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VTuber 2024.12.28

結局何が問題なのか? VTuber関係者全員が知っておくべき「下請法」「フリーランス新法」を弁護士が解説

2024年10月、ホロライブ運営のカバー株式会社が、公正取引委員会から下請法違反で勧告を受けるという事態がありました。カバー社側が下請事業者に対して、VTuber動画制作用のイラストや2D・3Dモデルの作成を依頼する中で、243回(下請事業者23名に対する合計)のやり直しを要求したことなどが問題として挙げられました。そもそも、この下請法とはどのようなもので、VTuber事業に携わる人々は何に気を付けるべきなのでしょうか?

今回、弁護士の関真也氏に、「下請法」「フリーランス新法」に関して、注意事項を含めてお話をお聞きしました。

——まず、下請法とはどういう法律なのでしょうか?

関真也:
簡単に言うと、力の強い事業者が取引相手に対して一定の業務を委託するときに不当な取引を強いることがないようにするため、発注者側の義務や禁止事項などを定めている法律です。正式名称は「下請代金支払遅延等防止法」といいます。

——VTuber事業との関係で、下請法に注意すべきなのはどのような人ですか?

関真也:
現在、下請法の適用対象になる取引は、取引の内容と、その取引を行う事業者双方の資本金規模の2点で類型的に決められています。

まず、取引の内容からみて適用対象となるのは、「製造委託」、「修理委託」、「情報成果物作成委託」、それから「役務提供委託」の4類型があります。VTuber事業との関係で言うと、このうち「情報成果物作成委託」が当てはまるものが多いと思いますので、今回はこれに絞ってお話します。

「情報成果物」の具体例としては、イラスト、アバターモデル、映像コンテンツなどがあります。仕様、内容などを指定してこれらの作成を依頼すると、「情報成果物作成委託」となります。逆に言うと、完成済みのアバターをそのまま売買する取引は、委託側が仕様、内容などを指定していないので「情報成果物作成委託」ではなく、下請法は適用されないことになります。

次に、資本金規模からみて下請法の適用対象となる情報成果物作成委託(プログラムを除きます。)かどうかを見分けるイメージは、次の図のようになります。「親事業者」というのが情報成果物の作成を依頼する側、「下請事業者」がこれを受ける側です。


(出典:公正取引委員会のウェブページ「下請法の概要」より。)

このように、下請法の適用を受けるかどうかはある程度形式的に判断できるので、あまり難しく考えず取引ごとにしっかり確認するようにすればリスク管理に役立ちます。

——親事業者は、資本金を1千万円以下に設定すれば下請法は適用されないということですか?

関真也:
現行法上は、そういうことになります。同様に、依頼を受ける側の資本金が1千万円未満であれば、下請法は適用されません。

ただ、いわゆる「トンネル会社」の規制のように一部例外はあるので注意が必要です。

また、最近では、意図的に資本金額を設定することで下請法の適用を逃れる事例があることなどを背景に、新たに従業員数を基準に下請法の適用対象を区別する仕組みの導入が検討されています。今のところ資本金規模によって下請法の適用対象外となる事業者も、法改正の動向には注意する必要があるでしょう。

——下請法が適用される場合、親事業者にはどのような規制があるのですか?

関真也:
いろいろな義務や禁止行為などがあるのですが(公正取引委員会のウェブページ参照)、主な義務として発注書面の交付義務があります。

これは、親事業者が情報成果物作成委託等をした場合に、その情報成果物の仕様その他の給付の内容、下請代金の額、支払期日及び支払方法その他一定の事項を記載した書面(一般に発注書面、3条書面などと呼ばれます。)を、下請事業者に対して直ちに交付しなければならないという義務です。親事業者の行為が禁止行為に当たるかどうかを判断する基準になることも多いので、この発注書をきちんと交付することはもちろん、その内容も非常に重要です。

また、禁止行為としては、一部例を挙げますと、受領拒否の禁止、下請代金の支払遅延や減額の禁止、不当なやり直しの禁止などがあります。

——先の事例では「不当なやり直しの禁止」が問題となりましたが、これはどういう規制でしょうか?

関真也:
親事業者は、下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに、下請事業者の給付を受領した後に給付をやり直させることによって、下請事業者の利益を不当に害してはなりません。これが「不当なやり直しの禁止」です。

VTuber関連のイラスト、アバター、映像コンテンツなどの情報成果物に関して言えば、親事業者が、下請事業者(クリエイターなど)から作成を委託した情報成果物を受領した後に、その修正を指示するなど作成のやり直しをさせることが想定されます。

いまご説明したとおり、下請事業者にやり直しを求めるのが禁止されるのは、「下請事業者の責めに帰すべき理由がない」場合です。たとえば、発注書面に記載した仕様を充たさないイラストが納入されたときに、親事業者が下請事業者に対してその仕様を充たすように修正するよう求めることは、不当なやり直しには該当しません。

また、やり直しをさせる場合であっても、そのやり直しに必要な費用を親事業者が負担するのであれば、下請事業者の利益を不当に害することにはならないので、不当なやり直しの問題にはならないとされています。

——VTuberに関わるコンテンツの制作において、「不当なやり直し」の問題が発生しやすいのはなぜでしょうか?

関真也:
コンテンツの制作を開始する最初の段階で、コンテンツの仕様を詳細に確定させることが困難だという事情があります。

たとえば、VTuberの所属事務所が、新しくデビューするVTuberのアバターの作成をクリエイターに依頼する場合、当初はざっくりとしたコンセプトやイメージしかなく、具体的なキャラクターデザインはほとんど決まっていないというのがむしろ通常なのではないでしょうか。発注後に演者など関係者の意見も入ってきたり、紆余曲折を経ながら、最終的なアバターの内容が作成過程の中でどんどん具体化していくこともあるでしょう。

このような場合、発注時点で交付すべき発注書面にアバターの具体的な仕様を記載することはできません。しかし、実際に納入されたアバターが、発注書面に記載されている、ざっくりとしたコンセプトやイメージを充足しているのであれば、クリエイターは発注書面どおりにアバターを作成して納入したといえます。それにもかかわらず、その作成をやり直させるのは、「下請事業者の責めに帰すべき理由がない」ので、「不当なやり直し」の問題を生じ得ることになります。

——難しい問題ですね。そのような場合、親事業者としては、どのように対応すればよいのでしょうか?

関真也:
おっしゃるとおり実務として運用していくのはとても難しいのですが、下請法上の考え方としては、たとえば次のような対応があります。

まず、発注段階では、その時点で確定している仕様を可能な範囲内で発注書面に記載しておきます。そして、作成の途中で、方向性やコンセプト、キャラクター設定、ラフ、案出しなどの中間的な成果物を適宜共有し、親事業者の確認を経ながら仕様を具体化していき、これを補充的な仕様書等として確定させていくという手法があります。

こうして仕様を具体化させていったことにより、発注当初に想定された費用を超える費用が発生した場合には、双方が十分に協議した上で合理的な負担割合を決定し、これに従って親事業者も費用を負担することが求められています。この費用負担の考え方については、契約法務その他実務運用上さまざまな工夫がされています。

——今回のカバー社の事例について、一部バーチャルエンタメの製作に関わっているクリエイターによる「これまで問題視されていなかっただけで、さまざまな企業で慣例として起こっていた」といった意見もSNSでは散見されました。特にフリーランス側は「企業からの業務の正当な引き受け方」といった学習機会を得ることが少なく、法的な問題が起きたとしてもそれに気づかないままという問題があるように思います。この現状については、どのようにお考えでしょうか?

関真也:
たしかに、実際にトラブルにならない限りは、取引は順調に進んで報酬も支払われていきますので、クリエイター側にも特に不利益はなく気にする必要もないというケースも多いと思います。それでも、トラブルになれば最初に不利益を受けるのはクリエイター側であることが多いと思われますので、それに備えて、実際のトラブル事例などをもとに各自学習するのがよいと思います。

他方、規制を受けるのは発注側ですので、発注側はしっかり対応する必要があります。とりわけ、下請法は、発注側の類型的な優越的地位に着目して公正な取引を迅速に実現するための法律であるため、ある種、形式的な運用が行われている側面があります。たとえば、クリエイターが合意しているという発注側の言い分は、下請法上あまり有効でないことが多いです。クリエイターが何も言ってこないから、あるいはクリエイターも合意しているからという理由で、下請法上求められる発注書面を交付しなかったり、禁止行為をしてしまったりした場合、当局から調査や措置請求、勧告・公表等を受けるおそれがあるため、注意が必要です。

——今年の11月から「フリーランス新法(正式名称「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」)」が制定され、各企業とフリーランスで働く人たちとの間での契約や請求書関連の手続きなどがより厳格化した印象です。もし、フリーランス業態で活動している個人VTuberや個人クリエイターが、企業のPR案件業務を引き受ける場合などは、今後どのようなことに気をつけるべきでしょうか?そもそものフリーランス新法の概要とともにお聞かせください。

関真也:
フリーランス新法も、下請法と同様に、発注側は給付の内容、報酬の額、支払期日その他の事項を明示しなければならない義務を負いますし、受領拒否、報酬減額、不当なやり直しなども禁止されています。

もちろん、下請法との違いもあります。

たとえば、下請法では資本金によって適用対象者が限定されていましたが、フリーランス新法ではその限定がありません。細かい内容は省略させていただきますが、従業員のいない個人事業主や一人会社に対して業務を委託する限り、発注側が個人事業主であろうと資本金の少ない会社であろうと、フリーランス新法による規制の対象となります。たとえば、個人VTuberが個人クリエイターにアバターの作成を依頼する場合、下請法は適用されませんが、フリーランス新法は適用されます。

また、フリーランス新法では、物品の製造・加工や情報成果物の作成のほか、自らに役務を提供させることを含めて、役務の提供を委託することを広く対象としています。たとえば、下請法では、アニメーションの制作に必要な声優の役務を他者に委託する取引は適用対象ではない場合がありますが、フリーランス新法では、これも適用対象になり得ます。

このように、フリーランス新法では、個人VTuberや個人クリエイターが、受注側として下請法と同様の、あるいはさらに広い“保護を受ける”地位に立つことに加えて、発注側となる場合には“規制を受ける”地位に立つケースが出てくることにも十分注意すべきです。

——最近では、VTuber業界だけの例に限らず、「企業からこういった不当な要求があった」「○○社からひどい条件の契約を出された」といった裏側の事情を暴露するような当事者からの書き込みがSNSで行われ、それが大きな炎上を生み出すきっかけになることがあります。また、特定のインフルエンサーが、それらを自身のメディアで取り上げるケースも目立っています。実際のところ、そういったSNSでの裏側事情の暴露は、法的な観点から見て、“やっていいこと”なのでしょうか?

関真也:
法的に常に許されるとは限りません。たとえば、暴露された側の社会的評価を低下させるような暴露をした場合、その目的や諸々の事情にもよりますが、たとえそれが真実であっても、名誉毀損として損害賠償など民事責任や刑事責任の対象となる可能性はあります。

また、秘密として管理されている非公知の有用な情報を暴露することは営業秘密侵害になるおそれがありますし、契約において秘密情報として取り扱うことが求められる情報であれば契約上の責任を負う可能性もあります。

——解説ありがとうございました。


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