太平洋時間2026年10月28日、米国のスタートアップRaven Resonanceが、サンフランシスコ市内で同社初の製品“Raven Prism”の発表会を開催した。Raven Prismは2026年6月のAWE USA 2026で初めて一般公開されたデバイスで、今回の発表にあわせて予約受付が始まった。価格は1,499ドル、出荷は2027年1月から順次となる。

同社はRaven Prismを“スマートグラス”とは呼ばない。自ら名付けたカテゴリーは“アンビエントコンピュータ(Ambient Computer)”だ。
本記事では、発表会の内容をもとに、Raven Prismの詳細とそれを作ったチーム、そして“メガネではなくコンピュータ”を名乗る思想について考えてみたい。
スマホのいらない、メガネの形をしたLinuxマシン
まずRaven Prismの概要を紹介しておこう。
最大の特徴は、スマートフォンを必要としない単体動作機であることだ。クアッドコアの64bit ARMプロセッサを搭載し、Linuxベースの独自OS「RavenOS」で動く。ARM64向けのLinuxアプリであれば動作し、SSHでメガネに直接ログインすることもできる。
発表会でハードウェア担当のエンジニアは、Raven Prismはスマホのアクセサリではないと強調した。部屋の反対側に歩いていってBluetoothが切れても、機能を失わないという説明だ。
ディスプレイはフルカラーのLCoSとウェーブガイドの組み合わせで、右目側にだけ表示される。腕を伸ばした先に16インチのノートPCの画面が浮かんでいるような見え方だという。

入力は視線と音声だ。視線入力のセンサーは鼻パッドの部分に配置されている。登壇者は、「この種のデバイスでは音声入力が一般的だが、スーパーマーケットで独り言を言い続けたくはない」と語り、静かで目立たない入力手段として視線を選んだと説明した。
視線制御のモデルはデバイス内の専用ハードウェアで処理され、データはクラウドに送られない。音声認識や読み上げも端末内で処理する。小規模言語モデルや行動認識を端末上で動かす実験も進めているという。

バッテリーまわりで目を引くのが「Raven Wings」だ。
テンプル(つる)の後端、耳の後ろに磁石で取り付けるバッテリーで、電源を落とさずに付け替えられる。いわゆるホットスワップ方式だ。充電のためにメガネを外す時間がなくなるので、度付きレンズを入れていても一日中かけ続けられる、というのが同社の主張である。耳の後ろに重量を置いてバランスを取る狙いもある。
さらにWingsは拡張ポートを兼ねており、将来はAIアクセラレーターやセルラーモデム、GPSといったモジュールを追加できる構想だ。
(2026年6月に開催されたAWE USAでモックを展示していたときのRaven Wingsの着脱、製品版での仕様は不明だ)
カメラは前向きに1基。アルミ製の物理シャッターが付いており、出荷時は閉じた状態になっている。撮影可能な状態のときは、フレームに組み込まれた“Beakon”と呼ばれるインジケーターが光り、周囲の人にも分かるようになっている。
度付きレンズは、注文時に処方を伝えるとレンズに組み込まれた状態で届く。現在受付中のバッチでは-4.5〜+4.5に対応し、後に遠近両用を含む範囲の拡大に取り組むとのことだ。
主な仕様は以下のとおり。
| 項目 | 詳細 |
| 価格 | 1,499ドル(予約金49ドル、全額返金可) |
| 出荷 | 2027年1月から順次(現在受付中のBatch 4は2027年夏) |
| プロセッサ | クアッドコア64bit ARM(約1GHz) |
| RAM | 2GB/4GB(予約後に選択) |
| OS | RavenOS(Linuxベース) |
| ディスプレイ | フルカラーLCoS+ウェーブガイド(右目のみ) 視野角は対角30度 |
| 入力 | 視線、音声 |
| 重量 | 約70g |
| 接続 | Wi-Fi、Bluetooth |
| 同梱物 | Raven Wings 2ペア、Wing Case |
| 生産 | 米国で組み立て |
| 販売地域 | 米国(EUでも近日販売予定) |
デモでは、使い方の具体例がいくつも示された。
掃除機をかけながらYouTubeを見る、スマホから道案内を送ってきて下を向かずに歩く、スマホの買い物リストやPDFをメガネに表示する、といったものだ。生成AIを使って、Webのレシピを手順付きのアプリに変換する例もあった。


出荷時には独自のアプリストアで25本以上のアプリが提供される。

仕事の用途で同社が想定するのは、手を使って仕事や創作をする人たちだ。発表会では、ギタリストやデザイナー、高校のロボット工学の教師、かぎ針編みを習う人などがRaven Prismを使う様子が紹介された。


開発者向けには、2026年初めのMIT Reality HackでSDKを公開している。SDKはAIエージェントでの開発を前提に設計されており、30人のクリエイターや開発者が1時間のセッションでシミュレーター上に動くアプリを作ったという。
ソフトウェアだけでなく、ハードウェア自体も彼らが全て供給するわけではない。ハードウェア開発キット(HDK)も2027年初頭の公開を目指している。

MITメディアラボから続く、30年越しのウェアラブルコンピュータ
Raven Prismを作ったのは、長年ウェアラブルコンピュータを自作し、日常的に身につけてきた人たちだ。
創業者でCEOのトム・スアレス(Thomas Suarez)氏は、2013年、14歳のときに最初の自作ARデバイスを設計した。以来、Google Glassや自作のAR/VRデバイスを日常的に使い続けてきた。発表会でも当時の写真を見せ、かつてはずっとGoogle Glassをかけていたと振り返っている。
ジョージア工科大学のContextual Computing Groupでは、1990年代からこの分野を切り拓いてきたサド・スターナー博士のもとで研究していた。

もう一人の柱が、チーフ・サイエンティストを務めるレーミ・ポスト(Rehmi Post)博士だ。。ポスト博士は1990年代のMITメディアラボでウェアラブルコンピューティングの研究に携わった。公式サイトには、ポスト博士がスターナー博士らとMITメディアラボで並ぶ写真が掲載されている。
ポスト博士は登壇で、30年前に初めて作ったウェアラブルコンピュータを紹介した。処理速度25MHz、メモリ4MB、重さは約4ポンド(約1.8kg)で、バッテリーは4時間ほどしかもたなかった。それでも一日中持ち歩いて使えることが驚きだったという。ポスト博士によれば、Media Labで取り組んでいたのはガジェット作りではなく、文脈を理解して記憶を補ってくれるコンピュータを常に身につけるとはどういうことか、という問いの探究だった。Raven Prismはその延長線上にある。
つまり、このチームの歴史はMITメディアラボの1990年代のウェアラブル研究から始まり、スターナー博士を経てスアレス氏へとつながっている。30年越しの系譜と言っても過言ではない。
チームの顔ぶれも興味深い。Apple Vision Proのチーム出身で、ソフトウェアと体験設計を率いるパース・アローラ氏。Meta Reality Labsでリードを務めたリタ・ターコウスキー氏がエコシステムを担当する。インダストリアルデザインはサムスン出身のカート・オーミラー氏が手がけ、製造はApple Watchのバンドの製造工程開発を経験したグレース・カーリー氏が担う。公式サイトに掲載されたコアチームは12人。スアレス氏も、比較的小さなスタートアップで分野横断の挑戦をしていると語っていた。
製造の話も一つ付け加えておきたい。カーリー氏は、Raven Prismを米国で組み立て、部品もできる限り米国内の企業から調達すると発表した。サプライチェーンを近くに置くことで、改良を素早く繰り返せるというのが理由だ。設計から電子回路、ファームウェア、OS、アプリまでをサンフランシスコのラボで内製しているのも同じ理由による。

“メガネ”ではなく“コンピュータ”を名乗る
筆者が今回の発表で最も興味深く感じたのは、Raven Prismの自己定義だ。
筆者が普段から使っているEven Realitiesの「Even G2」は、カメラを持たず、表示に特化し、スマホと連携して使う。そしてEven Realitiesは、自分たちは眼鏡を作っているのだという立場を取ってきた。一方のRavenは、Raven Prismを新しいパーソナルコンピュータだと位置づける。スアレス氏は、コンピュータは何十年も机の上かポケットかカバンの中にあったと語り、それを視界の中に持ってくるのだと説明した。
これは、今のスマートグラスブームの渦中に飛び込むのではなく、その先にあるコンピューティングデバイスとしてグラス型デバイスというポジションを築こうとしている、ということだ。Linuxが動き、SSHでログインでき、拡張ポートまで備える。中身もパソコンの作法に寄せている。
このアプローチに最も近いのはSnapの「Specs」だろう。Specsもスマホを必要としない単体動作機で、エヴァン・スピーゲルCEOはこれをウェアラブルコンピュータと呼び、コンピューティングの新しい時代の始まりだと表現している。
逆に言えば、自社が発売するメガネ型デバイスを単体動作させ、それそのものをコンピュータと標榜するメーカーはまだ少ない。
理由の一つは、一体型を作るのがまだ大変だからだ。プロセッサもバッテリーもディスプレイもメガネのフレームに収め、重さと発熱を抑えながら一日中動かす必要がある。ただ、技術的な難しさだけが理由ではない。Even Realitiesのように、スマホと役割を分担して軽さと見た目を優先するのは、意図した戦略でもある。なお、Even RealitiesのCEOワン氏自身も、スマートグラスは人が身につける最も個人的なコンピュータになるだろうと語っている。両社の違いは、メガネかコンピュータかの二択というより、どちらに重心を置くかの違いと見るべきだろう。
またGoogleとXREALが発売した「XREAL AURA」も標榜するのは空閑コンピュータ、だがまだ有線接続でバッテリーとプロセッサは別駆動だ。MetaもCEOのマーク・ザッカーバーグは長らくXRデバイスを「次のコンピューティングデバイス」と呼ぶが、グラス型デバイスでは到達できていない。
足元ではカメラ搭載型、ディスプレイ搭載型など機能が分化し、とにかく眼鏡の見た目にこだわったデバイスが市場にひしめいている。そんな中で10数人のスタートアップが、コンピュータに名乗りを挙げた。
そして、Raven Prismの思想を語るうえで欠かせないのがプライバシーだ。スアレス氏は、プライバシーは基本的人権だと語る。
そのうえで、権限の設定(トグル)を積み重ねても守れないから、アーキテクチャで守るのだと説明した。物理シャッター付きのカメラ、端末内で完結する視線制御、セキュアエンクレーブ、アプリのサンドボックス化はいずれもその表れだ。詳細は技術ホワイトペーパーとして公開する予定だという。

さらにスアレス氏は、「アンビエント」という言葉に二つの意味を込めていると語った。今は、必要なときに視界の隅に現れ、不要なときは邪魔をしないという意味だ。将来は、スマホやPCの2次元のアプリが3次元のオブジェクトとして空間に置かれ、その場に残り続ける、より空間的なコンピューティングを指すようになる。スアレス氏は、ARにもiPhoneのような転換点は来るがまだその時ではないとした。Raven Prismは、何年も続く旅の最初の踏み石だという位置づけだ。
名乗りに中身は追いつくか
ここまで書いてきたが、気になる点は多い。
一つ目は、スタンドアロンをうたいながら、デモで示された日常の使い方の多くがスマホに頼っていることだ。道案内、買い物リスト、搭乗券は、いずれもスマホからメガネに送られる。計算を端末内で完結させることと、日常の価値をどこから得るかは別の問題だ。
Raven Prismがコンピュータを名乗るなら、スマホを経由しないこのデバイスならではのアプリが生まれるかどうかが問われる。そして、今から先のコンピュータにはAIが欠かせない。AI×ウェアラブルコンピュータの真価が問われる。
2つ目は、性能だ。約1GHzのクアッドコアに2〜4GBのRAMは、今のスマートフォンと比べればかなり控えめである。片目だけのディスプレイ、30度の視野角、大容量バッテリーではなく付け替え式という選択も含め、一体型を成立させるためのトレードオフがはっきり見える。一体型を作るのは大変だという先の話を、この仕様そのものが裏付けている。ちなみにSnap Specsは視野角51度、価格は2,195ドルで、方向性は近くてもトレードオフは異なる。
3つ目は、まだ分からないことが多い点だ。Wings 1本あたりの駆動時間は具体的には明らかにされていない。視線入力の精度、度付きレンズでの見え方は、実機で長時間使ってみなければ評価できない。
そして、今回の発表会では実機での体験機会はなかった。

日本の読者にとっては、販売地域の問題がある。現時点の出荷先は米国のみで、EUでの販売が近日予定とされているだけだ。日本での販売や技適の取得については何も発表されていない。
それでも、Raven Prismの意味は小さくない。スマートグラスがスマホのアクセサリとして広がっていくなかで、メガネそのものをコンピュータとして成立させようとする挑戦は、SnapとRavenを含めてまだ数えるほどしかないからだ。
この挑戦の成否を決めるのは仕様ではなく、Linuxという開かれた土台に開発者が集まり、メガネでしかできないアプリが生まれるかどうかだ。
メガネの形をしたコンピュータ”の第一世代機が、30年越しの問いにどこまで答えられるのか。2027年の出荷を待ちたい。