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AR/MR 2018.08.30

米国建設業界をARとロボットアームがどう前進させるか

Collaborative Robotic Workbench (CRoW) ではKUKA LBR iiwaのロボットアームとARヘッドセットが組み合わせられている [提供: KUKA Aktiengesellschaft]

本記事は「Redshift 日本版」とのライセンス契約を結んだ転載記事であり、ライターのドリュー・ターニー氏の執筆した原稿を翻訳したものを、オートデスク株式会社の許諾を得てMogura VRに転載しています。

米国の建設業界は世界金融危機による停滞から回復を果たし、GDP の 4.3% を占める。その歳出額は国内だけでも1兆ドル (約110兆円) を上回り、2022年までに1.5兆ドル (約166兆円) を超えると予測されている。

10年前には想像すらできなかったデジタルとロボット工学の進歩により、この業界は素晴らしい発展性を備えた、新たな世界へと到達している。その価値が 2016年には約 9,000億ドル (約99兆円) に到達したとされる米国の民間建設事業は、最新テクノロジーで時間とコストを削減するには最適な対象だと思われているかもしれない。だがエンジニア兼建築家のローレン・ヴェイシー氏は、そこに存在する障害をよく理解している。

「建設業界のデジタル化は誰もが望んでいますが、多くの障壁があります」と、ヴェイシー氏。「プロセスは区分化されており、協力会社やデザイナー、ファブリケーターなどビル建設に携わる関係者も区分化されています。それらの間にデジタル ワークフローは存在せず、また各構成要素の間のフィードバックも無いのです」。

シュトゥットガルト大学コンピュテーショナル デザイン&建設研究所 (ICD: Institute for Computational Design and Construction) で研究員を務めるヴェイシー氏の同僚、オンドレイ・キジャネック氏は、誰もが完璧だと認めるものの誕生が切望されていると述べている。

本年度の KUKA Innovation Awards で CRoW を実演したシュトゥットガルト大学チーム ICD (左からサミュエル・レーダー氏、ローレン・ヴェイシー氏、バハール・アル・バハール氏、オンドレイ・キジャネック氏、ベネディクト・ヴァンネマッハー氏) [提供: KUKA Aktiengesellschaft]

Project CRoW (Collaborative Robotic Workbench) は、ヴェイシー氏とキジャネック氏、ICD チームに属するバハール・アル・バハール氏とベネディクト・ヴァンネマッハー氏による、建設業界に新たな「驚き」を提供するための試みであり、ジェネレーティブ デザインのワークフローと LBR iiwa のロボットアームが組み合わせられたものだ。ロボットアームには、コンポーネントを持ち上げ、動かして配置する爪のようなグリッパーを装備。このプロジェクトは、実世界のインタラクションをテーマに毎年開催されているロボット工学分野のコンテスト、2018 KUKA Innovation Awards に向けて開発された。

その隠れた主役となっているのが、材料と建設の両方を視野に入れられる ARヘッドセットだ。ユーザーはデジタル上で次に配置する構成要素を計画し、その代案の検討やデータの評価を事前に行うことが可能。ロボットアームの緻密な動きにより次のコンポーネントが正確に配置されるため、ユーザーはそれをネイルガンで固定するだけでよい。

CRoW は今年のハノーバーメッセに出展され、開発中のシステムで作成された木製の彫刻が注目を集めた。このデバイスは、これまで人間が手作業で行ってきた計測、運搬、固定などのタスクを担い、センサーを用いて構造体を繰り返しスキャンして、それを 3Dモデルと比較して評価する。ソフトウェアはモデルの情報を活用して、ARヘッドセットの視野にある、次の構成要素の最良の位置を提案することもできる。「デザイナーは構造体の最終的な形状に影響を与えることができますが、製造の順序に影響を与える、という選択肢もあります」と、キジャネック氏は話す。

ARシステムはプロジェクトの 3Dモデルの全体像から情報を得て、データを無限に収集可能だ。ロボットの関節継手の各軸に内蔵されたトルク測定センサーが、各関節にかかる力と、意図された動作の実行可能性を瞬時に判断。ユーザーはロボットがAからBへと進む経路をプレビューして、ニアミスや干渉の可能性を考慮できる。また、プロジェクトを指定の位置からプレビューして未配置の要素と比較したり、最終的な構造体の全体像と比較したりすることも可能だ。

CRoW ユーザーは ARヘッドセットを使用して次の構成要素をデジタル上で配置し、データの評価、別の配置のデジタル上での試行が可能 [提供: ICD, University of Stuttgart]

CRoW が動作する様子を見ていると、このワークフローの共有や拡張も容易に想像できる。システムを工業規模に拡張して住宅やマンション、超高層ビルを建設する場合には、ロボットアームの動きで生成されたデータファイルの記録と精査を行うことで、さまざまな現場に繰り返し応用可能。建築業者は、それが完璧に再現された結果を、毎回確実に得ることができる。

適切なノウハウを用いることで、建築家や建築業者がこのデータをさらに深く掘り下げ、最終産物の状態に応じて動作や締め付け、圧力のかけかたなどを調整することもできる。

Innovation Awards での実演中、CRoW チームは技術診断のため LBR iiwa の動作を記録したが、それがセールスポイントとなり得るとヴェイシー氏は話している。「ロボットを購入し、デザインをダウンロードするだけでジェネレーティブな、あるいはコンピュテーショナルなワークフローで操作できるようになれば、バックグラウンドで実行するソフトウェアの中に知能が存在することになります」と、ヴェイシー氏。

だが建設業界がどれほど進化しようとも、打破の困難な、強固な慣習が存在するという課題は残る。その履行のため、この業界はかなりの投資を行ってきている。CRoW は対象となる建設会社に、クールな新技術以外の何を提供できるだろう?

CRoW のロボットアームは構成要素を正確に配置し、3Dモデルに照らし合わせて物理的構造を継続的に評価する。ユーザーはネイルガンを使用して固定するだけだ [提供: ICD, University of Stuttgart]

「我々だけでなく AR に取り組むその他の研究機関でも、活用がずっと迅速になることが証明されています」と、キジャネック氏。「このシステムは根本的な違いを生み出すものであり、単に図面を見るより、目の前の構成要素や建設物を見る方がずっと直感的です。AR を使って建設作業員を訓練する方が、図面の読み方を教えるよりずっと簡単なのです」

CRoW は、新たなテクノロジーの流行には、そのライフサイクルに潜在的な制限があることを示す例ともなっている。AR は「ポケモンGO」のモンスターを探して公園や通りを走り回る消費者の間で、3D プリント同様に、短い期間ながらも熱狂的な人気を博した。だが、低コストの 3D デスクトップ プリンターの人気が定着しなかったのと同じように、「ポケモンGO」も一時の熱狂は落ち着きを見せている。

初期段階の消費者の熱狂は、単なるマーケティングの実験場かもしれないのかもしれない。だが、それでも 3D プリントは産業分野を密やかに一変させつつある。キジャネック氏とヴェイシー氏は、AR の時代も到来しつつあると信じている。

CRoW ソフトウェアは ARシステムを通じてデータを無限に収集し、さらに ARヘッドセットを通じて次の要素の最良の配置をユーザーに提案することもできる [提供: ICD, University of Stuttgart]

CRoW は基本的に概念実証であり、キジャネック氏によると、今のところ商品化の予定はない。次のステップがあるなら、それはさらなる開発への注力ということになるだろう。「プロセス中に新たな問題や課題が多数生じており、まずはそれらを解決すべきでしょう」と、キジャネック氏。

またヴェイシー氏は ICD の役割は、さまざまな新技術が既存の建設プロセスや慣習にどのような課題をもたらすのかを再考する、基礎研究の場を整備することだとも述べている。この研究所は、学術機関と業界の間の広範な連携を可能にする、前途有望な大規模研究ネットワークにおける学際的パートナーを継続的に探している。

建設業界におけるAR革命は、まだ始まったばかりなのかもしれない。だが、建築業者が住宅やオフィスビルの建設の際に、ヘルメットとツールベルトに加えてロボットアーム用のヘッドセットを持参する未来が訪れても、それほど驚きではないだろう。


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