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VRChat 2023.02.19

帰りたい 家はない 道はどこにもつづいていない【VRChatワールド探訪】

記憶にない懐かしい帰り道、居所のない家

Starry Night – by Snodge
https://vrchat.com/home/launch?worldId=wrld_e137dde6-fa28-4781-9949-28e4c738462d

寒い。つらい。帰りたい。
だが、帰れない。なぜなら、ここは自分の家だから。
それでも終点を越えて帰りたい。
この願いを叶えてくれるワールドは、ないか。

「Starry Night」は行き場のない願いに帰り道を用意してくれる。針葉樹に囲まれた明け方の舗装路に、電柱の街灯がほのあかるい。ひんやりとしていて、静かだ。

こんな帰り道は記憶にない。でも帰っている感じがする。懐かしいどこかへ戻っているような心地になれる。

帰り道といえば、わたしの故郷にはよく妖怪が出た。ぺとぺとさん、といえば結構知っているひともいるかもしれない。夕暮れどき、学校や遊びの帰り道を歩いていると、背後から、ぺと、ぺと、と濡れたような足音がする。振り返っても誰もいないのだけれど、そこで立ち止まって「ぺとぺとさん、先へお行きよ」とうながすと、足音が近づき、やがて消える。先に行かせても行かなくても特に害はない。友人たちは別段恐れていないようだったけれど、わたしは怖かった。

ぺとぺとさんそのものではなく、ただ見えないなにかが自分の背後につきまとっているかもしれない、という感覚が怖かった。

でも帰り道に付随していたその怖さが、今では懐かしい。

道を曲がると一軒家が建っている。家のなかは外とおなじくらいに薄暗い。誰もいない。なんとなく、落ち着かない。居るべきではないのかもしれない。

窓からは電柱の灯りがのぞいている。あちらのほうが、外にいるほうが安心できる気がする。

あの灯りを点々とたどりつづけていたい。
 

車なき道路に場違いな歩行者

 – by Sarchel
https://vrchat.com/home/launch?worldId=wrld_52c80edc-b1b8-4134-9102-05b602f505bc

車の走っていない車道には終末の感覚がある。車道のネットワークはよく人体の血管網になぞらえられるけれども、車のない車道とは血液の流れていない血管、つまりは死体だ。

高速道路ならばさらに終末感が加速する。高速道路は車のために計画された道なのであり、サイズ感も距離感もヒトの速度には向いていない。ふつうは歩くことも禁止されている。

四輪駆動ならざる身には、道路照明の照らす道は果てしない。水平線の向こうでは夜と継ぎ目なくつながっている暗闇が口を開けていて、わたしを招いている。

誘われるがままに灯りをたどっていく。

歩いていると、ときおり、なにかに見られているような感じをおぼえる。見知らぬ人間の闖入を許されないプライベートワールドで、同行者もいないはずなのに、なぜか自分だけではないような気がする。

千古の昔より夜道の闇にはなにかが潜んでいた。多くの場合、わたしたちより先にその道を歩んでいたものたちだ。現代における道路は古い獣道であることが多いという。わたしたちはその道を均し、舗装し、収奪した。でも、忘れてはならない、獣道を築いた獣たちとは、獲物を静かに付け狙うハンターたちだったのだ。

安全に構築されたVRChatの夜道では、(ホラーワールドでないかぎり)くらがりからなにかが飛びだしてあなたを害することはない。しかし危険の予感だけは残っている。まとわりつく不安に怯えながら、ただまっすぐ歩く。

どんな道路にも果てはある。

このワールドは廃バスとうち捨てられたガソリンスタンドに尽きていた。

やはりこの世界は終わっていたのだ。わたしだけを置き去りにして。
 

どこにも行かなければ終わりもない橋

A Bridge to nowhere –  by Gamby_Bayඩ
https://vrchat.com/home/launch?worldId=wrld_9ac98e1f-5128-43c7-8128-c9561652356e

呼吸さえ奪われそうな、重くるしい乳白色の霧の奥まで灯りはつづいている。A Bridge to nowhere というワールド名がおそらくすべてで、この橋をどこまで行ってもどこにもたどりつかないのだろう。

同時に、果てのないワールドなどないこともわたしは知っていた。

ひとつ、またひとつと過ぎるごとに、設置されている照明の灯りが消えていく。なんらかのバグなのか、そういう演出なのかはわからない。ただ消えていく。

歩く、というけれど、VRChat上での歩行は実は歩いていない。無限に広い家か、『レディ・プレイヤーワン』に出てきたみたいな歩行シミュレーション用のルームランナーでも持っているなら別だろうけれど、だいたいはコントローラのスティックやキーボードのキーを押して移動する。

両の脚を使わずに視界だけがツルリと前進すると、なんだかヒトというよりは幽霊のような気分だ。幽霊に気分があるのかは知らないが。

VRChatの有名な怪談のひとつに「脚のないアバター」の話がある。あるユーザーが自分の顔に似せたアバターの改造品に遭遇する。そのアバターは自作とそっくりだったが、両脚だけ取り除かれていた。違法にアバターをコピーされたとおもったユーザーは激怒し、脚のないアバターに文句をつける。

ここから先の物語は二つのバージョンに分岐する。ひとつは、言い争ううちにコピーアバターのユーザーが「文句があるなら家の住所を教えてやるから直接来い」と挑発する。オリジナルのユーザーが息巻いてその住所に行くと、朽ちかけた古い家(多くの場合、アパラチアのどこか)が建っていて、倦み果てたような老婆が応対に出る。老婆にコピーアバターの主を出せと迫ると、奥から車椅子の少年が出てくる。その顔は奇妙なほどにオリジナルアバターの主と似ていた。不敵な笑みを浮かべ、「あんたのアバターはクールだったけど、ひとつリアルじゃないとこがあったから直してやったぜ」とうそぶく。車椅子に乗っていた彼には腰から下の脚部がなかった。話し手によっては、コピーアバターの車椅子の少年をオリジナルアバターの主の生き別れたきょうだいとするものや、もっと突拍子のないところだとクローン人間だとするものもある。

もうひとつのヴァージョンは、いますこし差別的ではない。脚のないアバターは本物の幽霊、あるいはドッペルゲンガーであるということになる。オリジナルアバターのユーザーはコピーを口汚く罵るが、コピーのほうは相手の顔を見つめてニヤニヤするばかりでひとことも発しない。ユーザーは諦め、通報だけして帰る。その翌日、ユーザーは大型トラックに轢かれて死ぬ。その遺体の下半身はちぎれていて、まるであのコピーのアバターのようだったという。こちらのヴァージョンの難点は、ストーリーを知っている人物が被害者当人しかおらず、怪談として流布している状況と矛盾があることだ。

あるいは矛盾していないのかもしれない。わたしたちはVRChatにいるかぎりは、重力を実現させるための投資を行いハイエンドなフルトラッキング環境を築きあげないかぎりは、みな幽霊のように歩く。

とすると、VRChatの夜道をおそるおそる歩くのは、自らの影に怯えているようなものか。

霧を抜けると、橋の終端につく。それまでずっとつづいていた橋が、そこで寸断されていた。

端から跳んで落下すると、最初の地点にリスポンする。

なるほど、とおもう。

たしかに、どこにもつづいてはいない。

百万にひとつの行き止まり

One in a Million – by Noa-
https://vrchat.com/home/launch?worldId=wrld_651f75ea-e201-4e5f-81f0-16102297646e

はるか彼方の光を追った経験をおぼえている。あれはたしか、「abscence」(by dawidcsx)のことで、マジックアワーの浜辺から海の上を歩き、遠く埠頭に見える灯台の光を捕まえにいったのだ。近づいて見ると、灯台はおもっていたよりも灯台だった。

光を見るとつい誘われてしまう。まるで蛾のような習性だけれど、そんなことをいったら映画よりも強烈な光でできているVRChat世界をたしなむ人間は、みな蛾なのではないか。

One in a Million で目覚めると、今は西暦2130年だと表示される。どうも人類は滅んでいるらしい。外に生きものの気配はない。なだらかな雲のような丘陵にはいくつか送電塔が建っていて、ひとつが赤く点滅している。その赤を目指してもいいのだけれど、視界の隅でなにかがちらついた。

見間違いかと目を凝らすと、たしかに光っている。世界の単位にしてほんの一ドット分あるかないかの白い光が、青から紫へとグラデーションしていくこの景色に点をうがっている。

あのかすかな光はなんだろう……?

ふらりと誘われる。

奥へ奥へと進むにつれ、光が徐々に大きくなっていく。

存在を確信する。なにが存在しているのかはわからないが。

視界の下半分を占めるやさしい漆黒に埋もれそうになっているその光を求めて進む。さらに濃く大きくなっていく。このまま行けば……だが。

光がきゅうに失せる。

見失ったのか、そもそもただの錯覚か妄想だったのか。疑念に襲われつつもなお進むと光がふたたび灯る。どうも地面の起伏が光を覆い隠していたらしい。

そして、到着する。

電柱だった。

等間隔にならんだいくつもの柱のなかで、その一本だけが光を放っている。これこそがワールド名の One in a Million(百万にひとつ)の電柱なのだろう。

しかしひとつだけでは標として役に立たない。

街灯とは目的地までの道を照らすものだ。光は次の光へとリレーされ、最終的には家というもっとも強く温かい光へ至る。

この電柱からは次へつながる光は見えない。どこにもつづいていない。

しかし、ここが終点でもいい気がした。

わたしはできるだけ長いあいだ帰途にありたいだけで、帰りつきたい家はないのだ。次の道を探そう。先に行きたいなら、どうぞ、お行きよ。


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