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業界動向 2019.10.01

世界でヒットするVRゲームの舞台裏――Tokyo XR Startups出身起業家インタビュー(第二回:MyDearest株式会社CEO 岸上健人氏)

2016年1月に開始されたTokyo XR Startupsのインキュベーションプログラムも、第5期を迎えています。2019年に入り、安価で簡単に6DoFのVR体験を楽しめるOculus Questの発売により一般消費者向けのVR市場の拡大が期待されています。

また、企業向けのVR/ARソリューションの浸透が着実に進むなど、世界中で一層XR市場の拡大が予測されています。日本ならではの動きとしては2017年12月からブームの始まったバーチャルタレント(VTuber)も、XR技術をベースにした新しいコンテンツとして、国内のみならず海外でも勢いが続いています。

この度数回にわたってTokyo XR Startupsプログラム出身のXRスタートアップ経営者のインタビュー記事をお届けすることになりました。XR市場の黎明期に起業した先輩起業家のお話から、皆様がXR領域でスタートアップとして起業するために有意義な知見や勇気を得ていただければ幸いです。

第2回はMyDearest株式会社 代表取締役CEO 岸上健人氏のインタビューをお届けします。


(MyDearest株式会社の代表取締役CEO、岸上健人氏。1991年徳島県生まれ。2015年4月にソフトバンク株式会社へ入社。その後2016年4月に千田翔太郎(COO)と郡陽介(CMO)と共にMyDearest株式会社を起業。これまでにVRライトノベル、VRマンガを開発してきた“オタク起業家”。「東京クロノス」を立ち上げ、同作の総合プロデューサーを務める)


(MyDearestの代表作となった「東京クロノス」。「ソードアート・オンライン」のプロデューサーや映画「楽園追放」モーション監督など、豪華スタッフキャストが集結して制作されたVRミステリーアドベンチャーゲームだ)

(※記事中のインタビューは、Tokyo XR Startups株式会社プロデューサー/ブレイクポイント株式会社 代表取締役 若山泰親氏により、2019年6月3日に行われています)

アート性、物語性を重視

若山泰親氏(以下、若山):

MyDearestの事業について簡単に教えてください。

岸上健人氏(以下、岸上):

弊社はVRと物語を掛け合わせてVRのコンテンツ作品を作っています。今まで3つの作品を世に出してきたのですが、代表作はVRのミステリーアドベンチャーゲームの「東京クロノス」です。今年の3月にOculus Rift・Oculus Go・Steam向けにリリースし、先日Oculus Quest版をリリースしました。

「東京クロノス」はOculus EssentialsというOculusでリリースされている数千タイトルの中から厳選された8つのタイトルのうちの1つとなり、Steamでも週間売り上げが1位を記録するなど、好調に推移しています。

若山:

東京クロノスに関してはSNSやイベントも本当に盛り上がっていて素晴らしいですよね。

岸上:

本当にありがたいです。すごくありがたいです。

若山:

エンターテインメント向けのコンテンツを作るVRスタートアップは、TXSが始まったころから多く見受けられましたが、その中で岸上さんが客観的に見て「MyDearestという会社の特徴」はどこにあると思いますか。

岸上:

VRのコンテンツって体験重視のものが多いと思いますが、アート性、物語性重視というところは珍しいかなと思います。

あと、VRコンテンツを作るスタートアップは一般的にエンジニアが多いと思うのですが、弊社の場合はアーティスト色が強い3Dデザイナーや3Dアニメーターが多いところが特徴ですね。

若山:

メンバー構成がアーティスト寄りであることも影響していると思いますが、VRヘッドセットが出揃った初期のゲームは「VRであること」それ自体を全面に打ち出している作品が多い中、「東京クロノス」はVRを知らない人でもコンテンツとして評価をしてもらえる作品になっているな、と思います。

岸上:

はい、VRコンテンツの入門編になったと思います。「ハードを買ったらまず始めに『東京クロノス』をやればいいんじゃない?酔わないし。」というような位置付けになれたのは良かったと思います。

意識したのは“イチから全部作ったことがある人を採用する”こと

若山:

物語性を重視する一方で、ユーザーの方に心地よいVR体験をしていただけるようなシステム面の工夫も沢山していたと思いますが、いかがですか?

岸上:

システム的な工夫の部分については、ディレクターの柏倉晴樹に天才的なところがありましたね。コンテンツの思想とか、文章の読ませ方とか、快適さとかものすごく調節していました。それが前提にあって、だからこうしたいっていう仕様をエンジニアが組み込んで、柏倉がチェックして……という流れを細かくやっていましたね。

若山:

社内体制的には、やはりディレクターを含むアーティスト陣とエンジニア陣が密接にコミニケーションしながら作っていた感じですか。

岸上:

とにかくずっと話をしていましたね。弊社はリアルで集まることを重視しています。なんてことない雑談からアイディアって生まれたりするじゃないですか。

それと、とにかく人材採用で一番意識したのはイチから全部作ったことがある人なんですよ。だから、全員が何かしらの作品を一人で作ったことがある人なんですよね。全員が全ての制作工程をわかっていたので、同じ場に集まってもお互いにいい意味で自己主張をしないんです。相手の意見を否定せず、まずは考えてみようと。相手の苦労もわかるので。

雰囲気作りにもすごくこだわり、「問題は個人のせいではない。仕組みのせいだ」というディレクター柏倉の思想をとにかく実践したり、誰でも何でも言いやすい雰囲気にしました。問題が起きても個人が否定されることもないし、どんな立場でも面白い意見だったら採用される。エンジニアがシナリオに口出ししてもいいし、僕らがアート面とかこういう風にできないかっていうのも言いやすかったし、ワイワイしていましたね。それは東京クロノスの一番良かったところです。このリアルな場のおかげで、最後までモチベーション高くいけました。

若山:

他に採用にあたってこだわった点はありますか?

岸上:

基本的にTwitter採用をしていました。文化が合うんですよね。僕も本人のTwitterを全部見て、本人も僕のTwitterを全部見てくれているから、実際に会ったときに既に波長が合うんですよね。Twitterで波長が合うと、まず社内カルチャーには合っているので。そこは良かったですね。


(MyDearestのメンバー。左から順に、代表取締役CEO・岸上健一氏、取締役CMO・郡陽介氏、ディレクター・柏倉晴樹氏、取締役COO・千田翔太郎氏。)

TXSでは同期の仲間との相互刺激を通じて成長できた

若山:

岸上さん、実はTXSの第1期に応募いただいたんですよね。

岸上:

そうですね。第1期では落ちてしまいましたが、第3期で採択されました。

若山:

第1期に採択できなかった人の中ですごく活躍した人もいて。本当にすごく悩みました。

岸上:

よく覚えてらっしゃいますね。

若山:

TXS第1期の面接の日は、朝早かったんですよね。準備のために面接開始の1時間以上前に現場に行ったら、応募チームがずらっと並んでいて本当に驚きました。それを見て「これ、日本にVRの流れが来るな」って。こんなにすごい人たちが1時間以上前に来ている時点でこの熱量はただものではないって思って。あの時すごい手応えを感じたのを今でも覚えていますね。

当時そういった熱い思いで起業された方が多かったと思うんですけれど、岸上さんはこのXR領域で起業しようと思ったきっかけってなんだったんですか?

岸上:

まず当時アニメが好きだったのですが、やはり「ソードアート・オンライン」の影響が大きいですね。アニメ放送と同じ年にKickstarterでOculus DK1が発表されたことも大きかったです。

ソードアート・オンラインすげえ、VR来るなー、来るのかな、何十年後くらいにくるのかなって思っていたら、Kickstarterが始まってOculusが出てきて。

若山:

同じ年(注:2012年)だったんですね。

岸上:

そうですね。その後新卒では大手IT企業に入社したのですが、採用面接の時に3年以内にVRで起業しますって宣言しました。最終的に1年目の3月末で辞めたんですけど、みんな僕がVRで起業するって知っていたんですよ。上司も本部長クラスの偉い方も知ってました。僕が辞めるのも誰も驚かずに、ああ、辞めるんだねって言われました。

自分で1からスタートアップして起こしたいという気持ちが強かったので。そこから当時の同期2人と起業しました。

若山:

それで、3人で起業してVRのエンターテイメントで何かをつくるっていうところが決まったんですね。その後コンテンツ作りに本格的に取り掛かるまでのステップを聞かせていただけますか。

岸上:

資金を集めながらの1年目は難産でした。2年目でようやくVR小説「Innocent Forest」が出来て、それがちょうどTXSにいた時期です。投資家の一人から、「起業家の友達が多い起業家は成功する」って言われていました。なぜかと言うと、ピアプレッシャーというか、友達のこいつがうまくいっているんだったら俺もやれるはずってなるんですよね。TXSの第3期は1期と2期と比べて、お互いの年代も近かったしバチバチしていたのですが、あれが本当によかったと思います。

若山:

同じ第3期の誰かとご飯食べに行きながら、すごくお互いに意識しあって、負けねーぞ! みたい空気がありましたね。

岸上:

3期で事業を諦めた会社は一つもないと思いますし、全員勢いを持ってオラオラやっていますし、すでに活躍しているところも仕込み中のところも……いろいろやっているのをお互いに知っています。今でも定期的に会いますね。

若山:

それはTXSに入ってよかったところですね。

岸上:

重要ですね。スタートアップはそういうコミュニティを持つべきです。

若山:

メンタリングデーやデモデーでみんなの前で発表してライバルの発表も見て、そこで感じたり。

岸上:

そこで一気に伸びましたね。やっぱり、それがあって「東京クロノス」が生まれたんですよ。なにくそ的なメンタリティで(笑) とにかくみんなを黙らせるほど面白いものを作りたい、という想いがあって企画したのが始まりなんですよ。

スタートアップが潰れる理由は、お金ではない

若山:

起業してから今日に至るまで、一番辛かったことは何ですか?

岸上:

お金がなくてやりたいことが出来なかった起業する前の方が辛かったですね。なので、本当に自分のやりたいことができた起業後は、辛くはなかったです。やりたいことがやれない方が僕は辛いタイプですね。

若山:

スタートアップをやっていて、心の拠り所とか支えになるものとかって個人的にあったりします?

岸上:

起業する前にDVERSE(現社名:Symmetry Dimensions)の沼倉さんに相談にいった際、「スタートアップが潰れる時は金がなくなったときじゃなくて、起業家の思いが潰れてしまった時だ」って言われたんです。

若山:

起業家の心折れた時ですね……。

岸上:

だから今の自分がやりたいことをやれていて、それが少しだけでも着実に前に進めていたら大丈夫だって思うことが僕の支えでした。

「東京クロノス」を作っている時は、何があろうと、これは絶対にすごいし、面白いし、頼りになるメンバーもいるから大丈夫だって思えました。どんなに大変なことがあろうが、これは世に出すべきものだしって思えました。使命感さえありました。自分がやっているものを信じられるから僕は大丈夫なんだと思いました。あと仲間や共同創業者っていう味方の存在も大きいです。同じ船の仲間がいてなんか俺たちすごいことやってんだよって。

若山:

ありがとうございます。逆に嬉しかったことも教えてください。

岸上:

嬉しかったことは、でもやっぱり作っている立場にいると、「東京クロノス」が喜ばれたのがすっごい嬉しかったですよね。命かけてきたので。これが面白くなかったら死ぬと思って作っていました。それでドキドキしながらリリースして、SNSやストアでの評判が良かった時は一番嬉しかったですね。

話が少しそれるのですが、最近憧れの経営者と会って話す機会があったんですよね。僕の中で「起業家」と「自己顕示欲」の関係性って永遠の課題だと思っていたんです。起業家ってよく自己顕示欲が発露してしまって壊れるんですよ。いろいろなものに晒されるんです。僕はそういうのを見てきたから、自分はそういうの晒されないようにって意識するんですよ。「でも、どうやって自己顕示欲とか欲求を発散するのか?」って回答にずっとたどり着けなかったんです。

そのとき、その経営者の方が「作っているものが認められたらいいんですよ」って言い切ったんです。「自分なんか認められなくていいんだよ。作ってるものが認められる。それでいいじゃん、それで万々歳じゃん」って仰ったんです。それがすごく心に沁みて。僕が目立つことより、「東京クロノス」が目立たないといけない。起業家は自分たちのプロダクトが認められてやっと心が満たされるんだなって思いました。

若山:

ありがとうございます。あと経営者目線で手応えを感じたタイミングみたいなものってありましたか?

岸上:

「東京クロノス」で初めて手応えを感じました。あとOculus Questで「東京クロノス」のリリース許可が出た時ですね。Questはリリース許可基準がすごく厳しいので。僕らは前々作、前作の頃からOculusとの関係を2,3年かけて築いてきたんですよ。それがあったから「東京クロノス」が当たった。一朝一夕ではやってないですよ、っていうのを伝えたいですね。じっくりと。

若山:

今までの取り組み姿勢とか、作ってきたものとか、そこは長期的にやっていかないとできないことも多いですよね。スピード重視のスタートアップでも。

岸上:

意外と時間がかかるかもしれないけどそこは焦らずにやるべきだなと思いますね。可能性がある分野だからこそ焦らずやるべきだと思います。なのでVRの未来はすっごく明るいと思うんですよ。明らかにユーザーは増えてるんです。

僕、孫正義さんの言葉で一番覚えているのが、「インターネットってバブルが崩壊したことがあるんですね。でもバブルが崩壊して株価は下がってもインターネットのユーザーは増え続けたんだよ。だからまた伸びたんだよって。ユーザーが増え続けている市場は結局伸びる。それが全てだ」って彼は言い切ったんですよ。

VRも同じで、アナリストが何と言おうと、ユーザー数は前と比べて毎月・毎年増え続けているから。だから焦らなくていいから、とにかくやってれば伸びますよとVR関係者の皆さんには伝えたいですね。

若山:

最後の質問です。今後の将来展望をお聞かせいただけますか?

岸上:

これは3軸あります。1つ目にコンテンツ事業です。今後も東京クロノスのような尖ったVRタイトルを出し続けるということです。

2つ目がIP事業ですね。つくったIPをVRに閉じず、様々なメディアに届けて、いろんな人に楽しんでもらえるようにします。

3つ目が、やっぱりVRの行き着く先って、平たく言うと昔のオンラインゲームや「ソードアート・オンライン」、「サマーウォーズ」、「レディ・プレイヤー1」みたな世界だと思っていて。これからはいかにそのレベルまで繋げていくかの戦いだと思っています。そこは確実に目指してますっていうのはありますね。

じゃあそこをどう目指してて、どういうものつくるのかっていうのはわりかし企業秘密にしているんですよ。そこはかぶったら負けだと思うんですよ。ただけっこう独特なやり方をめざしているっていうのだけはお伝え出来ます。

若山:

コンテンツ事業とIP事業と秘密の事業ですね。

岸上:

そうですね。でも中長期的なものもあるので、そこもお楽しみにです。ただコンテンツはできたら1年に1本ペースぐらいで早く回していきたいですね。VR技術の進化は早いのでそこは意識してますね。

若山:

ありがとうございました。


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