韓国の研究チームは、肌に直接貼ることができるパッチ型の触覚デバイスと、それを可能にした技術を発表しました。柔らかく薄いこのウェアラブルデバイスは、電気信号によって皮膚に振動や圧力を与えることができ、リアルタイムで触った感触や表面の質感を伝えることが可能とされています。
本研究は、韓国政府の支援機関である「科学技術情報通信部(MSIT)」から助成を受け、韓国・電子通信研究院(ETRI)のユン・ジョンファン氏らのチームによって行われました。同チームは研究の成果を2025年3月に科学誌「ScienceAdvances」にて発表しています。なお、開発された技術は米国で特許出願中です。
これまでの触覚デバイスの常識を覆す
XR分野では視覚や聴覚に加え、触覚の再現が大きなテーマの一つです。
従来の触覚デバイスはサイズが大きく、皮膚に密着しにくいという課題があります。また、振動の強さや範囲にも制限がありました。研究チームは、これらの制約を克服するため、新しい構造と素材を用いた触覚デバイスの要素技術とパッチ型のウェアラブルデバイスを開発しました。
この触覚デバイスは、電気をかけると変形する柔らかい素材でできており、皮膚に貼り付けた状態で動作します。触覚の再現力が高く、柔軟で超薄型の構造を持ちながら、皮膚に十分な力を加えることができます。
デバイスには「FCDEA(フラットコーン型誘電エラストマーアクチュエータ)アレイ」が用いられています。アレイとは、多数のアクチュエータが規則的に並んでいる状態を指します。アクチュエーターは電気を受けて動く小さな機構部品のことで、皮膚に触覚刺激を与える役割を果たします。この多数のアクチュエータを並べるアレイ構造により、より細かく、多様な触覚を表現できます。
また平らな円錐のような形のフラットコーン型誘電エラストマーという素材を使うことで、電気を流すと形が変わり、振動や圧力として感じられるようになります。
特筆すべきは、このアクチュエータが非常に薄く(約1mm程度)、軽量でありながらも、広範囲にわたってしっかりとした力を発生させられることです。また、振動の周波数は最大で500Hzに達し、皮膚が感じやすい範囲を十分にカバーしています。
触覚デバイス全体は薄いばねと積層構造の膜でできており、効率よく力を伝えることができます。電圧によって伸縮し、3次元の立体的な動きも再現可能です。
この触覚デバイスには、「触覚を伝える」だけでなく「触ったことを感じ取る」ための仕組みも組み込まれています。触覚を再現する部分には、FCDEAが使われていますが、そこに「フォトマイクロセンサー」も一緒に搭載されています。
装着者以外の人がパッチに触れると、その圧力でFCDEAが少しへこみます。すると、光センサーとの距離が変わります。その距離の変化をセンサーがすばやく読み取り、どのくらいの力で触ったかを電気信号として記録します。本実験では「このセンサーが非常に正確な圧力を計測可能だった」と明らかにしています。
さらに、この触った情報(たとえば「ぎゅっと握った」など)は、パッチに内蔵された無線通信機能(Bluetooth)を通じて、離れた相手にリアルタイムで送ることができます。
つまり、この技術を使えば、1人が感じた触覚を、もう1人のパッチでそのまま再現することができます。たとえば、ある人が手を握られた感覚を、別の場所にいる人が自分の手で同じように感じる、という体験も可能になります。
よりリアルなVR体験と触覚コミュニケーションが可能に?
今回発表されたパッチ型触覚デバイスの商用化が実現すれば、ユーザーはVR空間内で「触る」「押す」「なでる」といった感覚を、まるで現実のように指先や手のひらで感じることができるようになります。たとえば、仮想空間で箱の角に触れたとき、その角の感触がリアルタイムで指に伝わります。また、物体の表面のザラザラ感やツルツル感を再現することも可能です。
さらに、ユーザーが触れた場所の情報を別のユーザーのデバイスに送ることで、遠隔地にいる相手にその触感を伝えることもできるとされています。これにより、まるで遠隔地の相手と握手をするような体験も将来的には実現するかもしれません。
本論文内の実験でも、指先での触覚のパターン認識精度は98%以上という結果が報告されており、実用化への手応えが得られています。
(触覚パッチを使用したワイヤレス触覚通信とユーザーテストの様子)
現在の課題は、デバイスの駆動に比較的高い電圧(数千ボルト)が必要な点ですが、流れる電流は非常に小さく、安全のための絶縁処理も施されています。研究チームは今後、より低電圧で動作する素材の開発や、デバイスの小型化を進める予定です。
(参考)Science