少年と宇宙戦争とシミュレーション『エンダーのゲーム』-フィクションの中のVR【第2回】

アメリカのSF作家オースン・スコット・カードが1985年に発表した『エンダーのゲーム』は、作者の代表作である<エンダー>シリーズの第1作です。これは元々1977年に発表した短編小説を長編化したもので、アメリカSF界で最も権威ある賞、ヒューゴー賞とネビュラ賞を両方受賞するなど、高い評価を受けています。

未来、2度にわたる昆虫型異星人バガーの侵略を何とかしのいだ人類は、3度目の攻撃に備えバトル・スクールを設立し、優秀な指揮官の養成に乗り出していました。この頃地球では政策により子供は2人までと決められていましたが、最初の2人の優秀さが認められ、特別に3人目の子供としてウィッギン家に生まれたアンドルーは6歳にしてバトル・スクールで才能を発揮、一足とびに同級生たちを出し抜いていきます。

この小説はエンダー(ender=終わらせる者)という異名を持つ主人公アンドルーがスクールで頭角を現し、やがて宇宙艦隊の指揮官へと育っていく成長物語です。

本書はタイトル通り「ゲーム」が重要な要素を担っています。ここで言うゲームとは娯楽としての「遊戯」ではなく戦争に勝つためのシミュレーション、つまりVRの事。戦争における失敗は死を意味します。いつ攻めてくるかわからない敵との戦闘訓練なのですから無駄な消耗は避けつつ戦闘スキルを上げなくてはなりません。そのような訓練にVRはうってつけという訳です。これは様々なパターンの訓練をVRなら繰り返し試みることが出来る、という特性のためです。

参考に『クリエイターのためのSF大辞典』をひも解いてみましょう。ヴァーチャルリアリティに関する項には次のように記されています。

<VR技術は、軍隊で危険が伴ったり予算がかかったりする訓練(例えばパラシュート降下など)の代替として使われたり、失敗の許されない医療の現場での教育に導入されたりしています>

『エンダーのゲーム』に直接「VR」の語は登場しませんが、異星人との戦いに敗れれば地球滅亡につながる訳で、彼らが取り組んでいるシミュレーションはまさに「軍隊の訓練」「失敗の許されない現場」におけるVRといえます。実際、米陸軍では訓練にVRが採用されていることが明らかになっています。

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主人公エンダーはVRを通じて自分の存在意義を知り、そしてやがて過酷な運命に直面することになります。

結末にはある仕掛けがあり、読者は驚かされる事と思います。読み終えて「エンダーのゲーム」というシンプルで素気ないタイトルを見なおすと、このタイトルが重層的な意味を持っていることに気付くでしょう。この小説は少年の成長物語であると同時に、戦争小説でもあります。

さて、他にも本書で注目すべき点は作者の先見性です。

作中ある2人の人物がネット上で政治的に世論を誘導するのですが、表向きは双方が極端な言説で衝突しつつ、実は裏で協力してシナリオを描き世論を自分たちの求める方向へ動かすという手法をとります。個人がネットワークを通じて世界の言論を揺さぶっていく描写は1980年代に書かれたとは思えないほど現代的です。また他にもノートPCもしくはタブレットPCらしきアイテムが登場するなど、インターネットという概念がほとんど一般的ではなかった時代にこれらをさらっと書いている事に驚嘆させられます。

本書は2013年に映画化されています。映画版の方は比較的原作に忠実に映像化されていますが、多くのエピソードがカットされているため物足りなさを感じるかも知れません。また、前述の通り本書はシリーズの1作目であり、続編やスピンオフが多く書かれています。それらを読むと、本書が実は壮大なサーガの序章に過ぎない事がわかります。

◆参考文献
『クリエイターのためのSF大辞典』(高橋信之 監修/ナツメ社)

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