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VTuber 2023.03.08

名取さな、5年目の“バーチャル”な物語 「さなのばくたん。」で描かれたパラレルな彼女の姿

元気いっぱいで明るいナース。ダジャレが大好きで威張り散らす王様。冗談を言い合えるクラスメイトのような存在。ミームに長けているインターネット女子。素敵な作品を観せてくれるエンターテイナー。それが、名取さなというVTuberだ。

3月7日、彼女の誕生日イベント「さなのばくたん。」が今年も行われた。2023年のサブタイトルは「ハロー・マイ・バースデー」。毎年行われているこのイベント、今年も楽しい企画で盛りだくさんだった。

しかしこのイベントは後半、ファンの心を激しく動かすことになった。よいライブだったから、だけではない。VTuberが「バーチャル」であるがゆえに描くことができる物語を、名取さなは数年ごしに大きく進展させたからだ。

(※以下記事には本イベントの重要なプログラムのネタバレがあるので、ご注意ください。アーカイブはこちら。)

もうひとりの「患者名取さな」

何が起きたのかは、公式Twitterでもすでに公開されている。名取さなの本心、本体とも言える存在(以降「患者名取」と仮に呼ぶ)が登場。自身の願望としてバーチャルに描いたナースの「名取さな」との邂逅を果たしたのだ。

患者名取が何者なのかを先に振り返っておきたい。

2018年10月13日に公開されたビデオで患者名取は登場する。何もない部屋にいる彼女は自分を「名取さなです」と自己紹介。2018年2月27日に録画したもののようで、年齢は23歳と明言している。ちょうどそれはナースの名取さながTwitterにデビューする寸前のできごとだ。病気を抱えた彼女は、ナースという職業に憧れていることを示している。

2018年3月16日に、バーチャルナースとして名取さながYouTubeデビューをする。ここでは17歳と述べているが、「バーチャル地方では0歳からナースになれる」という不思議な発言も出ている。今思えば概念的な話なのだが、この時点ですでに「何かがおかしい」と考察をしていた人は少なくなかった。

2020年3月16日、過去に撮影されたと思われる映像がアップされる。2011年4月撮影らしい。となると患者名取は16歳くらいにサナトリウムに入った、ということになり、かなり長期の入院をひとりきりでしていたことが明らかになる。ちなみに今の名取さなが17歳であることを考えると、患者名取の「なりたかった未来」としての17歳像を23歳までひっぱっていることの意味がとても大きなものになる。

この時期、名取さなと患者名取の関係の話題は多くなかった。新しく名取さなのファンになった人はそのあたりを知らなかった、あるいは忘れかけていたこともあり、この動画は大いに話題になった。

誕生日のイベントが有るたびに小出しにされていた患者名取の存在。数々の考察があがる中、決定的になったのが『モンダイナイトリッパー』のMVだった。


「私のなりたかった私の未来」としての現・名取さな。それをベッドの中でスマホで見ている患者名取。これでバーチャル・想像側が名取さなで、実在側が患者名取であると解釈できるようになった。

この患者名取と名取さなの関係性は、ファンである「せんせえ」たちの視点を大きく揺さぶることになる。普段おちゃらけて「せんせえ」たちと会話してくれる名取さなは、実際はひとりサナトリウムで孤独に生きていることになる。彼女が作る明るい空気は、患者名取の願望だ。

今回の「さなのばくたん。」で患者名取が、名取さなと邂逅した。

患者名取「私本当はナースじゃないんです。当たり前ですよね。ナースは患者さんに元気になってもらわなきゃいけないのに、自分ばっかり楽しんでいて。憧れているだけなんです。なりたいからふりをしているだけです。誰にでも優しくて、誰とでも仲良くできるナースになりたくて。何年もみんなを騙しています」「だから私はここにいる資格はないんです」

この独白を聞いて、名取さなが慌てる。

名取さな「いや、これは違くて! いや、違くはないんだけど……ずっと思っていたことだけど……」

5年かけてついに、名取さなと患者名取の感情が同じであることが明かされた。明るく話そうとする名取さなは、「ナースじゃない」と悩み苦しむ患者名取の思いから生まれた、本質的存在だと表明した上で、決意を示す新曲『ゆびきりをつたえて』が披露される。

「私は『誰もが笑顔になる私』のこと 好きなままでいられそうかな」
「思うほどこの世界は 私をズルいとか思わないみたい」
「ねえ あなたはどんな時の私が好き? 私はどんな私が好き?」

歌詞は彼女(患者名取)が自分自身(名取さな)を受け入れていく様子を描いたポジティブな内容だ。と同時にこの歌詞が成立しているのは、5年間で名取さな自身が頑張ってきたからだというのが「せんせえ」たちには伝わっていたはずだ。明るくみんなを盛り上げてくれた名取さなのことを、誰も「ズルい」「騙していた」なんていうわけがないじゃないか。

患者名取の悩みである「ナースであると騙していた」という部分について、今回のイベントで名取さながそれを受け入れ、自身で納得し、一旦の結論をむかえた。「ナース・名取さなであっていいのだ」というアイデンティティの確立と、「できないことも夢で終わらせたくない」というバーチャルであることの価値の宣言だ。

しかし患者名取と名取さなの物語は終わっていない。あくまでもこれは中継地点だ。これから名取さなが活動をするたびに、「せんせえ」たちはその背景にいる患者名取の心情と表情も頭に浮かぶようになるかもしれない。

名取さなの内面を描くミュージカル構成

今回の誕生日イベントは、外部に対しての接続はほとんどなく、全てが「名取さな」の内面の話題で終始している。途中で王様、キョンシー、生徒の名取さなが登場するが、今回に限ってはその衣装の名取さなは「パラレルな存在」ということになっている。

パラレル名取さなたちは、それぞれ悩み事を抱えている。それは別人の悩みのはずなのだが、実際は名取さなの悩みでもある、というのが次第に見えてくる。音楽をミュージカル的に巧みに入れ込み、一人ひとりの悩みを解決しつつ名取さなが歌う演出は、キャラクター表現としてかなりよくできていた。

パラレルな王様名取を見た後に歌う『パラレルサーチライト』では、パラレル化すらも楽しみながら、果てのない無限大の世界にワクワクする彼女の姿が表現されていた。

キョンシー名取がキョンシーじゃないことを吐露した後には『全部ホントで全部ウソ』というハッピーチューンが流れる。バーチャルの真髄を表したような曲だ。

学生名取が多様性のよさに気づいた後に歌われるのは『モンダイナイトリッパー』。「さ レディゴーってフリックしてうおお~っとキてシビれてブワってやっていきたいんだ人生!」は名取さなのスタイルをよく表現した一節。「うおお」という表現は「せんせえ」たちがコメント欄で盛り上がるときのコールアンドレスポンスであり、名取さなとの絆だ。

今までの名取さなの、エンターテイメントの考え方、バーチャルであることの姿勢が段階的に語られていく。笑いを絶やさず舞台を進めながら伏線が張られ、それがクライマックスでひとつの「名取さな」の生き方として収束していくステージ構成は実に見事だった。

ファンとの関係性があったからこそできたイベント

名取さなは配信者として、視聴者である「せんせえ」との距離感のバランスを非常に巧みに取っているVTuberだ。わかりやすいのは配信中のプロレススタイル。彼女もガンガン煽るし、「せんせえ」たちも煽り返す。外側から見るとびっくりするくらいの応酬があることも。名取さな配信の醍醐味のひとつだ。

同時にクラスメイトのような「近すぎず、遠すぎず」の距離感もうまい具合にたまに見せてくれる。学生名取との短い動画では「せんせえ」と名取さなの距離感が、高い解像度で表現されている(これも実際の患者名取は学校に行くことができず、憧れとして具現化したものだというのが今回明かされた)。

その上で、名取さなは高い質の作品を出し続ける。MVにしてもリアルイベントにしても、一切の妥協がない。ファンは彼女が本気で作品を作るクリエイターであることも知っているからこそ、彼女に対して敬意を払って、踏み込みすぎない。「VTuber・クリエイター」「ファン」としての一線がお互いにちゃんと引かれている。

今回のイベントは、名取さなと「せんせえ」の関係性が育まれてきたからこそ成功したと言っていいはずだ。序盤のコメントは「うおお」が飛び交いながら軽いプロレス発言も飛んでいた。会場ではおふざけでペンライトの色を変えて振っていた人もたくさんいた。話が進むたびに、コメントは応援へと変わる。そしてラストは、みんなが彼女の真意をしっかり受け止めた。茶化す声はなかった。

名取さなの「楽しい」に対して「せんせえ」たちが呼応した。それを受け止めて今度は名取さなを通じて、ファンは患者名取に感謝と応援を返した。この円環が、今回の名取さなの内面を描いたステージを成功させたのだろう。

作り込まれた「ウソ」がエンタメを生む

今回のステージを見てから彼女の5年間の歩みを振り返ると、アーカイブの見え方が一転する。ハチャメチャに大騒ぎしていたとき、患者名取はどんな顔をしていたんだろうか?

患者名取の求めていた姿がバーチャルに再現されていて、物語が配信の中に常にあったのだとしたら、その中に自分が参加できたのはなんて幸せなことだろう。5年がかりで作り込まれた患者名取と名取さなの物語の手のひらの上にいたわけだが、ファンは彼女の物語の中に参加できていたことが貴重な機会だったと気付かされる。

名取さなは今回のイベントを通じて、VTuber・バーチャルYouTuberの魅力を再確認させてくれた。理想の姿でみんなを楽しませることで生まれるエネルギーを再認識させてくれた。

VTuberで姿を変えて活動するのは、楽しいこと。その本質を信じ、物語を内包しながら5年間トップを走り続けている名取さなの舞台の上での姿は、カラフルなサーチライトに照らされて、無限の可能性の世界を楽しんでいるかのようだった。

アーカイブ配信中(3月7日(火) 21:30 ~ 2023年4月2日(日) 23:59まで)
https://bakutan.natorisana.com/e/bakutan2023

(参考)YouTube無料配信(画像)


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