Apple Vision Pro(以降、Vision Pro)に関する状況が騒がしい。
起点になったのは、Bloombergの記者・Mark Gurman氏の記事。「Vision Proの改良版の開発が停止され、プライオリティはAIグラスの開発にある」という趣旨のものだ。
筆者も、Vision Proの後継よりも別の製品の方が開発優先度は上がっている、とみている。
だが、記事などから拡散されるように「もうVision Proについてアップルはまったく興味がなく、開発チームが完全に解散している」という話とはかなり異なる状況、という印象を受けている。
「筆者が知る、理解する限り」という話で、Vision Proの現状を説明してみたい。
なお、このことはVRデバイスを含む「顔につけるディスプレイデバイス」全体に関わる流れでもある。
「Vision ProからAIグラスへ」の背景
まず、アップルがVision Proの販売数量に満足していないのは事実だ。ただし、その背景は見方によって変わってくる。
最初の認識として、「Vision Proが他の製品のような大ヒットにすぐつながる」とアップルが考えていたか、というと、おそらくノーだ。
年間に何百万台も生産する計画はなかったし、そもそも作れない。
理由は、ディスプレイとして使われているソニーセミコンダクタソリューションズ製の高解像度マイクロOLEDの量産に限界があるためだ。年間に数十万台から100万台分を作るのが精々であり、これは現在も大きく変わっていない。Vision Proが高価である理由の1つでもある。
Vision Proはハイクオリティな画像と体験を目指したがゆえに、2024年の発売段階では高価な製品にならざるを得なかった。
そのためアップルとしては「数量は追求せず、高価格なまま提供し、このレベルの機材が安価な存在になった時にどうなるかを示す」ことにした。ある種の開発機材でありつつも、そのままコンシューマーに提供することで、市場の変化を期待していたのだろう。
数を期待していなかったのは事実だが、結果として、想定していた数量よりさらに販売量が少なかった、というのも事実と考えられる。
販売の手法や価格、用途など課題は複数あるが、それらの多くは「コストを下げてユーザーを広げた新型」で解消可能なものだ。アップルが次のモデルの準備に入っていたのは間違いない。
一方で、市場の注目は大型のヘッドマウントディスプレイから、メガネ型でAIと連動する、いわゆる「AIグラス」に移りつつある。MetaがRay-Ban Metaをヒットさせたことは、各社の戦略に大きな影響を与えた。現在競合上優先されるのは、空間コンピューティングよりも「AIを使って人々のサポートをするデバイス」なのだ。
そのためアップルは優先度を変え、AIグラスの方を先に開発すると決断した……と見られている。
筆者が把握している限り、この変更は1年以上前、2025年の早い時期に決断されている。昨日今日の話ではなく、噂も十分にあった。
同時に、アップルが「Vision Proに関するすべての開発を止めた」という話でもない。アップルはvisionOS関連の開発人員を募集中だし、市場でも必要とされる製品だからだ。
法人市場で求められるVision Pro
Vision Proを必要としているのは「法人市場」だ。
解像度が高く、アプリ開発も容易なXR向けプラットフォームとして、Vision Proは有用な存在だ。特に、製造業やフィジカルAIなどの分野では顕著だ。NVIDIAがフィジカルAIのプレゼンテーションをするとき、Vision Proを使う例は非常に多い。
日本国内でも、そして海外でも法人市場での引き合いは多く、Vision Proが関係する開発案件も、現状、法人市場向けがほとんどと認識している。
また、いわゆるImmersive Videoの開発でも、解像度の面でいまだ重要なデバイスであり、多くのニーズがある。
個人市場を軸にすると新機種の優先度は下がったが、法人市場ではニーズがあるとなると、製品は出し続ける必要があるし、OSも刷新せねばならない。
とはいえ、劇的に進化した製品を作るほどの予算が用意されているわけでもないだろう。
昨年M5搭載でリニューアルしたのは、こうした事情も関係している。
初代モデルが搭載しているプロセッサーである「M2」は2022年に作られたものだ。他のアップル製品ではもう使われていない。そんな中M2を再生産するのは効率が悪いので、ほぼ同じ機材でプロセッサーだけを最新のM5に変えたモデルを作ったわけだ。これならまだあと2年は供給上の問題はない。
開発チームが縮小して方向転換しているのに昨年新製品が出たのはこれが理由だ。
どのメーカーも「AIグラスシフト」に移行
AIグラスが優先であるといっても、そこでVision ProやvisionOSが不要になるわけではない。
本誌読者の方々ならお分かりのように、AIグラスを含めた、いわゆる「スマートグラス」と、バーチャル空間を扱う「XRデバイス」は隣接した概念を扱う製品である。
AIグラスの場合、ディスプレイがないものもあるし空間把握の優先度は低い。しかし、カメラや音声で「目の前のものがなにかを把握して対応する」のは、空間に情報を重畳していることに違いはない。ディスプレイ搭載であれば、空間の上に、まさに地図や文章などを重ねる。
まずはスマートフォンとの連携を独自に作り込むことになる。そして、アプリやサービスという経済圏の価値を考えると、AIも必要だが、「顔につけるもので情報を扱う」技術があり、技術的にも「空間OS」であることが望ましい。特に、カメラによる手や空間の認識など、Vision PronoOSであるvisionOSで培った各種技術はハードウェア・ソフトウェアともにAIグラスなどにも応用可能だ。
アップルの場合には、開発部隊のヒエラルキーが変わったものの、visionOS開発部隊はちゃんと存続している。アップルのAIグラスがvisionOSを使うかはわからないし、特に初期の製品は違うだろう……と予測しているものの、技術的にも人員的にも関連性は高い、と考えられる。
事情はどのメーカーも同じだ。
Metaは「Meta Quest」関連ビジネスを持続的なものにするために様々な路線変更をしている。だが、XRデバイスを止めるという話は出てきていない。
ARグラスとしては、2024年秋に公開した製品プロトタイプ「Orion」があり、その量産モデルに向けた開発が進められている。昨年アメリカで発売された「Meta Ray-Ban Display」の先にあるのは、おそらくOrionの製品版に近いものだろう。
GoogleはAndroid XRの展開を待っている。
昨年秋、アメリカ・韓国で初のAndroid XRデバイスである「Galaxy XR」が発売されている。Vision Proの対抗と言える製品だが、まだ高価(1800ドル、約28万円)であることからか、こちらも販売数量も少なく、発売市場も限定的。日本発売の予定もない。
GoogleはAIグラスタイプのAndroid XRデバイスのプロトタイプを開発中で、昨年のGoogle I/Oや今年のMWCなどでデモを公開している。XRデバイスとの中間に位置する、XREALの「Project Aura」もあるが、こちらも2026年発売なので、遠からずお披露目されることになるのではないだろうか。
いうまでもなく、このほかに中国系メーカーも多数動いており、AIグラスはかなりの数が製品になって出てくるだろう。
新デバイス登場までの時間も考慮が必要
一方で、各社がAIグラスを優先にしている理由の1つは、「適切なディスプレイデバイスの開発にはまだ時間がかかる」からだ。
前出のように、Vision Proが高価であるのはディスプレイであるマイクロOLEDデバイスが高価であるからだ。
これを安価なものにするには、スペックの変更だけでなく生産量の拡大や技術の変化が必要だ。ソニーセミコンダクタソリューションズだけでなく、BOEやサムスンといったディスプレイメーカーから多様なデバイスが出てきて、選択の幅が広がる必要もあるだろう。
同時に、より新しいデバイスも必要になる。
Even Realitiesの「Even G」シリーズや、Rokidの「Rokid AIグラス」などで使われているマイクロLEDは、消費電力の面では本命の1つ。現状は緑一色だが、Even Realitiesのウィル・ワンCEOは「2、3年以内にはカラーのマイクロLEDも出てくるだろう」と語っていた。
MetaはOrionで、視野70度を実現するフルカラー透過型ディスプレイを作っていた。2024年当時は非常に高価な技術だったが、その低価格化も進められているだろう。
これら新技術の登場は、ヘッドマウントディスプレイを劇的に小さなものに変える可能性がある。だが、どの技術にしても、登場にはまだ数年かかる。
早期の製品が出てくるのが2028年、本格的な展開が2030年以降と予測しているが、この間は、AIグラスの方が優先であろうと考えられる。
これらの事情を見ても、XRデバイスがしばらく「AIグラス」に席を譲り、地味な展開になる可能性は極めて高い。メーカーもそのことをわかっているから優先度を変えている部分があるし、優先度が変わるからこそ、部材メーカーの開発もシフトしている部分はある。
数年単位での変化を見る必要があるのは、Vision Proだけでなく、他のデバイスも同様。その中で、AIグラス・XRデバイスの融合がどうなるかを考える必要がありそうだ。


