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VRゲーム・アプリ 2023.06.14

きみはATARIの時代を知っているか?「PIXEL RIPPED 1978」で北米ゲーム業界の原風景をVRで追体験

Pixel Ripped 1978』は「1970年代の北米ゲーム業界」を体験する非常に尖ったコンセプトのVRゲームだ。Pixel Rippedシリーズは「かつてファミコンやスーファミをリアルタイムで楽しんでいた子ども時代」が再現されたVR体験が特徴である。

ただし、3作目となる1978では日本のゲーマーにはなじみの薄いファミコンよりも前のゲーム業界の知識や文脈の理解が必要となる。特に、本作で公式コラボした「ATARI」という企業の歴史については押さえておかなくてはならない。

まずは1970年代のゲーム業界の事情の解説を踏まえてから、『Pixel Ripped 1978』のレビューをお届けしよう。

なお、下の項目はほとんどATARIの解説で1100文字ほど費やしているので、ATARIについて十分に知っている場合は読み飛ばしてほしい。

ファミコンよりも昔のゲームの話

日本のゲーム機市場を切り開いたファミコンが任天堂から発売されたのは、1983年であり、それよりも前のビデオゲームが想像つかない読者も多いことだろう。しかし、1970年代のビデオゲームの市場の誕生にATARIは欠かせない存在だ。1972年、アタリは商業的に成功した最も古いアーケードゲーム『PONG』を生み出した。これを元手にアタリは拡大、アーケードゲームでヒットを重ねて北米におけるビデオゲームの主役となった。例えば、いわゆる”ブロック崩し”はアタリが開発したものだ。

https://www.youtube.com/watch?v=fiShX2pTz9A

また、ATARIはアーケードゲームと並行して家庭用ゲーム機の開発も進めた。それまでのゲーム機はひとつのゲームソフトを内蔵した(それ以外のソフトがプレイできない)ものが主流だったが、ソフトをハードを別々にして一つのゲーム機で様々なゲームソフトをプレイできるゲーム機『ATARI VCS』を1977年に発売し、のちに『ATARI 2600』に改称された。

当初はATARIが自前のゲームソフトのみ販売するつもりだったが、無断でATARI 2600用のゲームソフトを開発、販売する企業が現れた。幾多の裁判の末、第三者によるソフト販売はしてよいことになった。これがサードパーティの誕生である。世界で最も有名なゲームこと『Call of Duty』の販売元であるActivisionはATARI社員が独立して立ち上げた企業だ。

ATARI 2600は最終的にアメリカだけで2300万台近く販売したゲーム機(ゲームキューブ販売台数の世界累計よりも多く、WiiUの2倍近い)となったが、会社の売却に伴って経営方針が激変して開発現場の雰囲気が悪くなったり、ゲームソフトの品質管理がずさんになったり、過度な楽観視でゲームを異常に出荷しすぎたり(例えばATARI 2600版パックマンは1200万本出荷、700万本販売ののちに500万本が返品)、とにかく様々な要因が重なって1983年から1985年にかけてATARIは経営が傾き、ユーザーや小売りからも見放された。

これがいわゆるアタリショックで、北米では”Video Game Crash”と呼ばれている。

そして、ATARIの衰退と入れ違いで1985年に北米版のファミコンことNintendo Entertainment System(通称NES)が発売され、本体に同梱された『スーパーマリオブラザーズ』をもって任天堂が1980年代のビデオゲームの王様に君臨した。ATARIはこの後もしばらくゲーム機を出し続けたが、SEGAやPlayStationなど他のゲーム機と比べてもマイナーとなっていき、ビデオゲームのメインストリームから脱落した。

そのあとは事業分割や版権の売却などが続いたものの、別会社の買収を経て現在でもATARIブランドは存続しており、ATARIのゲームの移植やリメイク、コレクション系のゲーム機販売などが継続されている。とはいえ、ATARIを語るときのイメージは1970年代前半から1980年代前半にかけた約10年間の栄枯盛衰が中心となることが多い。

レトロゲームと子ども時代へのノスタルジーをVRに昇華した「Pixel Ripped」

そろそろPixel Rippedの話に移ろう。本作はシリーズ3作目であり、ゲームプレイの流れはシリーズである程度共通している。VRゲームはコントローラの性質のためプレイヤーが体を動かすアクションやシューターが多いのだが、「VR世界の中でゲーム機を触ってゲームする」を打ち出したVRゲーム『Pixel Ripped 1989』(2018年リリース)は異色作だった。

一言でまとめると「ゲーム好きな子どもの妄想をそのまま実装したゲーム」で、とにかくシチュエーションと演出で勝負しているのだ。

あなたは小学生で学校の教室にゲームボーイ(のようなもの)を持ち込んでいて、ゲーム機の中のキャラクターから「世界を救うためにゲームを攻略してほしい」と言われる。学校の先生に見つからないよう授業中にこっそりとゲームをプレイし、見つかりそうになれば吹き矢を使って授業を妨害してやりすごす(もちろん、妨害中もゲーム機は動いているので容赦なく進む)。ゲームをクリアすると教室が暗くなったかと思えば、とたんに机の上の文房具が宙に浮かび上がってボス戦のステージが出来上がり、今度はゲーム機から飛び出してきた主人公を操作して現実世界でボスと戦うのだ。

実際のところ本シリーズの主人公は小学生でなくゲームのキャラクター側であり、シチュエーションは学校の教室以外にも様々あるものの、上記のゲームプレイの流れはシリーズで共通している。

2020年にリリースされた2作目『Pixel Ripped 1995』はスーパーファミコンからPlayStation初代(ドット絵からポリゴン)へのゲーム機の世代交代と、ゲームに偏見を持つ親との喧嘩と和解を上手く演出に落とし込んでいて、ゲーム後半のとある演出には筆者も思わず涙ぐんてしまった。

「Pixel Ripped」シリーズはレトロゲームへの郷愁を前面に押し出して構成されているものの、過去作はパロディ以上に「ゲームが好きな子どもの共通体験」(学校の教室や友人、親子の確執)が重要であり、たとえ初めて触ったゲーム機がNintendo Switchの小学生が「Pixel Ripped」シリーズをプレイしても共感できるところはあるはずだ。ゲ

ーム内ゲームの品質は必ずしも高いわけではないが、アトラクションのようにレトロゲーム風の体験を楽しむことに全力を尽くした作風である。

子供から大人に、遊び手から作り手に

しかし、シリーズ3作目となる『Pixel Ripped 1978』は過去作から大胆な変更がいくつか行われた。もっとも大きな違いはプレイヤーの感情移入の対象が小学生からゲーム開発者に変わったたことだろう。『Pixel Ripped 1978』はATARI(※本記事冒頭を参照)と公式にコラボしており、本作に登場するゲーム機はATARI 2600、開発機材のPCはATARI 400など、一部ゲームソフトやアートワークに実在するATARIの製品が使われている。

主人公のバーバラはATARIで働く女性のゲームプログラマーであり、本作のタイトルである架空のビデオゲーム「Pixel Ripped」の原作者という設定だ。ゲーム会社らしく周囲にはゲームのポスターが飾られ、向かい側にはアーケードゲームの筐体が置いてあり、糖分を補給するためのドーナツが食べ放題であり、なぜか机の傍にピザとビール缶が置いてある。

席の近くの同僚も「俺の考えたスペースオペラのゲームのアイディアを聞いてくれ!」とか何とか叫んでおり、上司も半袖短パンであり、同僚は中身の分からない契約書にハンコを求めてくる。在りし日の自由奔放なゲーム会社のイメージそのままの職場であり、かつてのATARIの本社オフィスを再現したものなのだ。

また、過去作と違って本作は”誰も邪魔をしてこない”。なぜなら、あなたは学校や家で大人の目を盗んでゲームをプレイしているのではなく、ゲーム会社で仕事としてゲームをプレイしているからだ。いちおう職場にメディアや同僚から電話がかかってきたり、他の職員が他愛のない雑談を振ってきたり、一緒に酒をあおることはあるものの、ゲームに支障は生じないし妨害されたと感じることはないだろう。この当たりが過去作と味が異なる一番大きな要因かと思う。

「ゲーム開発は子どもの頃に想像していたよりも、ずっと難しいと思わない?」とのバーバラの同僚ミシェルの発言。

それで、本作の目的が何なのかというと、時空と次元を超えて1978年にやってきた『Pixel Ripped』の悪役サイブリンが「悪役から主役になる」という野望を果たすために歴史改変を目論んでいる。主人公はサイブリンの野望を止めるべく、テストプレイとデバッグをしてゲームを正しい状態に戻すのだ。

ゲームinゲームからゲームinゲームinゲームへ

Pixel Ripped過去作では「周囲の人物の邪魔をよけながらレトロ風ゲームをプレイ、クリアすると現実世界でボス戦へ」という流れだったのが、本作はいくつか新たな要素が追加された。

一つ目はデバッグである。コントローラを握ってゲームをプレイしているとときおり進行不能な箇所にぶつかる。このとき、同僚のミシェルが現れて(プレイヤーが今プレイしているものとは異なる)プロトタイプのゲーム(『Haunted House』『Food Fight』『Centipede』が元ネタ)のデバッグを依頼される。

このプロトタイプのゲームには虫(名前の通り、BUG)がいて、何等かの手段で虫を倒してひるんだ好きにブラウン管を手で叩くとブラウン管からボクセル状の虫が飛び出してくる。

今度はブラウン管から飛び出した虫をはたき落とす必要があるのだが、その間にもゲームは進むし、プレイヤーの体力がゼロになると、やり直しになるので、注意深く進めなければいけない。このミニゲームのデバッグが終わると、同僚のミシェルはプレイヤーに新しい操作方法(特別にボタンが追加されたコントローラ、開発用PCに挿入するフロッピーディスクなど)を提供してくれる。これにより元のゲームで詰まった箇所が進行可能になる。

また、作中のゲームをプレイしていると、先述の新たな操作方法とは別にゲームの中にバグが仕込まれていたり、ゲームが改変されていたりするせいで解決できない問題にぶちあたる。

こういったときはゲームの中の「VR世界」に入ってゲームの内側から自分で直す必要がある。VR世界に入るとボクセルで構成されたゲームの世界があり、ここで敵を銃撃したり簡単なパズルを解いたりすることで現実のゲーム側の問題を解決できる。

特にゲーム内ゲームのVR世界は本作のプロモーションでも大々的に取り扱われており、インタビューでも「過去作でも”実際にゲームの中の世界に入りたい”との要望があった」とアピールしているほどだ。しかし、筆者は正直なところVR世界の探索とアクションにあまり強い魅力を感じなかった。Pixel Rippedのテーマとなる「ノスタルジーの喚起」に上手く繋がっていないからだ。

本作は「もしもあのゲームに続編があったら」というコンセプトで実在のATARIのゲーム『Crystal Castle』『Fast Freddie』『Yars’ Revenge』の架空の続編をプレイできるのだが、オリジナルのゲームとは全く違うジャンルになっているため「実在のゲームの架空の続編」というよりも「後からキャラクターを差し替えたゲーム」のように感じた。

ましてや、実在のゲームの架空の続編のVR世界に入れたとしてもそこまで感銘も受けられず、結果的に「なんとなくボクセル状のVR世界でシンプルなシューターとパズルをした」という印象となる。

一方で、本作にはATARI 2600以外のゲームも登場する。本作はATARIオフィスでのテストプレイとデバッグのほかに「Pixel Rippedの原作者のルーツを辿る」として原作者が幼少期から大人に至るまでの1970年代に体験したゲームがモチーフとなるステージが登場するのだ(実質的にこのパートが過去作におけるボス戦に相当する)。

筆者はこれらのサプライズにとても驚き、特に最終ステージの演出には「”ゲームの中のVR世界”を一番うまく活用している……!」と感銘を受けた。

また、ATARIそのものを描くにあたっては栄枯盛衰、特に衰退の部分がどうしても避けられないのだが、ただ単に”ATARIはクソゲーを出しすぎたので衰退しました”で済ませるのではなく”Pixel Ripped”シリーズらしい回答を用意している点も評価したい(もちろん、ATARI 2600でもっとも悪名高いゲーム『E.T.』とその顛末を想起させる描写も入っている)。

北米ゲーム業界の原点をきみは知っているか

上記の説明で筆者が感銘を受けた部分について軽く触れたものの、日本ではよほどのゲーム業界マニア(日本国外の業界を含む)でないかぎり、ほぼ理解できない可能性が高い。このため、もしも本作をプレイする前に入念に文脈を把握しておきたいか、クリアしたはいいものの元ネタが分からなかった場合はこのリンク先とこのリンク先を閲覧してほしい。北米ゲーム業界のルーツを体系的に知るにあたってオススメの本もある。

また、筆者は自分自身に対して「ほんとうは自分がATARIのことを何も知らなかったから評価できなかったのではないか?」という懸念も抱いている。筆者は本作に出てきたドンキーコングやスペースインベーダー、パックマンのパロディにはすぐ気が付いて「ATARIとのコラボなのにそれでいいのか」などと内心突っ込んでいたが、本記事の執筆に際して調査している間に元ネタを把握したATARIのゲームやパロディがそれなりにあった。

また、本作が日本語に対応していなかったゆえにディテールを把握できておらず、作中のキャラクターのセリフなどをもっと丁寧に読み取れていれば、違った意見になっていたかもしれない。筆者は本作のゲームプレイをクリアはしたものの、本質的にはゲームに敗北しているのではないか?

もしあなたが本作のプレイを検討しているのであれば、まずはドキュメンタリー映画『世界を変えたテレビゲーム戦争』を見てほしい(Amazon Primeを含む各種映像サブスクリプションで配信中)。このドキュメンタリーの90分のうち60分近くにATARIが良い点も悪い点も赤裸々に解説されていて、実際の歴史上のATARIとPixel Rippedの中のATARIを比較して楽しむことができる。また、仮に過去作をプレイしていないのであれば、それらから先に手を付けて”Pixel Ripped”の感覚をつかむことをオススメする。

余談ではあるが、主人公のオフィスにある電話には実在のゲーム開発者や著名人から電話がかかってくるのだ。例としてはATARIの創業者であるノーラン・ブッシュネルがゲーム開発者たる主人公に向けて”Easy to Learn, Hard to Master”という有名な教訓を語ってくれるし、PlayStationの事業に長きにわたって関わる吉田修平氏からも電話がかかってくる。

そのほか、VRゲーム『ARCAXER』の開発者など、筆者が気づいていないゲーム業界人の電話が多数収録されていることだろう。

結論として、本作は日本のプレイヤーにとってゲームプレイを最大限に楽しむためのハードルが過去作と比べて非常に高くなっている。しかし、かつて実在したATARIの職場の雰囲気や実在のゲーム機をVRで触れる環境、タイムトラベルで北米ゲーム業界のルーツを辿る体験はVRのみならずビデオゲーム全般で非常に珍しいものだ。

ATARI有識者が己の知見を試すのもよいし、北米ゲーム業界の知見がなくとも本作をきっかけに知見を広められればと思う。ぜひ筆者の代わりにこのゲームに勝利してみてほしい。

ゲームの入手はこちら。
Steam:Pixel Ripped 1978 (steampowered.com)
Pixel Ripped 1978 (playstation.com)

参考文献

・世界を変えたテレビゲーム戦争:Amazon Primeほか映像系サブスクリプションで配信中
・ATARI GAME OVER:日本では現在配信サービスで非公開DVDを買うしかないが、「世界を変えたテレビゲーム戦争」を見れば充分ではある。
ダンジョンズ&ドリーマーズ(第2版): コンピュータゲームとコミュニティの物語:ビデオゲーム黎明期の北米のPCゲーマーのコミュニティについて。タイトルから察せられるように、北米の黎明期のゲーム開発者は、ほとんどTRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のプレイ経験があり、ビデオゲーム開発者の原体験であり、聖域となっている。主人公のお父さんがゲイリー・ガイギャックス(D&D原作者)にしか見えない。


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