タブレット端末の導入やプログラミングの実践授業など、教育分野にもDX(デジタルトランスフォーメーション)の波が着実に来ている現代。Meta社のヘッドセット「Meta Quest」シリーズは、教育分野でも活用できるのでしょうか? そして、もし活用できるなら、それはどのようなメソッドが必要となるのでしょうか?
そこで、高等学校DX加速化推進事業(DXハイスクール)の採択校となり、XR企業・地元の開発者コミュニティと共に活用を進めている希望が丘学園 鳳凰高等学校(鹿児島県南さつま市・以下鳳凰高等学校)にMeta Questの活用方法について取材をすると、すでに生徒の自主性から次々とXRコンテンツが生み出されているという事実を目撃しました。
「タツノオトシゴXR」をきっかけにステップアップする生徒たち
鹿児島を拠点に活動するXRコミュニティ・XR Meetup Kagoshimaが開発したVRゲームが「タツノオトシゴXR」です。鹿児島の海に住むタツノオトシゴの生態を守るべく、海藻を食べるウニや魚をターゲットに「シャリ」を発射し、お寿司に変えてタツノオトシゴを守る……というユーモラスでありながら教育的なゲームデザインで、海洋環境問題の1つである磯焼けへの関心を促すものとなっています。
このゲームは、鳳凰高等学校の同好会 「鳳凰高等学校サイエンスクラブ」が、2024年7月に行われた中学生向けの体験入学時にXRの世界を知ってもらうためのコンテンツとして採用された実績があります。
当初の取材予定では、この「タツノオトシゴXR」を通じてこの1年でどのような成果を生んだのかを知ることが主な目的となっていました。
ところが現地に到着してみると、今はすでに「タツノオトシゴXR」を使っていないといいます。それどころか生徒が自主的にBlenderやUnity、Unreal Engineの勉強をはじめ、独自のXRゲーム開発に取り組んでいるとのこと。こちらが想定していた以上に生徒の学びはより深い領域へと突き進んでいたのです。
DXハイスクール校として整備した教室の中、近日に迫った2025年度の体験入学のためにBlenderでゲームキャラクターのモデリングを行い、Unreal Engineでゲームとしてまとめていたり、アバターを使ってVTuberのように中学生に学校行事を解説するための動画をVRChatを用いて撮影していたり、3Dペイントアプリの「Open Brush」でデザインのプロトタイプを作っていたりと、多くの生徒が各々に活動している姿が伺えました。
そんな生徒たちの活動を支え、見守っているのが、鳳凰高等学校サイエンスクラブ顧問・中村太悟先生。そして、Meta Questの校内導入や機材の実装などを行っている合同会社monoDukiディレクターで東京オフィス事業責任者の鮫島歩氏です。鮫島氏は、Meta Questや機材の校内導入はもちろん、教育機関におけるXR事例の情報発信や、生徒のメンター的な立ち位置で中長期で支援するサポーターとしても動いています。
中村先生によれば、クラブでの活動は「やらされ感をなくして、彼らの好きを尊重する」ことを重視しているとのこと。
「鳳凰高等学校サイエンスクラブは、『サイエンスクラブ』という名はついているものの、サイエンスに限らず、ゆるく何かの目標に向かって興味のある生徒が参加していくという形態をとっている同好会です。DXハイスクールの採択校となり、以前からお付き合いのあった鮫島さんにご相談をしてMeta Quest 3を7台導入しました。2024年には自治体からの依頼で自動運転バスのラッピングデザインを行ったり、体験入学で生徒が中学生にXRのことを教えたり、VTuber動画を作って学校のことを発信するといったことを1つずつやってきました」(中村先生)
「XRを学べる学校が鹿児島・南さつま市にある」という情報発信を積極的に行ってきたことが影響したのでしょうか。2025年にはUnreal Engineの扱いに長けていたり、3D CGモデリングに興味がある1年生が入学してきました。そこで2025年の体験入学では、生徒が開発したゲームで中学生を迎えようという話になったそうです。
「実は2024年のときに鮫島さんと、来年は自分たちで作ったコンテンツを使えたらいいですね、っていう話をしていたんですよ」(中村先生)
また、鮫島氏によれば、高校にMeta Quest 3を導入したのは、低コストかつ安定した操作感である点を評価したとのこと。さらに生徒が活発に移動しながら体験したり、友人同士でコミュニケーションを取りやすかったりと「現実空間が見える」という点でパススルー機能のあるヘッドセットであることがマストの条件だったと言います。結果、Meta Quest 3を装着したまま隣りにいる生徒同士で気楽に会話するクラブの雰囲気を生み出せたと言えるでしょう。
「作ったことがないものを作ってみたい」 育まれる生徒たちの挑戦心
和気あいあいと各チームが自分たちの担当業務を進めるなか、生徒のみなさんに何をしているのかをお聞きしました(※以下「」中の太字は聞き手の質問です)。
「(今はどんな作業をしているのですか?)VRChatのなかにある学校のワールドで撮影をしています。声優担当の子の喋りにあわせて、演者役の子がMeta Quest 3を使ってアバターを動かしていきます。それをOBS(※キャプチャツール)で録画しています」(クラブ開発ゲーム紹介動画制作チーム)
「(なぜ動画を作ろうと思ったのですか?)僕はこのクラブに入るまでVRのブイの字も知らなかったんですよ。同じような環境の中学生に、いざVRのゲームができるよといっても、現実味がないと思うんですよね。でもこういうPR動画があれば、パッと見ただけでVRというものがわかってくるし、VRってゲームだけじゃなくていろんな使い道があるよ、というのが伝えられると思ったんですよね」(クラブ開発ゲーム紹介動画制作チーム)
「(VRChatに興味をもった動機を教えてください)去年、スタンミさんの動画を見てVRChatに興味を持ちました。PCではじめてみたら友達がいっぱいできてよかった。でもVRでもやってみたいと思ってお金を貯めて、受験が終わった今年の3月にMeta Quest 3を買いました。(アバターで演技をするのは、どんな感じですか?)うーん。まわりに人がいると恥ずかしいですね。(これからVRChatでやってみたいことはありますか?)自分でいちからアバターを作って、BOOTHで販売してお金を稼ぎたいですね」(アバター演者)
「(3DCGの作成は難しくないですか?)Blenderを初めて触ったときは一個一個理解するのは大変で、難しかったんですけど、最近は少し、本当にちょっとだけできるようになったので、楽しいという気持ちになってきました。自分の思った形がこう、3D CGで形が整っていくところを見るのが楽しいです。(最初に参考にした本とか動画ってありますか?)YouTubeで学びました。分かりやすい動画が解説しているとおりに押し出しをしたり点を増やしたり、ちょっとずつやっていきました」(モデリングチーム)
「(ゲームのステージやアイテムを作っているんですね)もともと物を作ることをずっとやってきたので、人や魚のモデリングは他の人にお願いして、チームで制作しています。(3D CGでモデリングをはじめたきっかけを教えてください)現実で作るとなるとお金がかかるけど、3D CGだったらお金をかけずに好きなものが作れるからですね。(技術はどうやって学んでいったのですか?)僕の場合はYouTubeで学んでから作ってみて、一回消してまた作るというのを繰り返しました。(これからどんな3DCGをモデリングしてみたいですか?)作ったことがないものを作ってみたい、という気持ちが強いですね」(モデリングチーム)
「(バスのラッピングデザインのことを教えてください)最初にみんなで候補となる南さつま市らしいコンセプトアートをタブレットに描いて、そのなかからみんなで決めました。(Open Brushを使ってデザインを作り上げたと聞きました)XRに慣れてなかったというのもあったけど、Meta Quest 3だと外も綺麗に見えるし、そこに実物大のバスのモデルを置いて描くこともできるから、実際に走るバスの姿を想像しながら作業できたのもよかったです」(ラッピングデザインチーム)
「(いつからゲームエンジンに触れてきたのですか?)10年前です。本格的に触り始めたのは5年前ですね。(自分でゲームを作ろうと思ったのですか?)当時、何かのバトルロイヤル系FPSをやっていたんですよ。でもそのゲームは、バランスが崩れたゲームだったんです。しかもアップデート時に本来なら弱いキャラがさらに弱体化されました。なんかおかしくないかな、僕がもしこのゲームを作るならこうするのにな……って考えて、Unity、そしてUnreal Engineを使い始めました。(いま開発しているゲームのことを教えてください)南さつま市の野間池漁港で獲れるタカエビをテーマにしました。タカエビは深海に住むエビですが、水揚げをするときに他の深海魚も獲れちゃう。けれど市場価値が低くて商品としては売られずに捨てられてしまう状況なんです。本当は美味しいのに。そこで、サイエンスクラブが取り組んでいる深海魚プロジェクトを手伝いたいという気持ちもあって、深海魚仕分けゲームにしました」(ゲームプログラミングチーム)
実際に深海魚仕分けゲームで遊んでみたところ、XR機器の扱いに長けている人でも手応えを感じながら、誰でも目標点数をクリアできるというバランスでまとまっており、これは中学生でも、その保護者や学校の教員、またはXR系イベント展示時に腕のあるXRゲーマーでも満足できるものだと感じました。
Meta Quest 3の導入1年、生徒の積極性も生み出した
2024年の体験入学で「タツノオトシゴXR」でXRを初体験して、「XRってすごい。海に入らなくても海のことがわかるじゃんって思った」という中学生が、いま鳳凰高等学校の高校1年生となり、先輩たちと共に来年入学する新1年生のことを思いながらXRコンテンツ制作に取り組んでいます。
Meta Quest 3によるXR体験を通じて生徒たちにXRへの強い期待感を抱かせた鳳凰高等学校サイエンスクラブの取り組みについて改めて、中村先生に伺いました。
「世界的にXR分野が発展をしてきているなか、教育も変化しないといけないと思うんですね。紙とペンを使ってた時代からより一歩上のステージに入っているというか、時代が進めば教育の内容も変わらないといけない」(中村先生)
鳳凰高等学校は普通科、看護科、文理科を擁する教育機関です。工業系教育機関のように、技術を学ぶ目的で受験をする学生は少ないでしょう。しかしXRビジネスが時流にのるなか、今後は就職時にXR関連部署に配属されるケースも考えられます。都市部の学生とのデジタル格差を埋めるのも、この取り組みの目的の1つ。これは地方の中学、高校が直面する切実な課題です。そのようなとき、鳳凰高等学校の生徒は時代のニーズに合った人となれるようにと中村先生は考えました。
「デジタル分野の技術には、コミュニケーションを円滑にするのが目的のものもあります。それを考えると、教養として新しいデジタル機器や技術を知っていった方がいいと思うのです。それがデジタルの領域の就職機会を増やすことにつながるでしょうし、その後の将来の人生設計にも役立つでしょう」(中村先生)
直接話すのは難しいけど、アバターの姿なら自分の感情を出せる。コミュニケーションテクノロジーとしてXRは大いに優れている存在ですが、導入1年でその成果を感じてきているともいいます。
「今年の入学当初、教室の中ではとてもおとなしい生徒がいました。その生徒がVRChatをやっているというので、『みんなにVRChatを教えてくれないか?』『VRChatで、ゲームの解説動画を作ってみたらどうか?』と声をかけてみました。すると他の生徒とコミュニケーションを積極的に取るようになったんです。VRChat体験会のときも生徒のサポートにまわりながら、自分でも楽しみつつ、みんなにその楽しさを伝えることをやってくれました。Meta Quest 3のようなデバイスがあったからこそ、みんなと仲良くなって表情も明るくなって、それがとても嬉しかったですね」(中村先生)
しかし気になる点もあります。そのひとつが、Meta Quest 3についてあまり知らない教育関係者には、デバイスがクリエイティブなコミュニケーションツールとして活用できるものではなく、ゲーム機として捉えられてしまうのではないかというものです。鳳凰高等学校は教職員数が100人を超える大規模高校です。故に、教職員の中にも様々な認識、価値基準が交差する場ともなっています。ゲーム機としても使えるデバイスの導入に抵抗はなかったのでしょうか。取材時に同席されていた普通科未来探究コース長の久保田先生に伺いました。
「ゲームが教育とどう結びつくのか、といった空気はありました。しかし実際にMeta Quest 3でXRを体験してみたり、生徒が中学生に何かものを教えたり、ゲームや動画制作を通じて交流が深まっていくのを目の当たりにすると、社会に出るためのトレーニングとして使えるツールなのだという認識が少しずつ広まっています」(久保田先生)
また、中村先生によれば、クラブ活動中は基本的に自由に活動してもらいながらも、生徒ごとに得意なことを活かしながら何らかの作品や企画づくりに貢献できるようなきっかけづくりを考えているそうです。「好き」を尊重しつつも、それが生徒たちにとって良い学びや楽しい思い出に繋がるものになるよう、日々親身にコミュニケーションを取られているそうです。
そのようにMeta Quest 3を軸に、生徒が自主的に作品や発表物を製作し、周りに広めることで、教育機関内でXRの理解者を増やしているようです。
「デジタルで楽しみながら学べるXRコンテンツには、社会や地域への貢献という側面があり、教育にも十分に活用できると実感しています。弊校では、学校設定科目の探究の中でMeta Quest 3などのデバイスを活用し、地域にどのように貢献し、それをどう発信するかを生徒自身に考えてもらう予定ですが、サイエンスクラブが開発した深海魚ゲームもその一例となります。弊校では、用意されたコンテンツを消費するだけではなく、自らコンテンツを作り上げる過程にも教育的価値があると考え、生徒の自主性を重視した取り組みを続けていきます」
鳳凰高校学校の推し進めるようなXRを活用した教育のDX化が全国各地の高校に浸透するには、機材の管理体制の徹底、教育関係者や保護者の理解、デジタル技術に精通した人材の確保、生徒たちの学びを導くための教育者側の教育など、現実的に様々な課題があり、それらひとつひとつをクリアしていく必要があります。鳳凰高校学校の場合、担当顧問の先生方のモチベーションの高さとXRに関する理解の深さ、さらにmonoDukiという外部企業とうまく連携しての支援体制づくり等、さまざまな要因がうまく噛み合っていることが成功の要因になっていると感じました。
高校の外側からサイエンスクラブを支援し続けてきた鮫島氏は、教育現場に普及していくポイントとして、以下のように語りました。
「現場に入って、先生方が非常に忙しいということを強く実感しました。どんなに素晴らしい技術でも、業務量が増えるだけでは普及しません。本当に生徒のため、学校のため、そして先生自身の業務改善につながる設計が必要です。そこで鳳凰高等学校サイエンスクラブの取り組みでは最初に生徒向けに体験会を実施し、Meta Quest 3導入時には先生向けの体験会を行いましたが、このときに先に体験会に参加した生徒にサポートをお願いしました。先生が『自分たちが学んでから生徒に教えなくちゃいけない』という考えではなく、生徒と一緒に先端を学んでいくような、一緒に何がどう活用できるかを考えていくという空気感の醸成を大事にしました。生徒のためになり、学校のためにもなる。そして先生自身の業務改善や効率化にもつながる。教育現場におけるXRの普及には、その設計が重要になると感じています」
教育現場にもMeta Quest 3/Meta Quest 3Sが欠かせない時代に
Meta Quest 3/Meta Quest 3Sは、コンシューマー向けに販売されているXRデバイスですが、比較的低価格でありながら高性能かつ堅牢な設計で、教育用途にも非常に適した製品です。現在では、メーカーであるMeta自身が、ハードウェアとソフトウェアを統合したソリューション「Meta for Education」を展開しており、セキュリティを重視する企業や組織でも安心して運用できる環境が整いつつあります。
もし教育現場へ導入したいとお考えであれば、Meta Quest 3/3SとMeta for Educationの組み合わせは、非常に有効な選択肢となるでしょう。また、企業のDX推進の一環としてXRデバイスの活用を検討している場合は、Meta Horizon Managed Solutionsについて一度問い合わせてみることをおすすめします。












