実在の空間や物体をデジタルアーカイブとして記録する技術「ガウシアン・スプラッティング(3D Gaussian Splatting、以下3DGS)」の活用が広がっています。文化財のデジタルアーカイブからECサイトの商品表示、テレビドラマの映像制作まで、国内外の企業や研究機関による事例が相次いで登場しました。
本記事では、3DGSの仕組みを解説したうえで、分野別の活用事例を紹介します。
そもそも、3Dガウシアン・スプラッティングとは
3DGSは、2023年のCG分野の国際会議SIGGRAPHで、フランスの国立研究機関Inriaなどの研究チームが発表した技術です。複数の視点から撮影した写真をもとに、空間を「ガウス」と呼ばれる色や透明度を持つ楕円体の集まりとして再構築します。無数の柔らかな粒を空間に吹き付けて風景を描き直すようなイメージで、粒の大きさや向き、色を最適化しながら実際の見た目に近づけていく仕組みです。ポリゴン(三角形の面)で立体を作るのではなく「中心が最も濃く、外側に向かってなめらかに薄くなるぼかし玉(3Dガウス分布)」を数百万個並べることで3D空間を表現する点が大きな特徴です。
従来主流だったフォトグラメトリ(※多方向から撮影した写真をもとに3Dモデルを生成する手法)と比べると、空間にあるモノ、あるいは空間全体がどの角度からどう見えるのかまで保存できます。モノの透明感や複雑な反射光といった再現も可能です。研究チームの発表では、フルHD解像度で毎秒100フレーム以上のリアルタイム描画も実現しました。
一方で、課題も残っています。メッシュ状の3Dモデルとは異なり、データを変形させたり一部を切り取ったりといった加工編集が難しいという課題があります。また、3DGSは粒を数百万個単位で保持するため、データが大きくなりやすく、読み込みや処理に時間がかかります。ただし、こうした点を解消するための研究開発も並行して進んでいます。
Nianticが2024年末にオープンソースとして公開したファイル形式「SPZ」は、データを従来の約10分の1のサイズに圧縮できるもので、写真におけるJPEGのような汎用フォーマットを目指して開発されました。2026年5月に公開された新版「SPZ 4」では、従来ファイル全体を単一のGZipで圧縮していた方式を6つのZSTD並列ストリームへ刷新。座標・カラー・スケール・回転・透明度・球面調和関数といった属性を独立して並列処理することで、エンコード速度が従来比で約3倍に高速化しました。
何に使える技術なのか?
主要な技術の活用例のひとつは、デジタルアーカイブです。3DGSは写真や動画から3Dデータを生成するため、対象物に触れることなく、その場の見た目や質感ごと記録できます。貴重な建築物や文化財、資料写真だけでは残せない空間などを、その当時の状況とともに保存できる点が、この領域との相性の良さにつながっています。
また、計測や検証といった産業用途での活用も現在徐々に進んでいます。3Dデータは実物を手に取ることのできない状況でも、オンライン上での製品の確認が可能となるため、現場の状況共有に力を発揮します。LIDAR(※レーザー光を照射して、反射して戻ってくるまでの時間から対象物までの距離や形状を高精度に測定するセンシング技術)などの技術と組み合わせることで、実寸や距離といったデータも保存できるため、より精確な計測を必要とするシーンでの活用も見込まれます。
さらに、ゲームやメタバース、映像といったエンタメ領域でも活用可能です。3DGSはリアルタイム描画に強く、生成したデータをゲームエンジンやVRプラットフォーム上でそのまま動かせます。実在の場所が持つ空気感をコンテンツへ持ち込めるため、現実そっくりの空間で遊ばせる・魅せるといった表現の手段が可能になります。
対応している3Dスキャン機器は?
3DGSのデータづくりは、スマートフォンや一眼レフカメラでの撮影からでも始められます。Nianticの無料3Dスキャンアプリ「Scaniverse」のように、スマートフォンで撮影したデータをその場で処理し、共有できるツールも公開されています。一方で業務用途では、3DGSの出力に対応した専用のスキャン機器が複数登場しています。
代表的なのがXGRIDSの「Lixel」シリーズです。LiDAR、カメラ、RTKモジュールを搭載したハンディスキャナで、現場を歩きながら広範囲の空間データを取得でき、点群・メッシュ・3DGSの3種類の出力に対応します。想定用途は建設・測量やインフラ計測、施設の設備管理、デジタルツインに加え、ロケハンやプリビズ、バーチャルプロダクションといった映像分野にも広がっています。
またコストを抑え、比較的気軽にスキャンが可能な「PortalCam」などのモデルも登場しています。
国内メーカーによる取り扱いも進んでいます。小泉測機製作所は2026年2月、SkyLandX社製のハンディSLAMスキャナ「MetaCam Air2」の販売を開始しました。レーザー計測と画像情報を融合する独自の点群アルゴリズムを採用し、3DGSにも対応。本体重量は619gと軽量で、一人でのデータ取得を想定しています。ハードウェアの相対精度および点群の厚さは1cm未満、スキャン範囲は0.1〜70メートル、スキャン速度は毎秒20万点、視野角は270×360度です。クラウド基盤「MetaCam Cloud」では、リアルタイム解析やオンラインプレビューを利用できます。
活用事例・実証実験事例
文化財・建造物のデジタルアーカイブ
デジタルアーカイブを目的としたビジネス活用事例が国内でも徐々に増えてきています。例えば、椅子研究家・織田憲嗣氏の自邸「織田邸」を3DGSでデジタルアーカイブ化する試みが、2026年6月、株式会社ホロラボによって公開されました。北海道東神楽町の同邸には、20世紀デザインの巨匠による名作椅子をはじめ数千点の家具や日用品が並んでいましたが、2025年9月に予定された転居で空間が失われることを受けて3DGSでの記録が実施されました。地上型レーザースキャナと一眼レフ写真4,900枚を組み合わせ、書斎の本棚の背表紙を一冊ごとに読み取れる解像度を実現しています。
また、東京大学大学院の渡邉英徳教授がNGO「Piece of Syria」と共同で公開した「シリア3Dアーカイブ」にも3DGSが活用されています。ダマスカスやアレッポの日常風景と破壊された市街を3Dデータとして保存する取り組みです。
モノや人物の3Dモデル化
空間や建築物だけではなく、モノや人を3Dデータとして保存し活用する取り組みも実証実験段階では進行しています。2025年11月、KDDIテクノロジー、壽屋、KDDIの3社がホビーECサイトの製品表示に3DGSを使う検証を開始しました。プラモデルの透明パーツや金属光沢、細かな彫刻をスマートフォンやPCのブラウザで閲覧できるようにする取り組みです。通信面の軽量化・高速化も進められ、検証にあわせて壽屋製品の一部を3DGS化したデータが特設サイトで順次公開されました。
Appleの研究チームは、複数カメラの映像から高精度な3D頭部モデルを生成するAI技術「HeadsUp」を発表しました。入力画像の枚数や解像度が変わっても処理する要素数を一定に保てる構造により、高解像度の多視点映像を使った学習を実現しています。
Metaはフォトリアルなアバター研究「Codec Avatars」の新たな研究「HairCUP」で、頭部と髪型を独立してモデル化する手法を公開。顔を再スキャンせずに髪型だけを変更でき、過去にスキャンした髪型データの再利用にも対応します。
国内では、大阪・関西万博のパビリオン「null²」で使われたアバター技術「Gaussian-VRM」がオープンソース化されました。スマートフォンアプリ「Scaniverse」で全身をスキャンすると約30秒で3Dアバターが完成し、生成からアニメーション表示までブラウザ上で完結します。
メタバース利用
メタバースでは、「VRChat」での利用が盛り上がっています。VRChatは3DGSを公式にはサポートしていませんが、有志がデータのインポートを可能にするツールを公開したことをきっかけに、2025年8月頃から実在の場所を再現したワールドが相次いで公開。制作環境の整備も進んでおり、VRクリエイターのVoxelKei氏は2025年11月、3DGS形式のPLYファイルをUnityに読み込み、VRChatで扱える形式へ変換する無料のエディタ拡張ツール「Spatialograph Maker」をBOOTHで公開しています。
鳥取県の米子城跡を再現したワールドでは、石垣や階段の質感が細部まで再現されており、実際に城跡を登っているような感覚で散策できます。高層ビル群を含む新宿サザンテラスを高い品質でワールド化した例のほか、2026年1月には、世界文化遺産・厳島神社を3DGSとフォトグラメトリの組み合わせで再現したワールドも登場しました。
3DGSを前提としたプラットフォーム「Arrival Space」も注目されています。3DGSでスキャンされたバーチャル空間が多数公開されているサービスで、アプリのダウンロードなしにWebブラウザからアクセスできます。アカウント登録をしなくても、ゲストとしてすぐに入室でき、URLから直接目的のワールドへ移動できる手軽さが特徴です。日本のクリエイターが国内の風景をスキャンしたスペースを積極的に公開している点も魅力で、STUDIO DUCKBILLが手掛けた「Kirifuri falls 横谷峡の霧降の滝」では、森の中の臨場感まで再現されています。
映像コンテンツ利用
映像コンテンツへの応用も本格化しています。Gracia AIは、4Dガウシアン・スプラッティング(3DGSの動画版で、時間の流れを含めて空間を記録する技術)のビューアーアプリをApple Vision Pro向けに無料配信しました。ローンチ時点で25種以上のコンテンツを収録し、部屋に立体映像を重ねるパススルー表示と完全没入の2モードを切り替えながら、視点を自由に動かして鑑賞できます。
テレビドラマの制作現場にも3DGSが入り込みました。Preferred NetworksはTBSと共同で、2026年4月12日に放送を開始した日曜劇場『GIFT』の背景映像に、3DGSを応用した3DCG映像制作技術を実用化しました。一眼レフで多視点撮影した写真から体育館などの空間を高精細な3DCGとして再構築し、Unreal Engine向けの専用プラグインを通じて背景合成に使用。グリーンバック撮影では合成結果をリアルタイムでプレビューしながら自由なカメラワークで撮影でき、車いすラグビーの激しいプレイシーンを、キャストの安全に配慮しながら臨場感のある形で演出しました。
VTuberライブで活用されている例もいくつか出てきています。2025年に実施されたバーチャルシンガーsomuniaによるライブでは、実在のクラブハウスを3DGSでスキャンし、ライブステージとして再構築。これにより、VTuberが実在の場所に立って歌唱しているかのような映像を実現しています。
2026年2月に行われたホロライブ所属・儒烏風亭らでんさんの生誕ライブ「静岡トリエンらーでん2026」では、モーションキャプチャースタジオのスタジオSoup.が静岡県立美術館を3DGSでスキャンし、ライブの舞台として再現しました。ライブ照明が映えるよう、あえて暗い環境でも撮影するといった工夫を重ね、実在の美術館でVTuberが違和感なく歌い踊る映像表現を実現しています。
AI・ワールドモデルとの関わり
3DGSはAIと組み合わせた活用についても研究が進んでいる段階です。特にテキストや画像からAIが3D空間そのものを生成する「ワールドモデル」の領域で注目を集めています。
主要トピックとしては、2026年4月にテンセントがオープンソースとして発表したワールドモデル「HY-World 2.0」があります。また、NVIDIAの研究チームも大規模3Dワールド生成フレームワーク「Lyra 2.0」を発表。World Labsは生成モデルの新版「Marble 1.1」と、ブラウザで1億個超のスプラットを描画できるレンダラー「Spark 2.0」を公開しています。SpAItial AIの「Echo-2」は、画像1枚からリアルタイムで探索できる3D空間を生成します。
3DGSで現実を取り込み、AIが空間を生成・理解する流れは大きな潮流になりつつありますが、ワールドモデル自体はまだ発展途上の段階です。各社のモデルは品質や機能の改善を重ねている最中で、現時点では動向を見守る段階にあります。
参考
Preferred Networks
3D Gaussian Splatting for Real-Time Radiance Field Rendering










