2021年にFacebookが社名をMetaに変更して以来、アレもメタバースだ、コレもメタバースだと、『ザ・メタバース』を記したマシュー・ボールの定義だけではなく、様々な解釈で数多くのサービスが含まれるようになったメタバース。
当時は強い話題性を呼びましたが、フォートナイトやRobloxのようなゲーム目的のMMOもゲーム系メタバースとして含めた結果、(ゲーム目的の子どもたちがコロナ禍でステイホームしていたことから人気が高まり)グローバルでのMAUが数億となったことから(ECなどビジネス主軸で活用する)メタバースにも期待ができる、といった広義なトークが乱立。短期目標を重視してしまった市場の過度な期待に対して技術面で応えきれず、ガートナーのハイプ・サイクルにおける幻滅期へと移行しました。少なくともメディアの末席に列している筆者からはそう見えています。
とはいえ、ハイプ・サイクルの教えを参照するのであれば、ここからメタバースの正しい価値を見出だせる啓発期がくるのだろう、とも考えてもいいでしょう。
そこで気になったのが、一般社団法人Metaverse Japanが9月25日に東京・室町三井ホール&カンファレンスで開催したMETAVERSE JAPAN SUMMIT 2024です。「新メタバース宣言」「Nextメタバース」といったテーマでAIxメタバース、教育市場における現状や新興ビジネスの事例のセッションで学べば、今後のメタバースのあり方を占えるようになるのでは、という期待を抱いて伺いました。興味深かったいくつかのセッションをご紹介しましょう。
AIがもたらすメタバースの未来
(金出武雄教授 カーネギーメロン大学ワイタカー記念全学教授/京都大学高等研究院 招聘特別教授/産業技術総合研究所 名誉フェロー/MetaverseJapan Lab名誉顧問)
(馬渕邦美氏 一般社団法人Metaverse Japan 代表理事/デロイトトーマツコンサルティング パートナー/一般社団法人 Generative AI Japan理事)
科学技術で社会全体を良くしようという活動を行っている宮田裕章教授、フィジカル・現実空間側からメタバースを見ていきたいという金出武雄教授が登壇した「AIがもたらすメタバースの未来」。モデレーターはMetaverse Japan 代表理事の馬渕邦美氏です。
宮田教授は、メタバースの幻滅期は抜けたと話します。
「少なからず新しい技術はそのまま、幻滅期のまま忘れ去られていくんですけど、メタバースはまた(注目が)戻ってきつつあるということですね。幻滅期を超えるような新しい技術的な繋がりが生まれてきています。しかしメタバースを作る技術者が足りない。これが生成AIによって、プロンプトなしで多くの人たちに民主化に開かれることになった。さらに言えば、 自分で自分の好きな世界を作っていくっていうようなところも見え始めているわけですよね」(宮田教授)
続いて金出教授は、AIの可能性の話を宮田教授から受け、「ちょっとまとまらない話」としながらも次のように考えを語られました。
「難しい問題ですね。AIでシミュレーションするにはワールドがどう動くかというモデルが必要であるというのが、我々の伝統的な発想です。 ボールがどう飛んでいくかということは、ニュートンの法則に従って動いてるはずなので、その軌跡の集合はニュートンの法則を内包してると考えるべきである。というのが、現在のデータサイエンスのフィロソフィーなんですね。それをいっぱい集めると新しいパターンが生まれるけれども、それがどこまで本当なのかっていうのは、私自身はよくわからないんです。現在のAIシステムというのは、 空間はものすごい多次元ですから、我々の想像を超えてます。、その空間の中での内装というのは、我々の概念で言うと 外相なわけですからね。なので、そこをどうするかというチャレンジが必要かなと思うんですよね」(金出教授)
馬渕さんは「一般的に公開されている中にその答えがない」から「個別にデータを囲い込みながら進化していくところに可能性がある」と続けました。
「技術というのはすごく重要なんですけども、ただ、この時代の変化の中で何がブレイクスルーになるかは、簡単に予測できない部分があります。だからVRではなくて、多元的な、多様な、様々な人によって認知が違うことを、今まで1つだと思い込んでたものが実は多様なんだ。その上で、じゃあその新しい世界をどう作っていくのかっていうところは、可能性のあるアプローチに今後もなっていくんじゃないかなと感じました」(宮田教授)
教育分野におけるメタバースの応⽤と可能性
(佐藤将大氏 学校法人角川ドワンゴ学園 普通科推進室 室長)
(長田新子氏 一般社団法人Metaverse Japan 代表理事/一般社団法人渋谷未来デザイン 理事・事務局長)
続いては教育についてのセッション。ドワンゴ時代にニコニコ超会議を始めとした様々なイベントでの企画運営を担当し、バーチャルキャストに立ち上げから参画。バーチャル教育システムの企画開発にディレクターとして携わってきた佐藤将大氏と、京都大学理学部で量子コンピューターの研究を行い、大学院時代に引きこもって中退後にクラスター株式会社を起業した加藤直人氏が登壇。また長田新子氏は渋谷区の大学団体で事務局長をしているとのことです。教育に対する想いが三者三様であると伺えます。
現在学校法人角川ドワンゴ学園が運営する高校はN高等学校、S高等学校。2校合わせての在籍生徒数は2024年8月30日時点で3万人を超え、さらに2025年にはR高等学校を開校するそうです。大きな特徴として、通学時間がなくなるので自分がやりたい学びに使える時間が増えることと、卒業に必要な部分と必修授業を効率よく提供できる点があるといいます。
「2021年からメタバースで学べる普通科を開始しました。Meta Quest 2/Quest 3を同コースに所属している約9000名の生徒に提供しており、自宅で学習する形をとっています。教材としては動画授業のほか、3D空間内で科学実験などが行えるバーチャル教材があります。またVRの面接練習では、実際にスタッフと生徒がVRの中で対面して、メタバース上でのコミュニケーションで面接訓練を行ったり、スマートチューターというアプリケーションを利用してVRxAIの英会話教育などを行っています」(佐藤さん)
「素晴らしいですよね。僕が引きこもりだったのは大学卒業後なんですけど、高校時代だったら、行きたいなと思ってました」(加藤さん)
「修学旅行でゲーム空間に入るみたいなことをやってるのですよね」(長田さん)
「VRの中でGoogleストリートビューに入れるアプリがありまして、そちらを使って世界中の遺跡を巡ったり、広島の原爆記念公園をVRで体験してもらった後に、宿の空間に移動して一緒に枕投げしようみたいな感じですね。そういう体験をVRでしてもらっています」(佐藤さん)
「clusterでは、中学校、高校、大学といった教育機関と入学式とか卒業式などをやっています。またベネッセコーポレーションに協力し、進研模試をバーチャル空間内で受けられるようにしました。模試を通じたコミュニケーション体験といったチャレンジングな取り組みもしています」(加藤さん)
クリエイションツールとの連携により、友達と一緒にコンテンツを作れる共創体験ができるというのも、メタバースを活用したオンライン授業の魅力。またプラットフォーマーが教育機関を作ったり、教育機関に協力することで、メタバースネイティブを育成できるメリットにもつながると感じました。
さらなるメリットとして話されていたのは、地域格差の是正や、コミュニケーション機会の提供といったテーマです。
「居住地によってリアルなコミュニケーションの機会に偏りがあり、同じような趣味を持つ友達との出会いにかなり差があるんですよね。首都圏で育っている子は明確に有利です。それに対して、Slackの文字空間でコミュニケーションを取ることはできていたんですけども、メタバースの中でコミュニケーション取れることが可能になったことで、(Slackに比べて)すごい仲良くなるんですよ。我々はニコニコ超会議内っていうイベントの中でリアルに高校の文化祭をやってるんですけども、そこで初めて会ったけれどバーチャル空間の中でずっと一緒にいたんで、仲のいい友達の状態で初めて会うことになります。メタバースは、親密度を上げていくという面で、生徒にとってかなりのメリットがあったんじゃないかなと感じます」(佐藤氏)
「テキストコミュニケーションや、 電話でのコミュニケーションは抽象度が高くて、難しいところがありますが、身体(アバター)を使ったコミュニケーションができるのは本当にメリットなと思っております。実際の事例として、バーチャルは情報が欠落してるからこそ良いという側面もありました。たとえば、視線恐怖症の方や、表情恐怖症の方は見られてるのがすごいストレスで、お子さんに見られていても怒られているように感じて、考えるがまとまらなくなるのが、バーチャル空間だとなくなるという研究成果だったりとかがあるんですよ。それは本当にバーチャルのいいところだと思います」(加藤氏)
メタバースとAIエージェントが生み出す新たな経済圏:メタバース・スタートアップの最前線
(中馬和彦氏 KDDI株式会社 オープンイノベーション推進本部 本部長)
KDDIのメタバースサービスαUを牽引し、現在はスタートアップへの投資を担当しているという中馬和彦氏と、VRChatなどで活躍するクリエイターのプロダクションであり、無人アバターとして機能するAvatarNPCシステムなどを販売しているメタバースクリエイターズ若宮和男氏のセッションは、再び代表理事の馬渕氏がモデレート。メタバースxAIにまつわる新しいビジネスがテーマとなっていました。
「『メタバース元年』が期待されつつも全然来ないっていうのが続いてたんですけど、コロナで前倒ししちゃったんですよね。ここをちゃんと理解しなきゃいけない。たぶん本来は、今の2024~25年というタイムフレームが結構ドンピシャだったはずなんですよ。けれど2020年にコロナが来て、誰も街に出れなくなって、人のふれあいをもとめた人たちがバーチャルでのコミュニケーションを求めたところから、テクノロジーや端末スペック、またAIだったりとか、いろんなもののキャズムが技術のドリブンで超えることが求められたという特殊現象があったと思っています。なので、リアルが回復した時に『メタバースって必要なんだっけ、別にいらないじゃん』って(誰かが)言ってるんですけど、多分これはクオリティとして不十分な部分もあったと思うんですね。一方でAIが出てきて、 今ちょうど惑星直列で全部(の技術が)揃ってきて、 メタバースが活性化したりとか、UGCが活性化するっていうのが揃ってきたと理解すればいいと、僕は思うんです」(中馬氏)
「うちは昨年創業なので、タイミングは逆に言うと(メタバースへの期待が)一番底の底というところでスタートしました。一番底からスタートするのは、戦略的にやっています。 大きな流れとしてアバターコミュニケーションは、コロナ特需は大人がオフィスの代わりに使っていましたよね。この人たちはコロナ開けたらオフィスに戻っちゃいました。一方で、Z世代とかα世代はもう普通にアバターでコミュニケーションする方が当たり前で、なんだったら生身の体にちょっと飽きてるところがあるんです。最近のアイドルとかでもVTuberとかでも、生身の体よりアバターの方がいいという世代になっているので、メタバースの人口も過度な期待とか幻滅期とか関係なく、ずっと右肩で伸びているんですよね。なので、やっと実体経済化してくると考えています」(若宮氏)
「Yコンビネータの出資リストを見ていると、246社中3/4くらいがAIエージェントのベンチャーみたいな感じになってきて、明らかに生成AIエージェントバトルみたいになっている気がするんですけど、いかがですか」(馬渕氏)
「ここ2年ぐらいLLMへの投資が何兆円とか何十兆円とぶち込まれて、はっきりとしたプレイヤーが出てきたと思うんですけども、今ほとんど修正されてるんですよ。で、ここについてはある程度ビッグプレイヤーに指名されてきたということになってきていて。基盤モデルからミドルウェアやアプリケーションのレイヤーに投資の方が移ってきています。ミドルウェアでは、データを整えたり、セキュリティなどが今非常に投資が集まっています。加えて、今のテキストベースからマルチモーダルになってきてる流れの中で、UIがテキストからジェスチャーなどに変わってきそうだねという流れがありますね」(中馬氏)
「いまなぜこの話をしているのかというと、メタバースに入っても、誰もいないと結構寂しいじゃないですか。でもアバターの皮を被ったAIエージェントがいっぱいいて、色んなキャラクターがいて、そこでエージェントとの出会いがあったりとか、色々道案内してくれたり、 そういう世界観が現実になってくるし、ひょっとするとアバターだけじゃなくて、ヒューマノイドロボットみたいなものの中にエージェントが入っていくっていうのが、現実になるんじゃないかって感じているんです」(馬渕氏)
「ロボットも増えてますね。ハードウェア型だとお金がかかるし時間もかかるから投資は控えられてきたんですけど、いまみるとハードウェアスタートアップへの投資は、下手したらSaaSのプレイヤーよりよっぽど多いですね」(中馬氏)
「最初にメタバース宣言とか言ってたのに、いまこの人は何を言ってんのかなっていう方もいらっしゃったんだと思うんですけど、そういった技術が身体的なものを生み出すんです。実用化するにはまだ時間がかかるんですけど、バーチャルで培ってきたメタバース空間の中にあるAIエージェント、AIアバターであれば、AIへの発展とともにそういったものがどんどんできていく時代になるかなと思うんです」(馬渕氏)
「弊社はB2Cなので、推しエコノミーとかアバターエコノミーといったものにすごく注目しています。人がコンテンツにお金払うのは、 情報が得られたり、便利なお役立ちだったり、あと推しですよね。弊社が展開しているAvatarNPCシステムには、メタバース内で道案内してくれるなど便利というのもあるんですけど、それ以上の(ユーザーから)反応として、『お気に入りのアバターと一緒に暮らせて、 もう究極の推し活』って言っていて、もうそこで一生暮らしているという感じなのです。便利っていうよりそこに感情が乗ってきています。」(若宮氏)
様々な角度でメタバースの現在地点と今後についての議論が交わされたMETAVERSE JAPAN SUMMIT 2024。日本のメタバースシーンがどのように推移していくのか引き続き見守りたいところです。