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業界動向 2019.03.22

「春高バレーAR」に見る超低遅延配信技術と5Gの可能性

3月15日(金)、超低遅延ライブ配信技術に関するセミナー「Xデー勉強会〜ライブ配信による新サービスの創出へ〜」が都内(東京カンファレンスセンター品川)で開催されました。本セミナーには通信事業者やテレビ局、コンテンツ配信事業者らが参加し、各企業のエンジニアや事業企画担当者らが登壇。2019年1月にKDDIとフジテレビが実施した「春高バレー2019」における“AR観戦”の事例紹介や、超低遅延ライブ配信技術が切り開くビジネスの可能性について議論されました。


(向かって左からライムライト・ネットワークス・ジャパンの加藤久雄氏、スポーツブランディングジャパン日置貴之氏、東京MXの服部弘之氏、KDDIの川本大功氏)

スマホで手軽にAR観戦

KDDIは2019年1月12・13日に開催された「ジャパネット杯 春の高校バレー 第71回全日本バレーボール高等学校選手権大会 (以下 春高バレー)」の準決勝・決勝戦で、スマートフォンや会場に設置された専用端末で楽しめる「AR観戦」を実施しました。セミナーに登壇したKDDI株式会社の川本大功氏は、「身近なデバイスで誰もが手軽にARを楽しめるようにすることを最重要視した」と言います。

「昨年10月札幌ドームで、スマートグラスを用いた野球のAR観戦の実証実験を行いました。耳元で実況や解説の音声がきれいに聞こえるなど、参加者にはたいへん好評だったのですが、一方でなじみのないデバイスに戸惑う声も多かった。今回の春高バレーではこうした反響を踏まえ、身近なスマホを使ってAR観戦を楽しんでいただけるようにしたいと思ったんです」と川本氏。

さらに、春高バレーのAR機能は専用のアプリなどをダウンロードする必要のない、Webベースのサービスとして提供しています。「試合会場のように通信が不安定な環境で、お客様に大容量のアプリをダウンロードしていただくのはハードルが高い。Wi-Fiも使わず、4G回線だけで特設サイトにアクセスできるようにしました」(川本氏)。

春高バレーARの機能/特徴

春高バレーのAR機能は、会場などで配られたチラシに印刷されたQRコードからAR観戦専用の特設サイト(※イベント終了に伴い、現在は閉鎖)にアクセスすることで利用できました。

機能面の特徴は主に次の4つです。

1.好きな視点から試合が見られる「視点ジャンプ」機能

コート両サイドのエンドライン後方に据えられた2台のほか、計3ヶ所に据えられたカメラからの映像を、スマートフォン上で自在に切りかえて観戦できる機能です。

2.応援を可視化する「ARエール」機能

スマートフォンのカメラをかざし、会場内のAR空間にマスコットキャラクター「バボちゃん」のスタンプを投稿して応援する機能です。バボちゃんのスタンプには「日本一」や「よしっ!」などのひとことメッセージが添えられています。なお画面上には、会場に来ている自分以外の人の応援も表示されるので、会場内の盛り上がりが視覚的に把握できます。「選手を応援する際、歓声や拍手だけでなく、こうしたスタンプを送ることで応援を可視化しようと考えました」(KDDI川本氏)。

3.スコアと実況でリアルタイムに戦況把握

会場で観戦すると試合の盛り上がりや熱気が直接味わえるという大きなメリットがある反面、テレビと比べて戦況が分かりにくい場合があります。春高バレーARでは試合の流れが一目でわかるよう、スコアの推移がAR空間上でリアルタイムに見られたほか、テキストでの実況も合わせて閲覧できました。

4.4DREPLAY

決勝戦では「4DREPLAY」の技術を活用、40台のカメラで撮影された様々な視点の映像が、招待客用に配備された専用のタブレットへ配信されました。来場者は専用タブレットを利用することで、目の前のリアルな試合と合わせ、多角的な視点から観戦できる仕組みです。

なお「4DREPLAY」はタイムスライス方式と呼ばれる技術により、短い処理時間で多くの視点の映像を生成し、さまざまなカメラアングルで映像を鑑賞できる機能です。「視点ジャンプ」の映像は3箇所に固定されたカメラからの映像をユーザーが好きなように切りかえて見るものでした。カメラ1からカメラ2に切りかえると、視点が一方から他方へ文字通り非連続的に「ジャンプ」するわけです。

一方「4DREPLAY」では、ユーザーが自分の意思で視点を切りかえることはできませんが、視点の動きは連続的です。球場内をなめらかに移動していくドローンのカメラから撮った映像をイメージすると近いかもしれません。

こうしたARならではの機能により、より多彩で多角的に試合を楽しむことができるようになったのです。

春高バレーARを可能にした超低遅延ライブ配信技術

春高バレーARの実現を可能にしたのは、ライムライト・ネットワークス・ジャパン(以下ライムライト)の超低遅延ライブ配信技術でした。

ライムライト社は2018年9月、セッションの確立やデータ到達の確認を逐一せずにデータ送信を行うデータ転送プロトコルUDPと、動画・音声などのリアルタイムコミュニケーションをWebブラウザで実現するWebRTC技術を組み合わせ、30秒から40秒程度の遅延が当たり前のネット動画配信において、1秒未満という超低遅延配信が可能な「LIMELIGHT REALTIME STREAMING」の提供を開始しました。春高バレーARにはこの技術が使われています。

ライムライトのシニアソリューションエンジニア山田晃嗣氏は「双方向のチャットやARなど、多様に展開できる可能性に満ちた技術だ」と自信をみせました。

そもそも、なぜネットの動画配信では遅延が発生するのでしょうか。まず前提として、動画のデータは量が非常に多くなりがちです。大量の荷物を送るには、バイク便でなんどもピストン輸送するより、大型のトレーラーに荷物をまとめて一度に運ぶ方が効率が良い。ネットでも事情は同じで、通常はデータを「パケット」と呼ばれるある程度の塊にまとめてから宛先に送るという方法でデータをやりとりしています。この大量のデータをパケットにまとめるために時間がかかり、数十秒の遅延が発生しているのです。

この問題に対し、ライムライトは通信の効率よりも速度を重視するべくWebRTCを採用し、UDPを利用してデータ転送することで動画データを溜めずに(つまりパケットにまとめるために待つことをせずに)ひたすらネットワークに流し続けていくことで、1秒以下の超低遅延を可能にしたのです。
(ライムライトの山田晃嗣氏)

春高バレーAR観戦で明らかになった課題と5Gの可能性

KDDIの川本氏は春高バレーARを振り返り、「Limelight Realtime Streaming」の超低遅延技術を「実測でも1秒未満だった」と高く評価するとともに、課題もあげました。
「ずっと同じストリームを見ているぶんには超低遅延なのだが、「視点ジャンプ」で3台のカメラのストリームをお客様が切りかえる際に、サーバーとのセッションを作る時間が数秒かかってしまい、スムーズに切り替えられなかった」(川本氏)。

こうした課題の解消に、5Gが果たす役割は大きいと見られています。5G通信は日本でも順次導入予定で、「高速・大容量」、「多接続」、「低遅延」といった特徴があります。データ転送の高速化、大容量化に伴い、VRや4Kなどでよりリッチな映像体験が可能になると期待されている通信システムです。

KDDIの川本氏は「5GはスタジアムでのAR観戦と非常に相性がいい。多接続が可能になれば、お客様も選手もスタッフもさまざまなIOTデバイスを繋げて、一本のシステムの中でいろんな体験を提供できる。またスコアなどスタッツ情報を表示する機能や映像の切りかえ時の低遅延化も進み、より高度なインタラクションを作ることができる。5Gを使って、スタジアム内外をもっとワクワクする場所にしていきたい」と意気込みを語りました。

またライムライトの山田氏は「5Gでライブ市場はますます拡大していく。スポーツ観戦はもちろん、ゲームやE-sports、さらに、多少の遅延は問題ないと考えられがちな講演の配信などでも、超程遅延技術を利用すればリアルタイムで質問を受け付けたり、よりインタラクティブなやりとりができる。多様な業界と組み、新たなビジネスの可能性を切り開きたい」と述べました。


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