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話題 2022.03.02

アバターとは何か? VRChat内で披露された舞台が問いかけたものを考える

「アバターとはなにか?」

その問いかけに対する解答はいくつもあるだろう。「VRChatにおいては」と前置きした上での私の回答は「衣服のように着替えができる存在」だった。あの劇場に訪れるまでは。

テアトロ・ガットネーロ』。アバター制作を手掛ける「黒猫洋品店」と、VRChat生まれのモーションアクターチーム「カソウ舞踏団」が、「アバターの魅力を引き出す」というテーマのもと、VRChatにて開催してきた人気イベントだ。1月14日から2月15日にかけて上演された2022年初公演では、「The Auction」という副題が添えられ、演出もシナリオもスケールアップしたことが告知されていた。

私は年始に「カソウ舞踏団」のショーケースを目の当たりにし、その卓越したパフォーマンスに圧倒された一人だ。ダンス・剣舞の次は、演技という形で彼らのパフォーマンスを見たいと思わされた。そんな軽い気持ちから、2月10日公演を観覧することにした。

入場から開演まで

『テアトロ・ガットネーロ』は専用のワールドにて開催される。案内されたワールドは、赤を基調とした劇場だ。入口の天井は心なしか低めで、通路というよりトンネルを連想させた。その「狭さ」がかえって、「どこへ連れて行かれるのだろうか」とワクワクさせられた。

入口にはスタッフたちを紹介するコーナーが設けられていた。主催、主演のみならず、様々な協力者がいる。VR音楽ユニット「AMOKA」のボーカル・あいぽさんも、ポスターデザインとロゴデザインで参加しているのには驚いた。

さらに進むと、観客用の軽量アバターのペデスタルが置かれていた。「このアバターにお着替えください」という案内に従い、来場者たちは次々に”着替えて”いく。

個性様々なアバターたちが、一斉に同じアバターへ変わり、劇場の入口へと進む。「個々のユーザー」の集まりが、「観客たち」という無個性な集合へと変じていくようだった。

悪いことではない。観客用アバターは軽量で、収容人数限界まで人が集まるイベントでは、負荷軽減に一役買う。そして私の場合、こういうイベントでは「名もなき群集」でいる方が気が楽だ。

扉を抜けた先には、一転して広々としたドームが眼前に広がる。中央には円形の舞台があり、どの角度からでも舞台の上を見ることができる。

装飾は華やかだが、どこかシックで落ち着いた雰囲気が漂っている。そして時折、金色のパーティクルが下から上へとゆっくり昇っていき、劇場全体に神秘的な雰囲気を与えている。

開演が近づくにつれ、観客たちの人数は増えていく。おしゃべりをしながらも、過度に騒ぎ立てず、開演を今か今かと待っている様は、現実の舞台の開演前を思い起こさせる。メタバースであっても「公演前の緊張感」は変わらないのだろう。

開演時刻の21時。yoikamiさんが舞台に上がった。今宵の舞台に立つ「カソウ舞踏団」の団長だ。「役者は舞台の上で示すもの」と語る彼からは、手短な挨拶が行われた。しかし、ある言葉が耳に残った。

「『テアトロ・ガットネーロ』では、円やドルは用いません。予算は多めに、使えるものをご用意いただけましたでしょうか?

この時は、副題になぞらえた挨拶なのだろうと、まだ軽く受け止めていた。

続いて、「黒猫洋品店」のうぃりあむさんが、今回の演劇の全体的なコンセプトについて説明する。

「今回の『テアトロ・ガットネーロ』では、副題に『The Auction』を添え、演出などをより強化しています。そして、『アバターとはなにか?』というテーマも込めさせていただきました。哲学的ではありますが、ぜひ考えてみてください」

率直に言えば、難しいテーマである。VTuber業界でも議論されることがあるが、回答は一意に定まってはいない。それを承知の上で私は、冒頭で記した回答を心の中に掲げていた。「衣服のように着替えができる存在」であると。

その後、上演直前には出演者とスタッフに対するアバターの表示設定と、ネームプレート非表示設定を行う時間が設けられた。演出を100%楽しむ上で大事な設定だ。こうした時間をしっかりと設けてくれる配慮はありがたいところだ。

オークション、開演

「テアトロ・ガットネーロへお集まりいただき、ありがとうございます」

暗転が明け、舞台の上に一人の男性が現れた。長身で、銀髪を垂らした、眉目秀麗な外見。司会を務めるというこの男性は、自らを「メビウス」と名乗った。

見た目こそ若いが、ゆったりと歩み、語りかける姿は、超然としている。

「ここ、テアトロ・ガットネーロでは、アバターの魅力を引き出す演目をご用意しています」

「ご自身で試着なさる前に、自分の魂の形に合うかどうか、魂の状況に合うかどうか感じてもらえれば、と思います」

意味ありげな言葉を告げ、メビウスは舞台の奥へと去っていく。


入れ替わって、舞台の上に2体のアバターが姿を表す。ダンサーのようにも武闘家のようにも見える衣装に、ツインテールのような長いウサギの耳。「跳ね回るウサギ」をモチーフにした、「卯兎(マオトゥ」というアバターだ。観客に臆することもなく、ごく自然にポーズを取る姿からは、モデルというより、場馴れした動物のような印象を受ける。

2体は舞台から降り、観客たちの前へ躍り出る。私は反射的にカメラを構えた。周りの観客たちも同じだった。瞬く前に、観客たちは卯兎たちに群がる。

2体は思い思いの動きを見せてくれるが、希望したポーズを伝えると、それに応えてくれた。手足から股関節に至るまで柔軟で、可動域は広い。フルボディトラッキングに最適なアバターだ。ポップな見た目も相まって、ダンスをすればまた映えるだろう。

一通りの撮影会を終えると、2体は再び舞台の上に戻り、演舞を披露してくれた。

パーカーを着た卯兎は徒手空拳の演舞を披露した。ゆったりとした動きの中で、時折見せる激しい動きは、中国拳法を連想させる。

もう一方の卯兎は、身の丈もある刀を用いた剣舞を披露した。洗練された武芸者と、荒々しい獣が同居したような剣戟は、バーチャルであるのに「斬られそうだ」と感じさせた。

卯兎たちが見せるパフォーマンスに、私は終始見惚れていた。周りの観客たちも、パフォーマンスの最中は一言もしゃべることなく、卯兎たちに注目していた。舞台を素直に楽しんでいたと言えるだろう。だが、一歩引いてみると、違う光景が見えてくる。

カメラのシャッターを押しながら、「フルトラに向いてるなぁ」と感想を漏らす私は、彼女たちをアバターという「商品」として品定めしているのではないか?

気づかないうちに、私も、観客も、「オークションの観客」役を知らずに演じているのではないか?

疑念と空恐ろしさを払えないうちに、2体の卯兎は舞台から立ち去った。

再びの暗転から明けると、舞台の上にはメビウスと、小柄な少女が現れる。メビウスは彼女を指し「次の商品をご紹介しましょう」と語る。

少女は顔を上げようとしない。「顔を上げなさい」とメビウスが諭しても、両手で顔を覆い隠すのみ。ひどく怯えているように見えた。

ため息をつきながら、メビウスはいつもの調子で観客たちに語りかける。

「服も飾りも纏(まと)っていませんが、それは、これからみなさんの手で着飾っていけるということ。主人の好みの見た目に着飾る……健気ではありませんか」

「本日のオークションにふさわしい商品かと。さぁみなさん、お好きな金額をどうぞ」

スタートは3000。単位は聞きそびれたものの、円でもドルでもない。観客からポツポツと、金額が唱えられる。4000。5000。9500……少しの間沈黙。メビウスは煽り立てるように告げる。

「みなさまともあろう方が、お手持ちがない、ということは――」

言い終わるや否や、15000という数字が聞こえた。

私は一言も発することができなかった。日本円に換算できないからではない。仮に30000と宣言すれば、この少女は私のものになるのだろうか? 仮にそうなったとして、私に引き取る覚悟があるのか?

やがて、私より先に、ある観客が30000と告げた。メビウスは「すばらしい」と褒め称える。続く声はない。これで決まりか。そう思っていると、メビウスは舞台袖の方へ振り返る。人影がひとつ、舞台に上がろうとしていた。

丈の長い軍服を纏った女性。顔は猫のよう……というより、猫そのもの。「獣人」という言葉がまっさきに思い浮かぶ。メビウスはこの人物を「警備隊長」と呼んだ。

「これはこれは。警備隊長様、あなたもオークションをご覧になりますか? 私ども、こちらで商売を行う許可はいただいておりますが――」

慇懃無礼な口ぶりの前に、無言で銃が突きつけられる。

一礼したまま、メビウスは押し黙る。警備隊長は銃をふところに収めると、少女に手を差し伸べ、そのまま抱きかかえた。まるで囚われの姫を救出した勇者のように、警備隊長は劇場から立ち去っていった。我々はただ、それを黙って見ることしかできなかった。

場面が変わる。舞台の上には警備隊長と、救出された商品の少女がいる。少女の前には皿やコップがある。食事かなにかだろうか。それを見守るように警備隊長はベッドに腰掛けている。

怯えを見せながらも、少女は皿の中にスプーンを差し入れ、口の中に運ぶ。途中で咳き込むと、警備隊長は水差しを抱えてそばに駆け寄る。気にかけているのだろうか。二人の間には、幾ばくかの距離を感じる。

別の日に切り替わると、警備隊長はハサミで少女の前髪を切っていた。少女の前髪は長く、表情が少し読み取りにくい。警備隊長は、彼女の見た目を整えてあげているのだろう。

別の日。警備隊長は大きな紙袋を片手に家に戻る。うやうやしくお辞儀をする少女に、警備隊長は紙袋を手渡し、カーテンの後ろへ向かうように手で促す。

少しして、少女は装いを変えて目の前に現れた。紙袋の中身は洋服だったのだろう。おずおずと前へ進み出る少女に、警備隊長はどこかうれしそうに。その顔をのぞき込んでいた。

警備隊長の少女の間に、言葉はない。もしかすると、私たちには聞き取れない「声」で会話しているのかもしれない。二人のやりとりの内容は、その動きだけで伝わってくる。声がなくとも、「おだやかな日々」がそこにあるのだと、一目でわかった。

ある日、少女は家から消え失せていた。

警備隊長は家を飛び出し、群衆の中を歩き始める。うろたえた様子で、道行く人たちに、少女の行方を尋ねているように見えた。ある人は「ごめんなさい、見てないわ」と返した。ある人は「知らねえなぁ」と返した。私は、なにも答えられなかった。

やがて、警備隊長は「オークション」の舞台に姿を現した。舞台の端には、少女がかぶっていたベレー帽が落ちている。

ベレー帽に気づいた警備隊長は、それを手に取ろうとしたところで、暗転した。

……思わず息を呑んだ。反射的に、カメラを握っていた。観客たちも群がる。

VRヘッドセットを通して眼前で見る、斬り落とされた右腕。私はそれを、ただのオブジェクトとして見ることができなかった。

ほどなくして、暗転から場面が切り替わる。舞台の上にはメビウスと警備隊長と、あの少女がいる。その顔には笑みが広がっている。

「こちらは、希少価値の高い商品……獣人です。片腕を失っていますが、楽しみ方は人それぞれ、でしょう?」

メビウスは朗々と客席へと語りかける。少女はサーベルを軽々と抱えたまま、笑顔を崩さない。警備隊長は、何もできずにそこに座るほかない。

「それでは、こちらの商品、お好きな金額をどうぞ」

オークションの始まりとともに、観客たちが思い思いに金額を積み上げる。売値はやがて、少女につけられそうになった金額を超えていく。私はまた、一言も発することができなかった――。

試着会と、筆者その後

公演が終了すると、キャストたちが舞台上に集まり、「カソウ舞踏団」の各メンバーの配役が明かされた。各々から話してもらうことで、ようやく「アバターを纏って演じていた人」がいたのだと、心から納得できたような気がした。そのくらい、舞台の上に立つアバターたちには「命が宿っている」ように感じたし、役者が存在することに安心する自分もどこかにいた。

そして、イベントはアバターの試着会へ移行した。舞台に立ったアバターのペデスタルが設置され、観客は自由に試着ができる。眼前で生きていたアバターを、その場で試着することができるのは、このイベントの大きな魅力のひとつだろう。

「警備隊長」こと「シルヴィア」、「商品の少女」こと「リリエ」、「卯兎」、主催の「黒猫洋品店」が販売する「ヴァーニュ」と、一通り試着してみた。いずれのアバターも非常によくできていて、花のないWebライターが入っても自撮りが様になる。だが不思議と、舞台上で見た「彼女たち」のようには写らなかった。

その後、私は「卯兎」を実際に購入し、VRChatのアバターの一つにした。クールだがポップでかわいらしいデザインと、フルトラッキング映えする作り、そして「巨大な刀」が自分に最も刺さったからだ。

実際にフルトラッキングで動かしてみると、その可動域に驚かされ、動いてポーズを取る楽しさを心の底から味わった。気がつけば1時間以上、ポーズを決めながら自撮りを続けていた。

しかし、自分自身が「1体の卯兎」になってみて、あらためて「あの舞台の卯兎」がいかにすごかったのかも痛感した。精細かつ荒々しい、あの動きを自分は再現できない。卯兎という存在を借りながらも、なかなか「あの舞台に立っていた卯兎」のようになれないことに、歯がゆさを抱く自分がいた。

アバターに対して、そんな感情を抱いたのは初めてのことだった。

アバターとはなにか?

想定を遥かに超える衝撃を受けた。アバターに命と物語が吹き込まれ、舞台に立っていた。「カソウ舞踏団」の4名は存在そのものを舞台から消し、アバターたちの命と物語となって、彼らを動かしていた。そうとしか言いようがないものを、私は見た。比較できるものは今のところ思い浮かばない。「演劇の先にあるエンターテイメント」としか、私には言語化できない。

公演前にうぃりあむさんが投げかけたテーマを思い出す。「アバターとはなにか?」という問い。『テアトロ・ガットネーロ』を通して、私はまた別の答えを見つけた。「存在そのもの」だ。アバターもまたキャラクターという存在であり、その背後には設定や物語が宿っている。それらを糧に、人間の想像力によって命を宿すのだ。

『テアトロ・ガットネーロ』は、人間の空想の中で行われる「キャラクターへ命を与える」という行為を、舞台の上で行った。用いたのは想像力と、身体の動きだ。私はその一部始終をVRメタバースという「もう一つの現実」として見届けた。私が目撃したのは、アバターを通して、キャラクターが存在を確立する瞬間だったのだろう。

キャラクターを流行りの衣服のように「着替える」のは、本来は特異的なのだろう。だが、VRChatには巨大なアバター市場が生まれつつあり、流行り廃りがたしかに存在する。「みんながそのアバターを選んでいるから」という理由でついつい、新しいアバターを買いがちだ。

だけど本当はたしかな覚悟がなければ、背負いきれない存在なのではないか? 衣服のように彼らを扱うことは、はたして正しいのか?

明確な回答を出すことは、私にはまだできない。そして、誰もがアバターを持つ時代になった時、誰しもが同じ問いに直面するだろう。アバターという「自由に購入・作成して着替えられる存在」を、私たちはまだ手にしたばかりだ。だからこそ、その問いにひとりひとりが向き合う必要がある。

そして、問いに向き合うためのヒントのひとつを、アバター劇場『テアトロ・ガットネーロ』は提示している。これからアバターを持ちたい人、あるいは作りたいと思っている人は、ぜひこの劇場に足を運んでほしい。VRChatイベントとして見ても、来場者へのアテンドが手厚く、「一人の観客」として参加できるため、参加ハードルは意外に低い。

ただし、次回がオークションでなくとも、この言葉はどこかに留めておくべきだろう。

「予算は多めに、使えるものをご用意ください」

○出演アバター一覧
シルヴィア(Silvia)
Lilie (リリエ)
卯兎 -MAO Tu- マオ トゥ

(執筆:浅田カズラ)


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