新型VR/MRヘッドセットMeta Quest 3Sの無料特典として発表された新作ゲーム「Batman: Arkham Shadow(バットマン:アーカム・シャドウ)」。人気アメコミ「バットマン」シリーズのVRゲームであり、主人公のバットマンとなって、悪党を次々と退治する痛快なアクション作品に仕上がっている。Meta Quest 3Sを購入すれば、すぐに遊べることから、このゲームをきっかけに、初めてVRゲームを体験したというユーザーもいることだろう。
MoguraVR編集部では、今作のプロデューサーであるマット・ウォーカー氏にインタビューを実施。ゲーム開発に対してのこだわりや、VRゲームとしての制作時の裏側について詳しくお訊きした。
「バットマン」の強さを引き立てつつ、快適なVRゲームにすること
――まずは、自己紹介をお願いします。
マット・ウォーカー氏(以下:ウォーカー):
「バットマン:アーカム・シャドウ」プロデューサーのマット・ウォーカーです。ゲーム業界に入ったのは2010年で、10年間ほど、カプコンでプロダクションを担当させていただきました。「Devil May Cry 5」のプロデューサーやバイオハザード関連のタイトルをプロデュースしてきました。そして、2021年にカプコンからカムフラージュに転職したところ、カモフラージュが2022年にMetaに買収されましたので、今はMetaの社員です。「バットマン:アーカムシャドウ」は2020年の10月頃から企画を始動したので、開発期間は丸4年でした。
――カモフラージュは過去に「アイアンマンVR」も発表されていますが、そちらにはどのように関わっていましたか?
ウォーカー:2020年に発売されたPlayStation VR版は関わっていませんが、2022年のMeta Quest版タイトルでは、私がメインプロデューサーを務めました。当時は(アイアンマンVR Quest版とバットマンの)2つのタイトルを同時に開発していたのです。
――どちらのタイトルもビッグタイトルですが、開発チームの規模はどれほどのものでしょうか?
ウォーカー:今のところ、正社員は90名程度です。他にもカモフラージュ社員だけでなく、色々な協力会社の皆さまとも協力させていただいています。Polyark(代表作「MOSS」)やCoatsink(代表作「Augmented Empire」)など、VRの経験が豊富なスタジオの方々にも、サポートしてもらっています。
――他のVRゲーム開発スタジオとも共同で制作されているのですね。あまり珍しいケースなのではないかと思い、正直おどろきました。
ウォーカー:本当にそうですよね(笑)。もちろんMetaの傘下にあるSanzaru Studio(代表作「Asgard Wrath」シリーズ)やArmature Studio(代表作「バイオハザード4 VR」)などとも協力しています。
――4年の開発期間を経て、発売されました。実際にユーザーの反応はいかがですか?(※編集注:本インタビューは発売翌週に実施したものです)
ウォーカー:ホッとしています。VRユーザーの方々からは評価いただいているのが嬉しいです。カモフラージュとしては「ちゃんとしたVRタイトルを作る」ことは、とても重要なポイントでした。何よりも「バットマン:アーカム」は人気シリーズですから、シリーズのファンも喜べるようなものを作らないといけないと思い、注意して作ってきました。
――たしかに今作は、これまでの「バットマンアーカム」物語のタイムラインともつながっていますね。既存のゲームシリーズをVRとしてリリースすることは、さまざまな制約もあったのではないかと思います。そんな中で、どのように「バットマンのゲーム」として落とし込んでいったのでしょうか?
ウォーカー:ゲームデザインの観点でアーカムらしさを表現しています。「アーカマアサイラム」(シリーズの第一弾)から、ずっとゲームデザインを担当してきたビル・グリーンという方が、もともとRocksteadyで働いていて、いまはカモフラージュに在籍しているのですが、彼からアーカムらしいゲームデザインについて色々学びました。
例えば「バットマンは、パワーがなければダメ」といったこと。つまり、ステルスが必要な場面では、常に敵より有利なところに、バットマンがいないといけないのです。
――「バットマンは敵より有利な位置に常にいるべき」ってことですか?
ウォーカー:その通りです。例えばフロアの置物のガーゴイル像から敵を見下ろすシーンがあるんですけど、その像は常に部屋の中で一番高いところにあります。バットマンは常に敵を見下ろした位置にいることになります。
――なるほど。今作を「VRゲーム」として捉えたときに、気をつけたポイントは何でしょうか?
ゲームの流れですね。これまでのシリーズでは、ステージを進めるにあたって、バトルが終わった後に、すぐに次の場面が自然と把握できるよう、流れを工夫していました。では、そういった流れをVRではどのように表現すべきかを考えなければいけません。
今作では、そのために操作方法を工夫しました。VRでは。ほとんどのユーザーは方向を変える際に、右スティックを倒すスナップターンを使ってちょっとずつ回転します。しかし、バトルが終わった後、スティックを2、3回を押さないといけないような仕様では、スムーズな流れを感じられなくなってしますので、スティックを1回押すだけで、45度のターンになるよう設定しています。
――一つ一つの演出や操作方法を丁寧に考えながら制作されていたわけですね。
気持ち良い体験になるため、何度も検証を繰り返す
――今作は、VRゲームの開発としては、かなり長期のプロジェクトだった印象です。具体的に、制作はどのように進んでいったのでしょうか?
ウォーカー: 最初の1年半くらいは各機能のプロトタイプを作っていました。「戦闘」「プレデター」、「移動」などの各パートですね。例えば、バットマンでは、グラップしたり、手を広げてグラインドする動きなどのアクションがありますが、それらをVRで再現するにあたって、どうやって気持ちよい体験となるのかが重要です。そこで、プロトタイプを作って、何度も試しました。その後、製品版に近いシーンをつくって、それらのアクションを取り入れ、さらに検証を重ねていきます。「本当に動くとしたら、こうなるよね」と。それが終わったら、次は「バーティカルスライス」です。システムと機能を拡大し、さらに多くのコンテンツ(シーン)を作ります。主にチャプター0と呼んでいる「BlackGate」に到着するまでの一番最初のシーンができる段階で、クオリティは完成に近いところまで作りました。そして残りのシーンを作っていき、一通り出来上がったのは2023年の9月くらいですね。
本当に最後まで磨き上げました。やっと完成したっていう感じですね(笑)。
――磨き上げにも1年ぐらいかかったということですね。
ウォーカー:開発者としては、それだけ時間があれば嬉しいですから。できるだけいいものを作りたいと思っています。
――PlayStation VR向けに作られていた「バットマン:アーカム VR」の仕組みは流用しなかったのでしょうか? 個人的には、あの作品も、面白いものだったと思います。特にバットマンになるスーツを装着シーンは、プレイヤーのテンションを上げてくれます。
ウォーカー:たしかに、バットケイブに降りていってバットマンになる……あの体験は本当に素晴らしかったですよね。ただ、今回我々は「体験」ではなくて、ちゃんとした「VRゲーム」を作りたかったのです。そこで、冒頭はアクションから始めようということになりました。他のアーカムシリーズでは、バットマンが歩きながら始まることが多いんですよね。たとえばジョーカーのエスコートをしたり、ゆっくり歩きながらその間にストーリーが語られるっていう。そうしたシーンがチュートリアルも兼ねることになるのですが、今作では、マティスという登場人物から始めることにしました。びっくりされた方も多いのではないでしょうか。
――変身のシークエンスがない中で、体験としての「バットマンらしさ」はどうやって表現したのでしょうか?
ウォーカー:ビルさんに一つすごい重要なことを教えてもらいました。先述の「バットマンはスーパーヒーローだから有利な有利な状況にいる」という話なのですが、特にそれが大事になるのは戦闘です。これまでのシリーズでは、いまのスーパーヒーローもののアクションゲームの土台になったとも言える戦闘表現を出してきました。つまり、プレイヤーはボタンをシンプルに連打しているだけでも、画面ではかっこいいコンボが決まって、かっこいいカウンターができるんです。
これをVRでどう表現するか? チームの人達と考えている中でディレクターのライアン・ダーシーが語ったのは、「バットマンは歩いて攻撃するんじゃなくて、攻撃で移動するんだ。Walk across the roomじゃなくてPunch across the roomだ」という言葉です。
ここから「パンチto」という本作の戦闘システムが生まれました。バットマンはスーパーヒーローだから遠いところにいても、敵の方に歩いてからパンチするのではなくてパンチするだけで、敵の方にまでまっすぐ移動するんですよ。
――確かにそうですね。敵に攻撃の届かなそうなところまで、ビューンって飛んでって殴っている(笑)。他のVRゲームでは、あまり見ませんね。
ウォーカー:「これぐらいの距離なら、多分パンチできるだろう」と思っていても、微妙な距離だと空振りしてがっかりするんですよね。しかし、バットマンなら空振りせずに当たる。こレによって気持ち良いアクションになって、作ってみて正解だったなと思います。
――難易度ノーマルでプレイしてみたところ、戦闘パートはかなり激しくて、息が上がってしまいました(笑)。このアクションの激しさっていうのは、どれぐらい意識していたのでしょうか?
ウォーカー:まず一番優先しないといけないのは「バットマン:アーカム」シリーズをやったことある人に楽しんでもらわないといけないなと思ったので、いいアクションをやっぱりやらないといけないなっていうのが一番重要だったんですよね。
そこで、ビルが話していたのが、「開発の余裕があったら何よりも攻撃のバリエーションを増やすんだよ」と。確かに過去作でも、同じようにただボタンを押してるだけですけど、全然違うアクションをしています。
我々もコンボしてる時に、違う方向から打ったりして殴ったりして。バリエーションもどうにか増やしたかなと思うんですね。激しく遊びたい人には満足してほしいですね。ちなみに、私がいつもいつも机で遊んでいるときは、こういう感じ(手元で小さく肘から先だけをちょこちょこ動かす小さな動作)で攻撃してるんですよ。あんまり動かなくてもいいでしょ?(笑)
――VRゲームでは当然仕方ない部分ではあるのですが、相手を殴るアクションでも現実には空を切ってしまうため、ふと熱が冷めてしまう場合もあります。没入感を維持するためにどんな工夫をしたのでしょうか?
ウォーカー:何より行動のバリエーションが重要かなと思っています。ずっと同じアクションではなくて、多種多様なアクションをやれることで没入感が生まれると思うんですね。例えば、ナイフを持っている敵が攻撃してくるときに、カウンターできたりといったことが大切なんだと思います。
他のVRゲームから学ぶ、まさかのあの別ジャンルからも
――VRゲーム開発をする中で、なにか影響を受けたタイトルはありますか?
ウォーカー:たくさんあります。戦闘のゲーム性を作るときに、例えば戦闘のリズム感という意味では、「BeatSaber」。あとは時間感覚では時間の流れが遅くなる「Superhot」のVR版など、本当に色々と参考にしています。
チームとしては去年までは毎月「VRブッククラブ」というのをやっていて、毎月必ず新しいVRゲームを遊んでみて、みんなでどんな点が学べるか議論する会をやっていました。今年はゲームを作り上げるのに集中しなければいけなかったので、実施できていないのですが(笑)。
――今作は、Meta Quest 3Sの無料特典として付属ということになりましたね。
ウォーカー:そもそも我々はVR信者です。Meta Questの魅力をできるだけ多くの人に伝えたいと思っていますので、今作が付属でつくようなことになったっていうのは本当に光栄です。このソフトがあることで、さらにQuest 3Sが売れると考えてくれているのであれば嬉しいことですね。
――リリースから数日以内に最初のパッチをすぐに配信し、1.0.1がリリースされていました。ユーザーに対しても細かなフィードバックをリクエストしています。こういった対応は、ユーザーの要望に細かく応えていきたいという姿勢から来ているのでしょうか?
ウォーカー:その通りですね。我々として、まさにプレイヤーが楽しめるようなものを作りたいと思います。開発者として、できるだけ時間をいただいて、本当にプレイヤーが楽しめるようなものを作れればなと思っているのです。パッチについてですが、最後のテストプレイは実は10月に入ってから実施しています。インフルエンサーの方々に遊んでいだていて、さまざまなフィードバックをもらいました。
そもそもVRゲームはリリースのギリギリまで作れるんですよね。例えば私がもともと前職で働いていた時は、ソニーや、Microsoftとか向けに出してるので、期間的に余裕を持って出荷する必要がありました。特にディスクの製造は時間がかかってしまうので。ただ、Questの場合は、もう少しそこが緩くて、事前に要望をヒヤリングできる期間がありました。そこで、10月にもらったフィードバックをできるだけ反映したものを準備していたのです。
今後もパッチを配信する予定です。修正作業をやるにあたって、他の何かを壊さないように注意しなければならず、そこは本当に大変な作業になります。
――ありがとうございます。今後DLCの配信やコンテンツそのもののアップデート追加の予定はありますか?
ウォーカー:はい。発売前から約束している部分もあります。例えばキャラクタービュアー機能ですね。それから、戦闘とプレデターのチャレンジマップです。マップは数を増やす予定です。
また、今後もユーザーの方々に何を入れてほしいかのリクエストは募集しています。公式のディスコードチャンネルでご要望をお待ちしている状態です。
――ありがとうございました。