2025年7月、Mogura VRとG-SMASH共催のもと、日本のXR業界をリードする開発者たちが集結するイベントが開催された。本稿ではそのイベントレポートをお届けする。
なお、前編では北米の投資家であるJP Minetos氏による北米のVRゲーム市場について情報提供が行われた。
北米で熱狂するVRゲーム市場の主役は、PCもスマホも持たない8〜13歳の「α世代」。地殻変動が起きる新たな市場の最前線で、日本から挑戦するデベロッパーたちは何を考え、どう動くのか。グローバルで戦うためのリアルな戦略、日本ならではの強み、そして社内での葛藤までが赤裸々に語られた、白熱の議論の模様を追う。
岸上 健人氏 | MyDearest株式会社 代表取締役CEO
2016年にMyDearestを創業。『東京クロノス』など物語性の高いVRゲームで評価を得た後、北米のα世代向けマルチプレイヤーゲームへと大きく舵を切る。
三上 航人氏 | CharacterBank株式会社 代表取締役
2019年に京都でCharacterBankを設立。VR魔法アクションRPG『RUINSMAGUS~ルインズメイガス~』は世界的に高い評価を獲得。VRならではのユニークな体験を追求し、京都から世界へ挑戦を続ける。
藤川 啓吾氏 | UNIVRS株式会社 代表取締役
2016年にUNIVRSを創業。人気IPのVRゲーム化を得意とし、代表作『進撃の巨人VR: Unbreakable』はストアランキング1位を獲得。
モデレーター:原島 駿氏 | G-SMASH株式会社 代表
元Meta日本法人にてコンテンツ担当として、今回登壇した3社とも協業。日本のXRコンテンツの海外展開をサポートしてきた。現在は独立し、日本のXRをさらに盛り上げるべくG-SMASHを設立。海外と日本の情報格差を埋め、日本から世界的なヒットを生み出すことを目指している。
北米VR市場のリアルな肌感覚
パネルディスカッションでは、投資家であるJP氏が語る北米VR市場の分析を受けて日本の開発者たちが現場で感じるリアルな見解から始まった。浮かび上がってきたのは、想像以上にダイナミックに変化し、特定の世代に深く浸透している市場の姿であった。
「7割がPCを持っていない」α世代の最初のゲーム機
JP氏が提示した北米市場の現実は衝撃的だった。市場を席巻しているのは、累計プレイヤー数1,000万人、売上1億ドルを突破した『Gorilla Tag』。この成功は、インフルエンサーに金銭を支払う従来のマーケティングではなく、プレイヤーコミュニティの自然発生的な熱量によって支えられているという。
そして、その中心にいるのが8歳から13歳の「α世代」である。JP氏の調査によれば、驚くべきことに、この世代のVRユーザーの70%がPCを、50%がスマートフォンを所有していない。彼らにとって、Meta Questは「最初のゲーム機」なのだ。岸上氏は、この事実の背景をJP氏に尋ね、「Nintendo Switchが499ドルなのに対し、Meta Quest 2は250ドルだった。半額なのだからQuestを買うだろう」と言われたエピソードを明かした。安価で手に入るMeta Questは、北米の子供たちにとって最も身近なゲーム機なのである。
この「VRネイティブ」とも言える世代は、VR酔いをほとんどせず、上の世代が驚くような複雑な操作も難なくこなす。JP氏は「自分の祖父はラジオで育ち、未だにラジオを聴いている。それと同じで、彼らはQuestと共に育ち、この先もQuestで遊び続けるだろう」と、長期的な市場の継続性を示唆した。
この分析に対し、日本の開発者たちも肌感覚として強く同意する。MyDearestの岸上氏によれば、特にマーケティングの変化は顕著で、「ゴリラタグのプレイヤーの15%がTikTokで配信している。しかも運営は1円も払っていない。友達が配信しているから遊ぶ、という流れが生まれている」と指摘。自社でもインフルエンサーマーケティングへの考え方を改め、プレイヤーが自ら配信したくなるゲームデザインの重要性を痛感しているという。
UNIVRSの藤川氏も、『進撃の巨人VR』をリリースした際にティーン層の多さに衝撃を受けたと語る。「コミュニティを開いたら、ティーンの子たちが殺到した。コミュニティをどう平和に運営するか悩むほどだった」とその熱量を振り返る。彼らはIPを知らなくても、ゲームとしてのユニークな体験を求めて購入しており、市場が完全に新しいフェーズに入ったことを実感したという。
もはやVRは一部のギークのものではない。北米では、α世代にとって当たり前の遊びのプラットフォームとして、巨大な経済圏を形成し始めている。
激変する市場への各社の戦略
『Beat Saber』に代表されるような、個人で楽しむ体験が主流だったVRゲーム市場は、『Gorilla Tag』の登場でソーシャル性とマルチプレイが鍵を握る時代へと大きくシフトした。この激変に対し、日本の開発企業たちは、それぞれ独自の戦略で挑もうとしている。
「魚のいるところで釣る」MyDearestのピボット
最も大胆な戦略転換を見せたのがMyDearestだ。かつてはストーリー重視のゲームで評価を得ていたが、岸上氏は「魚がいるところで釣りをしたい」と、その決断の理由をシンプルに語る。彼にとっての「魚がいる場所」とは、明確に「アメリカの子供たちの市場」であった。
「もう日本とかで考えちゃダメなんです。VRゲームで勝負がしたいときに、そのメインユーザーがアメリカの子供なら、僕らはアメリカの子どもたち向けのコンテンツを作る会社にならなければならない。なぜアメリカでこんなに流行っているのか。そこに全振りしてかけようという意思決定をしました」
この言葉通り、同社は2024年より開発リソースを北米のα世代向けゲームに集中させている。
「二軸戦略」と「高速開発」で挑むUNIVRS
一方、UNIVRSの藤川氏は「二軸戦略」を掲げる。一つは、これまで通り『進撃の巨人VR』のようなIPを活用した、数年がかりの大型タイトル(大砲)の開発。そしてもう一つが、今回の議論の主役であるティーン層に向けた、高速開発のカジュアルゲームだ。
「社員全員で『1ヶ月でゲームを作ろう月間』みたいなのをやったんです。コンソール畑の人間が多かったので、スピードを重視する考え方に変える必要があった」
この取り組みは、単に開発速度を上げるだけでなく、クリエイターのモチベーションを劇的に向上させる効果もあったという。「俺が作りたいものを作るぜ、という感じになった」と藤川氏は言う。この高速開発サイクルから生まれた有望なプロトタイプをさらに2ヶ月かけて磨き上げ、市場に投入する。このスピード感こそが、変化の速い市場で戦うための武器になると考えている。
オリジナルIPと新技術への挑戦を続けるCharacterBank
CharacterBankの三上氏は、引き続き『RUINSMAGUS』のようなオリジナルIPでのゲーム開発を軸としつつも、市場の変化を見据えている。「マルチプレイは100%必要だろうなと思っている」と語り、次作ではマルチプレイを前提とした開発を進めていることを明かした。さらに、彼はVRだけでなく、MR(複合現実)やAR(拡張現実)といった新しい領域にも目を向ける。「MRやARで、カジュアルなゲームみたいなところを目指していきたい」と、新たなチャレンジへの意欲を示した。
また、ディスカッションの中では、VRゲーム市場の「ロングテール」という特性も指摘された。JP氏によると、Questストアのタイトルは発売から数年が経過しても売れ続ける傾向が強く、これはタイトル数が比較的少なく発見されやすい(ディスカバラビリティが高い)ことに起因するという。
各社のアプローチは異なるが、共通しているのは、市場の変化を的確に捉え、過去の成功体験に固執せず、未来に向けて柔軟かつ大胆に戦略を練り直している点である。
日本から世界へ挑むには?
北米市場という巨大な戦場で、日本のデベロッパーはどう戦うべきか。議論は、日本ならではの強みと、世界で戦うためのマインドセットへと進んだ。
視点はローカルではなく、グローバルなユーザーへ
まず3社に共通していたのは、「日本」という主語を捨てる覚悟だ。もはや主戦場は海外であり、国内市場の論理は通用しない。UNIVRSの藤川氏は「日本の作り方を海外に、という考え方はやめた方がいい。ユーザーが本当に求めているものを作る、ということに国籍は関係ない」と断言する。MyDearestの岸上氏も「もはや日本は見ていない。僕たちのものをアメリカのユーザーに届ける、ただそれだけ」と応じ、出発点が日本ではなく、ターゲットユーザーがいる市場そのものであるべきだと強調した。CharacterBankの三上氏もこの考えに同調し、日本のやり方を押し付けるのではなく、市場がある場所、つまりグローバルなユーザーを直接見据える重要性を説いた。
武器は「開発スピード」と「IP連携」
では、日本から世界に挑む上での強みは何か。岸上氏は、JP氏から言われたという意外な言葉を紹介した。
「JPに一番びっくりさせられたのは、『早い』って言われたことです。アメリカのチームはめちゃくちゃ遅い、と。僕らが3ヶ月で6本作ったと話したら、アメリカの会社なら1年半はかかると断言されました」
これは、日本のチームのハードワークや、一丸となって目標に向かう組織文化が、グローバルな競争において強力な武器になり得ることを示唆している。藤川氏も「スピードが速いならば、もっと速くなれば絶対に追いつかれない。日本でやるならスピードが大事だ」と、この点をさらに追求していく姿勢を見せた。
もう一つの強みが、日本が世界に誇るIP(知的財産)との連携だ。藤川氏は「IPホルダーとのきめ細やかなコミュニケーションは、日本にいないとできないケアが必要。日本だからこそやれるし、日本のIPを世界に持っていく使命がある」と語る。CharacterBankの三上氏も、「日本のゲームは良さそう、というオーラはある。京都のスタジオとして紹介されたりもする」と述べ、”Made in Japan”のブランドイメージが有利に働く側面もあるとした。
ユーザー視点はあくまでグローバルに持ちつつ、日本の開発現場が持つ「スピード」や「IPとの親和性」といった独自の強みを最大限に活かすこと。それが、日本から世界へ挑むための一つの答えと言えそうだ。
次なる成長への課題とは
巨大なチャンスが広がる一方で、その成長を掴むためには乗り越えるべき課題も存在する。議論の終盤では、各社が直面する課題が生々しく語られた。
クリエイターの作りたいものとの乖離
最も根深く、かつ重要な課題として挙げられたのが、チーム内の意識統一だ。特に、マーケットインで北米の子供向けゲームへと舵を切ったMyDearestの岸上氏は、その難しさを率直に語った。
この転換は、社内に大きな課題も生んだ。「アメリカの子供向けのゲームは、日本人のクリエイターが作りたいゲームではないかもしれない。経営者として儲かればいいのか、と聞こえてしまい、社内にコンフリクトを生む。」と岸上氏は葛藤を吐露する。しかし、彼は「まずユーザーに届けることが重要」という信念のもと、チームを率いてこの困難な変革に挑んでいる。
「自分たちが納得できないものは出したくない」というクリエイターのプライドと、「まず市場に出してユーザーの反応を見ることが重要だ」という経営判断。このギャップを埋め、チーム全体のモチベーションを一つの方向に向けることは、多くの開発スタジオが抱える普遍的な課題だろう。「この危機意識は、日本中のクリエイターが持つべきです」と、岸上氏は語る。
CharacterBankの三上氏も、新しい技術に挑戦したいエンジニアと、カジュアルゲーム開発という事業方針とのすり合わせに苦心していることを明かした。
この課題に対し、UNIVRSの藤川氏が実践する「1ヶ月でゲームを作る」という取り組みは、一つの解決策となり得るかもしれない。短期開発サイクルは、クリエイターが「自分の作りたいもの」を表現する機会を与え、結果としてチームのモチベーションを高めることに繋がっている。会社のビジョンとクリエイター個々の情熱をどう融合させ、一つの強力な推進力に変えていくか。それが、企業の次なる成長の鍵を握っている。
ユーザーを理解し、未来へ
最後に、地理的に離れたターゲットユーザーをどうすれば深く理解できるのか、そして各社が描く今後の展望が語られた。
北米のα世代の見ているものを同期し、社員の子供に遊ばせる
ユーザーを理解するための具体的な手法として、岸上氏が紹介した方法はユニークだった。
「TikTokのタイムラインをアメリカのα世代が見ているものと同じにする。それだけで全然違います。あとは、社員の子供にプレイさせました。開発としては、どこの国の子供でも、面白いものへの反応は大体一緒だと考えていたのです」
データや分析だけでなく、ターゲットが日常的に触れる情報環境に身を置き、ターゲットそのものである子供の素直な反応を見る。こうした地道で本質的なアプローチが、国境を越えたヒットを生むための土台となる。
藤川氏もまた、「ゲーム内で仲良くなったアメリカの男の子がいる。その子のために作ろう、とプロジェクを進めた」という心温まるエピソードを披露。一人のリアルなユーザーとの出会いが、開発チームにとって何よりの指針となり得ることを示した。
各社が描く展望
イベントの締めくくりに、登壇者たちはそれぞれの未来への決意を語った。
「IPを通じて世界中の人たちの夢を叶えたい」と語る藤川氏。「後発組として、既存の土台を破壊するような挑戦をしたい」と意気込む三上氏。そして岸上氏は、「アメリカのα世代という巨大なマーケットに、VRをマーケティングツールとして使い、アプローチしていく。ポケモンがグローバルで成功したように、皆さんと一緒にやっていきたい」と、締めくくった。






