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テック 2018.11.30

約65万円の網膜投影ARグラスはどの程度売れたのか?担当者に訊いてみた

富士通x東大の産学連携からのスピンアウトベンチャーQDレーザは、2018年8月に網膜投影型のARグラス「RETISSA Display」の予約販売を開始しました。価格は約65万円。法人向けと合わせてアスキーストアでのオンライン販売、また10月末からは30ヶ所で眼鏡店での店頭予約受け付け、デモ機展示も始まっています。

RETISSA Displayの最大の特長は、市販品としては初の網膜投影型のARグラスという点。ARデバイスには様々な表示方法がありますが、網膜投影型のデバイスとして市販されるデバイスはこのRETISSA Displayが初ということになります。直接、映像を網膜に照射するため、視力が弱い人でもクリアに映像を見ることができ、またデバイスのサイズが小さく抑えられるところも他のデバイスと異なる特長です。

新技術にふさわしい価格設定というところで、実際に市販されたこのARグラスがどの程度売れたのか、QDレーザでセールスエンジニアを務める手嶋伸貴氏に話を聴きました。


(QDレーザ・手嶋伸貴氏)

話題のRETISSAは実際にどれくらい売れたのか?

一般受注の売れ行きについて、価格帯や出荷がまだ始まっていないこともあり、反響ほど売れているというわけではないようです。一方、「個人で複数台予約されている方もいる」(手嶋氏)とのことで、新技術として注目している層からは購入が進んでいることをうかがわせました。先行して販売していた法人向けの受注は「滑り出しとしては順調で、数十件くらいの受注もいただいている」と手応えを感じている様子。積極的にデモ機を持って各企業を回り、数十件の受注を獲得していると語りました。

QDレーザがRETISSA Displayを受注している企業は多岐にわたっています。網膜投影の特徴であるフォーカスフリー(視力を使わない)用途で、視覚障碍者を含めた見えにくい人の視覚サポートや、医療や福祉関係の用途を検討している企業、そしてAR用途で作業支援を考えている企業からの受注が進んでいるとのこと。VRヘッドセットを扱っているメーカーからも関心が寄せられているそうです。

QDレーザとしては、現在はデバイスの提供に注力し、ディスプレイを販売しているというスタンスをとっています。各企業がRETISSA Displayをどのように使っているかまでは把握できていないものの、今後はフィードバックをとっていくとのこと。

法人向けには手応えを感じている一方で、QDレーザでは「RETISSA Display」はまだ初期段階にあると考えている、と手嶋氏。「1社が大量導入するようなモデルではなく、次のモデルや、次の次のモデル、もしくは大企業との独自モデルの製造を想定している」とも話しました。

一般販売に踏み切ったワケ

RETISSA Displayの価格は65万円。法人向けだけでなく一般発売に踏み切ったことは、驚きをもって受け止められました。そこには、未知の市場を切り拓くがゆえの苦悩があったといいます。

QDレーザはレーザーモジュールを販売してきた企業で、B2B向けのビジネスを基本的に主としてきました。そんな中網膜投影技術は医療機器としての展開を目指していましたが、医療機器に限らずB2Cの商流構築を行い、サポート体制を敷くのは初めてのことで、思うように進まなかったとのこと。また、医療用途ではない引き合いも多く、それに対応することも必要でした。そこで、販売体制を徐々に構築するために、テストマーケティングも兼ねて「RETISSA Display」の一般販売に踏み切ったのだとか。


(一般販売の予約サイト。アスキーストアにて)

社内的にはギリギリの価格設定で、「(網膜投影デバイスは)初物なので、価格設定が難しかった。あの価格でも高いとみるか低いと見るかは人それぞれ。我々としては儲けようと思ってつけた価格ではない」と手嶋氏は振り返りました。

網膜走査型「ビジリウムテクノロジー」に見せる自信

QDレーザがRETISSA Displayで初めて世の中に送り出した網膜走査型のARデバイス。同社はその網膜投影技術を「ビジリウムテクノロジー」(商標取得済)と呼んでいます。


(ビジリウムテクノロジー概念図)

ビジリウムテクノロジーでは、3原色のレーザービームを投射し、その出力を調整して色を作っていきます。瞬間的には1本のレーザービームが当たっているだけで、非常に細かく安全なレーザーが網膜上をブラウン管TVのようにラスタースキャン(※)をしています。全てのレーザービームが水晶体の中心を通過するため、網膜で直接見ることが可能となり、水晶体の屈折力の影響を受けにくいため、視力が悪くてもクリアに見ることができる「フォーカスフリー」が実現します。

https://www.youtube.com/watch?v=FRhVjbXtTgI

自動車産業等のユーザーからは「HoloLensなどの既存デバイスでは視界のコンテンツ投影位置が淡く光る黒浮きという現象があるが、網膜投影では、コンテンツの黒い部分は原理的になにも仕事をしないため、そのような現象が起こりにくく、自然に視界にコンテンツが溶け込む」といった、当初あまり重要視していなかった特長も評価されているとのこと。

網膜投影のARデバイスというと、筑波大で落合陽一准教授らが研究を進めているデバイスなど、研究開発段階のものが複数存在します。手嶋氏によるとビジリウムテクノロジーの仕組みは「基本原理は同一のものと考えています」。一方QDレーザの強みとして「網膜投影は技術として1980年代から研究されており、実験室系やプロトタイプは存在していた、一般の方が使用できるものを目指して、レーザプロジェクタを小型化し、メガネの内側に実装して販売したのは弊社が初めて」と、実際に製品化にこぎつけた技術力について説明していました。

一方、弱点もあります。フォーカスフリーであるがゆえに、投影系は瞳孔の中心を通る必要があり、黒目を動かしてしまうと映像が消えてしまう「アイボックス」の問題があります。視力に依存しない映像(フォーカスフリー)とトレードオフとして発生するものではありますが、たとえばアイトラッキングを使って、常に瞳孔の中心にレーザーを照射することも将来的には可能になるかもしれません。

また、視野角は現在水平視野角で25度です。手嶋氏によると視野角も広げることは技術的に可能だが、画面を広げすぎると、見方によってはアイボックスとの競合が起きてしまうため、現状のユースケースや開発状況を鑑み、ひとまず25度を適切な視野角と考えているとのことでした。

QDレーザの今後

QDレーザーが最終的に目指しているのは、「光学系を小さくしていき、普段かけているメガネの内側に引っ掛けられるようない小さなモジュールにしていくこと」と手嶋氏。RETISSA Displayもメガネを意識したデバイスですが、HMDのような形ではなく、デザイナーにも加わってもらって、かけていて恥ずかしくないデザインを意識をしていたようです。

その道は「今後検討しないといけない事項はかなりはっきりしているし、技術的にどうやって解決すればいいかもわかっているので、難易度の大小はあれ着実に一個一個こなしていく」と語ります。ARのヘッドセットをそのものをデザインしていくことにはかなり困難な道が待ち構えていることが予想されており、モジュールの単体提供も含めて具体的な検討が進んでいるようです。

価格に関しても主要な部材は半導体とプラスチックで構成されていることから、出荷台数が伸びれば「階段状に安くなっていく」とのこと。需要増に応じて価格が下がっていくことにも期待できそうです。

そんなQDレーザが次に見据えているのは、医療用モデルです。当初の予定通り医療機器としてのモデルを展開したあと、再び民生向けの次世代モデルに乗り出す計画だそう。「市場からの要求や数量が見える民生ARエンタメ作業支援にも乗り出していく」と手嶋氏。民生向けに量が出荷されるようになることでモジュールの出荷台数が増え、価格が下がっていく話とも繋がっていきます。

技術をさらに実用的にしていくためには今後は企業との連携も増やしていきたいと語った手嶋氏。日本発でARのハードウェア技術を有する企業は少ない状況で、QDレーザの今後の展開には注目したいところです。

QDレーザ公式サイト
アスキーストア


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