ディスプレイを複数枚設置したり、4Kやウルトラワイドの一台を用意したりして、PCのデスクトップ環境を拡張するといった使い方も一般的になってきた。同時に複数の作業を並行させたり、参考にしたい情報を見ながら資料を作ったり、ときに動画を視聴しながら仕事をしたりと、デスクトップを広げることで様々なことが可能となる。
近年、そこに新たな選択肢が登場した。XRを活用した空間ディスプレイだ。ARグラスなどのウェアラブルデバイスを装着して、空間にディスプレイを配置できるというものだ。
空間ディスプレイの良さは、物理的な制約に縛られないことだ。物理的にディスプレイがなくても複数の、そして好きな場所に好きなサイズのデスクトップ環境を作り出すことができる。SFなどでは昔から描かれてきたスタイルだったが、ようやく近しい体験ができるようになり、実現に近づいている。
(MoguLive過去取材記事より「「XREAL Air 2 Ultra」)
XREAL社の「XREAL Air」シリーズを始めとするメガネ型デバイスはここ1,2年で市場投入され活況だ。AppleのVision Proは、ヘッドセット型だがMacと組み合わせることで拡張デスクトップと呼ばれる機能で空間ディスプレイを体験できる。
そんな中、米国のスタートアップSightfulは2024年6月、ARグラスを使い、ディスプレイが存在しないノートPC「Spacetop G1」を発表した。
米国で開催された世界最大のXRカンファレンスAWE USA 2024(AWE)でも発表されたばかりの「Spacetop G1」が展示されていた。2023年6月に発表されており、1年前のAWEでも実機を体験できたが、そのときはかなり荒削りな性能だった。
本記事では、ついに製品化を果たした「Spacetop G1」のファーストインプレッションをお送りしながら、空間ディスプレイでデスクトップ環境を拡張するときのポイントについて考えてみたい。
ハードウェアとともに進化
Spacetop G1は一言で言えば潔く割り切ったデバイスだ。ノートPCとARグラスを組み合わせて、空間に広大なデスクトップ環境を作れるのであれば「そもそもPCの物理的なモニターはいらないのではないか?」と。なのでSpacetop G1は一見してキーボードとARグラスしかない。
SpacetopはMicrosoftのSurfaceのような見た目だが、大きく異なるのがカバーがボコッと出っ張った形をしていること。開いてみるとこの部分にARグラスとケーブルが収まっている。しっかりと入れるとキーボードとレンズが当たることもなくすっぽりと収まる。
使用されているARグラス「XREAL Air 2 Ultra」をベースにしたカスタマイズモデルだ。メーカーであるXREAL社との提携によりこのカスタマイズが実現しているとのこと。2023年時点では前世代機であるXREAL Light(2020年発売)が使われており、さすがに性能面で体験を損なってしまっていた。最新モデルになったことで装着感と見え方は劇的に改善している。
キーボードが一体になっている本体はずっしりと重い。バッテリーとプロセッサが搭載されているからであり、側面には各種端子が備わっている。
OSは独自OSを構築
OSはSpatial OSという独自のOSが採用されている。Androidをベースにしているがカーネルレベルから空間のインターフェースに向けてカスタムしているとのこと。基本的にはWebアプリで処理を行っていくため、ChromeOSが空間インターフェースに最適化されたかのような印象を受けた。
カバーを開き、ARグラスをかけると目の前の空間にはいくつものウィンドウが広がっている。タッチパッドを使って、ウィンドウ操作を行う。ハンドトラッキングの機能はOFFとなっており、ウィンドウの配置や奥行きの調整はキーボードで行えるようになっている。
片目フルHDの解像度は文字を読むのに十分だ。そして、「Macbookに近いキータッチとトラックパッドの使用感」(Sightful CEO)と語るようにキーボードやトラックパッドの使用感は良好で、ストレスは感じない。
Spacetop G1で使うことができるデスクトップの範囲は前方水平180度、上下も180度に近い広大な領域だ。しかし、それゆえに非常に気になるのは視野角だ。XREAL Air 2 Ultraの視野角は50度。人間の視界に比べると半分程度と狭いため、視界いっぱいに空間ディスプレイを出すことはできない。感覚としては目一杯空間を使っているのだが、視野角の限界で見切れてしまうので、表示領域を意識しながら使わなければいけない。この点は後述するApple Vision Proと比べても惜しい。
2023年のお披露目以降、Sigthfulは特にこのデバイスが有用と思われるテストユーザーにこのデバイスを渡してテストと改良を続けてきたとのこと。例えば、作業画面を見られたくない弁護士などがその対象となっていたようだ。
確かにディスプレイのついているノートPCの画面をARグラスで拡張すると、「うっかり物理のディスプレイ側に見られたくないものが映ってしまう」ということがありうる。完全なプライバシーを求めるのであれば事故の起こる確率は0のほうがいい。そしてSpacetop G1はそれを実現している。
1年磨き込み、2024年秋には出荷を開始するとのことで、現在公式サイトにて予約受付中。価格はXREAL Air 2 Ultraと視力矯正用のレンズがセットで1,900ドル(約30万円)。ユーザーを選ぶデバイスではあるが、「PCとして利用する」という用途では、選択肢のひとつに入るものには仕上がっている印象だ。
一長一短な実用的な空間ディスプレイ
筆者は昔からディスプレイを拡張するのが大好きな人間だ。家では4Kディスプレイと縦型ディスプレイを組み合わせているし、10年以上前に勤め人としてオフィスで働いていたときは支給されたノートPCの画面が小さすぎて、我慢ができずディスプレイを持ち込んで繋いでいた。
そんな筆者は最近Apple Vision ProとMacbook Air(M2、13.3インチ)を持ち歩いている。出張先を含む外出先で、家のような広大で快適なデスクトップ環境が簡単に実現してしまうため非常に気に入っている。特に解像度の高さはピカイチだ。Macbook Air 13.3インチの解像度は2560×1664だが、Vision Proで拡張するとその領域は最大4Kとなる。ノートPCの小さい画面を見るよりも、拡張したほうが多くの情報量を表示できるのだ。2024年秋のvisionOS 2以降のアップデートでさらに4Kディスプレイ2枚相当のウルトラワイドな広さになるとのことで今から楽しみでしょうがない。
このVision ProとMacBook Airの組み合わせと、Spacetop G1を比べると、やはり体験の質としてはVision Proの軍配が上がると筆者は思う。ただ、Vision Proが完勝かというとそうではない。Spacetop G1が優位に感じられるポイントはいくつもある。
1点目はデバイスの大きさと重量だ。600g以上でヘッドセット型のVision Proと80gでメガネ型のXREAL Air 2 Ultraは雲泥の差だ。Vision Proに関しては重すぎて長時間使いづらいという声があがっているが、Spacetopではそういうことはないだろう。非常に快適に長時間使うことができる。
2点目は価格だ。Vision ProとMacの合計金額は最低でも80万円弱となり、到底PC一台に人間が一般的に支払う金額ではない。Spacetop G1はXREAL Air 2 Ultraもセットで1,900ドル。よりリーズナブルに空間ディスプレイを使えるようにしているとも言える。
3点目は細かい点になるが、Vision ProがWi-Fiを必要とする点だ。Vision Proでの拡張ディスプレイでは、Macと無線接続で実現している。そのためにVision ProとMacを同一のWi-Fiに接続しなければならない。ホテルのWi-Fiや航空機のWi-Fiなど、しばしばWi-Fiの弱い環境では接続が安定しないこともあり、無線接続が常に素晴らしいわけでもないことを思い知らされる。Spacetopは本体とARグラスを有線で接続しているため、動作は安定する。
さらに、空間ディスプレイの選択肢として、もうひとつ付記しなければならないのは、Meta Quest 3の存在である。Questシリーズのデバイスは、Spacetop G1やVision Proのような、空間ディスプレイとしての用途ではあまり注目されておらず、どちらかと言えばVR/MRゲームやメタバースなどに活用されている印象だが、WindowsやLinuxPCをデバイスと同期させて作業用途で使用できる「Immesed」というアプリがある。無料でも3枚ほどのディスプレイを表示可能で、作業中の入力のラグもあまり感じられないことから、非常に優秀なアプリだ(ちなみにVision Proでも同じアプリを使用可能だ)。VRヘッドセット由来で視野角は広く、Vision Proに近い体験が可能だ。
また、Meta Quest 3のデバイス自体も今年に入ってから大型のアップデートにより、リリース初期に比べて、細かな文字が非常に読みやすくなっている。Vision Proのディスプレイの美しさには到底及ばないものの、価格的には約8万+PCというお手軽さ。空間ディスプレイの検討にあたっては、最も手軽な選択肢と言えるだろう。ただし、それでもSpacetop G1のARグラスの軽量さには及ばないため、どのデバイスも最終的には一長一短というところだ。
実用的な空間ディスプレイまでの道のり
ここまでSpacetop G1とVision Pro、Meta Quest 3の拡張ディスプレイを比較してきた。
Vision Proは視野角が広くて広大な拡張ディスプレイをそのまま使えるし、キーボードとトラックパッドに合わせてVision Proのハンドトラッキングをシームレスに使えるため、最も操作しやすい方法で操作できる(例:アイトラッキングでボタンに目線を合わせて、クリックすると選択できる)。こういった点は非常に良く、OSレベルの連携ができているからこそだ。
すでに手元にデバイスがあり、筆者自身はVision Proを長時間つけていても平気、などいくつかの難点もクリアしてしまっているので比較した時に筆者はVision Proを選んだが、Vision Proを持っていない状態からゼロベースで比較するとかなり頭を悩ませるに違いない。
XR実現への道のりは長い。空間ディスプレイという用途はニーズになることがわかったが、この用途もまだ本格的な利用が始まって1,2年しか経っていない黎明期だ。XRの進化が続くことで空間ディスプレイというユースケースの体験もさらに洗練されていくだろう。
いずれにせよSpacetop G1で空間ディスプレイを体験したあとでは、これまでのノートPCが窮屈に感じられるかもしれない。そんな新しいPCであることには変わりない。