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業界動向 2016.10.13

サマーレッスン以降のVRコンテンツに望むこと SIE吉田修平氏とBNE原田勝弘氏の語るPS VRの未来(後編)

SIE吉田修平氏 BNE原田勝弘氏

ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)のPlayStation®4(PS4)向けVRシステムであるPlayStation®VR(PS VR)。2016年10月13日に発売されたPS VRは、消費者・開発者の両サイドで関心が高まりつつあります。

本企画は、そんなPS VRの開発を務めるSIEワールドワイド・スタジオ プレジデントの吉田修平氏が国内のディベロッパーの方々と対談。VRに関する想いや開発舞台裏などをお話していくというもの。

初回となるバンダイナムコエンターテインメントの原田勝弘氏の対談。前編に引き続き、VR産業のこれから、そして『サマーレッスン』以降のVRコンテンツについて話が盛り上がっていきます。

前編はこちら

バーチャルリアリティ産業と、そして従来の産業発展との違い

吉田修平氏(以下、吉田)
ところで、先ほど話題になったアーケード時代の盛り上がり方、つまり競合相手にはノウハウなどをできるだけ隠して「出し抜く」という精神でいた状況と、今回のVRのブームのひとつの違いは、普及の仕方にありますよね。

昔は企業レベルでお金をかけなければ良い3DCGができず、世の中の多くの人は、まずアーケード筐体でゲームを体験していた。そういう状況の中で時間をかけてコンシューマー版が出て、家庭でもアーケードと同じ体験ができるようになる、というステップを踏んできました。ところがVRではいきなり家庭で高品質な3DCGが実現できる段階になった。ひとつ前のアーケード筐体的なステップがないんですよね。

原田勝弘氏(以下、原田)
原田:当時まだどれくらい普及するか分からないプレイステーションを見て、ナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)は投資する、乗っかるというスタンスを示しました。あの時社内では、プレステの何を見て驚いたかというと、ポリゴンのクオリティではなく、その価格でした。実際我々はその当時からプレステ以上の性能の基板はすでに開発設計して社内で持っていましたし、アーケードで商品化までしていました。しかしプレイステーションの「性能に対しての価格」が我々の感覚からすると想定の10分の1のレベルで抑えられていました。ソニーが本気でこれをやったら、一般化が起きるに決まっていると思いましたね。この値段でこれなら、こんなの全員買うだろうと。

でも、VRにはプレイステーション初期時代のこうしたアーケードをめぐるステップがない。ゲームやハードウェアの価格に対する価値観が醸成されていませんよね。ゲームセンターに通ってアーケード筐体に100円玉を大量につぎ込んだ経験も全くない。だから経営層も、どれくらい普及できるかわからず、そこの判断をよく求められましたね。

吉田
そういう点ではVRは、VR ZONE(※)の開設もありましたが、今年家庭版もアーケード版も全部一斉に同時にスタートした感じですね。

※VR ZONE Project i Can:ナムコが運営する、お台場のVRエンターテインメント研究施設。2016年10月中旬までの期間限定オープン

https://www.youtube.com/watch?v=Sik2Fsphe80

原田
「鶏が先か、卵が先か」の状態ですね。
吉田
何もないと投資はできない、でも投資がないと市場が広がらないし売れない。そういった問題を突き飛ばす大きな力になってくれた『サマーレッスン』をはじめとするこれまでのVRコンテンツ開発者の皆さんには本当に感謝が尽きません。ナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)さんも長い間、実際のVR向けハードは無かったけれど、アーケードにしろドームにしろ、ユーザー体験のためのコンテンツを研究されていた蓄積があったということですね。そういったノウハウが、いま活きているように感じます。
原田
ナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)は『サンダーセプター』というゲームで、スコープをつけると立体に見える、なんてことも80年代の頃からやっていました。僕が20代で入社した当時から、先輩のクリエイターたちも「バーチャルリアリティ」という言葉を使っていましたね。そういうことでVRに関する抵抗はありませんでした。ただそれにしてもVRヘッドマウントディスプレイの衝撃は今までのバーチャルリアリティの中で大きかったですね。

みんなで協力して業界を盛り上げる

原田
VRにおいては鶏が先か卵が先かという時に、我々はまず鶏を一回作らなければいけませんでした。そしてどうにか『サマーレッスン』のプロトタイプを作りあげた頃です。社内のうわさを聞いた弊社の大下社長が「すごいものがあるそうじゃないか」といらっしゃいました。社長が来るということで急いで部屋を片付けて、狭い編集室に通し、一通りプレイして頂いたのですが、社長がヘッドマウントディスプレイを外した時です。第一声が「なんでもっとこれをやらないんだ!」でした。それを社長に言っていただけることって、開発者キャリアの中でもめったにないことですから、今でも覚えています。

社内でもVRへの理解が得られず、このプロトタイプ製作も苦労したんです、と申し上げたところ、「なんで俺のところに来なかったんだ!」とも言って頂けました。世代差なんて関係なく、これだけ人の心を動かせるものだという事実を目の当たりにして、ひょっとしたらこれ(VRHMD)は頑張れば一般化できるかも知れない、そしてなんとかして普及させたいと思いました。お父さんやお母さんとでもシェアできるものを、と思っていたことがまさに目の前で起きたんですよね。体験した直後にその場で販売をしたら、かなりの確率で売れるんじゃないですか。

吉田
数字は言えないんですが、お店などで行っている体験会での予約率はもの凄く高いです。

SIE吉田修平氏 BNE原田勝弘氏

吉田
私も、社内でPS VRについて「大丈夫か、ニッチじゃないか?」などといわれるときに、Oculusがあり、そこにFacebookが投資していて、さらにHTC Viveがあって……というふうにいろんなところで盛り上がっている状況は、非常にやりやすくて助かっています。SIE1社だけでやっていたらこうはいかなかったと思います。そういう意味で、我々はお互い助け合い、協力して、一緒にVR産業を盛り上げているという関係にあるんです。
原田
吉田さんは結構、VRに限らず、もともと自社に閉じない協力的なスタンスで活動なさることが多いですよね。
吉田
ことVRに関しては、それが絶対に必要です。Oculusの方もValveの方もそうだと思いますが、こんなにいいものを皆にわかってもらうためには、一人でも多くの仲間が必要なんです。質の良くないものは簡単に作れてしまうんです。似て非なる低品質なものが沢山出てきても困るんです。そういう時だからこそ、お互い信頼し合っているもの同士「頑張ろうぜ」と協力しようとする姿勢が強くあります。
原田
昔だったら考えられないことですよね。僕なんかはソフトメーカーだからできちゃいますけど、SIEにとってはそれらはプラットフォームすら違うのに。
吉田
そうですね。だからビジネスという感じの関係ではないです。Oculusは元々パルマ―(※)の会社で、若くてゲーム好きです。Valveの人たちも、自分たちのR&Dの結果を全てオープンにしていて、独自の姿勢があります。お互い開発者として話し合っている感覚です。将来的にビジネスが成熟したときには、そういう仲間的な空気が薄れてきて、ビジネス的な付き合いにシフトしていくのかもしれません。業界としては将来的にそうなってくれないと困りますが、少し寂しさはありますね。

※パルマー・ラッキー:Oculus社の創業者

原田
昔のセガサターンとプレイステーションの関係から見ると、現在OculusとSIEの両社が対談していたりするのは本当に考えられないことですよね。
吉田
去年までは本当に好きでやっている人しかいなかったんですね。今年になって少しずつ、流行などを察してビジネスでやろうとする人が増えてきました。来年以降、そういう人がもっと増えてきて、VR産業はビジネスとして発展していくのだと思います。

VR業界の未来に期待すること

吉田
いよいよ『サマーレッスン』が発売となりました。デモ体験会などで反応は見てきているとは思いますが、一般発売をした後、こんなふうになったらいいな、という期待やビジョンはありますか?

原田
まずは驚いてほしいですね。それはもちろんPS VRそのものの力によるところも大きいです。そして驚いたあとに、ものを作る気質がある人には「だったら、こんなのを作りたい」とか「こうすればもっと面白いのに」という感想を持ってほしいです。それがメーカーに要望として届くとある種のエコシステムが出来上がりますよね。
吉田
ほかにもファンから、各メーカーが持っているIP(知的財産)をこう使ってほしい、こんなことができないか、という感想が届くということもありそうですね。
原田
スクウェア・エニックスでFFを製作している田畑端さんと去年対談したときに、彼のチームの人に『サマーレッスン』をやってもらいました。彼らは「なるほどなるほど」といって帰ったんですが、数か月後に「『サマーレッスン』でもの凄い刺激を受けました。そこで僕らはこのコンテンツの弱点に気が付いたので、こんな試作品を作ってみました」といって、とある作品を見せられたんですね(FF等とは全く関係ないもの)。それが良いアイディアでよくできていたので、「やられた!」と思うとともに、また僕自身の刺激にもなりましたね。自分を刺激するためにも、他人に刺激を与えるのは重要なんだなと思いましたね。

世に出してみると、想像以上のリアクションがもらえることがあります。人の欲望は無限大なので、僕らが想定できなかったようなアイデアを要望という形でもらえると良いですね。消費者と開発者間でもお互いに刺激を与えあうような関係ができると、もっともっと盛り上がるんじゃないかなと思います。僕らはその最初の起爆剤になれたら嬉しいですね。

吉田
私も、原田さんやバンダイナムコエンターテインメントさんに対して希望が2つあります。『サマーレッスン』をやって気づくのは「キャラクターの存在感」です。キャラ好きじゃなくてもその存在感に驚き、緊張してしまいますよね。VR元年からそんなに凄いものを出せるのがとても嬉しいので、希望の一つは、是非多くの人に『サマーレッスン』を体験してほしいということです。

そして希望のもう一つは、『サマーレッスン』などをサーバーベースのAIと絡めてほしいということです。私はbotとかが好きで、AIの「りんな」(※)に文を送ったりもしますが、『サマーレッスン』のキャラクターにもAIを導入して、毎日少しずつ会話をしたいですね。「今回の都知事選、誰が出たの」とかですね(笑)

※りんな:日本マイクロソフト社が開発した女子高生という設定の会話ボット。

SIE吉田修平氏 BNE原田勝弘氏

原田
それは、僕もいつかはやりたいと思っていることです。AIとVRはかなり相性が良いと思います。本当ならAIを進化させるところから自分たちでやりたいのですが、AIの開発にはかなりの投資が必要なのが現実です。これは会社としてではなくて個人的な意見ですが、IBMのWatsonとかを導入したら、いろんなことができるなと思っています。
吉田
最終的には、男性とAIの恋愛を描いた映画の『her/世界でひとつの彼女』の世界に行きつきますね。
原田
仰る通りです。僕は最終的には、対戦格闘みたいなゲームでも、人工知能とはわからないくらいの高度なAIとやりたいですね。自分のライバルになってくれるような存在として……。相手がAIだと気づいたらショックを受けるかもしれませんが。
吉田
あとはおもてなし感がある、といったところでしょうか。そういう意味では鉄拳のAIはかなり進化していますよね。
原田
進化はしていますが、やはり投資が掛かりすぎてしまいます。他力本願になってしまいますが、IBMさんとかMicrosoftさんとかの技術をすこしお借りできないだろうかと思ってしまいます。
吉田
ゲームでディープ・ラーニングをされたら、誰も勝てなくなりませんか?
原田
AIの性能があるレベルまで向上すれば、「正確でないことを美徳とする」振る舞いもできるようになるらしいです。
吉田
人間臭いということですね。
原田
はい。例えばオセロなんかでは、最初の数手を見るとコンピュータは相手の大体のレベルが分かるので、そのレベルに合わせて1手差くらいの「いい勝負」を演じることができるのだそうです。将来的には様々なゲームで同じことができるようになると思います。麻雀で、友人とオンライン対戦もいいですが、自分の好きなキャラクター達とやるとか。彼・彼女たちは高度なAIで、受け答えもしっかりしていて、昨日話したことも覚えていて。好きな時にそれができたら最高ですね。
吉田
死ぬまでずっと大学生みたいな気持ちになれますね。極端な話、その未来を実現するために今一生懸命仕事をしているようなものですよね(笑)
原田
まさしくその通りです(笑)
吉田
自分の立場とか、業界とかではなく、自分の求める未来の実現のために働いてますよね。
原田
ずっと業界を見てきて、久々に「もっと先が見たくなるデバイス」が登場しましたよね。そして久々に吉田さんより若い世代で良かったと思ってしまいました。
吉田
いま中学生の子たちとかは本当に羨ましいですよね。
原田
羨ましい! 今の子供たちが大人になった時にもっとすごいものが見られるとなると、一体どんなものが出てくるのか。ワクワクしますよね。
吉田
ゲームエンジンも無料になるなど、誰でも簡単にコンテンツを作れるようになりましたしね。
原田
ひょっとしたら将来は人工知能がプログラミングをして面白いコンテンツを作ってくれるかもしれませんよ。
吉田
そんな未来、是非来てほしいですね。原田さん、本日は楽しい時間を過ごせました、ありがとうございました。
原田
こちらこそ、ありがとうございました。

SIE吉田修平氏 BNE原田勝弘氏

※本記事はMogura VRにて責任編集を行ったものです


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