2024年10月にMeta Quest 3Sの発売とともに配信されたVRゲーム「バットマン:アーカム・シャドウ」。Meta Quest 3Sを購入したユーザーには無料で配信されたこともあり、AAA級のVRゲームとして人気を集めています。
GDC2025で行われた講演「Design and Rendering Strategies for Blockbuster VR Games – Batman: Arkham Shadow」では、開発チームであるカモフラージュによるMeta Quest向けのVRゲーム開発の知見が共有されました。講演はUXデザインの鉄則とレンダリング技術についての2パートに分かれていました。本記事では、デザインディレクターのライアン・ダーシー氏による前半部分のUXデザインについての講演内容をレポートします。
UXデザイン戦略: マントラによる開発指針
ライアン・ダーシー氏はまず、プロジェクト全体を通じて開発チームが掲げた50以上の「マントラ」(指針)の中から、VRゲーム開発と人気IPをVRに移植する際に特に重要だったものを紹介しました。
「本物であり続ける」
「バットマン:アーカム・シャドウ」は、バットマンをテーマにした人気ゲーム「アーカム」シリーズの新作としての正統性を保つ必要がありました。人気IPをVRに移植する際には細心の注意が必要で、ゲームプレイや見た目、サウンドに関する判断基準として「過去のシリーズではどう実装されていたか」を常に参照したとのことです。VRならではの調整が必要な部分を除き、ほとんどの場合において過去作のデザインを忠実に再現しています。
イノベーションのバランス
続けてダーシー氏は、シリーズの続編開発では「同じ(質)を保つ」「より良くする」「新しくする」のバランスが重要だと説明しました。特に優れた機能に対しては、さらに時間とリソースを注ぎ込んで「レジェンダリー」なレベルまで高める必要があるとしています。一方で、遠隔操作のできるバットラング(手裏剣のような武器)など、おなじみのガジェットは、VR移植にあたって諦めざるを得なかったとも述べています。
VR特有の強みを活かす
開発では、Meta Quest 3のハードウェア性能を最大限に活用することに注力しました。特にコントローラーを使ったジェスチャー入力は重要でした。ダーシー氏は「コンソールゲームでボタン入力が10回に1回失敗するようなことは絶対に許されない」と述べ、バットラングを投げる動作などのジェスチャーを通常のボタン入力と同じくらい高精度に機能させることに力を入れたと説明しました。
「シミュレーションではなくファンタジーを届ける」
ダーシー氏は1例として、物体にあてて移動するグラップルフックの実装を紹介。当初は「ボタンを押して狙いを定め、ラインを発射し、手を引くことでキャラクターを前方に引き寄せる」というシミュレーション的なシステムを開発していましたが、最終的にはよりシンプルな「常時表示されるレティクル(メモリ線)とボタン一つで、プレイヤーを発射して移動させる」方式に変更したと述べています。
環境とのインタラクションについても「物理ではなく魔法」というアプローチを採用し、レバーなどを操作する際にはプレイヤーの意図が確認できた時点で自動的に完了した状態にしてしまうことで、中途半端な状態(※レバーが最後まで引ききれてないといった状態)を避ける工夫をしています。
戦闘システムの設計
アーカムシリーズの特徴的な「フリーフロー(自由な流れの)戦闘」をVRで再現するため、「バットマンは部屋を歩いて横切るのではなく、パンチで横切る」という指針を掲げました。これによりプレイヤーは複雑な移動操作に煩わされず、手でのコンバットジェスチャーに集中できるようになりました。
また、物議を醸す可能性のある決断として、VRリズムゲームの「Beat Saber」のようなコンボシステムを導入したことを挙げています。プレイヤーの動きを一定程度の範囲に制限することで、ジェスチャーの流れを保ち、敵がバットマンの攻撃に合った反応を示すことになりました。
プレデターモードと環境の読みやすさ
開発チームには、アーカムシリーズのデザイナーとして長くシリーズに携わってきたビル・グリーン氏が参加。アーカムらしさを彼が伝授しました。たとえば、「Batmanは戦闘において決して劣勢に立たない」という考え。一度に12人以上の敵と対峙できる能力や、上からの視点でステルスをするプレデターモードでの豊富な待ち伏せ場所などを実装しました。
さらに「掴めるように見えるものは掴めなければならない」「登れるように見えるものは登れなければならない」という原則を採用し、プレイヤーが感じたままに振る舞えるように環境を設計しています。理解したとおりに振る舞える環境はVR酔いなどの不快感の防止にも繋がっていると指摘しています。
調査モードの簡素化
プロジェクト中盤では、アーカムシリーズの魅力のひとつである「調査モード」にも手を加えることに。パズル要素をより複雑にしようとしたところ、プレイペースの乱れが生じ、プレイヤーの期待との相違が起きてしまったため、最終的には「シンプルに保つ」という原則に立ち戻り「5歳児向けの読解テストレベル」を目指して、単純な選択式の問題として実装したとのことです。
環境設計と広大なスペース
プレイヤーアバターについては「アバターは不均等なパーツの総和」という原則を採用し、バットマンらしさを特徴づけるために特に手袋部分とハンドの品質に注力しました。環境については、アーカムシリーズならではの広大なエリアを再現することで、グラップルやグライディングの興奮を体験できるようにしました。
アートディレクターからは「重要なものを強調し、それ以外は簡素化する」という指針が定められ、アートリソースの効率的な配分も今回のプロジェクトでの挑戦だったとのこと。「ゲームそのものが上司である」という考えのもとて、個人的なバイアスや特定の機能に偏重せず、ゲーム全体を総合的に評価することを心掛けたそうです。とにかくプロトタイプを作って試すことで検証を行い、机上の空論になってしまうのを避けたという話も印象的です。