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AR/MR 2024.09.27

Metaの新型ARグラス「Orion」実機を体験、ARグラスの壁を超えた秘密を訊く

Meta Connect 2024での最大の話題は、ARグラスのプロトタイプである「Orion」が公開されたことだ。


(ARグラスのプロトタイプ「Orion」)

マーク・ザッカーバーグCEOが「初めての、完全な機能を備えたARグラス」というOrionは、どのような特質を備えているのだろうか?


(Orionを発表するマーク・ザッカーバーグCEO)

実機を体験することができたので、その詳細をお伝えしたい。

また、Orionの秘密について、Metaのアンドリュー・ボスワースCTOに単独インタビューすることもできた。そこで得られたコメントも補いながら、Orionの秘密に迫ってみたい。


(Metaのアンドリュー・ボスワースCTO)

光学シースルーの価値は「社会的受容性」

Orionは、いわゆる「光学シースルー型ARグラス」である。

(実機を体験中の筆者)

以下の動画はOrionでのアプリ動作をキャプチャしたものだが、実機でも「ほぼこの通りに動く」。


ビデオ通話の様子


ビデオ通話中の筆者。映像が見えないとちょっと奇妙


AIによって食材を認識してレシピの提案を受けるデモ


複数のアプリでマルチタスク動作


首を動かして自機を操作して楽しむシューティングゲーム


2人でボールを押し合うピンポン的なゲーム


ピンポン的なゲームをプレイ中の筆者。筆者の目には上のゲーム動画が見えている

これは光学シースルー型ARグラスとしては画期的なことだ。

皮肉な言い方をすれば、ARグラスは「PV詐欺」とともにあった。

光学式シースルーの場合、視野を完全に覆うほどの視野角を実現するのは極めて難しい。過去に出た製品の場合、視野角(FoV)40度から50度程度。これまで登場してきたHoloLensもXREAL Airも、その近辺であることに違いはない。

そのため、実体験の感覚は「視野の真ん中に、CGと実景が重なった窓がある」感覚になる。世界全体がARになったようなPVや広告画像のイメージは実現できていない。

Meta Quest 3やApple Vision Proなどのビデオシースルー型のデバイスの場合、視野全体にかなりのクオリティで「CGと実景が同居」する。ビデオシースルー型のARであるからだが、「PV詐欺ではない体験が実現している」と考えると、現状は光学シースルー型よりもビデオシースルー型の方が有利ではある。

しかしボスワースCTOは、光学シースルー型のARグラスと、Meta Quest 3のようなビデオシースルー型は「別の存在」と言い切る。

「大きな違いは社会的受容性だ。Quest 3のパススルーは非常に素晴らしいものだが、周りの人や周りの世界とのつながりを感じるのは難しい。AR関連製品を開発する中で考えてきたことの一つは、社会的受容性にある」(ボスワースCTO)

すなわち、「普通のメガネにより近い形である」「周囲にいる人々と顔を合わせて対話できる」光学シースルー式は、より大きな社会的受容性がある……という話なのだ。


(Orionを利用中のイメージ。違和感の少なさによる「社会的受容性」がポイント)

もちろん、Quest 3のような製品がダメ、という話ではない。屋内で使う機器としては非常に優れたもので、別の美点がある。

「すべてを同じ箱の中に入れる必要はない」とボスワースCTOはいう。QuestとOrionは同様のコンポーネントやUIを使いつつも、「別の存在」として進化していくことになりそうだ。

視野角70度を実現した「独自デバイス」

Orionは「PV詐欺」的状況から脱するため、「70度」という広い視野角を必要とした。

Apple Vision Proの視野角が90度程度、Meta Quest 3の視野角が水平110度なので、これらに比べると確かに数字上狭い。だが、透明度の高いディスプレイ部が採用されているためか、狭苦しさは感じない。これまでの光学パススルーより視野がグッと広くなり、「視野全体がCGと自然に重なっている」感覚を受ける。

なぜこのように広い視野が実現できたのか?

ボスワースCTOは「2つの理由がある」と話す。


(Orion本体。ディスプレイ部はかなり「メガネ」に近いが、多数の工夫が詰まっている)

Orionが採用しているのは、いわゆる「ウェーブガイド」式のディスプレイだ。発光部の光を複雑に反射させつつ目まで届ける。ここに2つの理由となる秘密が詰まっている。

1つ目の秘密は「カスタムマイクロLED」だ。左右のツル(テンプル)の端にあり、非常に小さなものだが、高精度で明るいプロジェクターになっている。輝度は「数百から1000nits」。視野を広くするには、より多くの光を瞳に届けなくてはいけない。

2つ目の秘密は、ウェーブガイドに「炭化ケイ素」という素材を使っていること。

ボスワースCTOは「炭化ケイ素の屈折率は2.7で、ニオブ酸リチウム(屈折率2.3)や高屈折率ガラス(屈折率1.9)、通常のガラス(屈折率1.5)に比べ、光が効率的に屈折し、ウェーブガイドの内部で生成した光をより多く保持する」と説明する。

屈折率が高いので光を大きく曲げることができて、視野を広く覆える。

明るいマイクロLEDと炭化ケイ素の組み合わせにより、目には「300から400nits」の光が届くという。これなら、多くの環境で満足な明るさが得られる。

なお、現状のデバイスの解像度は「13PPD(Pixel Per Degree)」で、精細とは言い難い。

だがデモの中では、PPDを「26PPD」に拡大したものも試せた。

こちらはQuest 3以上の解像度だ。製品版では「30PPD以上。おそらくは30PPD台のどこか」になると想定されているが、そうすると解像度はVision Pro並みで「肉眼で見るのにほぼ十分」なレベルになるという。

EMGがついに実用へ

ではUI(ユーザーインターフェース)はどうか?

Orionの操作には「視線認識」「ハンドジェスチャー」に加え、「EMG(ElectroMyoGraphy=筋電位)」が使われる。

率直に言えば、操作はVision Proに似ていた。

視線で選択して親指・人差し指を「タップ」で決定。ウインドウの下部にある棒を掴んでウインドウの位置を動かし、好きな位置に配置できる。

通知を見てタップすれば通話やメッセージングが起動。他人に知られることなく応対することもできる。

モーションセンサーを使って「首の動きをコントローラーがわり」にすることもできるし、手のひらを認識して遊ぶゲームもできた。

とはいえ、やはり大きな差別化点は「EMG」の存在だろう。


(OrionのEMGコントローラー)

Orionでは電極のついた細いバンドのようなものを腕に巻き、EMGを読み取ってそこから「腕や指がどう動こうとしているか」を把握する。

OrionのEMGコントローラーは薄いバンド状になっていて、裏に複数の電極がついている。それを手首に少しタイトに巻くことで、手首からEMGを読み取って操作に活かす。

一般的なハンドジェスチャー技術では、手をカメラに見えやすい「目の前」に出す必要があった。それがVision Proでは、下の方向にカメラを向けて設置し、「膝の上や机の上」からあまり手を動かさずに操作する。

ではOrionではどうか?

カメラを使ったハンドジェスチャーも行えるが、EMGを使うと「カメラで手を認識する必要がない」。ポケットの中に手を突っ込んだままでも操作できてしまう。

「Orionでは基本的にコントローラーは持たないだろう」とボスワースCTOはいう。ゲームを軸に使うMeta Questとは異なり、色々な場所で自然に使うOrionの場合には、コントローラーを使わない操作になる……という予測だ。

Compute Pakと「13のカスタムチップ」

ただ、EMGや視線認識などをUIに活かすには、より高い演算能力が必要になる。

そこでOrionは、メガネ部と「Compute Puck」というデバイスに分けて処理することになった。


(Orionのフルセット。細長いのがCompute Puck)

Compute PuckはWi-Fiなどの通信手段を備えた「母艦」的なもの。サイズは小さな筆入れ程度で、カバンの中などに楽々入れておける。

Questシリーズに搭載しているHorizon OS同様、AndroidベースのOSで動作しており、SoCはQualcomm系だという。主にアプリケーション自体の処理を行う。

一方で、メガネ側ではよりリアルタイム性の高い処理が必須になる。そこでMetaは「13個のカスタム半導体」を自社設計、視線やジェスチャーの認識、実景へのCGのアンカーといった処理を、リアルタイムOSをベースとしたオリジナルOSと組み合わせて実現している。

メガネにはカメラも7つ搭載されており、それらの映像もカスタム半導体で処理される。結果として、汎用半導体で処理するのに比べ4から5分の1の消費電力で済んでいる。


(Orionメガネ部のセンサー位置)

Compute Puckとメガネ部の間は無線で連結され、Compute Puckのアプリ処理をメガネ側へリプロジェクションするような動作になっているという。

なお、メガネ部は連続で2時間から2時間半ほど動作するというが、消費電力のほどんとは「ディスプレイ系」だとか。

視線やジェスチャーの認識などはMeta Quest向けに開発したコンポーネントを一部利用しているが、全体ではUIもアプリの構造も異なる。

「ディスプレイ部が9割」というコストの壁

もちろん課題もある。

現状の課題は「発色が良くないこと」だ。

他のウェーブガイド方式ARグラスでは、映像の中に大量の虹が含まれる……という見え方になることがしばしばあるが、Orionではこの問題は生じない。ただ、色は浅く、エリアによってムラがある。

ただここは、前出のPPD同様「解決方法が見えている」領域のようだ。

最大の課題は「コスト」だ。ここはボスワースCTOのコメントを全文お読みいただくのがいいだろう。

「正直に言って現状最大のリスクは、このプロトタイプのコストの90%がディスプレイにかかっていることだ。消費者向け製品を市場に出すことを考えると、コストを大幅に削減する必要がある。すでに解決方法はあるが、一方で、現状のものほど広い視野のものを作るのはしばらく難しいかもしれない。そこはトレードオフだ。試しているプロトタイプがいくつかあるが、そのうちの一つが、最初の消費者向け製品に使えることを期待している」(ボスワースCTO)

開発担当者は「ハイエンドスマートフォンやPCくらいの価格を想定している」と話す。現状はその数倍から10倍のコストがかかるので「プロトタイプ」なのである。

製品化時期についてMetaは明確なコメントを避けた。しかし、「何年も待たせるつもり」はないようだ。

ボスワースCTOは、今年プロトタイプを公開した理由を次のように語る。

「私たちはこの10年間、莫大な投資をしてきた。この段階で、我々がやっていることが”現実のものとなる”ことを示すべきだと考えている。それに、Meta Connectは開発者会議。開発者には私たちと一緒に、深いところまでともに進んでほしい」(ボスワースCTO)


(MetaのAR研究デバイス。巨大な機器でのテストを繰り返してようやくOrionに辿り着いた)

ザッカーバーグCEOは「Orionはタイムマシンのような存在」と説明している。未来の方向性を示すデバイス、という意味だ。ボスワースCTOのいう「現実のものになる」というコメントも、方向性を明確に示す、という意味で趣旨は一貫している。


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