今年の7月、中国・深圳のスマートグラス開発企業「Even Realities」が、MeituanとTencentが主導するPre-Bラウンドで資金調達を完了。これにより、調達額は1億5,000万米ドル、企業評価額は10億米ドルになったと報じられた。
Even Realitiesは、現在AI搭載のスマートグラス「Even G2」を提供中の企業である。このデバイスは、レンズのディスプレイに緑色の文字や記号で情報を表示できるデバイスで、AI機能と組み合わせることで、日常のスケジュール管理や情報表示、リアルタイム翻訳、地図ナビゲーションなど、様々な用途で使用可能。デザインも非常に洗練されており、良い意味でガジェット感のない自然に着用できるデバイスとなっている。現在は、開発者がこのデバイスを活用したアプリやサービスを制作するためのプラットフォーム「Even Hub」も運用中で、さまざまなアプリが実験的に展開されている状況だ。
一方で、スマートグラス領域全体を見てみると、大手企業を含め展開が急速に激化している状況だ。Metaは今年スマートグラス「Ray-Ban Meta」の提供を日本にも拡大。GoogleとXREALは共同で「XREAL Aura」を今年秋に発表予定となっている。そんななかで、スマートグラスの新興企業である「Even Realities」はどのような思想・戦略でこの領域での拡大を進めていくのか。

(ウィル・ワン氏:写真は過去取材時に撮影したもの)
今回は創業者兼CEOのウィル・ワン氏に資金調達の詳細について話をうかがった。
調達した資金を元にした次の戦略は?
インタビュー前から、ワン氏は今回の資金調達について自らの口で説明してくれた。
ワン氏:今回資金提供を実施したMeituan(美団)は、中国国内でフードデリバリーやタクシー注文などのサービスを提供している企業です。彼らは事業を世界的に積極的に展開しているため、(Even Realitiesにとっても)多くのシナジーがあります。今回の資金調達の完了により、競争優位性を構築するための投資を継続するためのリソースを得ることができるようになりました。
私たちは特に光学ディスプレイへの投資をさらに強化し始めています。Even G2の開発において私たちが最も注力したのは、最小の消費電力で最高品質の光学ディスプレイを提供することでした。他の競合他社とは異なり、それが私たちの焦点です。そのため、次世代製品では光学ディスプレイにおいてさらに大きな改善が見込まれます。
また、ソフトウェアの開発も重要です。これまでに、私たちはソフトウェアチームを以前と比較して約3〜5倍に拡大してきました。ソフトウェアへの投資の主な焦点は3つの部分になると思います。
1つ目は“開発者が開発しやすい”より良いプラットフォーム体験の構築です。3ヶ月前に「Even Hub」を立ち上げましたが、これまでのところ非常に活気があり、多くのコミュニティメンバーや開発者がそこで開発を行っています
2つ目は、より優れたAIネイティブ体験やエージェント体験の向上です。対話機能自体がエージェントの一例であり、言うまでもなく、Even AI体験全体のブラッシュアップにも多大な労力を費やしています。したがって、私たち自身のエージェント体験に多額の投資を行っている状況です。
3つ目はソフトウェアの全体的な安定性についてです。製品の発売から最初の1〜2ヶ月は、バグがあったり、接続が切れたり、時々フリーズしたりと、体験が少し不安定な部分がありました。そのため、これらの問題を修正し、最高の体験に最適化するためにもかなりの投資を行っています。このカテゴリーのリーダーであり続けるために、あらゆる面への投資にますます自信を深めています。
――あらためて、資金調達おめでとうございます。私たちにとっても非常に大きなニュースでした。
ワン氏:とても若いチームと企業でありながら、業界の人々を驚かせていると思います。
――ワンさんはいつも信じられないほど忙しそうですね。投資家への対応やパートナーのサポートなどで大変な日々だと思いますが、どのように仕事を回しているのですか?
ワン氏:確かに忙しい生活を送っています。投資家との対応やパートナーのサポートなどがありますが、現在でも当社の面接のほぼ100%を私が担当しています。これには多くの時間がかかっています。
私が集中力を保つために非常に役立っていることの1つは、常に前倒しで計画を立てることです。次の四半期、次の半年、そして来年に向けて何を目指すのかについて、常に明確なロードマップを持っています。ロードマップが明確である限り、途中で障害があっても対処できます。予想外の出来事があっても、正しい方向に進んでいると感じられる限り、それが私の心を最も支えてくれます。
常に長期的なビジョンを持ち続けること、そして、それを細かく分割して考えていくこと。これが私なりのアドバイスですね。
――最初の質問ですが、Tencentとのコラボレーションについてです。「WeChat(※Tencentが提供している中国の大規模コミュニケーションアプリ)」とEvenの連携についてはいかがですか。
ワン氏:Tencentは初期のラウンドから私たちの主要な投資家の一つであり、今回のラウンドでも私たちにさらに多くの投資をしてくれました。彼らは私たちにとって非常に重要な戦略的パートナーです。現在、私たちは中国本土でも販売しているため、これらの議論の多くはまだ初期段階にあります。中国市場に戻る前から、WeChatを組み込み、グラス上でWeChatのチャットができるようになることは非常に強力な機能になります。また、これをグローバルに展開できるかどうかを確認するために、他のメッセージングアプリのサービスプロバイダーとの連携も模索しています。
――先ほどの資金調達の説明の際に、光学ディスプレイへの投資強化について話されていました。 Even Realitiesの当初の使命は、シンプルに「すべての人のために素晴らしいグラスを作る」ことだったと記憶しています。そのうえで、今回のディスプレイを最優先とするアプローチは、短期的な戦略の一環なのでしょうか? それとも長期的なビジョンですか?
ワン氏:間違いなく長期的な焦点だと考えています。もちろん、他のコンポーネントについて話す場合、将来的に追加される可能性はありますし、製品が進化するにつれて、多くを犠牲にすることなく、より多くの機能を追加する能力も備わってきます。しかし、私たちにとってディスプレイは常にスマートグラスにとって最も重要なコンポーネントであり続けます。
その理由のひとつは、それ(光学ディスプレイ技術)が最も難しい技術だからです。スマートグラスには、必要であればいつでもカメラやスピーカーを追加できます。それは難しくなく、非常に成熟した技術です。しかし、光学ディスプレイはこの業界にとって新しいものです。スマートフォンやスマートウォッチはこれまでこれを使用したことがありません。適切な品質で機能することを確認したいのであれば、これは本当に投資が必要な分野です。私たちの前には、人々が毎日着用できるのに適したウェーブガイド搭載のスマートグラスは一つもありませんでした。日常的に着用したり、度付きメガネの代わりになるようなものを考えると、市場に出ているものはどれも適していませんでした。
私たちは、レンズの品質、コーティング、そして重量や人間工学的なデザインが優れていることを確認するために多大な努力を払いましたが、最高の度付きメガネと比較すると、まだ改善の余地があり、ギャップは存在します。光学的な品質や、ディスプレイの機能や品質、色合い等についても、そうです。
そのため、この分野では、常に光学ディスプレイ技術の解決に第一に焦点を当てていきます。また、ディスプレイは単に表示するだけでなく、どのようにインタラクトするかも重要です。
Appleが全画面ディスプレイのiPhoneを発表した際、それは簡単にインタラクトできるマルチタッチスクリーンのデバイスが登場したことも意味していました。快適にディスプレイを見ながら操作できることが、私たちがG2を発売した理由です。現在、ほぼ100%のG2ユーザーにとって不可欠な製品となっており、快適にディスプレイを使用できると考えています。
――つまり、それはスマートグラスを入力デバイスではなく、出力デバイスとして重視しているということですか?
ワン氏:マイクのような入力デバイスは、翻訳などを機能させるために必要です。しかし、それが単なる入力デバイスにとどまるべきではないと考えています。なぜなら、単なる入力デバイスだと用途が限定的で、スマートフォンやAIエージェントの単なるアクセサリーになってしまうからです。私たちはこれを単なるアクセサリーではなく、人々がインタラクトするプラットフォームにすべきだと思っています。
プラットフォームであるためには、出力と入力の両方が重要です。しかし時には、出力の方がさらに重要だと考えることもあります。視覚的な出力が必要であり、作業を行うためには十分な品質のディスプレイが必要だからです。iPadやノートパソコンなどを見ても、どれも画面が必要です。しかも、その画面は作業ができるようにかなり大きくある必要があります。だからこそ、優れたディスプレイが必要だと感じています。
――スピーカーについてはいかがですか? 音声は情報を提供する強力な手段だと思いますが。
ワン氏:スピーカーは重要だと考えています。私たちはスピーカーに反対しているわけではありません。プライバシーの観点からカメラの搭載には慎重ですが、スピーカーは誰もが好むものです。ただ、エンジニアリング上のトレードオフの問題です。
スピーカーを追加した上で、スリムな形状を保てるか? 消費電力を低く保てるか? 重量を維持できるか? 私たちはそのトレードオフを経験してきました。将来的には、技術の進化に伴いスピーカーモジュールを追加するのに適した時期が来ると考えていますが、非常に慎重でもあります。市販のスピーカーをただ組み込むだけなら非常に簡単ですが、それではG2が誰も身に着けたくないようなものになってしまいます。
――私も実際に普段からEven G2を活用していますが、R1リングコントローラーを使用したスマートグラスとのインタラクションのアイデアは素晴らしいと思います。スマートグラスを操作するうえで、指に装着するリングコントローラーが最適なインタラクション方法だと思いますか? それとも将来的に他のアイデアがありますか?
ワン氏:リングは非常に優れており、操作のための最高のハードウェアだと考えています。手がどこにあっても使用でき、周囲の注意を引きすぎずに使用できるからです。会議室にいる時でも、人に気づかれたり邪魔をしたりすることなく操作できます。ポケットに手を入れたままでも可能です。そのため、間違いなく投資を継続していく分野です。もちろん、現在のR1コントローラーは完璧とは言えませんが、良い出発点です。
よりスムーズにする方法や、操作の自由度を増やす方法など、追加できる機能はまだたくさんあります。また、手のジェスチャーでコントロールできるIMU方式もあります。さらに、音声コントロールも間違いなく重要です。すべての体験がより環境に溶け込むようになる中で、ハードウェアとソフトウェアの再設計を通じて音声コントロールをさらに強力にする方法を探求しています。
――AIの話題に移りましょう。AndroidやGeminiなどが統合され、スマートグラスはマルチモーダルAIの目や耳になりつつありますが、AIとスマートグラスの統合は将来どのように進化するとお考えですか?
ワン氏:まず第一に、AIはスマートグラスの核であり、オペレーティングシステム全体の中心的な柱になることは間違いありません。グラスがより環境に溶け込み、コンテキストを理解するものになるためです。SlackやLINEなどでタグ付けをしてコードを追加したり、様々なことができるようになります。私たちは、エージェントとの最適なインタラクション方法が何かについて、全体的なやり方が今も変化し続けていると感じています。
そのため、ターミナルモードは良い出発点ですが、これがすでに完璧な対話方法だとは言えません。この領域は常に進化しており、私たちもAIと対話するための最良の方法を常に模索しています。
――「MentraOS(※スマートグラス向けの総合プラットフォーム)」のEven G2対応についてはいかがお考えですか?
ワン氏:彼らは独自のOSや独自のソフトウェアを開発しようとしている独立チームです。私たちとの間に正式な合意があるわけではありません。彼らがG2をサポートしようとし、リバースエンジニアリングで自分たちのソフトウェアを機能させようとしていることは知っていますが、彼らのソフトウェアはEven Hubにはありません。妨げるつもりはありませんが、推奨しているわけでもありません。
――AIによる情報伝達に焦点を当てていることから、空間コンピューティングのようなアプローチよりも、スマートフォン接続型モデルを支持しているように見えます。将来のスマートグラスのフォームファクタと機能についてどうお考えですか。
ワン氏:将来のフォームファクタは、G1やG2の延長線上にあると考えています。アーキテクチャやシステムにおける現在のフォームファクタは、非常に良い出発点だと考えていますし、今後、多くの点が改善されていくでしょう。グラスは入力センサーに重きを置きますが、コンピューティングの多くはスマートフォンにオフロードされるのが正しい方向性です。
今後デバイスが、より空間的になる可能性はありますが、VRヘッドセットのような形ではありません。Even G2にはすでに、シンプルな2層システムによる空間的な試みが含まれています。将来に向けて、この哲学をさらに進化させ、ディスプレイを効率的かつ消費電力に優しい方法で活用したいと思っています。ハードウェアアーキテクチャは没入型の空間体験ではなく、役に立ち、生産性を高めるためのものになります。
――スマートグラスのディスプレイ優先という市場でのポジショニングを超えて、自社工場や生産ラインが強みの一つだと思いますが、製造プロセスをさらに拡大するお考えはありますか。
ワン氏:非常に素晴らしい質問です。今回の投資の大部分は、製造施設のさらなる強化に充てられます。中国には複雑なサプライチェーンがありますが、私たちは光学部分に重点を置いています。私たちの自社工場は、主に光学部分、特に度付きレンズに焦点を当てています。この部分には通常通り改善の余地があるため、継続的に投資していきます。また、ウェーブガイド側についても、現在は外部のサプライヤーパートナーがいますが、研究開発の多くを社内で行っています。サプライヤーに依頼する前に、私たちが最も難しい部分を解決し、的確な指示を出せるようにしたいと考えています。
また、工場はすべての度付きレンズを製造しており、注文を受けてから各オーダーを作成する必要があります。そのため、物流や世界中への配送が非常に重要になります。販売台数が増えるにつれて、より良いサービスを提供するために、世界規模での製造拠点の設立を継続的に検討しています。製造拠点を海外に設けることで、配送などをさらに改善できる可能性があります。
――ありがとうございました。

