リアルの創り方『現実創造』-フィクションの中のVR【第6回】

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(チャールズ・L・ハーネス/中村融 訳/河出文庫『20世紀SF①1940年代 星ねずみ』収録/原題 The New Reality)

チャールズ・L・ハーネスは1940年代から80年代を中心に活躍したアメリカのSF作家ですが、邦訳された作品はあまり多くありません。

しかし奇想天外なアイデアを惜しげもなく投入して読者を楽しませるのを得意としており、その手腕は数少ない邦訳作でも十分に味わう事ができます。

今回紹介する『現実創造』もそのひとつ。1950年にアメリカの雑誌に発表された短編小説ですが、作中でアクロバティックな理論が展開され、読後には現実認識がひっくり返るような驚きが読者を待ち受けています。

本作にVRは登場しませんが、VRについて考える上で非常に興味深い考え方を示しています。VRとは、そしてそもそも「現実」とは何なのか。そんな疑問をつきつめて考えてみるのも面白いかもしれません。

本体論学者のプレンティスは、物理学者ルース教授がある理論に基づいた実験を行おうとしている事を知ります。その実験は現実の形を変えてしまうほど危険なものでした。プレンティスは<局>と呼ばれる機関のエージェントとして実験の阻止に向かうのですが、妨害にあってしまいます。
果たして彼は実験を阻止し現実を守ることができるのでしょうか。

本作に登場する「本体論(オントロジー)」とは、「現実を探究する科学」の事。手元の『広辞苑 第四版』によれば「存在論」と同義とされており、<あらゆる存在者が存在者としてもつ共通の規定(存在すること)やその根拠を考察する学問>とされています。難しいですが、つまり「存在するとはどういう事か?」を研究する哲学です。
主人公のプレンティスはこの本体論を通して現実とは何かを追求します。

なんだか難しい事を言っているけど、現実ってそりゃ、この目に見えている世界の事でしょ?と普通は思う訳ですが、いやいや、現実というのは意外と脆いものなのかも知れないぞ、というのがこの小説のテーマです。

作中では<局>に集まった多くの専門家たちと共にプレンティスが議論する場面があります。集まったのは心理学者、原子核工学者、化学者、冶金学者など。そこでなされる会話が非常に興味深いので、以下に引用します。

「審理をはじめるにあたって、基本的な問題を検討することにしましょう。ミスター・プレンティス、現実とは何ですか?」
本体論学者はひるんだ。現実に関する理論の概要を述べるのに、博士論文では二百ページがいった。[中略]
「そうですね」彼は渋い顔でいいはじめた。「白状しなければなりませんが、本当(リアル)の現実(リアリティ)がどんなものなのかはわかりません。われわれの大半が現実と呼んでいるものは、受容した知覚を統合した合成物にすぎないのです。われわれ個々の精神のなかにある作業仮説でしかなく、永久に訂正の過程にあるものです[以下略]」

以後、それぞれの専門家の立場から「現実とは何か」という討論が始まります。この場面は短い中に膨大な知識が投入されており、文系出身の筆者には正直完全には理解できませんでしたが、「リアルなリアリティ」について理論的に検討していく過程はかなりエキサイティングです。

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“The New Reality”が収録された短編集“The Rose”

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初出雑誌“Thrilling Wonder Stories”

さて、引用部分の「われわれの大半が現実と呼んでいるものは、受容した知覚を統合した合成物にすぎないのです」という台詞はVRの観点からとても重要なものに思われます。
つまり私たちが現実だと感じているものは、視覚・聴覚・触覚等の感覚器官が受容したものの結果でしかない訳で、現在のVRはまさにこれら感覚器官に働きかけることでもう1つの現実を創りだす事に挑んでいます。Mogura VRでも最近関連する記事がありましたね、参考にリンクしておきます。

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小説の話に戻ります。現実というものは簡単に書き換えられるものなのかも知れない、という観点から作者が発展させていく理論はかなりぶっ飛んでおり、この理屈をさらに押し進め「つまり現実だと思われているものは人間が創り上げてきたものなのだ → だから人間に壊す事もできる」というものすごい話になっていきます。

ここまでくると、そんなバカなという感じですが、考えてみたらこの世界観は映画『マトリックス』の世界と少し似ています。こんな小説が1950年に書かれていたのだから驚きます。

物語のラストはとんでもないことになってしまいますが、SF小説ならではの壮大なスケールのハッタリ話に騙されてみるのも楽しいものです。

「新しいリアリティ」という意味の原題が、「天地創造」を意識した邦題になっているのも注目です。