2025年7月30日、国内最大級のXRカンファレンス「XR Kaigi」の姉妹イベントである「XR Kaigi Hub in 名古屋」が、なごのキャンパスにて開催された。本記事では、数あるセッションの中から「『リアル』を超えるMR避難訓練、名古屋での実証実験から見る実装の可能性」と題されたパネルディスカッションの模様をレポートする。
XR技術は、エンターテイメント用途だけでなく産業や社会課題の解決策としても注目されている。多くの企業や自治体がXR技術の活用に乗り出しているが、その多くが実証実験(PoC)止まりとなり、本格的な実装に至らないケースが少なくない。なぜXR導入は「実証止まり」になってしまうのか。その壁を乗り越え、社会実装へと繋げるためには何が必要なのか。
本セッションでは、名古屋市が進めるスタートアップ支援プログラムの一環として、MR技術を活用した避難訓練の実証実験を行った2者が登壇。行政、そして開発企業のそれぞれの視点から、実証から社会実装へのリアルな課題と、その先にある可能性について議論が交わされた。
左:正木 彩恵子氏(名古屋市経済局スタートアップ支援課 課長補佐)
名古屋市役所入庁後、区役所窓口から企業誘致など各種業務を経て、2020年より、(公財)名古屋産業振興公社へ派遣。市内インキュベーション施設の運営を通して、現場でベンチャー企業の支援に携わる。2022年より、名古屋市役所に戻り、スタートアップ支援室に配属。スタートアップ・エコシステムの構築に向け、スタートアップのコミュニティづくり、小中高生向けアントレプレナーシップ教育事業、民間フィールドにおけるスタートアップの実証支援プログラム「なごやまちなか実証(NAGOYA CITY LAB」)などを担当。
右:蟹江 真氏(イクスアール株式会社 代表取締役)
2014年よりXRの個人開発者として様々なジャンルのXRコンテンツの制作に携わり、上場企業3社によるオープンイノベーションプロジェクトの参加を経て2018年にイクスアール株式会社を起業。
創業時より航空機メーカーの救難訓練シミュレーターの開発に携わり、以降、生命の危機に係わるクリティカルな訓練分野でのXR事業に注力。2023年には、東京消防庁の「デジタル技術の実装に係る公募事業の連携企業」として採択。
XRの先端分野であるMR(複合現実)技術への展開として、なごやまちなか実証にてMR避難訓練アプリケーションを開発。
モデレーター:久保田 瞬 氏(株式会社Mogura 代表取締役社長、Mogura VR編集長)
自治体が挑むXRの社会実装
セッションは、名古屋市が進めるスタートアップ支援の紹介から始まった。
名古屋市では、人材育成、オープンイノベーション、ベンチャーファイナンス、グローバル化を柱にスタートアップ支援を展開。中でも、多様な主体が連携してイノベーション創出を目指すオープンイノベーションの推進に力を入れている。
その具体的な施策の一つが、今回イクスアール社が活用した名古屋市のオープンイノベーションプログラム「NAGOYA CITY LAB」だ。このプログラムは、行政が課題を提示するのではなく、市内で実際、場所(フィールド)を保有し、課題を持っている企業等と、その課題に取り組みたいスタートアップを行政が繋ぐ。スタートアップがどういった実証実験をして会社として成長していきたいかというところをマッチングさせて進んでいく。
2025年7月現在、会場となった「なごのキャンパス」をはじめ、商店街など17の施設やエリアが実証フィールドとして登録されており、スタートアップは自社の技術やアイデアを試す場を得ることができる。
正木氏は、名古屋市がXR関連の実証実験を行ってきた例として、過去にもARを活用した市場の技能職員の持つ専門技術の継承や、空き家を活用した謎解きゲームなど、XRと親和性の高い実証実験が行われてきた実績を紹介した。
リアルを超えるMR避難訓練
続いてマイクを握ったのは、その「NAGOYA CITY LAB」を活用し、MR(Mixed Reality)避難訓練アプリを開発したイクスアール株式会社の代表、蟹江氏だ。同社はXR技術を用いた可視化・シミュレーション・トレーニングの開発を事業の核としている。
今回開発したMR避難訓練アプリは、MRヘッドセット「Meta Quest 3S」を装着すると、現実の風景にCGの炎や煙が重なって表示されるというもの。採用されたフィールドはナディアパークという10階建ての商業施設とオフィスが入る複合施設だ。課題は防災。MR避難訓練では、体験者は、煙で視界が遮られる中、身をかがめて姿勢を低くしたり、炎を避けたりしながら、建物の1階から10階までを実際に歩いて避難する。
蟹江氏によれば、「煙が充満すると防火シャッターが閉鎖されるが、実はその扉には人が通れる『くぐり戸』があり、手で押せば開く。この知識があるかないかで、パニック状況下での生死が分かれる可能性がある」と語る。このアプリでは、こうした実際の火災現場で起こりうる状況もリアルに再現。避難経路の途中で人が折り重なって階段を使えなくなる、といったシナリオも組み込まれている。
この実証実験は、参加者から極めて高い評価を得た。アンケート結果では、体験全体の効果について93.3%が「効果的」「とても効果的」と回答。MRのリアルさや緊迫感についても、96.7%が「リアル」「とてもリアル」と評価した。
一方で、ハードウェアに起因するものを中心に課題も見えてきた。長時間運用に耐えるためにサードパーティ製のヘッドバンドや追加バッテリーを装着した結果、デバイスが重くなり、装着感に不快さを感じるという意見が出た。また、メガネとの干渉や、少数ながら酔ったユーザーも報告されたという。
なぜ「実証止まり」になるのか
セッションは、多くのXRプロジェクトが直面しやすい「実証止まり」の話題へと移っていく。なぜ、期待されて始まったプロジェクトが、本格導入や横展開に至らずに終わってしまうのか。この問いに対し、多くの実証を支援してきた正木氏と蟹江氏からは「鶏と卵問題」というキーワードが挙げられた。
「実証が始まる前には、事業者(発注者)側はどんなものが出来上がるか分からない。開発側はどんなものが必要なのか分からない。この課題を乗り切れていないケースが多かった」
出来上がったものを見て「こうじゃなかった」となるケースや、そもそも現在の技術的制約で実現不可能な要求だった、ということもあるという。また、実証事業としてはインパクトが求められるため、「今までできないことができると新規性が求められ続ける」というプレッシャーもあって、ミスマッチも起こりがちだと指摘する。
この点について、今回のMR避難訓練では、技術的な挑戦として「10階から1階までをMRで連続してトラッキングする」という難易度の高い目標を掲げていた。しかし、実証後に消防関係者にヒアリングしたところ、「消防指導で使うなら、ワンフロアがトラッキングできれば十分だった」という声があったという。
蟹江氏は、「挑戦できたという技術的な達成感もありつつも、やはり課題に対して真摯になれなかったんではないかとも思う」と本音を漏らす。もしワンフロアで十分だったなら、開発コストももっと抑えられたはずだ。技術的な先進性を追求すると、現場が本当に求める要件との間に乖離が生まれてしまう。
「社会実装」へ繋げるための要諦
では、「実証止まり」の壁を越え、社会実装へと繋げる事例が増えるために、各プレイヤーは何に気をつけるべきなのだろうか。議論はさらに深掘りされていく。
正木氏は、スタートアップ界隈で、事業会社側の担当者がなかなか本格導入を意思決定できず、安価に実証実験だけが繰り返され、スタートアップが疲弊してしまうという問題が発生するケースについて触れた。こうした事態を避けるため、正木氏は「実証が始まる前の段階で、『どういう状態になったら本格導入してくれるのか』『その数字が取れたら、この時期にこれぐらいで事業化する』といった約束を、ある程度整理していくのが非常に大事」だと強調する。

この「最初の握り」は、導入条件を明確にするだけでなく、開発側がプロダクトをどこまで作り込むべきか、相手が何を求めているかを整理する上でも不可欠だ。蟹江氏も、「自分たちが目指す道に進んでいるのか、自分たちのビジネスをどうやって形成していくのかを真剣に考えるべき」と語る。目先の案件や補助金に飛びつくのではなく、自社のビジョンと照らし合わせてプロジェクトを選択する「勇気」と「割り切り」が必要だという。
また、成功するプロジェクトの共通点として、正木氏は開発側が「プロジェクトが進むに連れ、その業界に非常に詳しくなっている」点を挙げる。開発側が、課題を持つ相手の業界について徹底的に学び、対等に話せるレベルまで知識を深めている。
さらに、もう一つ重要な視点が「決裁権者」の存在だ。
「担当者が仲良くなっても、決裁権を持ってる上の人が『ノー』と言ったらお金は出ない。新規事業を一緒にやるにあたって、かなり上の方までそういう気運になっているところをうまく見つけるのが大事」と正木氏は語る。現場担当者との良好な関係構築はもちろん重要だが、それだけではプロジェクトは前に進まない。組織全体を巻き込み、トップの理解を得ることが、社会実装への道を切り拓く鍵となる。
XRビジネス成功のヒント
セッションの終盤、議論は「XRの実用化が期待できる分野はどこか」という、より普遍的なテーマへと展開した。
この問いに対し、モデレーターの久保田氏は「業界の相性の良さというよりは、どういうユースケースに使えるか」という視点を提示。例えば、イクスアール社が強みとする「可視化・シミュレーション・トレーニング」というユースケースが、製造業や防災、医療といった様々な業界でどのように応用できるか、という掛け算で考えるべきではないかと述べた。
この考えに、蟹江氏は強く賛同する。この点は、解決したい課題のある事業会社もよく考えておくべきポイントと言えそうだ。
「『なんとなく3Dが出てたらいいな』とか『なんとなく動きが見えてたらいいな』というアイデアの先に、それをやることでどれだけの効果があって、何を解決したいのか。そのビジョンが数値ベースで出来上がっていると良い」
技術を持つ開発側が解決策を提示するのではなく、最も課題を理解している現場側が「何をしたいのか」「どうなりたいのか」という解像度の高いビジョンを描くこと。そして、開発側と徹底的にディスカッションを重ねることこそが、高い効果に繋がるのだと力説した。

さらに蟹江氏は、今後のXRビジネスについて、「データの分析が実は裏で必要だとか、何かをフィードバックするとか、そういった観点がより重要になってくる」と予測する。デバイスが進化し、リアルな表現が可能になるほど、その裏側でどのようなデータを取得・分析し、体験者にフィードバックするかが価値の源泉になるというのだ。XRを単なる感覚提示技術として捉えるのではなく、データ分析などと組み合わせる複合的な視点が、XRを活用する際のヒントとなりそうだ。
最後に正木氏は、名古屋市として今後もスタートアップ支援を強化していくと発言。「行政でできる支援には限りがあるので、民間の企業さんにどんどん受け入れられていくような状態をもっと作っていきたい」と述べ、2025アジア自転車競技選手権大会に関連した実証機会の提供など、具体的な取り組みを紹介し、セッションを締めくくった。
次回の「XR Kaigi Hub」は福岡!
「XR Kaigi Hub」の熱気は、次なる都市へ。2025年9月2日(火)、福岡・天神に位置するレソラホールにて「XR Kaigi Hub in 福岡」が開催されます。名古屋会場と同様に、キヤノン株式会社、株式会社ホロラボ、株式会社ハシラス、Diver-X株式会社といったXR業界をリードする企業による最新技術の体験ブースや、業界のキーパーソンによるセッションが予定されています。九州のXR・AI・メタバースに関心のある皆様、この貴重な機会をお見逃しなく。参加は無料ですので、ぜひご来場ください。
●XR Kaigi Hub in 福岡
開催日程:2025年9月2日(火)
会場:レソラホール
〒810-0001 福岡県福岡市中央区天神2丁目5-55
https://hubinfukuoka.peatix.com/view●XR Kaigi Hub in 大阪
開催日程:2025年9月11日(木) / 12日(金)
会場:eスタジアム なんば本店
https://hubinosaka.peatix.com/view






