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活用事例 2017.10.16

360度カメラ「Insta360」の今後とは?CEO・JK氏に聞いた

360度カメラブランド「Insta360」で知られる中国ハードウェアスタートアップShenzhen Arashi Vision社CEOのリュウ・ ジンキン氏(以下、JK氏)が来日しました。

今回の来日は中国の祝日「国慶節」を利用したプライベートなものでしたが、JK氏は「Insta360」国内代理店のハコスコ社が開いた日本ユーザーとの交流イベントに参加。今回、交流会の直前に日本でも話題となったバレットタイム撮影の開発のきっかけや、今後の「Insta360」シリーズの進化などについて話を聞きました。

まず「Insta360」シリーズについて説明します。「Insta360」は上述した通り、中国Shenzhen Arashi Vision社が開発・発売する360度カメラのブランドです。創業は2014年で、翌年2015年に「Insta360 4K」を発売し、これまでに合計5つの360度カメラを発売しています。

・Insta360 4K(2015年)
・Insta360 Nano(2016年)
・Insta360 Air(2017年)
・Insta360 Pro(2017年)
・Insta360 ONE(2017年)

「Insta360」の代表的な特徴として、コンシューマーユースとプロユースの2つで展開を行なっていること、コンシューマー向け360度カメラはスマートフォンに直挿し接続するタイプのものが多いことが挙げられます。特に2016年に発売した、iPhoneのLightning端子に直挿しする「Insta360 Nano」は、その製品発表時から世界中で注目を集め、スマートフォンに接続する360度カメラというジャンルを市場に認知させた製品となりました。

また同社ホームページによると、これまでにシリーズAで800万ドル(2015年3月)、シリーズBでは中国大手オンライン・サービスプロバイダーの迅雷(Xunlei、Thunder Networking)などから複数百万ドル(2016年3月、詳細額は未公表)の増資を実施しています。出資者の迅雷のメインサービスは動画ストリーミングや動画ダウンロードなどで、Shenzhen Arashi Vision社への投資を行った際に、資本に加えて、特に360度映像コンテンツとクラウドコンピューティングの分野で技術協力を行なっていくと明言しています。

最も新しい製品である「Insta360 ONE」の発売で、ローエンドからミドルレンジ、ハイエンドまでのフルラインナップを完成させました。製品版の360度カメラで、最初にフルラインナップを完成させたメーカーであることも特筆すべき点です。

・ローエンド:Insta360 Nano、Insta360 Air
・ミドルレンジ:Insta360 ONE
・ハイエンド:Insta360 Pro

2017年10月現在。△は発表済みだが発売はまだのもの。

ソフトウェアでのアップデート、AR・デプス・アップコンバートなど

360度カメラの進化は日進月歩で、1年単位で大幅に性能が向上されることも珍しくありません。現在は解像度の進化に加えて、空間音声深度(デプスマップ)といった、VRでの視聴を前提とした進化が業界のトレンドと言えます。今後の「Insta360」シリーズはどのような進化を計画しているのでしょうか。JK氏は、既存製品のアップデートと新しい360度カメラの開発を同時に行っていることを話しました。

JK氏(以下、敬称略)
その瞬間や体験を共有できるよう、より没入感があり、より便利になるよう、機能改善を行なっていきます。すでに発売されているカメラのアップデートもそうですし、新しい360度カメラの開発も行なっています。発売中のカメラで、開発している新しい機能について話すと「AR機能」を開発中です。これは「ミクTHETA」をイメージしてもらうと良いと思います。360度動画にARでミク以外のオブジェクトを表示させるというものです。

―――次回のアプリアップデートで「AR機能」が実装されるのでしょうか?

JK:
スマートフォンへの要求スペックも高くなってしまうので、次回のアップデートで実装というのは難しいですね。「AR機能」はInsta360 Nano、Insta360 AirとInsta360 ONEで使えるように開発中です。どちらかと言えば(ガジェット好きの方よりも)一般の方に喜んでいただける機能だと思います。

―――Insta360 Proで、追加される機能は開発されているのでしょうか?

JK:
Insta360 Proは、デプスマップを作成できるようアップデートします。ライトフィールドでは無いですが、ある程度は静止画・映像内をVRで移動できるようにします。ただ、まだ修正や調整が必要な段階です。また、PCを使わずにInsta360 Pro単体でオプティカルフロースティッチング(※1)ができる機能も実装予定です。

※1 編集部注:これまではPCの後処理編集で行ってきた「Insta360」独自の高性能スティッチング。「GeForce GTX 1060」などのハイスペックなGPUを積んだPCが必要。

他にもセンサーを高速で微細動させることで解像度を上げる超解像技術(アップコンバート)の研究・開発を進めています。小さいセンサー1つでも、多くの映像を一瞬で撮影することができ、この技術で高解像度化することが可能です。例えばInsta360 Proで撮影した映像を拡大、ズームインしても、綺麗に表示することができます。センサーを一瞬で微細動させるというのは……、ナルトの影分身(※2)みたいですよね(笑)。

※2 編集部注:週刊少年ジャンプで連載されていた漫画。主人公のナルトは忍者で「影分身」という複数の実体である分身を作り出す忍術を得意としています。世界的に高い人気を誇る作品です。

―――分かりやすい例えですね(笑)。解像度はどれ位アップするのでしょうか?

JK:
解像度は4倍から9倍ほど上がると考えています。これは、今発売しているカメラ、Insta360 Pro、Insta360 ONE、Insta360 Nano、Insta360 Airにファームウェアのアップデートで対応させたいと考えています。今は、主にInsta360 Proで研究していますよ。

画面向かって左が元の画像、右の画像がアップコンバートした画像。

―――「Insta360」は今年に入って3つの360度カメラを発売するなど、製品開発スピードも早いように感じられます。今も新製品の開発をされているのでしょうか?

JK:
私たちは製品の発売と同時に新しい製品も開発を始めます。今だと、ライトフィールドカメラを開発しています

―――ライトフィールドですか?

JK:
はい。ライトフィールドカメラで、こういうものです(PCでスライドを見せる)。ライトフィールドだとVRで自由に動けるのが良いですね。

今のテスト機の大きさは「畳一枚ほど」とのこと。上の写真は交流イベントでプロジェクターに映したもの。

―――カメラの外観は、すでに製品版のようにも見えますね。

JK:
これはまだまだ開発中のテスト機ですよ。それに現在の技術だと画角は180度が限界です。ただ、180度でも様々なシーンで利用できると考えています。画質を上げるのも非常に難しいですが、先ほどの超解像技術を活用できるように研究しています。また、テスト機なのでレンズの数は64個だけです。ライトフィールドカメラを製品版として出す際には、140個ほどのレンズを搭載するかと思います。完全に製品化するには時間が掛かりますね。ライトフィールドカメラは、「Insta360」の未来の製品です

360度カメラの技術は通常の映像にも転用できる

ライトフィールド技術は、光の入射角度や距離情報を得ることで、デプスも含めた「空間そのもの」を撮影します。ライトフィールドカメラを開発する会社では米Lytro社が有名です。Lytroは巨額の資金調達を実施(2015年2月に5,000万ドル、2017年2月に6,000万ドルを調達)することなどから定期的に話題を提供しています。

また、360度映像制作会社のWithinと協力し、ライトフィールド技術を使った、限定的に動くことのできるVRコンテンツ『Hallelujah』をリリースしています。ライトフィールドカメラが実用化され、リアルタイム映像内をVRで自由に動くことができるようになれば、Oculus創業者のパルマー・ラッキー氏がMogura VRのインタビューで語ったように「『記憶』を記録することができる」「VRコンテンツを根本から変える」可能性があります。

『Hallelujah』の内容はレナード・コーエンの『ハレルヤ』をボビー・ハルバーソン氏が歌ったもの。

『Hallelujah』撮影のメイキング動画。

そして面白いのが、JK氏はVR映像撮影機として最先端の研究・開発を進めているにも関わらず、360度静止画・動画だけに執着をしていない点です。

JK:
360度カメラを使えば、同じ場所、同じ時間で撮影したとしても、通常のカメラとは全く違った魅力のコンテンツが作れます。そして、通常の動画などに360度カメラの技術を転用することもできます。Insta360 ONEのバレットタイム(※3)やフリーキャプチャ(※4)で編集した映像がそうです。フリーキャプチャで編集すれば、ドローンが追いかけてきて撮影したような映像を簡単に作れます。360度カメラの技術は、これまでになかった新しい映像を撮影できる、無限の可能性がある技術だと考えています。

JK氏は、最初に開発した360度カメラで撮影した映像を見せながら、360度カメラ技術の魅力について語りました。

※3 編集部注:Insta360 ONEに実装された機能。マトリックスで有名な銃を避けるシーンのような映像をInsta360 ONEを振り回すことで、カメラ1個で撮影できる(通常は数十台以上のカメラが必要)。

※4 編集部注:360度動画を通常の2D動画に変換・編集する機能。Insta360 ONEに実装された。1つの映像から様々なカメラワークを駆使することができ、異なる映像を制作することも可能。

―――バレットタイムの映像は日本でも話題になりました。この技術の着想はどこからきたのでしょうか?

JK:
雪山でiPhoneを振り回して作られた動画を見て思い付きました。この動画を見たのは、はっきりと覚えていないですが、去年の年末か今年の1月です。

―――それでは、今年の1月から開発をしたということでしょうか?

JK:
1月ではないですね。バレットタイム機能の開発を始めたのは4月頃で、開発期間は3ヶ月ほどです。バレットタイムの技術は、元々開発を進めていた技術、フリーキャプチャやジャイロセンサー、オブジェクショントラッキングなどを応用したものなので、その調整を行ない開発しました。フリーキャプチャにあるオブジェクショントラッキングを利用し、自撮り棒を消せばバレットタイム撮影ができるようになるのではと考えたんですね。それに、あの雪山の動画ではハンガーを使ってiPhoneを固定していましたが、ジャイロセンサーを使えば通常の自撮り棒でもバレットタイム撮影できることを思い付きました。
また、バレットタイムはたくさんの実験も行いました。街で歩いてる人たちがいる中で、バレットタイム撮影を試したりもしましたよ。僕たちがバレットタイム撮影をしているのを「危ない!」と言われないかなとか。でもきっと「何をしているの?」とか「変な人たち……」と思われたでしょうね(笑)。


上の画像はクラウドファンディングサイト「Indiegogo」で示されたInsta360 Airのプロトタイプの開発から製品発売までの図。2016年9月のプロトタイプ完成の5ヶ月後、2017年2月に製品出荷というスケジュールでした。

―――今回の来日もそうですが「Insta360」は日本の市場を重視しているように感じれらます。最近の日本市場は後回しにされる状況が多いのですが……。

JK:
私たちも世界の市場を最も重視しています。日本よりも世界の市場の方が優先度が高いというのは事実です。しかし、日本は多くの有名なカメラメーカーがある国です。私たちはカメラの会社としてはまだとても小さいですが、日本のユーザーにカメラの新しい魅力、新しい楽しみ方を伝えたいと考えています。

また、日本は代理店のハコスコ社、代表取締役の藤井直敬さん(※本インタビューにも同席)が「Insta360」の発売だけでなくマーケティングも協力してくれています。他の国の代理店は販売は行いますが、マーケティングまでは行いませんので、メーカーとしても日本へのサポートをしなければいけません。そういったこともあり、私たちは日本の市場を重視していますし、全力でサポートしたいと考えています。

Insta360のライバルはDJIやGoPro

「VR元年」と呼ばれた2016年を経て、一般の人でもHMDでハイエンドのVR体験ができる環境はできました。VRを体験する環境が整った次は、コンテンツの充実が求められます。そして、360度カメラは一般の人でも簡単にVRコンテンツを作ることができるガジェットです。この360度カメラの市場は日本のリコー「THETA」が切り開き、多くの企業がこの分野に参入し、今まさに市場が拡大しているという状況です。

Shenzhen Arashi Vision社は、360度カメラ市場に参入する多くのメーカーとは多少異なった考えを持っていることが、今回のJK氏のインタビューから伺えました。新しい写真・映像体験を届けるために、360度カメラとその技術を開発しているという点です。

インタビュー後に行われたユーザーとの交流イベントでは、「Insta360」は360度カメラのメーカーではなく、映像の可能性を広げるカメラのメーカーである、とJK氏は説明をしました。そういう意味で競合他社は360度カメラメーカーではなく、それよりも広いマーケットのプレーヤー、ドローンのDJI社やアクションカメラのGoPro社などをライバルと捉えているとのことです。

JK氏は本インタビューと交流会で、時おり日本語も交えて話をしていたのも印象的でした。それも短い単語のフレーズではなく、会話として成り立つレベルです。そういった点も、JK氏が日本の市場とユーザーを重視しているという言葉に説得力を与えていました。近い将来、360度カメラが果たしてどのような進化を遂げていくのか、日本市場にもリアルタイムで最新の製品が投入されるのかも含め、同社の動向に注視したいところです。


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