7月30日、国内最大級のXRカンファレンス「XR Kaigi」の姉妹イベントとして「XR Kaigi Hub in 名古屋」が開催された。本記事では、株式会社桑山瓦の代表取締役であり、一般社団法人モバイルスキャン協会の共同代表理事も務める桑山優樹氏による講演「モバイルスキャンデータを使った遠隔臨場」の模様をレポートする。
建設業界のDXを牽引し、XR技術の社会実装に情熱を注ぐ桑山氏。iPhoneの登場で誰もが扱えるようになった3Dスキャン技術が、いかにしてビジネスを変え、人々の暮らしを豊かにし、そして災害対策の切り札となり得るのか。その最前線と未来像が、具体的な事例とともに語られた。
登壇者紹介:桑山 優樹氏
株式会社桑山瓦代表取締役。一般社団法人モバイルスキャン協会共同代表理事。建設業界のDXを推進する傍ら、XR技術を活用した文化財保存や遠隔支援ソリューション「XRegion」の開発を手掛ける。建設業とXR、双方の知見を活かし、現場の課題解決と技術の社会実装に精力的に取り組んでいる。
「iPhone登場で3Dスキャンは誰の手に」
かつて3Dスキャンは、一部の専門家だけが扱う特殊な技術であった。桑山氏自身も約10年前、据置型の3Dスキャナを使用した経験があるという。当時主流であった高価で専門知識を要する据置型に加え、近年ではより手軽なハンディ型も登場したが、依然として一般に普及するには“価格”というハードルが高かった。
この状況を一変させたのが、LiDARスキャナ(※レーザー光を照射し、物体に光が反射して戻ってくるまでの時間や位相の変化を計測する技術)を搭載したiPhoneの登場である。桑山氏は「iPhone 12 ProにLiDARスキャナが搭載されて、現物台でスキャンできるようになったので、3Dスキャンそのものが身近になりました」と語る。2020年のiPad Proへの搭載を皮切りに、誰もが持つスマートフォンで高精度な3Dスキャンが可能になったことは、まさに革命的な出来事だった。
モバイルスキャンの一つの大きな利点は、一つのデータから「メッシュ」と「点群」という2種類のデータを抽出できることだ。点群データは軽量なため、トレースしてモデリングを行う際のベースとして扱いやすい。一方で写真情報を元にしたメッシュデータは、より詳細な質感や形状を確認したいときに活用できる。
「(スキャンした)その場所がどういった環境だったのかも把握できます。こういった点は据え置き型とかハンディ型でもなかなか難しいところですね」
用途に応じてデータを使い分けられる柔軟性も、モバイルスキャンが持つ大きな強みなのである。
「出張先のホテルもまずスキャン」
3Dスキャンが身近になったことで、桑山氏の日常にも変化が訪れた。今や出張でホテルに泊まると、チェックイン後すぐに客室をスキャンするのが習慣だという。
「数分でスキャンが終わってしまいます。私としてはいつもワンスキャン(※繰り返しなしでの記録)で終えるっていうのを決めています」
驚くべきはそのスピードと手際の良さだ。事前に部屋を一周してスキャンルートを決め、一度のスキャンで完璧なデータを取得する。洋室だけでなく、複数の部屋が連なる和室でも問題なくスキャンできるという。また、自分が食べている食事のメニューをスキャンする通称「スキャン飯」も日課だ。これは単なる趣味ではなく、アプリの性能検証や自身の技術練習を兼ねている。さらに、この習慣は意外な形でビジネスにも繋がっている。
「飲食店などの新規店舗を設計する際に、そのお店で提供されるものをスキャンして、XRデバイスにそのデータをアップロードして『これが完成する予定ですよ』っていうのをお客さま(※飲食経営者)に確かめてもらいます。すると、お客さまの方でも、飲食店のメニューをより“自分たちのもの”として、より身近に感じてらえるようになります」
日常的に行うスキャンが、技術を磨き、ビジネスの価値を高めているのだ。
さらに、桑山氏は、自宅を丸ごとスキャンしておくことのメリットも大きいと語る。「自宅を持ち歩けるようになる」のだと。例えば、家具店で気になる商品を見つけた際、その場でARを使って自宅の3Dデータ内に家具を配置する。そうしておけば、購入する前にサイズ感や雰囲気をシミュレーションできる。「カーテンの丈が合わなかった」「買った家具が搬入できなかった」といった失敗が起こりづらくなるのだ。
とはいえ、誰もが最初から上手にスキャンできるわけではない。そこで頼りになるのがモバイルスキャン協会が無料公開しているマニュアルだ。建設業、考古学、アプリ開発など、各分野の専門家が集結して作成したこのマニュアルには、上達の秘訣が詰まっている。
「一番僕が大事にしているのがスキャン方法ってところで、端末の角度とか、対象物への距離ってところを重要視しております」
この勘所さえ押さえれば、誰でも短時間でスキャンの腕を上げることができるという。
スキャンデータがビジネスの景色を変える
モバイルスキャンで得られたデータは、ビジネスの世界でどのように活用されているのだろうか。桑山氏は、史跡の敷地全体をiPhoneでスキャンし、BIM(Building Information Modeling)データと統合した事例を挙げる。
専門業者に依頼すれば高額になる広範囲のスキャンも、モバイル端末なら自分たちの手で実現できる。この手軽さが、新たな価値創造の扉を開く。取得した3Dデータは、メタバースに展開も可能だ。かつては簡素なCGで表現されることの多かったバーチャル空間も、リアルなスキャンデータを用いることで、格段に没入感の高い体験を提供できるようになった。さらに、桑山氏が自身の家業である瓦葺きの知見を活かして取り組んでいるのが、文化財保存への応用、通称「H-BIM(Historical-BIM)」だ。
「既存瓦っていうのを一旦下ろして掃除して、使えるものは再利用するんですが、その時にどの、どこにあった瓦が今どこに使われているのか、あるいは瓦はもう使われていないといったことが視覚的に分かるようにしています」
3Dモデルに部材の来歴や修繕履歴といった情報を紐付けることで、文化財の維持管理を高度化し、未来へと継承していく。写真や図面だけでは伝えきれなかった膨大な情報を、3Dデータは内包することができるのだ。
「もっと右」から解放される遠隔臨場
講演の後半は、本日のメインテーマである「遠隔臨場」へと移った。遠隔臨場とは、検査官などが現場に赴くことなく、離れた場所から映像などを通じて状況を確認・検査する仕組みである。
建設業界は今、「人口減少による人手不足」「インフラの老朽化」「自然災害の増加」という深刻な課題に直面している。限られた人員で広範なインフラを維持し、頻発する災害に対応するためには、移動の無駄をなくし、迅速な状況把握を可能にする遠隔臨場の活用が不可欠だ。しかし、従来のビデオ通話を用いた遠隔臨場には課題も多かった。
「『右を見せてもう少し右だよ』や『行き過ぎたよ、もっと引いて』と、アングルは言葉でしか伝えることができない。しかし、そうすると撮影する側も『一体どこを見せればいいのか』が分からず、迷子になっていきます」
この「指示の迷子」問題を解決するために桑山氏が開発したのが、XR遠隔支援ソリューション「XRegion」である。これは、事前にスキャンした現場の3Dデータ(デジタルツイン)をメタバースに展開し、その中に現地からのAR中継映像をリアルタイムで同期させるというシステムだ。
支援者側の画面には、メタバース空間に浮かぶアバター(現地作業者の位置・向きと連動)と、そのアバターが見ている風景(AR中継映像)が同時に表示される。これにより、「今、現場のどこから、どの方向を映しているのか」が一目瞭然となる。さらに、レーザーポインターやバーチャル空間への書き込みで「ここが見たい」と直感的に指示できるため、コミュニケーションロスは劇的に減少する。
このシステムの真価は、手軽さにある。講演では、島根県と長野県を繋いだ事例が紹介されたが、その応用範囲は国内に留まらない。
「(フランスから)『飛行機に乗ってるから、この状況のスキャンデータを送ります。ちょっと接続しましょうよ』と言ってくれて、離陸までの待ち時間の間に試してみました。だいたい5分ぐらいで接続できています」
「(デンマークからの接続時は)私が朝の7時に起床して携帯を見てみると『今からできるよ』と先方から連絡が入っていたので、飛び起きて6分後にはもう接続していました」
国境を越えた接続が、わずか5、6分で完了する。このスピード感は、例えば災害発生時など、一刻を争う状況下で強力なツールとなることは間違いない。
さらに、最新バージョンでは「ARキャプチャー」機能も実装された。これは、現地のAR映像をバーチャル空間内に静止画として保存できる機能だ。これにより、危険な場所や不安定な体勢でしか撮影できないアングルも、一度撮影すれば後からVR空間内で安全に、そして何度でも確認できるようになった。
「距離の壁は時差だけ」の未来へ
「距離の壁は時差だけにできる」これが、桑山氏が掲げるビジョンだ。3Dスキャン技術が手軽になったことで、物理的な距離に縛られず、誰もが瞬時にあらゆる場所の情報を共有し、体験できるようになった。
「3Dスキャンデータがない頃は、記録できるデータは単なるメッシュでしかなく、とてもチープなものも多かった。3Dスキャンが浸透して以降(体験の質を)底上げをしてくれます」
リアルな3Dデータは、コミュニケーションの質を飛躍的に向上させる。現地の環境音も共有できる「XRegion」を使えば、その場にいるかのような高い臨場感が得られるという。
一方で、桑山氏は3D至上主義者ではない。「これまで2次元で間に合ってきたんだから、2次元データのままでいい」という意見にも理解を示している。「状況次第では、2次元図は今でも使えますし、これからも最適化されたデータとして活用できるでしょう」と語った。
3Dと2D、それぞれの利点を理解し、適材適所で使い分けることが重要となるのだ。
講演の最後には、名古屋でソフトウェアエンジニアとして活動する神道氏が登壇。長年この地域でXRコミュニティの火を灯し続けてきた両氏から、新たなイベント「XRミートアップ愛知」を2025年11月22日に開催することが発表された。モバイルスキャン技術が各地域へと普及していき、今後も様々な業種でユニークな活用方法が登場していくはずだ。
次回の「XR Kaigi Hub」は札幌!
「XR Kaigi Hub」の熱気は、次なる都市へ。2025年8月22日(金)、札幌文化芸術交流センターSCARTSにて「XR Kaigi Hub in 札幌」が開催されます。名古屋会場と同様に、キヤノン株式会社、株式会社ホロラボ、株式会社ハシラス、Diver-X株式会社といったXR業界をリードする企業による最新技術の体験ブースや、業界のキーパーソンによるセッションが予定されています。北海道のXR・AI・メタバースに関心のある皆様、この貴重な機会をお見逃しなく。参加は無料ですので、ぜひご来場ください。
●XR Kaigi Hub in 札幌
・開催日程:2025年8月22日(金)
・会場:札幌文化芸術交流センター SCARTS | 札幌市民交流プラザ
〒060-0001 札幌市中央区北1条西1丁目
https://hubinsapporo.peatix.com/view●XR Kaigi Hub in 福岡
開催日程:2025年9月2日(火)
会場:レソラホール
〒810-0001 福岡県福岡市中央区天神2丁目5-55
https://hubinfukuoka.peatix.com/view●XR Kaigi Hub in 大阪
開催日程:2025年9月11日(木) / 12日(金)
会場:eスタジアム なんば本店
https://hubinosaka.peatix.com/view



