2026年5月14日、カバー株式会社は2026年3月期の決算説明会をメディア向けに開催しました。
この日はメタバースプラットフォーム「ホロアース」のサービス終了がSNSでトレンド入りするなど、同社の動向に大きな注目が集まるなかでの開催となりました。
説明会には代表取締役社長CEOの谷郷元昭氏と取締役CFOの金子陽亮氏が登壇し、今後の展望と各プロジェクトの現状を語りました。
「ただ広げる」から「深める」フェーズへ――カバーが掲げる3つの重点投資
説明会の冒頭、谷郷氏は現在のカバーが置かれているフェーズと今後の展望について語りました。同社の歩みを振り返る重要なメッセージのため、全文を書き起こして紹介します。
2016年の創業から約10年が経過しました。振り返れば資金繰りに奔走した時期もありましたが、VTuber事業という前例のない道に全力を注ぎ、今日までのビジネスを築き上げてきました。
その道中は、多くのタレント、クリエイター、そしてファンの皆様に支えられて歩みを続け、当社は「VTuber経済圏」とも呼べる大きな市場を形成することができたと感謝しています。また、創業から10年、そしてVTuberが生まれてからも10年が経とうとしている中、私たちだけでなく、VTuberに関わるすべての人の努力によって、VTuberはエンターテイメントのジャンルとして、わずかではありますが、確かに市民権を得ました。
テクノロジーとノウハウが普及したことで、現在では個人で活動される方々でも、数千人規模の会場でライブを行い、ファンを熱狂させています。これは資本の有無に関わらず、素晴らしいクリエイティブが直接ファンに届く時代になったことを意味しています。
また、視野を世界に広げれば、韓国のK-POPの流れを汲むバーチャルアーティストなど、グローバルな競合も台頭しています。これらはカルチャーが深く根付いた証として、喜ばしく感じております。ただ、市場が豊かに広がることは歓迎すべきことですが、同時に、競争が激化の兆しを見せていることも事実です。
こうした変革期の中で、初期から事業を行っている私たちは、業界を牽引していく先行者として強い使命感を抱いてきました。しかし、その思いから生じた焦りが、さまざまな側面で負の影響を与えてしまったことも事実です。ファンの皆様にご心配をおかけし、本来の目的である、期待に応えることと矛盾する結果を招いてしまった点については、経営者として猛省しております。今一度、地に足をつけて、本質的な課題に向き合う覚悟です。
では、カバーは今、何をしなければならないか。ここが本日のテーマでもあります。先ほど、「今一度、地に足をつけて向き合う覚悟」とお伝えしましたが、それは、今まで続けてきた、地道な挑戦を積み上げてきた延長線上にあると認識しています。
決算説明資料では、この状況を「成長基盤強化に向けた投資期」と表現しています。組織規模を広げ、タレントを増やし、多角的な事業展開を追求した「量的拡大」フェーズから、「質的拡大」をテーマとした事業構造の再整備へと舵を切る方針です。
そのための重点投資先として、谷郷氏は以下の3点を挙げました。
- 所属するVTuberタレントが突き抜けるための重点的な支援
- カバーの強みである「技術」への投資
- 長期的なVTuber事業の持続可能性を支える次世代の発掘と育成
現在所属しているタレント一人ひとりへのサポート体制を強化し、創業時からカバーのアイデンティティである「技術」への継続的な投資を行いつつ、次世代の発掘・育成にも取り組んでいく。
現在所属しているタレント一人ひとりへのサポート体制を強化しつつ、アイデンティティである「技術」への投資を継続し、次世代の育成にも取り組む。谷郷氏は、これらを「10年、20年先も持続的に成長するための取り組み」であると強調します。
さらに、同社のビジネスモデルの起点となる「タレント価値の創出」に注力して投資を行いつつ、メディアミックスの推進や開発プロジェクトの再編、サプライチェーンの最適化などを図り、VTuber事業を核とする強固な成長基盤を確立していくと表明しました。
多角化しすぎたホロアースの反省と、「創作基盤」への技術統合
(ホロアースはファンコミュニティの場として開花するか? 本人がそのままの姿で登場した「ときのそら降臨祭」レポート – MoguLive)
この日、最も関心を集めたトピックの一つが、メタバースプラットフォーム「ホロアース」のサービス終了と、それに伴う開発資産の減損処理です。
谷郷氏によれば、この決定は「単なる事業撤退ではなく、経営資源の投下先を明確に集中させる方針の一環」であるといいます。
質疑応答では「メタバース自体の衰退が要因か」という質問も投げかけられましたが、谷郷氏はこれを明確に否定。VRChatやRobloxといった特定領域で成長を続けるプラットフォームを引き合いに出し、メタバース市場について「世界的にうまくいっていないという認識はしていない」と断言しました。
では、なぜホロアースは終了の道を選んだのか。谷郷氏は、その要因は「ホロアース固有の展開方法」にあったと分析します。「ライブをやったり、ゲームをやったりと、いろんな要素を盛り込んでしまった。ライブという分野に絞れれば可能性があったかもしれないが、大きく事業を展開しすぎてしまった」。
実際、昨年度にも社内で継続の是非について議論があり、一度はライブ機能にフォーカスする形で立て直しを図ったものの、期待したほどの成果には至らなかったといいます。また、タレントにとっても「既存の配信アプリ(ホロライブ)」と「ホロアース」という2つの選択肢が生まれたことで、結果として負担が生じていたことも課題として挙げられました。
加えて、「重要なプロジェクトだったにもかかわらず、自分自身がそこまでコミットできる立場になかった。こうした社運をかけるようなプロジェクトであれば、自分が事業責任者として立つべきだった」と、経営者としての反省の言葉も。同日のIRでは、代表取締役社長および取締役CTOの役員報酬を自主返納することも発表されています。
サービスは終了となりますが、ホロアースの開発資産はVTuber事業に引き継がれ、タレントの配信やライブ演出に活用されます。
今後は、ホロアースで培ったアバターテクノロジーやライブ演出を、既存の配信アプリに統合。スタジオ専用のアセットをタレントが自宅で使えるようになったり、ファンとの双方向コミュニケーションを進化させるインタラクティブ機能を実装したりと、「創作基盤の強化」へとリソースをシフトしていく方針です。
ホロスターズの体制変更は「供給者視点」での展開が問題
4月に発表された、男性VTuberグループ「ホロスターズ」の体制変更についても言及がありました。
説明会の冒頭でも、「ファンの皆様に動揺を与えてしまったことを重く受け止めているが、現状を勘案した上で心苦しくも必要な決断であったと理解している」と述べていた谷郷氏。質疑応答の中でさらに踏み込んだ説明がなされました。
谷郷氏が「大きな課題だった」と指摘したのは、ビジネス上の展開が「供給者視点」に偏っていたこと。「女性タレントをアイドル的に見せる」というホロライブの成功体験をそのまま横展開し、男性タレントにもそのまま適用しようとしてしまった。女性ファンのマーケットニーズをしっかり汲み取れていなかったと説明しました。
今後はグループ運営を再編し、市場特性に合わせたアプローチを模索しつつも、タレント個々の挑戦に対しては、その熱量に相応のサポートを継続していく姿勢を強調しました。
新育成プロジェクト「mekPark」と、ユニット展開の重要性
先日発表されたばかりの新育成プロジェクト「mekPark(メクパーク)」についても説明がありました。
mekParkは、練習生3名とディレクター1名がユニットを組み、最長2年の活動期間の中でデビューを目指すプロジェクト。最大の特徴は、デビューの審査単位が「ユニット」であることです。信頼・熱量・意思といった多角的な指標によって審査が行われ、ユニット単位での昇格を目指します。
この設計意図について、谷郷氏はこう語りました。「デビューしたはいいが、ユニットとしての運用がなかなか難しい場合もある。事前にディレクターと一緒にユニットとして成長し、そこで昇格する形を取ることで、デビュー後の活動をよりスムーズに立ち上げられるようにしたい」。
今後のタレント支援の方向性として、谷郷氏は「ユニット展開」の重要性を指摘します。
実際、カバーでは「hololive DEV_IS(※)」以降、ユニット単位でのYouTubeチャンネル運用を強化しています。「タレントが個人のチャンネルを伸ばすだけでなく、会社がユニットのチャンネルを育てることで、双方が相乗効果で成長できる」と、その戦略的メリットを説明しました。
また、タレントマネジメントの強化に関連して、組織体制の変更についても言及。4月からはタレントマネジメント部門を1つの部署として独立させ、VTuber運営部門と合わせた双方の責任者を谷郷氏自らが兼務しています。
現場に近いマネジメントと運営の連携を強化し、社長自らが最終責任を負う体制にすることで、社内の意思決定を加速。タレントの挑戦に会社全体で迅速に伴走できる環境を整えたとのことです。
(※hololive DEV_IS:ホロライブプロダクション傘下の女性VTuberグループであり、従来のhololive、hololive INDONESIA、hololive Englishとは「姉妹グループ」の関係にある。現在は2023年デビューの「ReGLOSS」と2024年デビューの「FLOW GLOW」が所属)
目先の成長スピードよりも、将来の飛躍に向けた「種まき」を
VTuber市場全体の見通しについては、楽観的なビジョンを示した谷郷氏。
2007年頃に産声を上げたボーカロイド文化が、若いクリエイターの憧れとなり、やがて米津玄師やAdoといったメジャーアーティストを生み出すまでに成長したように、VTuberの世界でも、同じような現象が起こると考えるほうが自然なのではないか。
今活躍しているタレント、たとえば星街すいせいのような存在に憧れる次世代が、今後も現れるはず。カバーの役割は、その才能をスターダムへと押し上げることにあると語ります。
そして説明会の最後に、谷郷氏は次のように述べました。
「今期は目先の成長スピードよりも、将来の飛躍に向けた種まきに重点を置いています。情熱あるタレントが挑戦し続けられるチームを作り、独自技術を磨き上げ、表現の幅を広げていく。その積み重ねがファンにとって最高の体験となり、業界全体の持続的な成長につながると考えています」
短期的な業績の伸びよりも、10年先、20年先の持続的成長を見据えた「投資期」として位置づけられた、2027年3月期。
カバーがこの再構築期をどのように乗り越えていくか、そして同社の決断がVTuber業界全体にどのような影響を与えるのか、今後の動向が注目されます。









