9月25、26日の2日間、Metaは年次開発者会議Meta Connect 2024を開催した。現地でも話題になっていた一番の目玉のは、やはり初日の基調講演でCEOのマーク・ザッカーバーグが発表したARグラス「Orion」だった。
MetaはXR・メタバース業界を牽引する最大手の企業だ。Appleの参入により一位なのかはわからないが、研究開発からマーケティング、エコシステム構築まで莫大な金を全方位で投下し、業界を牽引し続けている。
そのMetaが毎年新発表を連発するMeta Connectは、かつてこのイベントがOculus Connectと呼ばれていた頃から業界関係者の中では年間通して最大の注目イベントだった。一体型 VRヘッドセットOculus Quest(初代)が発表された2018年のOculus Connect 5の基調講演は、2,000名近い参加者のいたホールが喝采に包まれるほど大きく盛り上がった瞬間だったことをその場にいた筆者も覚えている。
ハードウェアの発表だけではない、毎年1,2時間の登壇時間を使って彼らはひたすら発表を続ける。まさに新発表のラッシュであり、興奮の醒めない時間だ。気づいたら、Appleのいかなる発表会よりも面白いイベントだと感じるようになっていた。
2014 | Oculus Connect | Crecent Bay(Oculus Rift 製品プロトタイプ) |
2015 | Oculus Connect 2 | Oculus Touchコントローラー |
2016 | Oculus Connect 3 | Santa Cruz(Oculus Quest 開発プロトタイプ) |
2017 | F8 | Oculus Go |
Oculus Connect 4 | – | |
2018 | Oculus Connect 5 | Oculus Quest、Oculus Rift S |
2019 | Oculus Connect 6 | Half Dome 2,3(開発プロトタイプ) |
2020 | Facebook Connect | Oculus Quest 2 |
2021 | Connect 2021 | Project Cambria(Meta Quest Proプロトタイプ) |
2022 | Meta Connect 2022 | Meta Quest Pro |
2023 | Meta Connect 2023 | Meta Quest 3, Rayban-Meta |
2024 | Meta Connect 2024 | Meta Quest 3S、Orion(ARグラス製品プロトタイプ) |
(Meta・旧Facebookの年次開発者会議と新発表されたハードウェア)
そんな2024年のMeta Connectの目玉は、VR/MRヘッドセット「Meta Quest 3」の廉価版だと噂されていた。事前には数ヶ月前から製品写真がリーク。商品名やスペックなども次々出回るようになり、前日には新製品の飾られた家電量販店の特設コーナーの写真が拡散され、ドルベースの価格も含めたほぼ全ての情報がバレてしまった。
そして迎えた基調講演。理由は分からないが開始が15分ほど遅れ、マーク・ザッカーバーグは登壇するなり、もったいぶることもせず、新デバイス「Meta Quest 3S」を発表した。開始が遅れていたからだろうか、ハードウェア発表前には恒例の前口上もなくあまりにもサラッとしていたので、あっけない発表となった。
その数十分後に会場は驚きに包まれることになる。
基調講演の後半、ザッカーバーグはスマートグラス「Rayban Meta」と「Meta AI」を組み合わせたアップデートを行った後で、突如として「ついに真のARグラスを見せる時が来た」として「Orion」という名前の製品プロトタイプを発表した。
この発表が本命だったのだ。
ザッカーバーグはこのデバイスが製品化を見据えたものだとして、壇上でデバイスを装着。すでに実機を体験した人たちがいて、彼らから素晴らしい反応を得ているとして、その様子を披露をした。
公開された動画にはインフルエンサーもいれば、いまや生成AIで時の人となったNVIDIAのCEOジェン・スン・ファンの姿もあった。興奮して言葉を失っている他の体験者に比べてジェン・スン・ファンは「ヘッドトラッキングばっちりだね、明度も良い、コントラストもばっちりだ、そして視野角は素晴らしい」と冷静な言葉ながらOrionを高く評価した。一連の動画を含むプレゼンテーションから伝わってきた一貫したメッセージは「Metaが、これまでARグラスで超えられないとされていた壁を破った」ということだ。
これまで、ARは日常的な技術になると言われ続け、さまざまな夢のある(現実離れした)宣伝動画が展開されてきた。それゆえに、ARデバイスは世の中の期待値が高くなりすぎていた。そのため、実際に登場するデバイスの体験がかけ離れ、時には「PV詐欺」と呼ばれてしまうくらい、失望を積み上げてきた。
そんな中での、今回のMetaのOrion発表である。Meta Quest 3Sと比べて正確な事前リークはなかった。春頃のBusiness Insiderのリークは今思い返せば「Orion」の名前に言及されているが商用化は遠いとされていた。
どちらかといえば、CTOのアンドリュー・ボスワースが発言していた「Connect でARグラスに関する発表を行う」くらいで、何らかの言及があるだろうくらいの感覚だったと思う。
しかし、Metaの発表はARを知れば知る人ほど興奮する(mind blowing)発表だった。
形状は違和感の少ないメガネ型で小型軽量を実現。一方で視野角は70度と、これまで小型にするには限界とされてきた40-50度を大幅に上回る体験となった。詳しくは日本人で唯一このデバイスを体験したジャーナリスト西田宗千佳氏の記事を参照してほしい。
この視野角70度、そして違和感のないメガネ型の形状、その二つを両立したデバイスが出るという極秘情報は一言でもリークされることはなかった。Orionについて語れることは山のようにあるが、本記事で話題にしたいのは、この発表を行ったのがMetaだということだ。
Metaの発表から感じる“強い皮肉”と示唆
ARグラスの実現は人類の夢と言っても過言ではない。視界にデジタルの世界が自然に表現されて、人間の感覚が拡張される。不恰好なヘッドセットではなく、メガネ型のデバイスでそれを実現しようとする試みはずっと行われてきた。
その道筋を作るために、ARの夢を 掲げてきたのはこれまでどんな企業だっただろうか? Magic Leap、Snap、Microsoft、そして自分たちではグラスとは言わなかったがARに未来があると強い期待を示し外野からは「グラス型デバイスを出すのではないか?」と騒がれていたApple。
これまで、ARの実現を約束してきたどの企業よりも早く、Metaは理想的なARグラスの商用化に最も近いのは自分たちだと高らかに宣言して、旗を立てたことになる。
ここに筆者は強い皮肉と示唆を感じた。
世の中からMetaはどう見られているか。
MetaはVRの旗手だ。Oculus Rift以降、VRヘッドセットに精力的に取り組んできた彼らはVRを普及させることを目標に掲げ、2020年に発売したMeta Quest 2は2000万台以上出荷したと推測されている。Meta自身は公式発表していないが、今回初めて「Quest 2を数千万台出荷した」と言及しており、推計が間違っていないことが裏付けられている。
時にヘッドセット型のデバイスは嘲笑されてきた。筆者も何度「こんなヘッドセットを誰が喜んでかぶるのか」という言葉を聞いてきた。そしてVRを貶める時に必ずといっていいほど比較されてきたのがARだ。「ARはVRに比べて普及しやすい」、「ヘッドセットじゃなくてグラスに未来がある」。筆者が2016年頃に登壇したとあるイベントでは「VRはオタクのもの、ARはリア充のもの」と自虐的に表現する人物(彼はすでにこの業界を去っている)もいた。
そしてVRを推進するMetaもまた時に嘲笑の的となった。「MetaはVRの会社であり、メタバースを標榜している」、「彼らはグラスではなくてヘッドセットを装着するARを選んだ」。
つい最近では、Meta Connectに先駆けて開催されたSnapの開発者会議でもCEOのエヴァン・シュピーゲルは「AR の未来はヘッドセット型にはない。あんなものを屋外でつけられるわけがない、グラス型にこそ未来がある」と語って会場の笑いを誘った後で、得意げに同社の最新の開発者向けARグラス「Spectacles」を発表した。その視野角は45度だ。(Snapを過度に貶めるつもりはない。彼らが発表したのはプロトタイプではなく、月額100ドルで開発者向けにSpectaclesを実際に展開する実機だ)
VRやバーチャル空間など没入型技術一辺倒だと思われがちなMetaがARに未来を感じて投資していることを明らかにした時期は上記に挙げた企業に負けず劣らず早かったように思うし、そのサインは至る所から出ていた。
VRヘッドセットOculus Riftを発売した翌年2017年5月のイベントにて、当時のFacebookは、「VR/ARが新しいコンピューティングプラットフォームになる」と宣言。その後「ARグラスの開発を始めた」ことを明らかにしたのは2019年のことだ。
(2017年5月のF8についてコンピューティングの未来について語り、VRとARが次のコンピューティングプラットフォームになること、そしてARはグラス型デバイスにその未来があること、その普及のために最も重要なのは「社会に受け入れられるデバイスであること」を語るチーフ・サイエンティストのマイケル・エイブラッシュ)
(2018年Oculus Connect 5にてVRヘッドセットとARグラスの両方の使い訳について語るチーフ・サイエンティストのマイケル・エイブラッシュ。)
(2019年Oculus Connect 6にて「VRとARは次のコンピューティングプラットフォームだと語るマーク・ザッカバーグ)
公開されているデバイスで、今回のOrionに直接繋がったのは「Project Nazare」(2021)と名前と体験映像だけ発表されていたが、実機の姿が一切わからなかった開発プロトタイプ。他にもOrionにつながったデバイスはある。カメラだけを搭載して現実空間の環境認識を行う研究目的特化のグラス型デバイス「Project Aria」(2020)。そして、世界最大のメガネメーカーであるルクソエグゾディカと商用化した「Rayban Stories」(2021)、「Rayban Meta」(2023)だ。ARではないがグラス型デバイスであり、AI統合を果たした。
さらに、彼らがOrionに搭載したカメラやセンサーによる空間認識、視線や手などの認識はQuestシリーズに搭載してきた技術がベースになっている。
Metaは、2021年に「メタバース実現のために毎年10億ドルを投資する」と宣言。実際にXR・メタバース部門であるReality Labは部門単体では大赤字を垂れ流してきたことが四半期決算の資料からも明らかだ。そして、その内訳として2022年11月に公言したのは「ARデバイスの研究開発」だ。Metaは年間5億ドル以上もかけてARの実現のためにあらゆる研究開発投資を行ってきたということを意味する。その集大成の一つがこのOrionということになる。
長らくARグラスを作っていると期待されていたAppleがVision Proというヘッドセット型のデバイスを発売した同じ年に、MetaがOrionを引っ提げてARグラスのプレイヤーとして一躍先頭に躍り出たことが本当に皮肉に感じてしまう。
そして、さっそく今回の件に関連して報道にも出ていたから、メタバースに関しても触れておこう。Metaは新たなコミュニケーションプラットフォームとして比較的広い意味合いでメタバースの実現を掲げており、彼らにとってARというデバイス(とコンピューティングプラットフォーム)はメタバースにアクセスする重要な手段だ。だからこそ、Metaへの社名変更を行ったときのメタバースのコンセプト動画にはAR的な表現がふんだんに盛りこまれていたし、Orionのデモには他者とコミュニケーションするシーンがたくさん盛り込まれている。
Metaの運営する「Horizon Worlds」というソーシャルVRがある。さながらRoblox、VRchatやclusterのようなサービスだ。それ故に比較され、その出来映えもしばしば嘲笑されてきた。Metaの呼ぶメタバースはこのHorizon Worldsのことだけを指したものではない。Questのようなヘッドセット型のデバイス、Orionのようなグラス型デバイス、Horizon OSのようなOS、そしてHorizon WorldsやQuestストアなどの各種サービスプラットフォーム。「Horizon Worlds」は彼らが考える次世代の巨大なプラットフォームの傘の下にある一つのサービスだ。
本質的に、Metaはメタバースへの取組を後退させているのではない。どちらかというと今回のConnectでは大幅に加速させる発表が多かったと見ている。わざわざダウントレンドに入っており、欧米圏では白い目で見られることも多い「メタバース」という言葉、そしてメディアが批判の際に使って弄んでいる言葉を使ってわざわざ後ろ向きにとられるマーケティングをする必要はなかっただけだ。
バーチャル領域を網羅的に追うことの必要性
XR・メタバースのみならず、Mogura VRが扱っているVTuberや「ポケモンGO」などの位置情報(AR)ゲームなどなどーー関連領域は密接に繋がっている。筆者たちはそれらを総合して「バーチャル領域」と呼んでいる。だからこそXRのメディアと標榜しつつも、多種多様なジャンルを網羅的に追いかけている。
例えば、VTuberは新たなバーチャルな身体を持ち、人格を形成する存在として捉えれば、アバターの応用的な活用方法と言える。そのため、VTuberの実施するバーチャルライブにはXR関連技術が使われており、現実の景色とVTuberをリアルタイムに合成し表示するライブ形態を「ARライブ」と呼称することもある。また、ホロライブ運営のカバーが「ホロアース」というゲーム系メタバースを現在開発中で、ファンとVTuberの交流機会づくりや、ホロライブの世界観の拡散に活用しようとしている。こういった横の広がりは、VTuberというジャンルだけを見ていても、VRという領域だけにとどまっていても見えてこないものだ。
他にも「ポケモンGO」は、実際のところ位置情報ゲームとしてユーザーを熱狂させているが、提供企業のNianticはARの実現に向けて邁進している。今年に入ってからはARフォト機能が大幅アップデートされ、ポケモン複数体をスマホ画面に表示させ、現実と合成した写真を撮影できるようになった。Nianticが目指しているのは、現実に本当にポケモンがいるように感じられる体験であり、街を歩き回ってポケモンを捕獲するというゲーム体験を現実で再現することにある。その視点で「ポケモンGO」をみたときに、将来的にスマホゲームという枠だけで考えて良いものではなくなるはずだ。なんなら、NianticのオリジナルのARコンテンツ「Peridot」は当初スマートフォン向けに公開された位置情報コンテンツだったが、関連アプリがMeta QuestやApple Vision Proにも登場している。
さらに、AIに関してもバーチャル領域と強く繋がっているが……さらに膨大な記事になってしまうのでここまでとしよう。
忘れてはいけないのは、これらの領域は密接に繋がっていることだ。
ほとんどのプレイヤーはMetaのような莫大な予算があるわけではない。全領域に飛び込むことなどできないので、どうしても、どこかに自分のポジションをとらないといけなくなる。まだ黎明期から普及期の間にあるこれらの領域は事業リスクも高く、どうしても「B2BでVRトレーニング」、「B2Cで施設を使ったAR」など、細分化されて、可能性を見出したそれぞれのポジションで戦わざるを得ない。その結果、同じ業界企業でも「VRのB2BをやっているとVRゲームの盛り上がりが見えない」、「AR をやっているとメタバースが見えない」など、視点が狭くなってしまうことがある。
最近ではスタートアップや個人の取組でもXR・メタバース・VTuberなどの領域がつながっていく事例が増えてきた。ARスポーツを展開するHADOはVTuberの姿で遊べるMR的な機能を開始。スクウェアエニックスのVRゲーム「トライアングルストラテジー」にも、VRだけではないMRモードが搭載されている。MydearestはVRゲーム「8番出口VR」の世界観を感じられるメタバースをVRchatにオープンした。人気VTuberのぽこピー(甲賀流忍者ぽんぽことピーナッツくんの愛称)は VRChatに遊園地を展開している。
各領域での取組自体が市場が立ち上がりきっておらず依然としてチャレンジな中、領域横断の取り組みはさらにチャレンジを重ねることになる。
なので実際に具体的な事業などの取組にならなくても構わない。数年単位で全てが徐々につながっていく未来を見据えておく。それぞれの領域の未来を信じるのであれば、横断的な視点だけでも持ち続けることをぜひ忘れないでもらいたい。