9月11日・12日、国内最大級のXRカンファレンス「XR Kaigi」の姉妹イベントである「XR Kaigi Hub in 大阪」が開催された。大阪・難波を舞台に、XR領域の最前線で活躍する企業や開発者が集結し、熱気あふれる議論が交わされた。本稿では、そのオープニングセッション「大阪×まちづくり×バーチャルの可能性」の模様をレポートする。
大阪のリアルな街づくりを担う南海電鉄、メタバースで大阪を盛り上げるスタートアップのMeta Osaka、そして世界的なAR技術を持つプラットフォーマーNianticという、異なる立場から「未来の都市体験」が語られた。大阪・難波で今、何が起ころうとしているのか。その最前線に迫る。
【話者紹介】

岡嶋 信行氏(南海電気鉄道株式会社 代表取締役社長兼COO)
創業140周年を迎える南海電鉄を率いる。鉄道事業を核としながら、難波エリアのまちづくりに深く関わる。リアルの魅力を最大限に活かしつつ、デジタル技術を掛け合わせた未来の都市体験の創出を目指す。
毛利 英昭氏(株式会社Meta Osaka 代表取締役)
28年間不動産業界で活躍後、Meta Osakaを設立。「大阪世界一」をミッションに掲げ、メタバースやeスポーツを活用して社会課題解決に取り組む。エンターテイメントを軸にした新たなまちづくりを仕掛ける。
白石 淳二氏(Niantic Spatial, Inc. 事業開発部門シニアマネージャー)
『ポケモンGO』で知られるNianticからスピンアウトし、AR/XR技術に特化したNiantic Spatialに所属。現実空間をデジタル化し、新たな価値を創造するAR技術のSDKを開発者に提供している。
大阪で展開されるXR事業
岡嶋氏は、まず南海電鉄の創業の歴史を紹介した。1885年に鉄道事業を中心に、バス、商業施設、住宅開発、レジャーなど多角的な事業を展開し、地域のまちづくりに貢献してきた。特に創業の地である難波は「思い入れの強いエリア」であると語る。
140年の歴史を持つ鉄道会社が、なぜ今、XRやメタバースといった最先端技術に注目するのか。その背景には、時代に合わせて変化し続けるまちづくりへの強い意志があるという。「難波からバーチャルを掛け合わせた新たなまちづくり」こそが現在の南海電鉄の目指すものだ。
Meta Osakaの毛利氏は、不動産業界で28年間培った経験を基に、2年前に同社を設立した異色の経歴を持つ。ミッションは「大阪世界一」。メタバースやeスポーツといったデジタル技術を活用し、大阪をさらに魅力的な都市にすることを目指している。
「メタバースという言葉は独り歩きしがちですが、特に若い世代からすれば、友達と待ち合わせをする場所であったりだとか、学校の公園でサッカー、野球したりしていたような場所となっています」(毛利氏)
Meta Osakaは大阪府柏原市と連携し、eスポーツのレースゲーム『グランツーリスモ』をシミュレーターに見立てた交通安全教室を実施した経験がある。バーチャルパトカーの運転体験には、日曜日の市役所に1500人もの子供たちが集まったという。また、ゲームプラットフォーム『Roblox』を活用し、バーチャル空間で消防士の体験ができる防災訓練コンテンツも開発。シンプルなエンターテイメントだけでなく、社会課題解決へと繋がる取り組みである。
3人目の登壇者であるNiantic Spatialの白石氏は、『ポケモンGO』のゲーム事業を売却し、AR/XR技術に特化する形で新たにスタートした同社の立ち位置を説明した。Niantic Spatialが目指すのは、デバイスが現実空間をより深く理解し、活用するためのテクノロジーの提供である。その技術は、大きく3つの要素から構成される。
- Capture(キャプチャー): スマートフォンやドローンを使い、現実空間を高精度にスキャンし、3Dモデルを生成する。
- Locate(ローカライズ): スキャンした3Dモデルとデバイスのカメラ映像を照合し、現実空間におけるデバイスの正確な位置と向きを特定する(VPS技術)。
- Augment(オーグメント): 特定した位置情報に基づき、バーチャルコンテンツを現実空間に正確に重ねて表示する。
白石氏は、これらの技術がいかに重要かをシンプルなデモで示した。ARで表示された風船が、ただ空間に浮かぶだけでなく、壁を認識して跳ね返る。「このようにデジタルでありながらも現実に即した表現方法ができないと、どうしても違和感が生まれてしまう」。現実世界とデジタルコンテンツが違和感なく融合して初めて、人々を惹きつける体験が生まれる。Niantic Spatialは、そのためのインフラを開発者にSDKとして提供しているのだ。
南海電鉄が描く「なんば」の未来図
セッションの核となるのが、南海電鉄が推進する「デジタルエンターテイメントシティ構想 NAMBA」である。岡嶋氏はこの構想の舞台となる「グレーター難波エリア」を紹介した。道頓堀から新世界に至るこのエリアは、関西国際空港からのアクセスも良く、海外に向けた大阪の玄関口となっている。
「南のエリアはいわゆる“大阪らしさ”ということに溢れる街」と岡嶋氏が語るように、道頓堀の巨大な看板、新世界のレトロな雰囲気、そして「食い倒れの町」と称される多様なグルメ、演劇やお笑いなどのエンターテイメントがコンパクトに凝縮されている。近年では、ポップカルチャーの発信地である日本橋にも近接し、多様な魅力が混在する。昨年には大阪のシンボル・通天閣も南海グループに加わり、エリアの価値はさらに高まっている。
「難波のリアルの魅力をデジタル技術を用いることで、さらにその良さを高めていく。より訪れたくなる街としていこうとしています」と岡嶋氏は語る。AR/VRやAIといった先端技術を活用し、訪れる人々や地域住民に、デジタルとリアルが融合した未来の都市体験を提供する。これは単なるイベントではなく、Web3時代の新たなまちづくり構想と位置付けられている。

この構想を具現化するプロジェクトが、Meta Osakaと共に推進する「XNAMBA(エックスナンバ)」である。毛利氏は、2025年5月に大阪・関西万博のEXPO Hallで実施された発表セレモニーの様子を紹介。道頓堀商店街やeスタジアムなど、地域の様々なプレイヤーを巻き込み、「難波の街をみんなで盛り上げていこう」という機運が高まっている。
このプロジェクトは、大阪・関西万博の開催年にスタートしたことにも大きな意味がある。「アフター万博に繋がる、まさに万博のレガシーの一つとなると考えております」と岡嶋氏が語るように、一過性の盛り上がりで終わらせず、持続可能な都市の価値向上を目指している。南海電鉄は単なる移動手段の提供者から「未来都市体験を創出する企業」へと進化を果たそうとしているのだ。
XR技術はSFの世界に近づいたか?
万博効果もあり、大阪には世界中から多くの観光客が訪れている。岡嶋氏は特にリピーターが多いことが大阪の魅力の奥深さを物語っていると分析する。毛利氏も、年間1700万人に達する勢いのインバウンド客に触れ、彼らの満足度をいかに高めるかが重要だと指摘。その鍵として「デジタルエンターテイメント」を挙げた。
では、ARグラスを日常的にかけ、SF映画のような世界を体験できる日は来るのだろうか。この問いに、技術の最前線にいるNiantic Spatialの白石氏は「今のXRはどうしても基本はスマートフォン向けの技術になっています」と現状を冷静に分析しつつも、ハードウェアの進化は著しいと語る。
「徐々にこの数年で(デバイスのサイズは)小さくなってきています。まだ親世代がデバイスをつけて街を歩くかと言ったらそうではないので、時間はかかると思いますが、この5年数年見ていると、やはり(SFの世界に)近づいてきているなと感じています」
モデレーターの久保田も、この10年間の変化を強調した。10年前、VRが一般家庭に普及すると予測した人はほとんどいなかった。しかし今や、世界で数千万人がVRデバイスを所有し、ARグラスも数百万人規模で使われ始めている。急激な変化ではないかもしれないが、技術は着実に進歩し、利用者の裾野は広がっている。毛利氏が語るように「今はインターネットの中に入り、生活する時代が始まっている」のだ。
「なんば」で実現する未来の体験
Niantic:「ARグラスが変える街歩き」と「現実をパーソナライズする新技術」
難波という広大な実証フィールドを得て、どのような未来の体験が可能になるのか。白石氏は、開発中のデモ映像を公開した。ARグラスをかけると、バーチャルキャラクター「Peridot」が目の前に現れる。音声で「近くのベンチはどこ?」と話しかけると、Peridotがユーザーをベンチまで案内してくれるのだ。
「この機能が街全体に広がった瞬間に、色々やってみたいアイデアが湧いてきてワクワクするし、実は『今足りない技術ってこういうのだ』という新しい発見もあるんじゃないかなと思っています。ARグラスがより軽量化すれば、より多くの人に触って欲しいですね」と白石氏は期待を寄せる。
さらに、高精細な3Dスキャンデータ(3D Gaussian Splatting)にAIを組み合わせることで何が起きるかも示された。これにより、現実空間の見た目をプロンプト一つで自在に変化させられると言うのだ。例えば、いつもの風景に「クリスマスの雰囲気にして」と命令すると、街がクリスマスの装飾に彩られる。
「『ARグラスをかけた時に何が求められるか?』という想定解のひとつは、やはりパーソナライズしていくということです。例えば『今日はテンションちょっと低いから街をキャラクターで溢れさせたいな』と簡単にパーソナライズできるかどうかです。実は現実世界をAIとデジタルで変えるという可能性も、ARグラスが普及した先にあると思っています」
Meta Osaka:ゲームで訪れる「なんばパークス」、eスポーツで地域交流
一方、Meta Osakaの毛利氏は、より身近なゲームプラットフォームを活用した取り組みを紹介した。世界で6億人のユーザーを誇る『フォートナイト』の中に、なんばパークスを忠実に再現。子供たちはアスレチックゲームとして楽しみながら、リアルの場所に親しみを持つようになる。実際に、このマップを使ってなんばパークス内のeスタジアムで「eスポーツ運動会」を開催したところ、子供たちは大いに盛り上がったという。
「まさに今いる場所がゲームになっているのですごく盛り上がるんですよね。まさにこうリアルとバーチャルの融合を叶えたりとか」
この取り組みは、単なる遊びに留まらない。現在のなんばパークスが、かつてプロ野球・南海ホークスの本拠地「大阪球場」の跡地であることを、バーチャル空間を通じて若い世代に伝えることができる。
「失われた建物だとか歴史とか伝統文化、こういったものを再現することができるというのも、すごくメタバースの大きなメリットの一つかなと思っています」と毛利氏。岡嶋氏も「バーチャルの世界で記憶を呼び返らせてくれるというのは、非常に我々世代にとっても嬉しい」と応じ、世代を超えて街の記憶を継承するツールとしての可能性を示した。
さらに、世界で4億人のユーザーがいる『Roblox』上にも難波のワールドを制作中であり、道頓堀商店街と連携したeスポーツイベントなども企画している。こうしたデジタルツインの取り組みを通じて、難波の街に新たなエンターテイメントをインストールしていく考えだ。
共創で育てる「世界のNAMBA」へ
セッションの終盤、毛利氏はエンターテイメントの持つさらなる可能性について言及した。「最終的には色々なデジタル技術を使ってエンターテイメントから入るんですが、社会課題の解決としては、AIエージェントだとかバーチャルヒューマンの遠隔で働くことができる。逆に企業から見れば人手不足を解消できる」。エンターテイメントは、いずれ社会課題を解決するインフラへと進化しうる、というビジョンである。
今回の構想が実現するためには、一社の力だけでは不可能だ。岡嶋氏は、南海グループが掲げる「グレーター難波ビジョン」の根幹に「多彩なステークホルダーとの共に作っていく『共創』」の精神があると強調する。毛利氏も「このXNAMBAというまちづくりプロジェクトを皆さんで一緒に取り組めればと思っています。何かアイデアがあったりだとか、やはり行動しないと前に進まない」と呼びかけた。
南海電鉄が提供する「街ぐるみ」という他に類を見ないフィールドと、「やってみなはれ」の精神。そこに、Meta Osakaのようなアイデアと実行力を持つプレイヤー、そしてNiantic Spatialのような最先端の技術を持つプラットフォーマーが集う。この「共創」こそが、プロジェクトを前進させる最大のエンジンとなる。
最後に岡嶋氏は、力強いメッセージでセッションを締めくくった。
「本日ここにお集まりいただきました皆様とも、難波を世界に誇れる都市体験の発信地として育てていくために、新たな価値を共創できることを楽しみにしています」
歴史と文化が息づく街・難波を舞台に、リアルとバーチャルが融合する壮大な社会実験が今、始まろうとしている。この挑戦が、大阪の、そして日本の都市の未来をどう変えていくのか。これからも目が離せない。
国内最大級のカンファレンス 「XR Kaigi 2025」が東京で開催!
年間の締めくくりとして、国内最大級のカンファレンス「XR Kaigi 2025」が東京ポートシティ竹芝で開催されます。バーチャル領域の担い手がノウハウや技術をシェアし、繋がり、高め合うことを目的とした本イベントに、ぜひご期待ください。
イベント名: XR Kaigi 2025
開催日程: 2025年12月1日(月)~3日(水)
会場: 東京ポートシティ竹芝(ポートホール・東京都立産業貿易センター浜松町館)
公式サイト: https://www.xrkaigi.com/
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