「メタバースは終わった」という総括がメディアやSNSで繰り返される一方で、VRChatではユーザーが集まり、コンテンツを作り、コミュニティを育て、その結果として課金が回る状況がより可視化されてきました。
ではVRChat社は、この“長時間滞在するソーシャル空間”を、企業としてどの方向に伸ばそうとしているのでしょうか。

(写真は12月17日に開催されたビジネスイベント「VRChat Japan Business Experience 2025」取材時のもの)
本記事では、12月にMogura VR編集部がVRChat社宛に実施したメールインタビュー、XRカンファレンス「XR Kaigi 2025」で行われたVRChat×Boothセッション、さらに12月17日の「VRChat Japan Business Experience 2025」の現地取材と、3つの手がかりをもとに、VRChat社のビジネス戦略を考察します。
iOS版ローンチの成功は、日本市場の重要性を押し上げた
まずはVRChatのSenior Community ManagerであるChris “Strasz” Hornyak氏へのメールインタビューから、彼らが考えるビジネス戦略を整理します。
VRChatの動きにおいて見逃してはならないのが、2025年10月24日に正式リリースされたiOS(iPhone)版です。VRChatは自らのことをソーシャルVRやメタバースではなく、イマーシブ・ソーシャルメディア/没入型ソーシャルプラットフォームと定義づけていますが、スマートフォンによるアクセスを重視している様子が伺えます。
「iOS版のローンチは成功しました。VRChatをiPhoneで使いたいという需要が大きいことは把握していましたが、iOS版VRChatのダウンロード数とユーザー数は、想定以上でした。日本では特に人気が高いですね」(Strasz)
ここで重要なのは、単なるユーザーの増加というだけではなく、参入障壁の低下がプラットフォームの前提を変えるということでしょう。今まではWindows PC、Android、Meta QuestやPicoなどのデバイスでアクセス可能でしたが、世界中に多くのユーザーが存在するiOS版によって、大きな意味でのクロスプラットフォームが実現できたといえます。VRChatはハイスペックなゲーミングPCの文脈で語られがちでしたが、iOSリリースにより誰にとっても当たり前のクロスプラットフォームに近づくことで、ライト層が入ってくる準備が整ったともいえます。
参考までに、従来のVRChatユーザーはフレンドとのハングアウトやイベント参加を目的としている人が多いとのこと。これは英語圏も日本語圏も同じだそうです。ドライブ、ジェット機/ドローンのフライト、DJ、ダンスなどサブコミュニティは細分化していますが、友人とハングアウトし、イベントに参加する、という使い方が基底にあります。
勢いを増すクリエイターエコノミー
VRChat向けアバターやバーチャルファッションの制作やワールド開発で収益を得るユーザーが増えていくなか、VRChatはクリエイターとのコミュニケーションを積極的に行っています。
「私たちは複数のチャネルを通じて、できる限りクリエイターとコミュニケーションを取るようにしています。Twitter/XやDiscordなどの公式ソーシャルチャネルがありますし、コミュニティの各領域に特化したDiscordサーバーもあります。また、クリエイターと話す新しい方法も常に探しています。私たちが何に取り組んでいて、どんな計画を持っているのかを、常に把握してもらえるようにしたいと考えています」(Strasz)
その彼らの収益構造の1つとなるのがVRChat Creator Economy。VRChat内で、クリエイター側が制作したデジタルアイテムやワールド内の機能を販売できる仕組みですが、日本でも勢いが出てきているといいます。
「英語圏だけではなく日本でも勢いが出てきているのを感じています。企業や大きな組織が活用するケースも増えてきました」(Strasz)
一方で、規約や権利の確認など事務的な手続きを運営側と行っていくという点で、非英語話者にとってのハードルは依然として残っています。
「非英語話者のオーディエンスにとって、クリエイターエコノミーをもっと使いやすくする余地があります。現状、ドキュメントの多くが英語で書かれており、これは多くの人にとって明確なハードルになりえます。同様に、サポートやインフラのかなりの部分が英語圏コミュニティ向けに設計されているため、日本のクリエイターが支援を受けるのがより難しくなる面もあります。とはいえ、これらの点は私たちも最善を尽くして改善に取り組んでいます」(Strasz)
著者としては、単なる翻訳にとどまらず、VRChat社がリリースする情報を日本のユーザーが閲覧しやすい状況となるように整備することで、Creator Economyの普及が加速するのではと考えます。
企業によるVRChat活用の勝ち筋の1つはイベント
VRChatの強みの1つに、ユーザーの可処分時間が多いことが上げられます。一度VRChatにログインすると数時間は滞在するユーザーが多いのですが、他のオンラインサービスを見渡してもVRChatほどの滞在時間をもつものはそう多くはないでしょう。
だからこそVRChatをビジネス活用する場合、VRChatのユーザー属性や行動を理解することが大事となるのではないでしょうか。
ここで重要となるのが「イベント」です。
「英語圏での事例ですが、私たちはFurality(※非営利のVRクリエイティブ企画推進グループ)と提携し、VRChat上でVRベースのコンベンション体験を提供してきました。ヴェネチア・ビエンナーレ(※ヴェネチア国際映画祭のXR部門では、毎年VRChat内で期間限定の映画祭を実施している)とも提携しています。どちらもVRChat内で非常に人気のあるイベントを運営しています。過去には、単発のワールドや体験といった形で、ほかの企業とも提携してきました。一般的に、こうした取り組みは個別のイベントに紐づくことが多いです。イベント連動のほうが、最も成功しやすいアクティベーション(施策)になりやすいからです」(Strasz)
日本のビジネスとVRChatの架け橋
続いて、XRKaigi 2025のトークセッション「企業のVRChat展開について、VRChatとBOOTHに聞いてみた」(VRChat Business Development Japan 北庄司英雄氏/ピクシブ株式会社 3Dビジネス室 Lead 岩田慎吾氏)で語られた論点を見てみましょう。
セッション中に北庄司氏が繰り返し示していたのは、VRChatの多くのユーザーが集まる場としての強さと、企業が投資判断するために必要なKPIなどとの間に、まだ埋まっていない溝があるという認識。プラットフォームの熱量や可能性は共有できても、ビジネスに接続するブリッジが不足しているとのことです。
そのブリッジを整備する役割として、北庄司氏は日本側で単なる窓口ではなくVRChatの文化と日本企業の意思をつなげていくといいます。
「基本的にはビジネスの架け橋となるために赴任しました。日本企業や、IPホルダーの方々と直接的なリレーションを作っていきます」(北庄司)
このブリッジの仕事は、単なる英語の翻訳ではなく商習慣と文化の翻訳に近いとのこと。VRChatと企業、双方の前提をすり合わせる。企業側の稟議や投資対効果のロジックと、VRChat側の設計思想・コミュニティを接続することが狙いです。
では、VRChatが企業にとってどんな媒体になり得るのか。北庄司氏は、露出やリーチといった短期の指標ではなく、滞在時間=可処分時間を中核に置いています。ユーザーが長時間滞在するからこそ、没入体験と関係性の設計が効きやすく、単発の広告接触とは異なる価値の作り方が可能になるといいます。
「多くのユーザーが1日のうち4時間ぐらいVRChatにアクセスしてもらってる。それだけもらえるメディアってもうそんなにないと思うんですよね」(北庄司)
ただしVRChatの強みであるコミュニティは、企業にとって同時に難所でもあります。VRChatイベントなどの施策は、短期間で高い熱量を作りやすい一方で、コミュニティの文脈を踏み外すと反発も起きえます。
「コミュニティとビジネスって難しいところがありますよね。だからこそユーザーさん主体であることを重きにおいて、企業側はあくまでも、裏方としてユーザーやコミュニティを支えるっていう姿勢が肝要になると考えています」(北庄司)
500名以上が集まったVRChatビジネスイベント
現在日本では、VRChatを活用したプロモーション事例が増えています。マクドナルドは、ホロライブVTuber星街すいせいのコラボワールドを公開、ディズニーは映画「トロン: レガシー」のイメージを再現したワールドを出展、サンリオは毎年継続していたエンタメイベント「Sanrio Vfes」をさらに発展させ、サンリオピューロランドのバーチャル空間を常設ワールドとして制作。グローバル企業もVRChatに注目しています。
そのような状況のなか、2025年12月17日(水)、VRChat Inc.が日本で初めて主催する公式オフラインビジネスカンファレンス「VRChat Japan Business Experience 2025」が、ベルサール秋葉原で開催されました。まだ正式なデータは発表されていませんが、北庄司氏いわく500名以上ものビジネスマンやエンジニア、そしてVRChatユーザーが来場したそうです。
会場で見えてきたのは、VRChatを知る/面白がる段階を越え、社内で説明できる形に落とし、継続案件として回すための情報を求め始めている企業の参加者が多かったこと。セミナーでは、目的設計・体験設計・コミュニティ設計をセットで捉えたケーススタディの情報が発信されましたし、展示ブースにおいてもさらなるVRChat活用のためのデバイスやXRコンテンツの展示が多くありました。
このイベント自体が、北庄司氏のいうブリッジにもなっていました。多くの先行事例を手掛けてきた企業がアドバイザーとして参画している点も、ユーザー発のカルチャーを前提にビジネスを組み立てる姿勢を補強しています。VRChat社が日本での商用活用を、個別案件の積み上げではなく、エコシステムとして育てようとしていることのシグナルと捉えられます。

