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VR動画 2018.06.18

カンヌ映画祭への挑戦、日本発のVR映画「ブルーサーマルVR」(後編)

(本記事はカンヌ映画祭におけるVR映画レポートの後編です)

筆者はカンヌに5日間滞在しました。その間はなるべく多くのVR映画を見るために、毎日朝から晩まで会場に足を運びます。残念ながらスクリーンの映画は一度も見れませんでしたが、それもそのはず。スクリーンで上映される映画は大変人気が高く、チケットは手に入れるのは非常に困難なのです。会場の外では「チケットを譲ってください!」と書かれた看板やカードを持った人たちがたくさん並んでいるのを見かけました。

さて、VR映画の状況はまだまだとはいえ、これほどまでに賑わうカンヌ映画祭の中で作品のスクリーニングができるのは本当に素晴らしいことだと思います。本当に活気があり、カンヌ映画祭はやはり映画人にとっての夢の舞台と言えるでしょう。

では、本題となる、日本チームのスクリーニングの話をしましょう。

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日本初!カンヌ映画祭スクリーニング「Japanese Fun VR Film」

360度動画を視聴できるコーナー「NEXT VR THEATER」の29あるプログラムのひとつとして、日本のVR映画から3作品が上映されました。スクリーニングテーマは「Japanese Fun VR Film」ということで、日本の魅力的な作品を厳選しています。

1作品目はVR×漫画ということで、人気漫画「ブルーサーマル -青凪大学体育会航空部-」を実写VR映像化した作品「ブルーサーマルVR -はじまりの空-」。今回は初公開ということもあり、上田慎一郎監督と廣瀬敏プロデューサーにも来てもらえました。2作品目はVR×特撮として日本を代表する特撮ヒーロー「ウルトラマンゼロVR」、3作品目はVR×伝統芸能をチョイス。こちらも日本を代表する狂言師の茂山家出演「棒しばり」を上映することに決定しました。

埼玉県のVR映像制作人材育成プログラムから生まれた「ブルーサーマルVR」

そもそもの話、今回カンヌ映画祭でこのような挑戦ができたのは、埼玉県との取り組みで世界に通用するVR映像制作者を育成するプログラムが行われていたからです。

「ブルーサーマルVR」の監督は、すでにスクリーン映画で世界各国から数々の賞を獲得している上田慎一郎氏です。VR映画作品は初のチャレンジでしたが、監督の演出手法への飽くなき探究心によって、新しいVR映画作品が完成したと考えています。埼玉県の手厚いサポートがあったとはいえ、監督自身が大変興味を持ってVRを研究し、VRを使ったストーリーテリングを考えたのだと思います。

もともと漫画という媒体が原作であるため、VRの特色を生かした映画を制作するというのはかなり難しかったのではないでしょうか。VR映画という媒体はゲームと異なりインタラクションが薄いため、漫画などの登場人物に没入感をもってなりきることは難しいという側面があります。

その中で上田監督は原作に寄り添いながら、VRならではのストーリーを考案しました。そして、原作に登場しない新しいキャラクターを生み出したのです。原作に登場しない新しいキャラクターこそ、VRを体験する人、その人そのものなのです。

他の登場人物が自分に向かって語りかけてきたり、グライダーで空を飛ぶ体験もできます。これは単なる一人称映画とは異なり、自分の憧れの漫画の世界に入り込み、キャラクターと一緒にストーリーを体験できる作品に仕上がっています。VRの特徴を生かしたストーリーテリングをする上で生まれた上田監督の素晴らしいアイデアです。
 

いよいよ日本チームのスクリーニング!

カンヌ映画祭の3日目、15時からが日本のスクリーニングでした。3日目の最初の回はロシアのスクリーニングが行われていましたが、当日は金曜日の朝ということもあり、30席の席に4人ほどしか体験者はいませんでした。

14時の韓国のスクリーニングには5、6人の体験者はいたものの、作品が終了する前に席を立つ人が現れ、最後まで体験していたのは3人ほど。この後にスクリーニングを行うのは、正直言ってかなり不安な状況でした。

そのような心境で迎えた15時のわずか5分前、今まで閑散としていていた会場に少しずつ人が集まってきました。先ほどまで心配していたのが嘘のような光景で、最終的には30席が満席に。満席となった後も、体験希望者が次々に会場に訪れていました。それまでと比較してあまりの盛況ぶりに、他の会場から様子を見に来る人も。オフィシャルカメラがスクリーニングの状況を撮影するほどの盛り上がりに。カンヌの中で、いかに日本のコンテンツが注目されているかが分かった瞬間でした

この注目の高まりは、過去の日本のスクリーン映画作品やアート、文化が培ってきた価値だと思います。会場に集まった人たちの多くはまだVRを体験したことがないようで、慣れない手つきでVRヘッドセットを装着していました。

最初に上映されたのは「ブルーサーマルVR -はじまりの空-」。ところどころ笑いが起こったり、グライダーで空を飛ぶシーンでは360度をクルクル見回しながら作品を体験していました。続く2作目は「ウルトラマンゼロVR」、何も音の無い中でのスクリーニングなので、とても静かな時間が流れてゆきます。ウルトラマンゼロや怪獣が現れるシーンでは、VRヘッドセットをつけた人々が一斉に同じ方向を振り向いたり、見上げたりするのは非常に興味深い瞬間でした。

そして最後は「狂言 棒しばり」です。冒頭に英語テロップで舞台の説明をして作品が始まります。ただ演目中は日本の舞台に没入してもらいたいという考えから、英語字幕をあえて入れなかったのですが、ちらほら飽きた顔をする人たちもいるようでした。説明がないと少し入り込むのが難しい作品だったのかもしれません。ですが、最後まで30人全員が席を立つことなく、スクリーニングが無事に終了しました。

スクリーニング終了後、我々の元に5、6人の視聴者がやってきて、作品の熱烈な賞賛や感想を述べてくれました。特にアメリカ人ジャーナリストの方は作品一つ一つの感想を細かく話してくれたり、気になった点を指摘してくれました。映画祭はビジネスをする場ではありますが、このような純粋な感想や意見交換は本当に嬉しい瞬間でした。

最後に:カンヌで見つけた注目作

日本チームのスクリーニングは無事成功に終わりました。さて、最後に、私がカンヌで見た注目作についてお話しさせていただきたいと思います。

まず、注目したいのは過去にエミー賞を受賞している「Invasion!」の制作会社Baobab Studioが発表した新作です。作品の内容はまた別の機会にお話したいと思いますが、今回発表された「CROW: THE REGEND」は、6DoF(回転と上下左右前後の移動)を使った新たな表現方法にチャレンジしています。実はこの作品の前に彼らはトライベッカ映画祭で「JACK」という6DoFのバックパックPCを背負うタイプの作品も発表しています。Baobab Studioは360度映像を眺めるタイプの映像から、360度のバーチャル空間を動くことができる体験での新たなストーリーテリングを考え始めています。

次に注目した作品は、初期の頃からVR映画業界を牽引している制作会社Withinの作品です。今回のカンヌ映画祭で「Chorus」という作品を出展しています。この「Chorus」はサンダンス映画祭でも発表していたのですが、6DoFはもちろんのこと、コントローラーの操作を取り入れることで、よりインタラクティブな作品になっています。Withinもトライベッカ映画祭で「LAMBCHILD SUPERSTAR: MAKING MUSIC IN THE MENAGERIE OF THE HOLY COW」という6DoFのインタラクティブな作品を発表していました。彼らも今までの360動画を眺めることでストーリーを紡いでいくような作品から、空間内を移動し、インタラクションが必要な作品にチャレンジし始めています。

この2社の動きを見ていると、VR映画も新たな進化をしているように感じました。360動画を眺めるタイプの作品に関しても、映像を360度眺めるという性質はそのままに、その中で新たな表現がたくさん生まれています。一方でVRの可能性を探りながら、ストーリーテリングに活かしていくような挑戦をする作品も少しずつ増えて来ています。色々な映画祭に足を運ぶたびに新たな手法の作品が出てくるので、映像の進化はまだまだ止まらない、と思いました。

 

しかしカンヌ映画祭はVRを取り上げはじめてまだ間もなく、コンペティションも行われていません。あくまで“次世代の映像表現ツール”という枠組みで研究が始まったばかりではないでしょうか。スクリーン映画と比較して、注目度や作品の品質、規模はまだまだ及びません。スクリーン映画とVR映画の間には、まだ大きな“距離”がある——カンヌ映画祭のメイン会場へと続くレッドカーペットを見ながら、そのように考えたのでした。

上記コンテンツの詳細情報は下記を参考にしてください。
「ブルーサーマルVR –はじまりの空-」
http//bluethermal-vr.com/

「ウルトラマンゼロVR」
https://m-78.jp/ultravr/

「CROW: THE LEGEND」
http://www.baobabstudios.com/crow/

「Chorus」
https://www.with.in/watch/chorus
 
※本記事の内容はあくまで私見に基づくものです。ご了承ください。


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