日本には、多くの工場やデータセンターなどが存在します。そこで働くのは製品をつくるエンジニアだけではありません。24時間体制で稼働する設備を支えるため、同じく24時間体制で保守を担う施設管理スタッフが欠かせません。
彼らは、電力・空調・水・蒸気・圧縮空気などのユーティリティ設備の運用管理から、保全・改修、さらには停電等のトラブルや地震や水害等の災害発生時の復旧対応まで、幅広い業務を担当します。こうした作業手順を身に付けるために、これまでは座学とOJT(On-the-JobTraining:職場の実務から学ぶ従業員の職業教育)が一般的でした。
しかし、稼働中の設備を止めずに集中してトレーニングを行うことは難しく、一人前になるまでに長い年月を要するという課題がありました。
そこで、NECグループの主要工場を含む約170拠点の施設を管理するNECファシリティーズは、若手スタッフがより早く現場責任者として活躍できるよう、研修期間の短縮に取り組んでいます。
まず2024年に、模擬プラントで実践的に学べる技能習得施設「FM-Base®」を開設。さらに現在、FM-Baseの実地カリキュラムをもとに、Meta Quest 3上で動作するVRトレーニングアプリをNECと開発中。リモートでの実地訓練も可能な環境を整備中です。
NECファシリティーズいわく、FM-Baseで行われている実地研修だけでも技能習得期間を半減。全国の各拠点に複数台のMeta Quest 3とVRトレーニングアプリを配置すれば、さらなる短縮化も望めるのでは、とのこと。大幅な効率化が期待できる、B2BにおけるVR活用の実例の詳細を見ていきましょう。

(中谷征靖氏 NECファシリティーズ株式会社DX推進部 DX開発グループ シニアエキスパート)
工場の保守を行うスタッフのスキルアップを目指して
日本の工場現場では、若手スタッフの不足が深刻化しています。これまでは新人採用が少なくても、長期間勤務する従業員が多く、工場インフラ分野での技術革新が緩やかなため、知識と技術が蓄積されてきました。しかし、人員不足が顕著化してくると、知識や技能を次の世代に継承していく余力がなくなり、NECファシリティーズにおいても、スキルアップと教育が十分に実施しきれない課題が生じてきました。
現在、状況は大きく変わりつつあります。国内各地でデータセンターや半導体工場の新設・増設が相次ぎ、経験豊富な人材が顕著に不足しています。本来ならリタイアするはずのベテランが現場に残り若手の指導にあたっていますが、それでも人手は足りず、ダブルチェックが行えないケースが増えています。その結果、ワンオペレーションによるヒューマンエラーが発生しやすい状況です。また、若いスタッフは長期にわたる習熟(いわゆる「習うより慣れろ」)を敬遠する傾向もあり、明確なキャリアパスを提示する必要性が高まっています。
とはいえ、工場運営に必要なスキルを短期間で習得するのは簡単ではありません。最大の課題は、実際にトラブルが発生しなければOJTで十分な学習効果を得にくい点です。設備を停止してトレーニングを行うと生産計画に影響するため、計画的かつ効果的な育成プログラムの構築が急務となっています。
「毎日操作や点検を行う設備については、工業高校や専門学校を卒業したばかりの新人でもすぐに操作を覚えられます。問題は、まれに発生する事故やトラブルへ対応するスキルです」(中谷氏)
工場は24時間365日、長期間にわたり事故なく稼働できるよう設計されています。しかし約10年に一度といわれる停電や地震などの外的要因によるトラブルが発生した際、たまたまその場に居合わせたスタッフでなければ復旧手順を学べません。また、大規模修繕に伴う設備停止など、数年に1回実施するような作業も同様に、そのタイミングで作業アサインされていなければ、実際に経験することができません。
その結果、スタッフごとに緊急かつ希少なスキルを学べない空白期間が生じ、熟練度の差が拡大します。担当できる領域が増えず、キャリア形成にも支障をきたすのが現状です。
こうした課題を解決し、スキルと経験に裏打ちされた“管理の匠”を育成することがFM-Baseの狙いです。2024年の開設以来、約1年で300名が受講しました。もっとも、一度の受講だけで高いスキルが身につくわけではありません。技能習得には繰り返しの経験が不可欠です。
そこでFM-Baseでは、研修プログラムのVR化に取り組みました。VR環境を使えば、停電や災害などの異常時を安全かつ何度でも再現でき、習熟を加速できます。今後はVRと実地訓練を組み合わせ、さらなる育成効率の向上を目指します。
「FM-Baseで学ぶのは1日ないし2日というカリキュラムになっています。ここで学んだことを復習する機会が必要ですが、『またここに来てください』と言ってしまうと極めて業務負荷が大きい。半導体工場の施設管理スタッフは24時間交代制のシフト勤務を行っていますから、定期的に離席させるのが難しいのです。そこで選んだのがVRです。シフト勤務時でも夜間は比較的、逼迫した業務があるわけではないタイミングとなるので、その時間を使って自主学習体制をとってもらおうというのもVR化の目的です」(中谷氏)
前述したように、FM-BaseカリキュラムのVRトレーニングアプリを開発したのはNEC。グループ会社内で手を取り合い、工場の施設管理スタッフのスムーズなスキルアップという目的を叶えるためのソリューションを作っています。
「FM-Baseでの研修時に見た現場をリアルに再現することによって、「そういえばこうだったね」と思い出してもらうこと、これもすごく大事にしています」(中谷氏)
VRの力で新人を短期間でベテランへと育て上げる

(FM-Baseに設置されている研修用のコンプレッサー:稼働している状態の機器を実際に開閉し、点検手順を確認できる。手をいれると危ない箇所もあり、知らないまま扱うと事故に繋がる危険性も)

(VRトレーニングでは、作業手順で扱うべき部分が文字で表示され、触れることで開閉や部品のチェックができる。バーチャル空間であれば、トレーニング中の事故も防げるのもポイント)
2025年3月、VRトレーニングアプリのPoC(概念実証)版が開発されました。現在は指導担当者や人材育成チームが実際に体験し、研修プログラムへどのように組み込むかを議論している段階です。得られた意見はNECにフィードバックし、改良版が完成したらFM-Base受講者向けのフォローアップ研修やリーダー層向けのテスト教材として活用する予定です。
アプリ自体の正式版は今年度中の完成、導入は来年度からを見込んでいますが、PoC版を体験した関係者の反応は非常に好評でした。
「受講機会が増える点は大きな効果になるだろう、と皆さんがおっしゃっていました。さらにVR化によって複数シナリオを設定できる発展性に期待する声も多かったです。想定外のトラブル発生時に必要な対応力を磨けるほか、作業マニュアル改訂後に手順をVR内で検証できるメリットもあります」(中谷氏)
実機を見て・触れて・試すことで、「こんなこともできそうだ」といったアイデアが次々に湧き上がったことから、中谷氏は「PoC版を作って本当に良かった」と手応えを語ります。VRトレーニングアプリが本稼働すれば、教育効果の向上と短期間でのスキルアップが一層期待できるでしょう。

(FM-Baseに設置されている機器はどれも非常に高価かつ専門的な知識が必要なもの。現地では再現できない“失敗”を学ぶ機会はなかなか得られない)

(VRであれば何度でも事故や失敗例を再現できる。トラブルを繰り返し学ぶことで、実務で得難い経験を得られる)
「野心的な言い方をしますと、工場全体を管理するスキルを身につけるまでの時間をFM-Baseで半減させたうえで、VRによってさらに1~2年くらい短縮することを狙っていきます」(中谷氏)
VRトレーニングアプリであれば、隙間時間を利用して何度でも学習できます。また、ゲーム感覚で楽しみながら繰り返し取り組めるため、受講者のモチベーション向上も期待できます。とくに若い世代はデジタルコンテンツやXRデバイスの操作に慣れているため、先進的な職場環境としての魅力を感じ、学習意欲がさらに高まる可能性があります。
「VRを活用することで、新人として現場に入ってきてから4〜5年くらいで責任者として活躍できるようになれば、若くても自信をもって施設管理というサービスに取り組むことができるでしょう。そういう意味で、VRを用いた人材育成は非常に重要なファクターになっていると思います」(中谷氏)
座学用教材とOJT、そしてVRのメリットが活きているトレーニングアプリ
筆者もVRトレーニングアプリのPoC版を体験しました。Meta Quest 3のスタンドアロン動作に加え、他のMeta QuestやPCからも同じバーチャル空間にログインできます。その空間には現実の設備と同じ機器が配置されており、パネルを開くと実機さながらの内部構造と各機構部の説明が表示されます。

写真と解説文で理解を深める座学用教材と、実物を前に手順を覚えるOJTの両方の利点を兼ね備えている点が印象的でした。さらに、設備全体の動作状況もバーチャル空間内で確認できるため、VRコンテンツならではのメリットが活きています。複数アカウントが同じ空間に入れる仕様を利用し、受講者の自主トレーニングだけでなく、遠隔地の指導員が手順をチェックできる点も実用的です。
POC版は360度カメラで撮影した全天球映像に設備の3Dモデルを重ねた構成ですが、正式版ではフォトグラメトリや3D Gaussian Splattingを取り入れ、さらに没入感を高める予定です。現在は汎用機械工場から半導体工場まで幅広く導入されているドライエアー設備の操作研修のみを収録していますが、今後はクリーンルーム用空調設備、冷熱源設備、純水製造設備、排水処理設備などFM-Baseで学べる全工程をVR化する計画です。これは半導体工場のインフラ全体をいつでも復習できるVRトレーニングアプリの完成を意味し、研修の大きな力になるでしょう。
VRトレーニングアプリをもとにマニュアルの改善も行っていく

(バーチャル空間内にタブレットが表示され、管理フローを確認可能)
今回のVRトレーニングアプリを開発しているNECバイオメトリクス・ビジョンAI統括部 主任、高橋大河氏にも話を伺いました。
NECは2015年からVRの業務活用を進めており、自社向けだけでなく「空調機点検トレーニング」(ダイキン工業)、「客室乗務員向け機内訓練」(全日本空輸)、「無菌操作トレーニング向けVRソリューション」(武田薬品工業)などのサービスを提供してきました。NECファシリティーズとの協業では工場インフラ管理に特化していますが、他分野への展開について高橋氏は次のように語ります。
「建物や設備のトレーニング用途に適していると考えています。工場に限らず、技術者の人手不足が課題になっている領域は多く存在します。しかも現時点では無人化や自動化、AI化が難しい分野です。そこでバーチャルリアリティを活用して短期間で習熟度を高められるかどうか、コンサルティング専門のメンバーとXRエンジニアのチームで検討しています」(高橋氏)
NECファシリティーズのVRトレーニングアプリは今後、AIを活用して評価精度を高めることを目標にしています。その一環としてPoC版では、各手順でどのような操作を行ったかをデータ化し、可視化する検証を進めています。
「受講者個人のデータを全体の平均と比較することで、自分がどこでつまずきやすいのか、どの工程が得意なのかを分析できます。新人がつまずきやすいポイントを可視化し、研修に反映していく狙いです。逆にベテランがマニュアルより効率的な作業をしている場合は、そのノウハウを取り込み、マニュアルの改訂につなげることも可能だと考えています」(高橋氏)
セキュリティレベルが高い現場に対応してくれるMeta Horizon Managed Solutions
Meta Quest 3はゲーム機として認識されがちですが、Meta Horizon Managed Servicesと組み合わせることで、さまざまなビジネス現場でも活用できるデバイスになります。工場などの施設に通信機器を導入する際、セキュリティ上の理由から指定された端末しか利用できないケースがありますが、この点でもMeta Horizon Managed Solutionsが有効です。導入先ごとに異なるITポリシーに合わせて運用できるため、柔軟な管理が可能になります。
Meta Quest 3/3SとMeta Horizon Managed Servicesを組み合わせれば、VRやMRを通じて現場の課題を高品質に解決できます。ご興味のある企業の方は、ぜひ一度お問い合わせください。
問い合わせ先: https://jpn.nec.com/nvrs/index.html
ランディングページ:https://forwork.meta.com/jp/






