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テック 2015.08.16

映画の制作手法が通じないVRでの”体験”の制作。OculusがVRシネマ『Lost』の制作から学んだ5つの教訓。

VRで”体験”できる映像とはどのようなものになるのか。まだその可能性は模索が始まったばかりです。

Oculus Story StudioはOculus VR社内にあるVR映像を専門的に制作するチームです。彼らは既に一作目の作品となる『Lost』を制作し、これまでのように平面に映る映像制作とは全く異なるVRコンテンツを制作の知見を集めています。既に2作目の『Henry』の制作にとりかかっているところですが、1作目『Lost』の制作から得られた知見を公式サイトで共有しています。
本記事は、非公式にその内容を翻訳したものになります。

Lostの制作から得られた5つの教訓

Oculus Story Studioのミッションは、VRコンテンツのクリエイターを増やし育成していくことです。そこで、我々が「Lost」というVR向けストーリを作った時、試行錯誤の結果学んだ「教訓」を5つ共有します。
この「教訓」はあくまでも提案です。VR向けのストーリーを作成するにあたって基礎を学びたい方へのアドバイスです。厳密なルールなどではありません。

001Oculus Story StudioのディレクターSaschka Unseld氏(2015年Tribeca映画祭)

教訓1:ペースを急がないこと

普段なら、ストーリーの構成についてディスカッションを行う時、映画のストーリーを組み上げる手法を使って、イベントのペースと話の流れをマッピングするようにしました。しかし、VR向けのコンテンツで同じやり方を使ってしまうと、ストーリがあまりに急ぎすぎているように感じられました。全てのイベントが起きるペースが速すぎて、観衆が追いつけなかったのです。

これは、よく考えると、実は当たり前なことです。普通の映画とVRを比較すると、伝える情報量が明らかに違うのですから。
こういうことを考慮した上、ストーリをイベントの連続として考えるのを止め、瞬間(moment:意訳すると「状況」)の連続として考え始めました。

例えば、
1.暗い森の中にいる
2.巨大なロボットハンドがその地域を探索している
3.そのロボットハンドががっかりして、孤独な状態で休んでいる
4.そのハンドは、近づいてくる「何か」を待っている、
といったように。

こうすることで、VRの中に、それぞれ状況のペースを決めて、状況毎に必要な時間を確保してあげることで、観衆がストーリをちゃんと理解できるようにしました。「Lost」の構成をイベントベースではなくて、瞬間(状況)ベースに変えたことで、ストーリの根本な部分を損なわずに、正しいペース配分を行うことができました。

教訓2:シーンへの導入をちゃんと行うこと

「Lost」の初期のバージョンでは、物語の舞台となる森を見た時、観衆が圧倒されて、混乱したという報告が多くありました。全く新しい環境に連れて行かれて、びっくりしてもおかしくありません。VRによってリッチで綺麗な環境が再現されている場合は特に。

映画の場合、、映画館に行くと儀式と言ってもいい明確なプロセスがあります。席に座って、電気が暗くなって、カーテンが開いて、さあ映画を見る準備ができます。観客はしっかりと映画の世界に浸る覚悟ができています。
VRの場合、まだこのような導入のための儀式は存在していません。同じように儀式を考える必要がありました。

まずは、「観衆がOculus Riftを被った直後の最初のシーンで何を見るのがいいか?」を決めることにしました。その最初のシーンを私たちは、「The In」(導くもの、没入させるもの)と呼んでいます。Lostでは、徐々にその世界の体験に入っていけるように、観衆を優しくリードしていくものが必要です。ただポンとユーザを世界の中に投げて、何もしないということを避けたかったのです。

Lostの場合、私達の「In」は「Fi」という名前のホタルになりました。森に入る前に、初めて観衆が見えるものは「Fi」です。こうして、小さくて簡単でわかりやすい存在が現れて、ユーザの気を引きます。「Fi」は少しずつ右に飛んだり、左に飛んだりすることで、周りを見わたすというVRでの振る舞いに慣れてもらいました。「Fi」からの挨拶が終わると、ストーリ-が始まり、プレイヤーは自分が夜中の不思議な森にいることに気づくのです。

教訓3:ユーザを無理やり特定の方向へ向かせないこと。

映画の協力な武器の一つは、カメラ(視点)のコントロールです。我々はVRでどうやってそのコントロールを行うか、長く議論していました。「どうしたら、ユーザが向いて欲しい方向に必ず向いてくれるだろうか?」と。

観衆を音で案内したり、目の前に飛んでいる鳥を使って、ユーザがその方向を向くような誘導も試しました。背景とシーンの構成も考えて、ユーザが正しい所を見てくれるように色々なデザインを考えてみたのです。
しかし、こういう方法では展開がどうしても強制的、または人工的に感じてしまったのです。

この事実を受入れ、私たちは視点をコントロールする考え方を捨てました。VRをユニークなメディアとして認めたのです。ユーザにすぐにストーリーを押し付けるのではなく、一歩を引いて、ユーザが自分のペースでストーリーを展開することができるようにしました。これを「The Letting-Go」と呼でいます。

ユーザを強制的にどこかを見させるのではなく、どこを見ても面白いものが見えるようにして、体験している世界に対してのユーザの好奇心をくすぐることにしたのです。好奇心をうまく引き出すことで、ストーリーに対するユーザの体験をもっとアクティブにすることができました。好きなところを見る余裕をユーザに与えて、ちゃんと環境に慣れるようにしたのです。その40秒間後ぐらいに、先ほどの鳥のような方法を使って、改めて観衆の気を引くようにしました。これくらいの時間をユーザに与えたら、環境に慣れる余裕があり、40秒後に誘導する方法を使っても、ユーザは抵抗感を覚えなくなります。

教訓4:空間的ストーリー密度を意識すること

VRで体験している時に、映画と同じように、一度にイベントが一つしか起きなければ、世界が空っぽに感じてしまい、おかしいくらい人工的に感じてしまいます。生きている中で、、自分の周囲で出来事が一個ずつ発生するというのはめったにしかありえないことです。そこで、本当のVR体験を実現し、そこがまるで現実のような感覚を与えるためには、映画のような、イベントが1つずつ起きるストーリー展開を超えないといけなません。

最終的に、ストーリーを展開させる側とユーザの関係を改めて再定義しました。ユーザーにとって時間が線形的に流れて行きますが、ストーリー展開は決してそうなる必要がありません。ただ、そういう構成だと、シーン作成に大きな影響がありました。そして、「Spatial Story Density」(空間的ストーリー密度)についての議論もをすることになったのです。

VRの中には、どんな時でもストーリに関連する出来事が複数存在しなければならないと思っています。ストーリーとストーリー展開はいわば”空間”のように、”三次元的”であるべきです。どんな時でも、「ストーリの密度が”空間”をちゃんと満たしているか?」ということを確認しないといけません。

「Lost」の場合、森の細々とした描写や空にある月を使って軽く試してみましたが、今後のプロジェクトにおいては、こういう3D的ストーリを完全に適用していきたいと考えています。

教訓5:見える範囲の描画をシンプルにすること

リアルタイムCGを使った環境でストーリを展開させるのは困難が伴います。クリエイティビティのみならず、技術的にも困難です。Oculus Riftの場合、90 FPSで1K x 1K解像度のフレーム(片目で1K)をレンダリングしないといけないません。普段のアニメーション映画の一フレームは場合によってはPC上でレンダリングするには数日間かかるのに、私たちはは1/90秒間でレンダリングしないといけません。現在の最新のコンピュータを使ったとしても、ぎりぎりです。

Pixarが初めてToy Storyを作った時に、あえておもちゃだけを使って、人間や髪の毛、水、服などが登場しないようにしていました。高いクオリティーでこういったものをレンダリングするのは当時の技術ではまだ不可能だということをよく理解していたからです。達成できるプロジェクトを立ち上げたかったからです。

しかし、我々は妥協しませんでした。森のような複雑な環境は今やアニメーション映画なら実現できるかもしれませんが、VRの場合、かなり挑戦的なものであり、思っていた以上時間がかかってしまいました。VR体験を円滑に進行させるために、結局色々な部分を制限しなければなりませんでした。今振り返ってみると、もっと簡単な環境を選んでたらそんなに苦労していなかったと思います。


当然、「Lost」を作りながら得られたこと全てを「Lost」に適用できなかったことは強く意識しています。但し、すでに私たちは「最初の一歩」のレベルを越えていると信じています。最初の一歩は、色々学んだり、理解したり、完成させることです。そして、その教訓を次のプロジェクトへ持って行くことが重要です。「Lost」は確かに、このStory Studioの最初の一歩でした。
今回紹介した教訓が他のクリエイターがVRへの最初の一歩を踏み出す際に、役立つことを祈っています。

(参考)
Oculus Story Studio / 5 lessons learned while making Lost


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