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VIVE 2018.06.06

ANAのVR旅行体験アプリ「Beyond Tokyo」開発者インタビュー

※本記事は、2018年4月24日にHTC社公式ブログに掲載されたStephen Reid氏の記事を翻訳したものです。

バーチャルリアリティなら家にいながら世界中を旅することも可能です。そこで外国人がVRで東京を中心にバーチャル日本旅行を楽しめるように開発されたアプリが『Beyond Tokyo』です。今回は開発元の皆さんにお話を伺いました。

——本日はインタビューに応じていただき、ありがとうございます。まずはお一人ずつ自己紹介をお願いできますか。

Vicky Shum氏(以下Vicky): Vicky Shumといいます。『Beyond Tokyo』のコプロデューサーです。 

Zach Osumi氏(以下Zach): ANA (全日空)デジタルデザインラボのZach Osumiです。『Beyond Tokyo』のプロジェクトディレクターをやっています。

Logan Dwight氏(以下Logan): The Soap Collectiveの共同創業者Logan Dwightです。『Beyond Tokyo』ではクリエイティブディレクターを務めました。

——複数の企業による協創プロジェクトなのですね。どのような経緯で始まったのですか?

Vicky: 私はWorld Innovation Lab (WiL)でベンチャーパートナーという仕事をしています。WiLは米国と日本に拠点を置く、ベンチャーキャピタル兼、企業イノベーションファームです。ベンチャー投資に加え、大企業と連携してイノベーションに取り組み、そのために先端技術分野のスタートアップとのコラボレーションを取り持つこともよくあります。

Beyond Tokyoもそうしたプロジェクトの一つで、弊社とANA、そしてThe Soap Collectiveと共同で進めています。国や文化の違いを超えて人をつなぐイノベーティブな手段を作ることがミッションです。
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——『Beyond Tokyo』はどのようなアプリなのですか?

Vicky: 『Beyond Tokyo』は日本への旅に関心のある方に向けて開発されたVR旅行体験です。東京とその周辺エリアを、360度動画、音声ナレーション、写真、インタラクティブ要素でバーチャルリアリティに再現します。ユーザーは渋谷界隈を自由に散策し、興味を引かれるものを選んで体験することができます。渋谷のスクランブル交差点の真ん中で雑踏を感じ、現地の人々がくつろぐ居酒屋を訪れ、ファッショナブルな原宿のにぎわいを覗き、神社の心洗われる静寂に身を浸せるのです。

Logan: 特に、忠犬ハチ公の物語をインタラクティブな形でたどれるようにすることには力を入れました。日本文化や歴史の中から、あらゆる年齢層の共感を呼ぶような要素を取り入れたかったのです。

Vicky: そうそう! 『Beyond Tokyo』は家族で楽しみ教養を深められる全年齢向けのVR旅行体験となっています。日本に旅行してみたい方にも、異文化に興味があるだけの方にもおすすめです。

Zach: そうですね。ANAは何よりも人と人をつなぐことを大切にしています。私たちの本業である航空事業以外の形でも人々をつなぎ、世界へ旅行に出かけようと思っていただけるよう、新しい方法を見つけたいのです。VRは場所や状況に制約されることなく人々をつなぐ、全く新しい可能性を生み出しました。そうした手段は現在、これまでになく必要とされています。このプロジェクトは私たちにとって、高品質なVRを使い、世界中のもっと多くの人に日本を知っていただけるような、新しい旅行体験を作り出すという挑戦でした。


——『Beyond Tokyo』は一本の360度映画を見るような体験なのですか? インタラクティブ要素はありますか?  

Logan: 『Beyond Tokyo』の開発にあたっては、何か新しくて他にはない試みをしたいと考えました。360度動画だけでも、リニアなナラティブだけでも、インタラクティブ性を備えたコンピュータグラフィックだけでもなく… それら全てを合わせたものを作ろうと。マルチメディアコンテンツが持つ教育効果と、ゲームが持つ探索の楽しみを融合させることが目標でした。

Vicky: そうなんです。VR旅行という従来にないジャンルに何が必要なのか、どんな内容なら楽しんでもらえるのかを知るために、数えきれないほどユーザーテストを繰り返しました。そこから分かったのは、人は現実に旅行するとき、一つのエリアを自由に見て回り、そこから次に何を見に行くか決めるというやり方を好むということです。

バーチャル旅行でもやはり同じスタイルが好まれ、それを楽しくユーザーフレンドリーに行うことが求められました。そこで『Beyond Tokyo』では、ユーザーがエリア内を自由に歩き回り、現実にはどんな風に見えるかを知り、興味を引かれたものがあれば豆知識を参照し、物事にまつわるストーリーを体験することでそこに文化的に深い意味があることが分かるようにしました。

——東京のどこを観光できるのですか? Beyond Tokyo (東京を越えて)というタイトルからして、都外にも行けますか?

Vicky: かなり沢山の場所に行けますよ。渋谷のスクランブル交差点、ハチ公像、原宿、明治神宮といった人気スポットはもちろん、自分で釣った魚を食べられる寿司店や「風の電話」ボックスといった、一般的な観光ではなかなか行かないような場所も収録しています。私たちは定番の人気スポットから「その先」、飾らない日本の素顔も見てもらいたいと思っています。日本に住む人々の暮らしや、見過ごされがちな場所に秘められたいわく、日本人の価値観や文化の本質を伝えるすばらしい物語を知ってもらいたいのです。

Zach: 「風の電話」のエピソードはその好例だといえます。これは岩手県大槌町に住む男性が、2010年に亡くなった従兄ともう一度話したいという思いから、風の吹き渡る高台にある自宅の庭に電話ボックスを作り、電話線のつながっていないダイヤル式電話を置いたものです。1年後、[東日本大震災による]津波がこの地域を襲い、多くの人命を奪いました。

件の男性は、遺族が犠牲者への思いを風に乗せて伝えられるよう、「風の電話」を誰でも使えるように開放しました。以来ここには、今は亡き大切な人をしのんで訪れる人が後を絶ちません。ちなみに、これについてはNHKがすばらしいドキュメンタリーを制作しています。米国でもThis American Lifeに取り上げられましたので、ご関心がおありの方はそちらをどうぞ。

悲しい話ではありますが、あえて取り上げたのは、このエピソードは日本文化について、さらには人間というものについて、非常に多くを語ってくれるからです。これは人が静かに悲しみから立ち直る力、この国の文化に根ざすスピリチュアリティの重要性についての物語です。何より、私たちはみな、同じことに悲しみ、慰め、そして希望を見いだすことができる同じ人間なのだということを教えてくれます。

——エピソードといえば、「忠犬ハチ公」の話も取り上げておられるそうですね。

Logan: はい、感動的で日本文化の根底にある価値観を伝える話だと思ったので。ハチの物語はおそらく日本で最も有名な実話といってもいいでしょう。渋谷に銅像まで建てられているぐらいですしね! ハチは東京帝国大学(現在の東京大学)の上野教授の飼い犬でした。毎朝、出勤する教授に駅まで付いていき、夕方帰ってくるまでそこで辛抱強く待つのが日課でした。

ある日、教授は大学で脳溢血に倒れ、そのまま亡くなってしまいました。それでもハチは帰らぬ人となった教授を待ちつづけました。10年近く、雨の日も風の日も、渋谷駅の前まで迎えに行きました。そうしてついに死んだ時には、「忠犬ハチ公」として日本中に知れ渡るまでになっていました。

私たちはこの心打つ物語が日本人の価値観をよく伝えていると感じました。忠誠心や義理堅さを重んじる心が、美しい絆と愛となって表れています。


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——『Beyond Tokyo』では日本の都市伝説も取り上げているそうですね。いくつか紹介していただけますか? 荒唐無稽すぎたり時間がなかったりしてカットされたものがあれば、ぜひそれも。

Zach: 日本や東京、渋谷には無数の都市伝説があります。たとえば「深夜3時36分きっかりに渋谷のスクランブル交差点を渡った人は消えてしまう」というもの。これはYouTubeに検証動画が何本も上がっているぐらい有名です。新宿にある「LOVE」という文字の形をしたオブジェには、「体を触れさせずにVとEの間をすり抜けられたら恋が実る」なんていう微笑ましい言い伝えがあります。『Beyond Tokyo』でも実際に試せるようになっています(笑)ある伝説をどうしても取り入れたくて、渋谷を上下逆さまにしたレベルやシーンを丸ごと作ったりもしました。

アプリ内では他にも色々な都市伝説を紹介しています。中にはちょっと怖いものも、家族向けアプリとしては十分すぎるほど入れ込みました。たとえば明治神宮には「清正井」という井戸があって、ここは「パワースポット」だといわれています。日本では自然の強いエネルギーに満ちた霊地のことをそう呼ぶのです。この井戸の写真を携帯の待ち受け画面にすると幸運を招くというので、いつも長い行列ができているぐらいです! でも、この井戸については怖い話もあります。井戸を掘らせた加藤清正という有名な武将は、実は毒殺されたとも言われています。そのため、神宮にお参りをせずに井戸を訪れた者は、怨霊に祟られてしまうのだとか……

——それは怖い! 他にはどんな伝説がありますか?

Zach: 渋谷の千駄ヶ谷トンネルは墓地の下を通っている、古くからの心霊スポットです。多くの人が「トンネルの中を歩いていたら長い髪の血まみれの女に追いかけられた」「車で走っていた時にルーフに死体が落ちてくる音が聞こえた」と主張しています。僕は絶対に行きたくないです!

——全体的な話に戻りましょう。今後、VRは旅行業界で重要な役割を果たすことになるでしょうか? それとも、実際にはどこにも行かないのに旅行した気になるという点で相容れないものといえますか?

Zach: VRの真価は、現実世界の代用品を提供することではなく、今までにない世界や体験を創り出せることにあると思います。(現実の)旅行は異文化に触れる一つの手段ですが、それが目的なら本を読んだり映画を見たりしたっていいわけです。私たちの目標は、VRに一つの新しい世界を作り出すことで、人々が異文化の中に身を置き、じかに体験することでその文化を学べるような、新しい手段を確立することでした。「このまま技術が進歩していけば、いつか誰も旅行しなくなる時代が来る」と言います。それは起こりうる話でしょう。しかし私は、場所に対する知的好奇心をかきたて、愛着を持ってもらうことができれば、それこそが旅行の動機になってくれると信じています。

——最後の質問です。皆さんは東京の中でどこが好きですか?理由も聞かせてください。

Vicky: おいしい物が食べられる所ならどこでも。そういう場所は東京中にたくさんあります。店探しには「食べログ」という、Yelpに似たサイトを使っています。あと、デパートの地下売り場で色々なお惣菜やスイーツを見て回るのも大好きです。時間があるときは公園をのんびり散歩するのもいいです。

上野公園とか、皇居の辺りとか……周りのコンクリートジャングルとは気持ちいいほど対照的で、癒される気持ちになります。でも一番楽しいのはやっぱり、地元の友達と出かけて今いる場所とか、今食べているものとか、周りの人々について蘊蓄を聞かせてもらうことかな。そうやって新しい知識や物の見方の違いや、知らない食べ物にめぐり逢えるのが旅の醍醐味です。

Logan: 僕は新宿と渋谷が好きです。いつもにぎやかで活気があります。でも、よく行くのは原宿かな。独特のファッションや建ち並ぶ店や、狭くて曲がりくねった道がいいんです。明治神宮や代々木公園にも近くて、気分転換にちょっと自然の中を歩きたいときには格好の散歩コースになります。

あと、僕はおもちゃコレクターなので、秋葉原も好きです。世界のオタクの首都だし。でも、行くのはどっちかというと中野ブロードウェイが多いかな。あそこには世界的にも珍しいコレクターズアイテムを扱っている店がたくさんあるんです。

Zach: 御茶ノ水の明大通りが好きです。別名「ギター通り」というぐらいギターの店が多い所なんです。私は音楽が趣味で、自分でもベースギターを弾くので、そこでは何時間でも過ごせます。昔は中古レコード店もたくさんありました。ほとんどはなくなってしまいましたが、今でも残っている店では古いレア盤の掘り出し物が見つかったりします。ちなみに御茶ノ水という地名は、江戸時代に将軍が飲むお茶を淹れるために神田川の近くの湧き水を使ったことから来ているそうです。それから、明大通りは名前のとおり学生街でもあるので、小さいけど安くて美味しい飲食店がたくさん見つかります。

そうそう、春に観光するなら目黒もいいですね。目黒川の両岸には数百メートルにわたって約800本の桜並木があります。桜が咲く季節の眺めはすばらしく、特に中目黒桜まつりのライトアップで見る夜桜は最高です。東京に住んでもう何年も経ちますが、いまだに信じられないほど美しく感じられます。

——本日はお時間を割いていただき、ありがとうございました。


『Beyond Tokyo』は現在、VIVEPORTで配信中です。またVIVEPORTサブスクリプションでもご利用いただけます。


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