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Magic Leap 2018.08.15

Magic Leap One実機体験レポート その現在と可能性

VRやARに関わっている人ならば知らない人はいないであろう企業「Magic Leap」。フロリダに本拠地を置き、現実世界にデジタルな3Dモデルなどを表示してその場に実在するかのように見せる、MRデバイスを開発している企業です。

Magic Leapは実機のみならず、製品に関する情報をほとんど公開しないまま、合計23億ドル(約2,550億円)以上を資金調達したことで知られています。投資を行っているのはグーグルやアリババといった世界的大企業に加え、サウジアラビアやシンガポールの政府系ファンドなど、そうそうたる投資元が巨額を投じていることから、非常に注目を集めています。

このMagic Leap最初の製品となるMagic Leap Oneが2018年8月8日に販売および出荷を開始しました。発売されたのは開発者版という位置づけの「Creator Edition」です。価格は2,295ドル(ただし、出荷を行うのは米国の一部の都市・地域のみとなっており、日本から注文をすることはできません)。

これまでは多くのメディアにも一般公開されている情報以外は知らされておらず、体験することもできない状態が長らく続いていましたが、発売に伴いメディアでのレビューが一斉解禁されました。また、購入者には比較的速やかに配送され、すでに到着していることがSNSで報告されています。

筆者は北米滞在中、厚意でこのMagic Leap Oneを40分ほど体験することができました。本記事はその体験レポートとなります。

なお本レポートは筆者の個人的な感想が中心となります。また、同様に現実ベースのMRデバイス(ARデバイス)としての特徴を有する、以下のデバイスとの比較が中心となります。

HoloLens(2016年、Microsoft、一体型)
North Star簡易版(2018年、Leap Motion、PC接続型、体験したものは簡易版)
Meta 2(2017年、Meta、PC接続型)

また、本製品は開発者向けですが、筆者は初期サンプルのみを体験しています。搭載予定の機能でもアプリによって動作したりしなかったりするものがあるため、開発を行うことでデバイス本来の機能を引き出すことができるようになる可能性が十分存在します。本稿はあくまでもファーストインプレッションである、ということにご留意ください。

本記事を書くにあたってはVR/AR専門ファンドであるThe VR FundTipatat Chennavasin氏に機材を使用しました。同氏の協力に感謝の意を表したいと思います。

ヘッドセットは軽い

まずは、ハードウェアの構成を見ていきます。

Magic Leap Oneのメインとなる機器は3つです。

1,Lightwear:頭に装着するMRヘッドセット「ディスプレイ」
2,Lightpack:プロセッサとバッテリーを内蔵した「本体」
3,Control:利き手に持つリモコン型のコントローラー

いずれも色はダークシルバー。落ち着いた色で統一されています。装着時はLightwearを頭に装着し、Lightpackをポケットなどにかけて、Controlを手に持って使います。体験中に歩き回ったりすることも多いため、専用のストラップをつけることで肩からLightpackをかけて安定させることができます(ストラップは購入時にオプションでつけることができる。30ドル相当)。

Lightwearは、HoloLensやVRヘッドセットと異なった装着機構です。写真をうまくとることができませんでしたが、輪になっている部分を両手で開いて広げ、頭に被せてから手を離して装着します。

固定位置は耳にかけるほど深くはかぶらず、ノーズパッド(鼻に乗せるパーツ)をフィットさせ、やや上部で固定するとちょうど視界の中心に表示されるようになります。

HoloLensは固定するためにちょっとしたコツが必要でしたが、Magic Leap Oneも同様、骨が要るように感じました。筆者は40分ほど体験していましたが、時間が経つにつれて徐々に固定位置が下がってきてしまいました。個人の頭の形にもよるとは思いますが、固定方法には課題が残ります。


(スピーカーはHoloLensのように、ヘッドセットの固定部に内蔵されている)

Lightwear、Lightpackとも重量は明らかになっていませんが、Lightwearはプロセッサやバッテリーを内蔵していないため非常に軽く、体験中に「重い」と感じることはありませんでした。一方Lightpackはずっしりと重めですが、重量は「スマートフォンよりは重い」といった程度。ポケットに引っ掛けてぶら下げても、重さで落ちてしまうことはありません。

一点、非常に大きな課題に感じたのは、「眼鏡をかけながらの装着ができない」という点です。HoloLensやNorth Starが眼鏡をつけたままでも装着でき、現実世界にもしっかりとピントが合った状態で体験できたことと比べると少々残念に感じられました。

なお、両目視力が0.01程度の近視である筆者は、眼鏡を外した状態で体験したため、グラフィックのクオリテイに関して評価を下すことはできません。

肝心の見え方は……

Lightwearを装着し、Lightpackの電源ボタンをONにして起動します。マシンが立ち上がってMagic Leapのロゴが表示されるまでは1分から1分半程度といったところ。少し待つ必要がある点はHoloLensと同じです。

気になる見え方に関しては「HoloLensと同じように見える」というのが正直なところです。HoloLensで課題とされることも多い視野角(見える範囲)はHoloLensよりある程度広いものの、やはり一定程度にとどまり、事前のリーク情報通り満足できる広さではありませんでした。


(米メディアVentureBeatが制作した視野角の比較図。赤がHoloLens、青はMagic Leap One。緑は比較用に、VRヘッドセットであるPlayStation VRの視野角を表示している)

視野角に関しては圧倒的に広いMeta2(90度程度)やNorth Star(100度程度)と比べると、視野が狭いがゆえに、見たいものが見切れてしまうことが起きてしまいます。「HoloLensよりも広いが満足できる広さではない」という感想です。

グラフィックに関しては前述のように眼鏡をかけながら体験できなかったため、HoloLensと同じくらいには見えたようだ、という曖昧な感想になります。近づけば文字を観ることができ、比較的くっきりと表示されていました。

Magic Leap Oneでは、HoloLensと比べて、近くまで近づいても3Dモデルが消えることはありません。HoloLensでは対象に近づきすぎると描画ができませんでしたが、Magic Leap Oneでは、より近い位置まで近づくことができました。(実測値では30cm程度とのこと)。ただし、それよりも近づくと消えてしまいます。

また、3Dモデルの描画はMagic Leap Oneの方が滑らかで、多くの3Dモデルを同時に表示して動かしたときの処理も安定していた印象です。HoloLensでは低消費電力を実現するためにAtomシリーズのプロセッサを採用していましたが、Magic Leap Oneでは、デュアルCPUとGPUを内包するNVIDIA社のTegra X2を搭載しています。

筆者はキャラクターなどを現実空間に配置できるアプリで、恐竜の3Dモデルを5体、兵隊の3Dモデルを6体ほど同じ画面内に呼び出して表示してみましたが、カクつくこともなく動作していました。HoloLensでは、描画しなければならない物が多いとカクついて重くなってしまう点が気になりましたが、Magic Leap Oneでは気になりませんでした(処理の重さは表示されるモデルのポリゴン数等にもよります)。40分の連続駆動を経てもLightpackはほんのり温かい程度と処理落ちなどの心配はありませんでした。

視線追跡を活かした「ピント合わせ」などの機能については現在開発者の間で諸説が出ていますが、筆者はそもそも眼鏡をはずしていたため全体がぼやけており、この点についてはコメントできません。

体験した環境では、精度は悪くない

MRデバイスでの表現において、重要なのは、「現実への馴染み具合」です。たとえば机の上にコップを置いたとして、その周りをグルグルと回って見たときにモデルの位置が少しずつずれてしまったり、机にめり込んでしまったら、「このコップは現実にあるものだ」とは感じられません。

そのため、現実の物体の構造や大きさなどを正確に認識し、3Dモデルをしっかりと配置して固定することが重要になります。HoloLensはこの精度が高いという特徴がありました。Magic Leap Oneでも固定は問題なく、歩き回ってもズレることはありませんでした。床や机だけでなく、壁に貼り付けたウィンドウなどもズレることなく表示されています。

なお、この機能は空間の明るさや構造(何もない部屋と散らかっている部屋の違いなど)によっても変わってくるため、今回筆者が試した「夕方の日光が差し込んでいる、明るいホテルの一室」では問題なく動作していた、という所感になります。動作が不安定なことが多いMeta 2に比べるとその精度はずっと良く、HoloLensに近い精度が実現していると感じました。

また、アプリによっては起動時に部屋の構造をかなり詳細に取得するものがありました。その結果「家具の裏にキャラクターが歩いていって見えなくなる」「ベッドの縁から床にキャラクターが落下する」といった、まるで現実にそのキャラクターがいるとされている表現も可能でした。

コントローラーはかなり大きいが操作感は良好

続いて操作です。Magic Leap Oneは基本的にはControlコントローラーを使って操作する点が他のMRデバイスと異なり特徴的です。

Controlコントローラーは比較的大型で、一体型VRヘッドセットOculus Goのコントローラーと比べても二回りくらい大きいものでした。筆者(男性で手は大きめ)の手には持ちやすかったものの、手が小さい人は持ちにくく、指が届かない可能性もあります。

Controlコントローラーは、位置の取得も行う6DoF(3軸の回転に加え、前後左右上下の移動を追跡できる)のコントローラーです。とはいえ、筆者が体験したアプリやシステムのメニューでは、コントローラーを振り回すというよりは、手元で動かす際に前後左右の動きを使う程度でした。

選択は裏にあるトリガーボタンで、スクロールは表にあるトラックパッドで行います。トラックパッドは押し込むことはできず、指を滑らせるのみです。

このコントローラーは使いやすく、快適に操作ができました。ただし1点気になったのは、トリガーボタンの上にあるもう一つのボタン(バンパーボタン)です。トリガーにつねに人差し指がかかっているため、その上のバンパーボタンは押しづらく感じました。

また、Controlにはハプティクス・フィードバックが採用されているため、振動が発生します。しかし、触感を正確に再現するようなものというよりは、オブジェクトへの接触などを知らせるにとどまっています。

Magic Leap OneはControl以外にも手のジェスチャーを認識したり、音声認識を使うなどの操作方法が用意されていますが、システムメニューではControlしか使うことができず、一部のアプリでのみ手のジェスチャを使うことができました。

また、手のオクルージョン処理は行われないため、手をかざしたときに表示されている3Dモデルとの位置関係がおかしくなることがしばしば起きました。机の上に置いた3Dモデルを掴んで動かす、といった挙動が可能なのか確認することはできませんでした。また、一部アプリでも「手が3Dモデルに当たると反応」、「赤く光る球体を掴んで動かす」ことはできましたが、比較的曖昧な体験だったため、その精度に関しては疑問が残ります。

コントローラーのトラッキング精度はMeta 2のハンドトラッキング精度と近いように感じられました。先述のNorth Starで実現しているような「指の動きまで正確に認識して、まるで現実にあるものと同じように干渉することができる」というわけにはいかないようです。

コンテンツを体験

ハードウェアのレビューに続いてソフトウェアも簡単に紹介していきます。筆者が体験したのは「Create」と「Tónandi」という2つのアプリが中心でした。

なお、システムメニューはシステムボタンを長押しすると起動します。円形のメニューでトラックパッドをスワイプして回転させて目当てのアプリを選択というユーザーインターフェースです。

サウンドに関してはいずれも内蔵のスピーカーを通して聴いています。立体音響で、3Dモデルのある方向から音が聴こえてきました。

Create

「Create」は現実空間を色々な3Dモデルで「創る」ことのできるアプリです。ペンを手にとってVRアプリ「Tilt Brush」のように空間に絵を描くことができたり、様々な3Dモデルを配置可能です。

空間認識により、家具の裏にキャラクターが隠れたり、ベッドの縁から落ちたり、なにもない空間にキャラクターを配置しようとすると床まで落ちて転がる、といった挙動は楽しめるものでした。

複数プレイヤーでの同期(いわゆるARクラウド)などの実装によりさらに体験の質が上がると考えられます。

Tónandi

「Tónandi」は、アイスランドのロックバンド、シガー・ロスとのコラボレーション作品。音楽と融合したインタラクティブな映像が現れることで、シガー・ロスの世界をより豊かに表現しています。

非常にアーティスティックかつ、抽象的な作品でした。ハンドトラッキングが実装されており、手で触れながら体験が進んでいきます。

総括:荒削りな印象で大きな新しさを感じず

今回、主にハードウェアを中心にファーストインプレッションを書いてきました。一言で言うと、筆者は現段階のMagic Leapに大きな新しさを感じることはできませんでした。すでにHoloLensで実現している「現実になじむレベルのMR」が、このMagic Leap Oneでさらに進んだと思えるほどの性能・機能ではない、と感じました。

逆に、ハンドトラッキングがアプリごとの実装でデフォルトの操作になっていないことや眼鏡をかけることのできないエルゴノミクスなど、首を傾げたくなる点は多く、まだ荒削りな印象を受けます。

現実空間を舞台にしたMRデバイスは、すでに複数企業が取組を本格化しています。2016年4月にHoloLensの出荷を開始していたマイクロソフトと比べると、Magic Leapのスタートまでに約2年半の月日が経過しています。HoloLensには次世代機の登場が噂されており、また2018年中には何らかの発表が期待されています。

さらにLeap MotionはNorth Star向けにハンドトラッキングに加えて空間認識を行うための新型センサーの発売を控えており、North Starの体験の質が一段と高いものとなることは間違いありません。

一方でアップルやグーグルはスマートフォンやタブレットのカメラを使用したARKitやARCoreを展開し、空間の構造を取得して「現実に馴染むAR」を実現しようと取り組んでいます。現在はスマートフォンをかざさないと体験することはできませんが、その先には眼鏡型のデバイスがあると考えられます。

Magic LeapのUIの特徴として、極力角ばった表現を抑えた「丸いデザイン」が多い点はHoloLensの角々したUIとは対照的です。開発者を意味するデベロッパー(Developer)版ではなく、クリエイター(Creator)版としていること、デモアプリもアートやデザインを意識したものが多いことから、HoloLensのような産業利用よりもクリエイティブ分野、最終的には一般消費者を見据えた方向に最初から舵を取ろうとしている印象を受けます。

Magic Leap One向けのソフトウェアもまだ公式サンプルしかなく、自作アプリを実機で動かすことも記事執筆時点では難しい状況です(カリフォルニア在住の個人開発者、あるしおうね氏のツイートより)。

今後は開発しやすい環境の整備が行われ、サードパーティーが開発したアプリや提携企業とのコラボレーションが増えてくるのかどうか。巨額の資金を得てはいますが、Magic Leapが謳っている「空間コンピューティング(Spatial Computing)」の実現には、まだ何度も先へと跳躍する(Leap)必要がありそうです。


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