Nrealが発売したスマートグラス「Nreal Air」の販売は、出だしから好調なようだ。
(Nreal Air。対応スマートフォンとケーブルで接続して利用する)
3DoFの位置把握とシースルー要素をもつNreal Airだが、前のモデルである「NrealLight」に比べ、どう変わったのだろうか? そして、こうした製品の登場は、スマートグラス/ARグラス市場にどのような意味を持つのだろうか? 本記事では実機を使いつつ、そうした点を深掘りしてみたい。
SLAM用カメラを省略してシンプルに
まず外観を見てみよう。ひとことで言えば、「多少ゴツいサングラス」。以前よりNrealは、「メガネやサングラスとの差異が少ないデザイン」をアピールしてきたが、その点に変わりはない。
(中にディスプレイデバイスが見えていて厚みがあるものの、一見したところサングラスのように見える)
とはいえ、中身はけっこう違う。NrealLightはSLAM(位置推定と空間地図作成)やハンドトラッキングのために、グラスの上方に2つのカメラ(モノクロ)、中央に1つのカメラ(RGB)を内蔵していた。これによって6DoF+ハンドジェスチャー、という操作系を実現していたわけだ。
だが、Nreal Airにはそれらがない。メガネ部はシンプルにディスプレイ周りが入った場所になっている。6DoFから3DoFになったことで、メガネ側に搭載すべき機構はより少なくなる。
光学系は、上についたマイクロOLEDディスプレイを反射させて目まで届けるという構造で、ここはNrealLightと変わっていない。
(上にマイクロOLEDが入っているので、真下から見るとディスプレイデバイスからの映像が見える)
光学系を入れる厚みのぶん普通のサングラスよりは分厚くなっているのだが、それでも、正面から見たイメージはそこまで違和感がない。コンパクトで持ち運びも簡単だ。
(付属のケース。ちょっと小さいペットボトルくらいのサイズだ)
また、SLAM系がなくなって構造がシンプルになった分、NrealLightではたびたび生じていた「メガネの前方(眉間あたり)が熱くなる」現象もなくなった。処理系はほぼ右側のツルの中にあるらしく、ここは多少熱くなる。だが、NrealLightに比べ「利用中の不快さ」は減っていることは間違いないと感じた。
デバイスの進化で画質は大幅向上
Nreal AirのディスプレイのスペックはNrealLightと比較して向上し、画質も明確に上がっている。画質向上に大きく寄与しているのは、輝度上昇(最大280nitsから400nitsへ)とPPD(角解像度、Pixel Per Degree。42ppdから49ppdへ)だろう。なお、視野角は52度から46度にやや減っている。
元々NrealLightの42ppdというのは、一般的なVR用HMD(Quest 2で20ppd前後)の倍以上だ。マイクロソフト・フェローでHoloLensの父として著名なアレックス・キップマンは、HoloLens 2の発表の際、「47ppdであることは重要」と話している。この値が「8ポイントのフォントサイズで作られた文書を読めるための条件」とされていたからだ。そしてスペックで比較した場合、Nreal Airは49ppdと、HoloLens 2で示された値を超えてきた。
実際、ディスプレイとしてPCの画面を出してみると、小さな文字までちゃんと読める。イメージとしては至近にあるディスプレイというより「60cmくらい先にある40インチディスプレイ」という感じだろうか。表示ドット数自体は1920×1080ドットなので小さい字では「ドットが足りない」感がするが、ちゃんと読めるし作業もできる。
このあたりは、NrealLightが実質2019年に作られたデバイスであるのに対し、Nreal Airは2022年のデバイスである、という点が大きいのだろう。マイクロOLEDを中心としたディスプレイ技術は、着実に進化しており、それが製品に反映されている。
スマホ連携で3DoFでの「仮想デスクトップ」も
上記のようにNreal Airは、ディスプレイ技術の進化を意識してか「メガネ型のシンプルなディスプレイ」としての用途でも訴求している。NrealLightの時代から、同社の製品は「DisplayPort規格でつなぐディスプレイ」として使えていた。今回は輝度向上で画像が見えやすくなったことから、特にこのような使い方を訴求するようになった部分もありそうだ。Nreal自身、Nreal Airを「ポータブルIMAX体験」と呼び、iPhoneを含む対応スマホ以外の映像をストリーミングするためのデバイス「Nreal Streaming Box」の発売を予定しているくらいだ。
(Nrealが発売を予定している「Nreal Streaming Box」。iPhoneを含むスマホから映像をワイヤレスで伝送し、Nreal Airへと表示する。価格は9990円(※KDDI販売分。NTTドコモでは価格未定)を予定)
ただ、同社としてずっと推してきた路線は、Nrealのスマートグラスを単なるディスプレイではなく、3DoFであることを活かした「空間的なディスプレイ」として使ってもらうことのはずだ。Nreal Airでも、Androidスマホ上で仮想デスクトップ環境を提供する「Nebula」アプリが提供されている。
(Nrealの公式アプリ「Nebula」から使える「MRモード」。3DoF環境での仮想デスクトップである)
(対応スマホに接続するとこの画面が。MRモードか、DisplayPort対応ディスプレイとして使う「Air Castingモード」かを選んで使う)
Nebulaから使う「MRモード」ではウェブ検索を中心とした作業ができる。ウェブブラウザーを5つまで、好きな場所に配置して使う。
(MRモードでは、ホーム画面と複数のウェブブラウザーを3D空間上に重ねて配置して利用できる)
前術のようにこちらは3DoFなので、自分を中心とした球の内側にブラウザーのウインドウが配置されるような構造になっている。単にDisplayPort対応ディスプレイとして使うのと違い、3DoFによる「ウインドウ位置の固定」は便利だと思うし、ウインドウ表示位置・大きさの調整ができるのもプラスだ。
操作にはスマホ自体を使う。画面にボタン・スクロール操作用のUIが表示され、空間内でのポインティングは、スマホをレーザーポインターのような感覚で使って行う。
(MRモードの専用UI。これを表示し、スマホをコントローラーとして使う)
文字入力はスマホ側のキーボードだ。この際、仮想空間の画面上にはキーボードは「表示されない」ので、スマホ側を下の隙間からチラ見して入力する必要がある。
正直、まだどちらも使いづらく工夫が必要だと思う。MRモードの実用性はいまひとつだ。ただ、専用にアプリを作った時の可能性は大きい。表示が改善したディスプレイを活かし、ちゃんと3Dに見える映像をCGで表示する場合の美しさ・わかりやすさは特筆に値する。アプリにプレインストールされている「Cycling」アプリをみるとその一端がわかる(もっと専用アプリが出てきてくれると面白いのだが)。
(付属の「Cycling」アプリ。世界各地の映像を表示しつつ、サイクリングのエクササイズをするのに使う)
なお6DoF+ハンドトラッキングだったNrealLightと違い、Nreal Airは3DoFである。そのため、いくつか公開されているNrealLight用のアプリは動作しない。
あえてシンプル化して普及を狙ったか
とはいうものの、前出のように、3DoFになってハンドトラッキングのためのカメラも無くなっているので、「目の前の実景に映像を重ねる」というAR(MR)の要素はかなり後退している。しかし当然ながら、Nrealはわかっていてそれを選んだのだ。
今の最新技術でも、安価なデバイスで6DoF+ハンドトラッキングをスムーズに動かすのは難しい。スマホ側の処理性能にも、HMD(Nrealならスマートグラス)側の処理性能にも限界がある。高価な専用デバイスを作れば大丈夫だろうが、価格を抑えて普及を目指すなら、できることは限られている。そこをひっくり返すには企業側に圧倒的なリソースが必要になる。Meta Quest 2(Oculus Quest 2)が圧倒的に安く、そしてアップデートで機能追加や改善を続けているのも、Metaが巨大企業であるからに他ならない。
今回Nrealが選んだ選択は、進化したディスプレイデバイス+サングラス型という魅力を前面に押し出し、まずは普及を狙おう……ということなのだろう。その発想は間違いではない。確かにディスプレイとして使うだけでもNreal Airは便利なのだし、そうした現実的な部分こそNreal Airの美点と言える。「一歩後退しても、大手が出てくる前になんらかの結果を出し、ブランドと製品の価値を知らしめたい」というNrealの狙いが感じられる。
一方で、動作対象となっているスマホでアクティベーションをする必要があったり、(少なくとも日本国内では)KDDIやNTTドコモなど、携帯電話事業者経由でないと購入できなかったりするのは、ユーザー目線というよりは「ビジネス目線」での事情が強いように思う。もう少し、入手が簡単だったら良かったのだが。