Home » メタバースの始祖「スノウ・クラッシュ」で語られるメタバースはどこまで実現できているのか?


業界動向 2022.03.12

メタバースの始祖「スノウ・クラッシュ」で語られるメタバースはどこまで実現できているのか?

2022年現在、メタバースはどう有るべきかの論の主軸となっているのは、2020年1月にベンチャーキャピタルのMatthew Ball氏が自身のブログで公開した「The Metaverse: What It Is, Where to Find it, and Who Will Build it」。リセットがなく永続性があり、同時接続人数に制限がなく同じ時間軸でライブにつながり、経済圏があるなどの項目を上げています。

メタバースサービスを企画する企業や、ジャーナリストにとって氏の言葉は重視するべきもの。しかしもともとメタバースは、1992年にアメリカのSF作家・ニール・スティーヴンスンが発表したスノウ・クラッシュで扱われだした言葉です。

今の基準がこれからのスタンダードを作るとはいえ、温故知新も大事です。スノウ・クラッシュのなかで描かれているメタバースはどんな世界だったのか、見ていきましょう。

スノウ・クラッシュのハードウェア

ヒロのもうひとつの財産は、すばらしい性能のコンピューター。どこへ行くにもそれを携帯している。

(「スノウ・クラッシュ〔新版〕上」、p43。以下、引用部では書名略)

○実現済み

本文を読み進めると、それがノート型のゲーミングPCということがわかります。現在のPCと照らし合わせると、RTX 3080 Ti Laptop搭載モデルのような存在でしょうか。「スノウ・クラッシュ」におけるメタバースに入れるだけのPCが生まれるのはまだまだ先の出来事だと思いますが、2017年頃はバックパックPCを背負っていたことを考えると、ノートPCの高性能化は強く求められてくるはず。また、チューニングしたとはいえモバイル向けSoCを使っているMeta Quest 2やPico Neo 3 Proのように、VRヘッドセットそのものが処理能力を持つ時代となったことは、「スノウ・クラッシュ」を超えたといっていいかもしれません。

ピカピカ光るゴーグルをかぶっていて、その両側に付いた小型のイヤフォンが両耳に接続されている。このイヤフォンには一種のノイズ除去機能が組み込まれているが、この手の装置が有効なのは、連続的なノイズに対してだけだ。

(p44)

○実現済み

2022年現在主流のアクティブノイズキャンセリング機能を指しています。コンシューマー向けのノイズキャンセリングヘッドホンは2000年前後からソニーやBOSEが販売しており、業務利用等では1989年、BOSEが航空機パイロット用のノイズキャンセリングヘッドセットをリリースしています。

毎秒七十二回の速度で画像を変えると、動いているように見せることができる。

(p49)

○実現済み

1992年の時点で、72fpsが1つの基準であると想定されていたとは!

動く三次元画像を2Kピクセルの解像度で描けば、人間の目で知覚できる鮮明さになる。

(p49)

○実現済み

片目2Kなのか、両目で2Kなのかは定かではありませんが、片目2K解像度は既に実現済み。現状はまだスクリーンドア効果による網目模様が目立つ機材が多いものの、今後は改善していくでしょう。参考までに、「スノウ・クラッシュ」が発刊された当時に存在したコンシューマー用PCの解像度は、Macintosh Quadra 700/900の1152×870ピクセルが最高値のようです。

スノウ・クラッシュのメタバースサービス

現実には存在しない通りを、何百万という人間が行き来している。

(p50)

いつでも好きなときに<ストリート>を訪れることのできる人間は、約六千万。そのほか、自分では買えないが、公衆マシンを使ったり学校や勤め先のマシンを使えるという人たちが、約六千万人。

(p54)

×実現していない

1つのワールド、1つのインスタンスに何百万人! いや、1億人超えの同時接続が可能な余裕があると! なお、インテルによれば「真に持続的で没入感のあるコンピューティングを、大規模かつ何十億人もの人間がリアルタイムで利用できるようにするには、さらに多くのことが必要です。計算効率を現在の1,000倍に向上させる必要があります」とのこと(2021年12月17日に公開されたインテルニュースルームの記事より引用)。スタンドアロンなVRヘッドセットによる体験が重視されていくと考えると、Qualcomm Snapdragon XR2の1,000倍の処理能力が必要になるということでしょうか。シンギュラリティの実現を待ち望みたいですね。

<ストリート>全体は、半径一万キロ余りの黒い球体の赤道部分をめぐる、巨大な遊歩道の体裁をとっている。球体の円周、つまり遊歩道の全長は六万五千五百三十六キロあって、地球の円周よりはるかに大きい。

(p50)

<ストリート>は幅が百メートルあって、その中心を細いモノレール路線が走っている。このモノレールは一種のPDS(無料公開ソフト)で、ユーザーが<ストリート>の中で素早くスムーズに位置を変えるためのものだ。

(p54)

×実現していない

圧倒的な広さのワールドの実現も、まだまだ夢物語。すべてのワールドが地続きとなることのメリットがあるのかどうかも疑問が残ります。しかし「Somnium Space」のように、ユーザーに移動させる(もしくは車などの移動手段を使うときにコストがかかる)ことを前提としたメタバースがどう受け入れられていくかを観察すべきかもしれません。

開発者たちは、メインストリートから枝分かれした自分だけの小さな通りを設定して、そこに建物や公園や標識などを作る~現実世界には存在しないものも作ることができる。

(p51)

<ストリート>にネオンサインを掲げたりビルを建てたりすれば、金持ちや流行の最先端をいく連中や実力者たち一億人が、毎日の生活の中で目にすることになるからだ。

(p54)

<ストリート>に何かを作るには、GMPGの認可を受ける必要がある。<ストリート>に土地を買い、区画設定の認可をもらい、贈収賄検閲官の審査を受け、その他さまざまなことをしなければならないのだ。

(p52)

▲一部実現している

ワールド(サーバー)内にある自分の土地に、いろんなものを作って置くことができる……。この世界観は「セカンドライフ(Second Life)」が実現し「The Sandbox」や「Decentraland」「Somnium Space」などのバーチャルな土地を売買できるサービスが受け継いでいる要素です。逆に「VRChat」や「NeosVR」のように、自由にワールドを作れるVRSNSとは大きく異なる要素となります。

広大なワールドのなかに中心街ができ、人通りが多くなる。すると通りに面した土地に置いたオブジェクトの注目度が高まり、同時に土地の価値も上がる。しかし現在のVRSNSは1つのワールド、インスタンスの同時接続数が少ない上に分散してログインすることが大半なので、よほど目を惹きつけるデザインのオブジェクトか、会話を加速させる場だったり遊べるアトラクションがあるなどの価値がなければ、そうそう人は集まらなさそうです。

巨大なデータのかたまりーつまりハイパーカードのコンテンツーのせいで回路全体が必死に処理を行っているため、<ブラック・サン>の画像をいつものように現実そっくりの姿で描き直す時間をとれないのだ。

(p133)

○実現済み

主人公のヒロが超巨大なデータをメタバース内で受け取ったことで、一瞬コンピュータが処理落ちするシーンです。「VRChat」でも時々いるのですが、超大容量のアバターが入ってくると、フレームレートがガクッと落ちるケースがあったりします。

スノウ・クラッシュのアバター

アヴァターは、使っているマシンの能力が許すかぎり、どんな姿かたちにもすることができる。

(p72)

○実現済み

解像度の差異はあるにしろ、自由なモデリングが可能という点は実現できています。また“悪ノリがすぎる”アバターがいるという話は、「スノウ・クラッシュ」でも言及済み。Metaの動きを見ていると安心安全で管理させたメタバースを作ろうとしている雰囲気もあり。悪趣味なアバターは着れないようにと、VRMファイルなどはアップロードできず、サービス内のキャラメイク機能しか使えないメタバースも今後登場してくるのでは、とも思えます。

<ストリート>を管理するコンピュータ・システムは、何百万という人間のすべてをモニターして、お互いにぶつからないようにしているわけではない。そんな難問の解決にかまけてはいないのだ。だから<ストリート>にいるアヴァターは、お互いの身体をすり抜けながら歩いている。

(p79)

○実現済み

現時点で多くのメタバースがこのすり抜け機能を採用しています。「スノウ・クラッシュ」でも近寄ったアバターは半透明になるとのこと。そういえば「Horizon Workrooms」は、ハグできる距離の一歩手前でアバターが半透明となりました。「スノウ・クラッシュ」でも何かしらのハラスメントが発生する可能性を恐れているのでしょうか。

ジャニータは、用心深い目つきでヒロを見ている。何年も前、ヒロが彼女のオフィスに入っていったときと、同じ目だ。

(p128)

アヴァターは、死ぬことを考えて作られてはいない。身体を切り離されることもだ。

(p194)

×実現していない

前者はリアルであったときの目の表情と、アバターの目の表情が同じ情報量を持っていることを意味しています。そんな「スノウ・クラッシュ」のメタバースでも、アバターに部位ごとのダメージ設定や魂と切り離されたときのイメージまでは再現していないことを後者のメッセージで表しています。アバターの見た目だけじゃない解像度=メタバースそのものの解像度はどこまで高くなるのか、そして高くするべきか。「VRって結局プレステ2くらいの解像度しかないじゃん」と言う方も多い現在、重要な論点となるでしょう。

まとめると、技術の進化が追いついていない

30年前に書かれたSF小説、「スノウ・クラッシュ」が描いたメタバース。現時点でこの作品の描いた世界を実現できているものもあれば、まだまだ追いついていない領域があることもわかりました。キーポイントとなるのは同時接続人数とワールドの広さ、そして解像度。すべて、使用するデバイスや通信回線のスピードに由来するものです。

利用するユーザーが増えれば増えるほど経済圏も強固なものとなっていくでしょうし、メタバース内で稼いで生きていける人も増えるはず。1億人単位、数千万単位の同時接続数とはいいません。千人単位での接続数が実現できるようになるのはいつの日か。楽しみに待つこととしましょう。


VR/AR/VTuber専門メディア「Mogura」が今注目するキーワード