耐性のない建材で、火災がどのように広がっていくかを比較。家が燃え広がる原理や、建材の違いによる差などを、映像とともにわかりやすく解説してくれました。

いずれも、現実の実験の様子を、VR空間内でどう効果的に見せるか趣向を凝らした内容となっており、講師陣の非常に丁寧な解説も相まって、スライドだけ眺めるよりも遥かに理解しやすく、説得力が感じられました。ただ開催するだけに留まらない、東京理科大学のチャレンジングな姿勢がうかがえるプログラムでした。

メタバースで異分野交流は可能か?

VRChatイベント・コミュニティ「VRC理系集会」の主催をつとめるKurolyさんも登壇。メタバースを活用した異分野交流の実例として、隔週金曜日に開催されている「VRC理系集会」の紹介と、「VRC理系集会」会場にて実施したデータ解析の手法・結果・考察を発表しました。

「VRC理系集会」は、参加者同士による交流をメインとした前半パートと、特別講師を招いた講義を行う後半パートで構成されています。この前半パートにて発生する、会話をする来場者の集まり「会話クラスター」の動き、分野、会話内容を記録し、データを分析した結果を紹介しました。

明らかになったのは「開始20分でクラスターは固定化する」「開始30〜40分で大多数の人が会話クラスターに属する」といった傾向や、クラスター内の分野が分散傾向にあること。さらに、会話内容も9つのクラスターのうち6つのクラスターで専門性の高い会話・議論が実施されていた、とのことです。

また会場には情報学を筆頭に、生物学、電気系工学、化学、機械工学といった多様な分野の参加者が各回で集まることを紹介。文系の参加者も毎回一定数見られ、「総合知の考え方に即した取り組みが行われているのでは」という考察を提示しました。

様々な分析や来場者アンケート結果から、Kurolyさんは「場所や物理的制限にとらわれないメタバース空間だからこそ、多様なバックグラウンドをもつ学生や研究者等が参加できる」「Web会議と異なり、現実と相違ない感覚で会話が可能であるため交流が生じやすい」と指摘し、「コロナ禍で喪失傾向にある次世代の研究者間交流の場としてメタバースが機能するのでは」という見解を示しました。

一方、「全員が専門性及び質が高い議論を行っているのか?(雑談をしている場合もある)」「本当に専門家や研究者が話しているのか、確証を持たせる手段がない」といった課題も提示。今後も「メタバースにおける学術交流の有用性」を定量的に評価・検証するべく活動を続けていく、とコメントしました。

「VRChat」イベントの開催結果を、会場の雰囲気や参加者の反響だけでなく、データ解析を用いて得たデータとともに解説したプレゼンテーションは大きな説得力を帯びていました。同時に、ただ開催するだけでなく、よりよい方角へとブラッシュアップを試みる非常に前向きな姿勢も感じられ、イベント・コミュニティ運営のひとつの模範例となり得るのでは……と思いました。

なお、人流解析については分析を担当したLAMBsunさんのnoteにて詳細な内容が公開されています。気になる方はこちらも一読してみることをオススメします。

アバター同士だからこそ深められる交流

登壇発表が終わると、イベントはポスターセッションへ。会場内にポスターが出現し、その前でスピーカーが発表します。

各発表とも非常に丁寧でわかりやすい解説なのはもちろんですが、なにより発表者の姿がポップなアバターなのが大きなポイント。「大学の先生」の講義だと思うと背筋を伸ばしてしまいがちですが、ポップなアライグマやボクセルのロボットとなって話していると、聞いている側として気を張ることがありませんでした。

聴講中はもちろん、質問も踏み込んだものから素朴なものまで投げかけやすかったのが印象的です。回答も距離が近いものに感じられ、より内容が理解しやすいと感じられました。

個人的に最も印象に残ったのが「生き物の骨の形ができる仕組み」に関するもの。ポスターに加え、実際の魚の背骨の3Dモデルもあわせて展示されており、「骨に圧力が加わることで変形する」という解説が非常に理解しやすいと思いました。

筆者は「この研究はどのような分野に活用できるのでしょうか?」と興味本位で軽く尋ねてみると、返ってきた答えはなんと建築分野。「魚の骨格を応用したオブジェクトを作りたいんですよ!」と楽しげに語られる構想は純粋に興味深いものでした。こういった質問を「軽い興味」から聞きやすいのは、「VRChat」という環境ならではだとあらためて感じました。

なお各発表で共通するテーマは、今回のイベントの骨子でもある「異分野交流」と「創域」。複数の分野を横断することで新たな価値を生み出そうとする、実践的で先端的な取り組みの数々を聞くことができたのは貴重な体験でした。

フラットだからこそ生まれる交わり 「学問とメタバース」の可能性

イベントに参加した率直な感想は、「非常に有意義な時間を過ごすことができた」に尽きます。現実でもなかなか作り出しにくい、様々な分野の有識者とフラットな形でコミュニケーションを取り、情報や知見を得る場が、しっかりと実現していたように思います。

一方、先進的なコンセプトながら、「地に足ついたイベント」として感じられました。というのも筆者は「VRC理系集会」に何度か足を運んだ経験があり、今回のイベントの設計に「VRC理系集会」に近いものを感じたからです。

すでに20回以上も開催された実績ある営みが、大学というアカデミズムの現場へ「輸入」されていると思えば、そのコンセプトの安定感には納得がいきます。「VRChat」のコミュニティが培ったビジョンが、教育やアカデミズムの現場にも通用することが証明された、と言えるかもしれません。


(画像は角谷仁さんのツイートより引用)

また、20台の「Meta Quest 2」を貸し出し、事前講習を経た上で一箇所で同時に体験してもらうという試みもかなり珍しいものです。VR機器を一過性の集客手段に留めず、しっかりと普及させようという意思を感じられるイベントでもありました。



(画像は角谷仁さんのツイートより引用)

イベント主催の株式会社TAM・ 角谷仁さんのツイートでは、後日参加者について情報が公開。参加比率は、「VRChat」未経験者が24名、経験者が25名となり、参加者の属性は在学生、一般参加者、講師・講演担当者などで、それぞれ人数は比較的分散していたとのことです。一般参加者の中には企業の方や研究者の方も含まれており、「異分野交流」という観点でも、様々な人が参加したというのは意義が大きいでしょう。

「現実世界の中継」「3D立体視映像」といった、「VRChat」で開催されるイベントとしてもかなりレアな取り組みが行われていた点にも注目です。一部は多人数接続によってか、映像が映らなかったのは今後の課題ですが、より説得力を生み出すための資料表示に挑戦する姿勢は、「創域」という新たな試みに挑む東京理科大学のビジョンとマッチしていたように感じます。

総じて、異分野の学問・研究に関わる人たちが交流し、新たな価値やビジョンを生み出す場として、今回のイベントは大きな先行例となりました。「学問とメタバース」という領域は、たしかに創造されています。

東京理科大学のイベント開催報告はこちら。
https://dept.tus.ac.jp/st/news/20220713_2606/


VR/AR/VTuber専門メディア「Mogura」が今注目するキーワード