パパ:「すごい、こんなに近いの!? 想像以上に近い」
ViANKiE:「目の前にお客さんがいますね!」、「こんなにお客さんが近くにいるライブ実は初めてなんです!」
VSingerのViANKiEと相棒のパパが、登壇して叫んだ言葉だ。VRChatのライブでの観客との距離は、本当に触れられるくらいに近い。ViANKiEは楽しそうに、ステージから観客に手を伸ばした。
11月25日(金)~11月27日(日)、VRChatで24時間以上に渡る音楽イベント「AWAKE24」が開催された。参加アーティストは30組以上。オールジャンルでVRChat上やYouTubeで活躍している豪華なミュージシャンが集まっていた。
会場は現実のライブハウスをイメージして制作されたワールドで、定員は最大50名。話題のイベントなのでいわゆる「JOIN戦争(※ワールドのオープン直後からアクセスが集中する様を指す言葉)」が起こり、満員で入れない、という状態が頻繁に続いていたくらいだ。
YouTubeでの中継配信も行われており、アーカイブが一部残されている。
数字だけを見ると50人は少なく思えるかもしれない。しかし会場の中にVRヘッドセットをつけて実際に入ると、50人の会場はものすごく大混雑の状態。VRだから、誰かとぶつかったりはしないけれども、リアルだったらそうそう動き回れなかっただろう。
結果、AWAKE24は大盛況。筆者自身も2日間のうち、かなりの時間この空間で音楽に触れてみたのだが、これは配信だけではなくVR空間に人を入れてやる意味のあるライブだと感じた。
今回はAWAKE24の演者を何人かピックアップしながら、「ライブハウスをメタバースで再現する意味」を探っていきたい。
PHAZE
伸びがいいジャズ系のボーカルが特徴のあき、キーボードのシェル、ベースとトラックメイキングのDizによる、VRChat内で生まれたバンドPHAZE。エレクトロスイングのメロディと、攻めの姿勢のボーカルが気持ちのいい5thシングル「Dangling」をはじめとする、様々なジャンルの曲を聞かせてくれる超テクバンドだ。
メタフェス、エンタス4周年イベントなどにも出演し、配信でも頻繁にセッションをしている3人。ライブ慣れしたステージングで、トップバッターとして一瞬で場を熱くした。流れるようなキーボードさばきと、うねりまくるベースの気持ちよさも、ぜひ聴いてほしい。
わかりみ団
6人バンドという大人数編成で登場したポップバンドわかりみ団。キュートな歌声で場をハッピーにするぴぴこを中心に、ピアノとキーボードで音の厚みをぐっと膨らませた楽しい曲を披露してくれた。そもそも6人がアバターで登場しつつ、リアルタイムで演奏し、音がきれいに揃うこと自体が技術の進歩を感じる。
アップテンポで楽しい曲がメインのバンドだが、ラストにかっこよさ抜群の「影包丁」という曲を持ってきて会場を驚かせた。ミュージシャンとしての可能性がまだまだあるのを見せつけてくれた、今後も楽しみなバンドだ。
ViANKiE
R&Bスタイルの曲を軽快に歌うViANKiE。本人と相棒のパパが明るいテンションなのもあって、よく笑う楽しいMCパートになっていた。歌はとてもソウルフル。洋楽ボーカルのテクニックを駆使した歌唱力とムードあふれるメロディが、会場を大きく横揺れさせていた。会場とステージの間でどうしても音の遅延のズレはあるものの、彼女のコールアンドレスポンスで大盛りあがり。声を思い切り出して楽しめるのは、今の御時世だとVRならでは。
呆
今回唯一の実写出演のボカロP呆(あきれ)が初音ミクと共に出演。「AWAKE24」はオールジャンルで楽しむフェス、というのを象徴づけるようなステージで、縦横に揺らすリズムだけではない、トリッキーな変拍子曲を披露。「踊りにくいでしょこの曲」などのぬるっとしたトークが笑いを誘いつつ、一気に自分の音の世界に会場を引きずりこんでいたのは見事。
他の音楽イベントでも行われているこの出演スタイル、バーチャルもリアルも関係なく音楽を披露していく場としてVR上でもっと増えていきそうだ。
93poetry
「ポエトリーリーディング」という、曲にあわせて詩を読む表現手法で音楽を作っているのが93poetry。聞いたら脳に残る鮮烈な言葉を用いて自分の心の内を語ることで、聴く人みんなの中にある普遍的な感情を刺激してくる詩人だ。
今回のライブでは情緒をぐちゃぐちゃにされた人多数。音と言葉がどれだけ表現として訴えかけてくるかがよくわかるステージなので、ぜひアーカイブを見てみてほしい。
「バーチャルなんて言わせねえぞ、メタバースなんて言わせねえぞ、この光景は絶対現実だ。服着てるのと一緒でアバター着てるんだよ」という言葉が何を意味するのか、一人の表現者の思いの丈として聞いてもらいたい言葉だ。
魔法少女シュネー
急遽代打でステージに登った魔法少女シュネー。パンチの効いた力強い歌声や繊細な表現で曲を披露しつつ、手から光を放ったり、ステッキから稲妻を放ったりと視覚的エンタメも見せてくれた。
またゲスト出演のK.ᴗ.Ambientflowは、キーボードのまわりに触ると鳴るクリスタルを設置。観客が触って音楽に参加できるというユニークなパフォーマンスを見せた。これはVRChatに追加された「PhysBone」という、他人や自分が3Dモデルに触って干渉することができる技術を応用したもの。VRChat上でのライブは日々プレイヤーたちの技術によって進化し続けているのがよくわかる。
JOHNNY HENRY
「AWAKE24」の主催であるYAMADAと、ギター藍葉じるあ、ベースMoiri、ドラムYukiHataによるグループJOHNNY HENRYは、バーチャルで活動するバンドのトップランナーのひとつ。ブルースを基調としたノリの良い60年代スタイル曲を、テクニックのあるメンバーで軽快に演奏してくれるため、会場はみんなノリノリ。
「AWAKE24」に対する思いも、彼らのバンド活動自体も、ブルースそのもの、ロックそのものなので、音楽の説得力が抜群に高い。ライブの大トリとして、楽しく、かつしみじみとステージを盛り上げてくれた。
感覚的近さが演者と観客にもたらすもの
冒頭のViANKiEの発言のとおり、「AWAKE24」で使用されたライブハウス「AWAKE」は舞台と観客の距離をものすごく近く設計している。
観客が至近距離で、演者に手を振ったり声をあげたりハートを飛ばしたりする。人間として向き合っている感覚を、お互いがリアルに得られる距離だ。
YAMADA「VRChatの音楽イベントだと配信オンリーっていうのが多かったりするんだけど、そっちはそっちの文化はあるけど、俺たちはやっぱり目の前にお客さんがいて、目の前のお客さんに届けるためにライブをしてっていうのが好きだから」
YAMADA「届けたい相手が眼の前にいることが、こんなに幸せなんだっていうのは、今日出てくれたAWAKE24出演者のみんなもわかってくれたと思うから。それをできる場として『AWAKE』という場所を大切にしていきたいと思います」
JOHNNY HENRYのボーカルにして、この企画の主催者、VRライブハウス「AWAKE」のオーナーであるYAMADAは、ステージでそう語った。
泥臭い人間的な、アーティストとしての根本にある情熱が、最新の技術を駆使したライブハウスを維持している。
「ライブハウス」という作品
VRChat上には世界中数多くのライブハウスやクラブが存在する。そのどれもが、作者の思いのこもった「作品」になっているのは注目したいポイントだ。
今回の舞台である「AWAKE」は、下北沢にあるような数十人の箱としての「ライブハウス」をできるだけリアルに再現するのを目標に、約3年間改装を重ねている。
レンガ造りの壁、天井のパイプ、たくさんの照明器具など、細部まで作り込まれている。全く必要のないコンセントなども、あるべき場所に設置されているあたりにこだわりと遊び心が見られる。舞台には緞帳がかかっており、演者ごとに開くのもワクワクさせられる。
それでいて複雑に作りすぎるとワールドが重くなってしまうので、できる限り軽くする工夫もなされている。
照明にはかなり力が入っており、前回と比べると違いは一目瞭然。光が当たることで出演者がちゃんと照明の影響を受けるようになっている。これはシェーダー(3Dオブジェクトが映像になるときに、見え方の陰影処理をするプログラムのこと)を使ったテクニック。全員を引き立てるライブハウスらしい演出のために、技術の粋が盛り込まれた。
演者と観客だけでなく、そのために作られたライブハウスもまた、作品として立派な主役。「イベント」とはワールドクリエイターによる、VRでしかできない技術の結晶のお披露目の場でもある。
入りやすいVRライブ環境
VRライブハウスは音楽ライブ初心者にこそおすすめしたい。というのもリアルのライブだとハードルになる部分が、かなり緩和されているからだ。
まず人に溺れずに済む。リアルだと見たい位置に移動するのも難しく、結果動けないまま、なんてことはザラ。しかしVRライブハウスなら、ぶつからず、すり抜けていくので、移動がめちゃくちゃ楽だ。
リアルライブだとスピーカー前の音が大きすぎて、難聴になるおそれもある。しかしVRでライブハウスはワールドそのものの音量を個々にいじれるので、場所取りに気を使わなくてもいい。隣の人と話したい場合は二人の会話だけ大きくして、遠くの人の会話が聞こえなくなるようにするシステムもVRChatにはある。
音質が改善され、(VRChat以外のアプリも使って)みんなで演奏しても遅延が起こりづらくなった。音楽を聞くための場としてのVRChat上の質は、かつてよりどんどん高まってきている。
いつでも離脱できるのも利点だ。休憩したい場合、リアルだとどうしても抜けづらい空気が出てしまう。しかしVRならその場で即落ちできるし、それをどうこう言う人もいない。24時間イベントだとなおのこと、簡単な出入りができることはとても重要だ(ただし、戻ってきたら人数が埋まっていた、という場合だけは現時点ではどうしようもない)。
YAMADA「ライブハウスっぽく作ったし演出面でライブハウスっぽく見える努力はすごいしたけど、なんだかんだ出る人がさ、半端だったら結局はライブハウスじゃなくてお遊戯会になっちゃう可能性だってあるわけじゃないですか。それをみんなそうしないつもりで『AWAKE24』に食って掛かってきたイベントだから、そういう覇気みたいなものを24時間浴び続けているので、俺は今無敵のような気がしています。」
VRChatで活動するアーティストが、各々の信じる表現を切磋琢磨し続けた結果が今回の「AWAKE24」だ。
今回は公募枠があって、立候補したメンツが舞台に立つ時間が設けられた。それに対し主催のYAMADAはMCで「わざわざ応募してくださるだけあってみんな熱がすごくて」「全員殺すみたいな覚悟でくる」と語っていた。
VR上でのライブは確かに、リアルをどう模倣するかというのも大切なポイントではある。だからといってごっこ遊びをやっているわけではない。表現者たちは本気だ。お互いに負けていられないというフェスならではの思いは、リアルと同じくらいに熱い。その情熱がVRChat上で燃えていることは、今後どんどん知られていってほしい。