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VTuber 2019.01.26

「命」を運ぶキセキ。バーチャルライバー・樋口楓1st Live “KANA-DERO”レポート

2019年1月12日に開催された、「にじさんじプロジェクト」所属のバーチャルライバー・樋口楓の単独初ライブKaede Higuchi 1st Live “KANA-DERO”は、想像を超えるイベントだった。

昨年12月30日にキズナアイが大阪公演にも用いたZepp Osaka Baysideで約2000人強を動員し、確かにその足跡を刻みつけた1日についてレポートしたい。

まず、「にじさんじ」というグループには熱心なファンが多いイメージがあるが、その中で特にファンの情熱を強く感じるのが「でろーん」こと樋口楓だ。

そのファンの情熱を引き出し続け、応え続けたことで、VTuber界でも屈指のイメージソング(持ち歌)のMV数を誇る。(MVの再生リスト

それらの楽曲は全て、ファン活動として自主的に提供された曲を彼女が歌ったものだ。
中にはYouTubeで50万再生を超える曲もあり、結果としてVTuber界の音楽シーンの一翼を担う存在にもなっている。
こうした情熱の強さがデビュー後1年未満にも関わらず、大きな会場での1stライブ開催を後押ししたと言えるだろう。

2018年の「みと夏」と対を成すイベント

「にじさんじ」が打ち出したイベントの規模としては、昨年8月にヒューリックホール東京で開催された「月ノ美兎の夏休み〜課外授業編〜」(通称「みと夏」)と様々な意味で対になっていると思う。

その動員数を上回るだけでなく、「みと夏」の“トーク”+歌のイベントに対して「”KANA-DERO”」はMCを交えた純粋な音楽イベントとなる。
ゲストも互いに入れ替わる形で、委員長(月ノ美兎の愛称)自らも「やっと借りを返す時が来ました」と思い入れ深く語っていた。

そして、「東」に対する「西」

関西圏の人は、地元意識が強いイメージもある。でろーんもその典型の「関西人」であって、大阪の会場を選んだのは本人のたっての希望だったという。

これは筆者も関西生まれなので共感できるポイントの一つなのだが、何かと「東京」を中心にしがちなイベント業界において、関西人は「東」に強い対抗意識を抱きがちである。
だから関西弁を個性とする彼女の人気や、VTuber界における立ち位置、そしてこのライブの成立はとても誇らしいものがある、と思えるのだ。

にじさんじの文化が表れるセットリスト

さて、樋口楓の同期メンバーである月ノ美兎静凛えるの3名をゲストに迎えた1stライブは、以下のセットリストで進行した。

第一部

Maple
Brand-New LIVE
焼森のファンファーレ

・ゲスト:える
 けろっぐふろっぐ!
 いけないボーダーライン(カバー)

・ゲスト:静凛
 God knows…(カバー)
 Dress me up!!

第二部

・JK3人組
 dream triangle

・楓と美兎
 アオハル
 命に嫌われている(カバー)

楓色の日々、染まる季節
ハイカラ浪漫(カバー)
響鳴
MapleDancer

WISH!
奏でろ音楽!!!

また、当日は「樋口楓1stシングル」CDとして「KANA-DERO」がリリースされている。なお、CDを含むグッズは2/1から受注生産による再販が開始予定

このライブのために制作された3曲(1stシングル収録)の他、カバーが4曲、そして前述の「イメージソング」が9曲で構成されており、実に16曲中の過半数がファンメイドの楽曲で占められていることも驚きだろう。

既存の持ち歌はいずれもファンに愛されている名曲揃いだが、今回はでろーん自身が「ライブで盛り上がりやすい」と選んだ、アップテンポでバンド演奏に合う曲が中心になっていた印象だ。

また、今回のライブに合わせて「Full Ver.」が新たに制作されたイメージソングも多く、初めて聴ける2番歌詞の内容などもライブの聴かせ所となっている。

では次から、開場前からライブ終了まで、現地の「熱」をピックアップして可能なかぎりお届けしたい。

開場前~入場


開場1時間前、物販の行列。この道の奥を右に曲がった先にも、人の列は続いている。


ファン有志たちによる、壮観のフラワースタンド群。でろーんの同期生である「モイラ」様が匿名で贈ったものや、海外から贈られたもの(「中国楓組」とのこと)まであって幅が広い。

16時から入場が始まるが、残念にも1stシングルCDやオリジナルパーカーなどが出品されていた物販はこの時点でほぼ完売している(グッズはリストバンドのみが残る状態)。

入場受付の近くには出演メンバーへの「プレゼント箱」が人数分設置されており、来場者とメンバーの距離の近さを徐々に感じさせた。

ステージではライブ開始まで、セットリストのインストゥメンタルが流れている。
中でも「MapleDancer」のインストが流れた際は、曲中のクラップのタイミングに合わせて観客の一部が拍手を起こし、客席を軽くにぎやかせていた。本番前からすでに、フロアの一体感がゆるやかに形成されていくのを感じた一瞬だ。

そうして17時の開演時間が近付く。

(座席位置によって聴こえ方に差があったようだが)でろーんが舞台裏で共演者たちと円陣を組み、気合を入れる声がスピーカーを通さず「生」で聴こえるという、ファンにとってのサプライズからライブは始まった。

その時の彼女の言葉は、「みんなにおもいが届きますよーに!!」だったという。

影ナレ~第一部

シークレットの会場アナウンス……いわゆる「影ナレ」は勇気ちひろ。出演依頼はでろーん本人の指名だったそうで、彼女とは悪ガキ姉妹のような関係の同期メンバーである。
アナウンスを大人しい口調のまま終わらせるのかと思いきや、シメで悪ガキっぽさを全開に出して会場の笑みを誘っていた。

そして第一部のオープニングは、階段を登る女性の足元をアップにした映像と、その颯爽とした足音から始まった。

その進む先に開く扉。タイムラプス再生される、様々な街の景色と人の群れ。
全体的にリアルな質感だが、作り物っぽくも見える、「現実みたいなバーチャル世界」を暗示しているようなムービー。

そして一瞬の暗転後、「Maple」の歌い出しと共に現れたでろーんの姿は、いつもの学生服ではなく、2Dにおける私服衣装の3Dモデル版、その初お披露目というサプライズだった。



彼女が2Dで初めて得た新衣装がこの私服ver.でもある。

普段のポニーテールをほどいた、膝裏まで届く豊かな銀髪も、シルクのように柔らかく揺れ、3D映えしている。
しかもにじさんじメンバーでは、複数の衣装の3Dモデルが用意されたのは彼女が初めてなのだ。

このサプライズに衝撃を受けつつも、意外さだけでなく納得を覚えたファンもいたと思う。
彼女はライブ告知の時点から、(アイドル路線の委員長と比べて)自分はアイドルっぽくない、どちらかと言えば歌う人としてのライブになると語っていたからだ。

確かに委員長は現在、アイドル衣装のデザイン公募も行っており、まさにステージ衣装のお披露目を控えている状態だ。
それでも、でろーんの語ったことは「委員長と比較して」であって、彼女もファンから充分にアイドル視されているのは、フラスタに添えられたファンアートの多くが「ステージ衣装」だった事実からも伝わってくる。

だが、確かにこのライブでは「私服」の出演以外にありえなかった。

「電脳空間の存在」でも「ステージ衣装」でもない、カジュアルな服装によるステージはむしろ与えるインパクトが大きかったと思う。
本人のパフォーマンスも身振り手振りのみで、ダンスを踊るわけではない。それは逆に「歌手のライブを見に来た」という自然な気分を高めるものだ。

彼女の「歌手」、アーティストとしてのステージ演出は、この出で立ちで登場することからも始まっていたと言えるだろう。

その姿を映すモニターは黒背景で、暗いステージの闇に溶け込ませている。
3DCGだからといって映像的な演出は行わず、会場のライトアップやレーザービームを多用し、5人の生バンドの演奏が音を支える。


Deroon 5(KLab Sound Team)とは偶然の出会いなのだそうだが、このステージに欠かせない存在だった

CG技術のメリットをほとんど用いずに、現場の「生」にあるものだけでステージを成り立たせようとする発想。シンプルな組み合わせで、「そこにいる」感覚がVRやARではない方法で高められているとも言えるだろう。

実は「黒背景のモニターと黒いステージ」という演出的には、同じ会場で前月に行われた「Kizuna AI 1st Live」と通じる手法だった。だが、「バーチャルのスーパーAIであるキズナアイ」と「樋口楓」とでは、ステージ演出の狙いも異なってくるはずだ。

彼女は「にじさんじ」というグループ名とも絡めて、自分の在り方を「(2次元と3次元の間の)2.5次元の、さらに3次元寄りの人」と表現することがある。

バーチャルライバーとしての彼女の活動は、まさに「人間」として人々と関わる日々だった。
バーチャルにこだわらず、リアルに存在しようとする個性を持つ彼女は、「1人の人間の樋口楓を見て欲しい」という思いを発信しつづけている。
その姿勢がこのライブを通して、ファンに届けられようとしているのだ。

ところで、静凛のファンこと通称「凛fam」が、会場でサイリウムを配布していたという。活動的で有能なことでも知られる凛famらしいエピソードだが、そのため客席はペンライトの光で華やかに染まり続けていた。

セットリストの他、全てではないがほとんどの演出を樋口楓本人の主導で決められたという。特にステージのライト演出、光の「色」へのこだわりが各曲から感じられる。
来場者に対して事前に伝えられていたペンライトの色指定もしっかりと活かされ、ステージと客席がひとつになって作り上げるライブが実現していた。

「炎と森」が「赤と緑」の2色で表現された、3曲目の「焼森のファンファーレ」は特に会場全体が一体になる演出が成功した例だった。
しかし(忘れてしまいそうだが)恐るべきは、客席側で赤と緑を使い分ける演出は前夜の配信で急遽提案されたアイディアであり、それでこの初上演の完成度! という事実だろう。

そして4曲目以降からは、一部~二部をまたいだゲスト出演のパートとなる。
ちなみにこの会場のモニターでは、メンバーの足元が水平に揃うアングルで撮影されていたため、お互いの身長が従来よりも見比べやすい。全員の身長差をナチュラルに感じられるという点でも良い機会だったろう。

一人目のゲストは、でろーんの「親友」ポジションである、える
自身もアイドルオタクなため「えるの推しメンが樋口楓」という関係でもあり、曲中で濃いオタクの口上を入れるという芸も見せていた。

二人目は、でろーんの推しメンでもある「先輩」静凛の登場。
でろーんよりも背の高いえると交代だったこともあって、改めてでろーんの長身が伝わる並びでもある。歌唱時には猫耳メガネの姿に変身したりと、彼女らしいお茶目な一面で場を盛り上げてくれた。

ここまで7曲歌い終わった時点で第一部は終了し、10分の休憩時間を迎える。

ところでネット配信では流れなかったのだが、ほとんどの客が席から移動しようとせず、思いの思いの言葉をモニターに向けてコールしていたという現地の一幕があった。

待機画面のでろーんに向かっての「顔がいい!」「声がいい!」に始まり、気付けば「アキくんすし」「やってんねぇ!」「お茶を飲みます」などなど、他のライバーの配信でありがちな定番コメントを連呼する遊びへと展開していく。

実質、「ライブ配信のチャット欄」の生ライブ版
出演するライバーだけでなく、ファンもまた「ネット上の視聴者」から「生」の存在へと変貌していく様を見るかのようだった。

それに、この来場者たちは「出演者のファン」というだけでなく、基本的に「にじさんじ」というグループ自体のファンなのだな、という感覚が共有できる時間でもあったと思う。
そして実は、この遊びがライブの結末にも繋がってくるのだが……。

第二部開始~dream triangle~アオハル

でろーんを「相棒」と呼ぶパートナー、委員長こと月ノ美兎が加わる第二部。
第一部から引き続き登場の静凛と合わせて、「JK3人組」のメンバーがこれで出揃った。
呼び出される前から背丈の小ささをネタにされていた委員長だが、静凛よりもさらに背は低く、頭頂がでろーんの口元くらいの位置だったろうか。

MCパートでは、静凛がもしイベントをやるとしたら、という話題が上がる。「屋形船」がしっくり来るという話から始まり、本人がやってみたいのは「ホテルでディナーショー」、という案が出てそれも普段のイメージにピッタリの企画だろう。

企画の形はどうあれ、今回のライブが仲間にとっても「次に続くイベント」を見据えさせる、良い刺激になっていることが伝わってくる。

そして彼女たちが歌う3人のイメージソング「dream triangle」は、これがフル初公開となる。元曲は委員長をセンターにしているが、今回はもちろんでろーんがセンター。

その上で、Cメロからは委員長を三角形の頂角にして2人が向き合うような立ち位置も見られ、このライブならではのパフォーマンスになっていたと思う。

そして静凛の退場後、委員長とのデュエットが2曲でゲストパートは最後となる。

その1曲目のイメージソング「アオハル」はファンにとってもいわく付きのデュエット曲だった。

歌う予定はあるが都合が合わない、という説明で長らく動画制作が延び延びにされていたのだ。しかし、去年の早い時期からこのライブで歌うことを決めていたため、真相は「ライブまで温めていたから」という理由であったらしい。
充分に待ち望まれていただけあって、「dream triangle」に続いてライブのヤマを盛り上げた。

命に嫌われている

イントロが流れるまで曲名を伏せられていた2曲目が、「命に嫌われている」のデュエット版だった。にじさんじの中では、出雲霞によるカバーでも知られていたボカロソングだ。

命と折り合いを付けられない、ネガティブな歌詞が次第に「生きる」「生きてほしい」ことへの希望へと変化していく名曲だが、本来ソロボーカルであるこの曲をデュエットという構成でこの2人が歌うとまた別の意味を持って聴こえてくる。

イントロとアウトロに合わせ、彼女たちが過去の配信で「死」や死に方について語り合った音声のサンプリングが流され、観客の動揺を誘っていた。

異なる感性を持ちつつも、不思議と話が噛み合う2人の相性と、何気なく行われる会話が個性を形作る、ライバーとしての在り方をも象徴していた雑談だ。

生や死に執着を見せなかったでろーんと、死を極端に恐れる委員長という対照的な2人の、そして対照的な声色の歌が響き合う。

互いの「命」を求め合う意味、バーチャルライバーでいる意味。


(ニコニコ生放送のネット配信から、コメント付きの画像)

どうしても思い出されるのは、彼女たちの姿の生みの親であるイラストレーター、ねづみどし氏が「命」という言葉をこの2人に捧げていたことだ(「あきでろもいみと!」コラボ後のTwitterと、「月ノ美兎の朝まで起立しナイト」出演時)。それらへの返答のようにも、解釈できる選曲だと感じられた。

ただ虚構のキャラクターを生み出すだけでは宿らないものが「命」であり、それを所有しているのが彼女たちだ。「命」だからこそ、彼女たちは死について語り、生きる意味を獲得しようとする。

まさに生(なま)の「命」を体現したライブだからこそ歌える曲だろう。そのためにステージの全てが集約されていた。私服と学生服で歌うことも、映像には凝らず会場の光で演出することも、生バンドに支えられることも。

シンプルな舞台構成だからこそ、素材である「樋口楓」という人物の存在が鮮明に感じられる。

さらに「dream triangle」のCメロ(ダウンコーラス)の歌詞に現れる「出会えた奇跡」というフレーズの記憶と合わせて、このデュエットからは「運命」という言葉を強く連想させられていた。

「命」を運ぶと書いて運命となる。その運命的な軌跡を彼女たちは今、ここで描いているのだと。

「バーチャルライバー」と呼ばれるにじさんじメンバーは、特定のプラットフォーム以外でもライブ配信を行うという意味で、「バーチャルYouTuber」という肩書きに捕らわれてはいない。
だからこの日、彼女たちは文字通りに「ライブ」を行うバーチャルライバーだったのだと言える。

また、ライバーは「生きる者」の意味でもあるのだ。
ライブ中の全ての要素が、「命」「生きる」をメッセージに代える内容になっていたのは、ただ彼女の歌を聴くために来場した観客には予想を超えることだったろう。

「命」はいつかは衰えていくもので、(死以外にも)諸行無常の変化が避けられない。その変化に向かって希望を抱くために歌われる歌がある。

それは「人間」として生きる樋口楓にしかできない、しかしバーチャルライバーの誰かが伝えなければならないメッセージでもあったと思う。

「命に嫌われている」のアウトロで、委員長がせわしなく退場する瞬間の「楓ちゃん、ありがとう」という言葉。
でろーんも言葉を返す間もなく受け止めていた言葉だが、委員長が個人として受け取ったものの大きさを、観客は考えさせられる。
まるでこの曲をでろーんが選んだこと自体が、委員長の希望にもなっているかのようだ。

そもそも、「にじさんじ」の発足初期から現在にかけて、グループを代表するメンバーになっているのが委員長だ。
それは外部から見れば、ほぼ独走状態と呼べるほどのリードであって、しかし委員長の同期メンバーへの仲間意識も深く、望んだ独走ではないかもしれないと思わせる。

だから「樋口楓」が同期生でいてくれたことから、このライブの実現自体まで、委員長にとっては大きな意味を持ってくるはずだ。

先に「”KANA-DERO”」について「みと夏と対を成すイベント」だと触れたが、それは対外的に「にじさんじは委員長だけではない!」ことを実績として強く示すライブでもあった。

外部からは一見、委員長1人が突出した人気を誇り、多くのメディアに進出しているように映っているかもしれない。
その委員長と並び立てる存在として、樋口楓ここにありと、後に続くメンバーの象徴にもなりえるのが「”KANA-DERO”」の成功なのだ。

全力で、今できることを尽くそうとする彼女のライブは、その委員長が去った後も続く。

~アンコール

「楓」を意味する「Maple」で始まったライブ本編は、同じ言葉を冠する「MapleDancer」によって締めくくられた。
しかしまだ歌われていない曲があるぞ、としっかり察する客席からは気の早いアンコール斉唱が始まる。

ライブ前の練習配信でも歌うことが予告されていた「WISH!」に、ライブ名のタイトル回収にもなる「奏でろ音楽!!!」がアンコールで歌われる。


ステージに再び現れたでろーんは、普段通りの学生服姿に着替えていた。

「奏でろ音楽!!!」の間奏やアウトロでは、ファンへの直接的なメッセージが投げかけられ、最高潮のライブが終わりに向かうことを示していた。

彼女が歌う時に言葉にする「届け!」「届きますように」という感情。
喋り上手なライバーである反面、はっきりと言いたいことを伝えられないと語る不器用な横顔も持った女性でもある。
だから遠回しに、相手から間接的に思いやってもらおうとする、彼女流のコミュニケーションを常に行っているようにも映る。

「歌」によるライブステージは、そのための最高の舞台にもなっただろう。歌でしか伝えられないと思う感情の色が彼女にはあったはずだ。
そして、ステージによってメッセージを届けるという、一人前のアーティストとしての姿がそこにはある。まずファンが伝え返さないといけないのは、その実力がありありと伝わったことについてだろう。

楽器演奏の経験はあるものの、ボーカルの訓練をしたことはないと言う彼女の「ボーカリスト」としての音楽活動は、バーチャルライバーの活動期間とほぼ同じ長さになるだろうか。
それでこの表現力を発揮できること自体が驚きなのだが、逆に、今の彼女にしかできない、ラフな魅力をそのままぶつけた結果にも思える。

最後の曲で、ファンへの「ありがとうございました」を何度も口にする彼女だが、「ファンへのありがとう」は彼女が愛する『ラブライブ!』のステージでも繰り返し聞く言葉でもある。
感謝される側の経験から、ステージで感謝する側に立ったという変化は、きっと表現者としての自覚を強くさせただろう。

そして全ての曲を歌いきった後は、1階席の記念撮影が控えていた。

フロアの掛け声は自然と「ピーッス!」になったのだが、これはにじさんじの後輩、伏見ガクのキャッチフレーズでもある。
似ないモノマネででろーんからいじられていることでも有名で、にじさんじファンが彼以外の配信でも多用することで知られる。つまり、例の「休憩時間」で行われていたコールのノリがそのまま続いていたのだ。

だからもう1枚撮影しよう、となった時、でろーんまで巻き込んで決まった掛け声は「いっぞ!」だった。

こちらも後輩である卯月コウの発したフレーズを、ファンが愛用しているもの。
それに彼は、デビュー前から「楓と美兎の雑談」に強く影響を受けていたと語るメンバーでもあり、こんなところにも充分な物語性があったと言えるだろう。

でろーん自身が発した言葉ではなくても、「にじさんじ」らしさを感じるオチで締めくくられたのは、樋口楓1人ではなく、グループ全体の広がりを感じさせて、とても良かったと思う。

そして本当の最後に、樋口楓のサイン入りメッセージ画像がモニターに表示され、観客はしばらくの間その文字列を見つめることになった。
その内容は本人のTwitterでも投稿されているため、各自で心に抱きながら、彼女のさらなる前進を応援していただきたい。

できるなら、命が続くかぎり。


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