装着すると現実の世界にデジタルな3Dモデルや情報が重畳して見える透過型MRデバイス。マイクロソフトがHoloLens(初代)を発表した2016年以来、これまで工場、物流倉庫、建設などの業界で活用されてきた。二代目となるHoloLens2は産業用にさらに機能を洗練させたモデルとして登場。さらに競合には巨額の資金調達を繰り返してきたMagic Leap社のMagic Leap 2もあり、一定の領域を確立してきた。
しかし、2026年初旬時点でこれら透過型MRデバイスの先行きは決して明るくない。マイクロソフトはHoloLens 2の生産を終了し、後継機の具体的なロードマップを示していない。Magic Leapは事実上の方針転換を経て、かつてのように産業用途の第一選択肢として名前が挙がる機会は激減した。日本で代理店を務めていた出資元のNTTドコモからも2026年1月、取扱終了がアナウンスされている。
現場でMRデバイスを日常的に運用してきた企業にとって、「次に何を使えばいいのか」は切実な問題だ。MetaのQuestシリーズをカメラ越しのパススルーMRデバイスとして転用する動きもあるが、欧州を中心にMeta社製品そのものへのプライバシー懸念が根強く、すべての企業が選べる選択肢ではない。GoogleとXREALの「Project Aura」に期待する声もあるが、あちらはコンシューマー向けにメガネ型を意識しており、仮にリリースされたとしてもHoloLens 2が担ってきたカメラ構成や精度の水準をいきなり満たせるかは未知数だ。
市場にぽっかりと空いた穴。
そこに名乗りを上げたのが、福岡に拠点を置くHMS株式会社だ。同社はAIビジョン技術を軸に産業向けセンシングサービスを手がけてきた企業で、開発中のARグラス「SiNGRAY G2」を産業用途に特化した形で市場投入しようとしている。
今回、福岡にあるHMSのオフィスにてSiNGRAY G2のエンジニアリングサンプル(ベータ版相当)を実際に装着し、開発担当者から直接話を聞く機会を得た。SONY製マイクロOLEDディスプレイにQualcomm QCS8550とIntel Myriad X VPUを組み合わせた構成、HoloLens開発者が移行しやすいMRTKベースのSDK。スペックシート上の数字は意欲的だ。
では、実機はどうか。
なお、本稿で取り上げるのは2026年1月時点のベータ版であり、製品版では重量・デザイン・ソフトウェアいずれも変更される可能性がある。開発途上の現在地を記録するレポートとしてお読みいただきたい。
手にした第一印象——「産業用の堅牢さ」
テーブルに置かれたSiNGRAY G2を最初に見たとき、率直に「大きいな」と感じた。ゴーグル型の本体にバッテリーユニットが後頭部側に張り出し、全体としてはHoloLens 2をひと回り厚くしたような印象を受ける。筐体はアルミニウムとプラスチックの組み合わせで、手に取ると金属パーツのひんやりとした感触が伝わってくる。

ただし、現時点のボディはあくまでエンジニアリングサンプルだ。「まだ周りが小さくなる予定」と開発担当者が補足してくれた通り、各パーツは製品版に向けてスリム化が進められている段階にある。実際、HMS社内でも「このデザインはもっと改善できる」という声があるそうで、担当者自身が苦笑しながら「もう少しスタイリッシュにしたい」と語っている。
重量ついて、バッテリー込みの状態では700gを超えており、片手で持つとずしりと来る。参考までに、HoloLens 2は約566g。頭に載せると前方にかかる荷重がやや気になる印象。多くの人が長時間装着できるようにするには、さらに前後のバランス設計を試行錯誤する必要があるだろう。
ここで担当者が「ちょっとバッテリー外してみてください」と促してくれた。SiNGRAY G2はバッテリーを交換できる。装着したまま、後頭部のバッテリーを取り外すと、印象が一変する。「あ、全然違う」思わず声が出た。バッテリーが重量の相当な割合を占めていることが体感で分かる。製品版ではバッテリー設計の最適化も最優先課題のひとつだという。本体側のプロセッサボードやコントローラー基板も相応の重さがあるため劇的な軽量化は難しいかもしれないが、バッテリー周りの改善だけでも装着感はかなり変わるはずだ。
「屋外でもいける」高輝度の実力
SiNGRAY G2の光学系は、XREALのグラス型ディスプレイと同じバードバス(BirdBath)方式を採用している。視野角は対角51度。数値上はHoloLens 2とほぼ同等だ。縦にも広く表示されるため、遜色ない。
一方、映像そのものの品質は目を引く。SONY製Micro OLEDの1920×1200デュアルディスプレイはコントラスト比100,000:1を誇り、PPD(Pixels Per Degree)は43。室内照明下での表示は精細で、色の沈み込みも深い。
特徴的なのがエレクトロクロミック調光レンズだ。ボタン操作で外光の遮断度合いを変えられるのだが、明暗の変化はゆっくりで、切り替え時にはメカニカルな駆動音が微かに聞こえる。
輝度が高く、室内では非常に鮮明に表示されるのが特長的だ。そして、調光をONにして透過度を最低にし、試しに非常階段から屋外に出てみた。体験した日は曇天だったが、太陽のあるであろう白んだ方角を見なければ問題なく使えるよう、調光機能が活きていると感じられた。一方、屋外使用をメインにする場合は、晴れの直射日光下での見え方は実際の環境に近い状況での確認が必要だ。
6DoFトラッキングの精度
SiNGRAY G2の頭脳は、Qualcomm QCS8550(Snapdragon 8 Gen 2相当)とIntel Movidius Myriad X VPUの二頭立てだ。メインSoCが汎用処理を、VPUがビジョン系の推論処理をそれぞれ担うヘテロジニアス構成で、産業用途に求められる精度の高い空間認識とアプリケーション実行を両立させる狙いがある。
6DoF SLAMは100Hz駆動。室内での空間認識はリアルタイムに動作し、テーブルや壁面を安定して捕捉していた。ハンドトラッキングは全10指を認識しており、キーボードを叩くような細かい指の動きにも反応する。
課題は発熱だ。しばらく装着していると本体が明確に熱を持つ。担当者も「CPUの負荷をどこまで落とすかがトレードオフ」と認めており、最適化を進めている段階だという。処理能力と熱設計の折り合いは、製品版に向けてのポイントになる。
現場で止まらないための設計——ホットスワップと3分交換の実際
産業用デバイスにとって、バッテリー運用は死活問題だ。工場の1シフトを通しで使えるか、交換のたびに作業が止まらないか。現場が求めるのは、スペックシート上の容量よりも「止まらない仕組み」の方だろう。
SiNGRAY G2のバッテリーは7.6V/2500mAh。容量だけを見れば決して大きくはない。発熱との兼ね合いもあり、連続使用時間には限りがある。だからこそHMSが力を入れているのがホットスワップ、電源を入れたまま、装着したままでのバッテリー交換だ。

実際に交換のデモを見せてもらった。装着者がゴーグルをかけたまま、後頭部のバッテリーユニットをスライドして取り外し、充電済みのユニットを差し込む。10秒もかからない、一瞬の出来事だった。前世代のSiNGRAYでは電源をオフにしてからの交換が必要だったとのことで、これは明確な進化だ。

(右が前世代機)
バッテリーユニットには専用充電器が用意されている。複数のバッテリーをローテーションで充電しながら回す運用が前提の設計だろう。スワップの回数をいかに減らすか、つまり1本あたりの持続時間をどこまで伸ばせるかが、熱制御の最適化と並ぶ開発上のポイントだ。
そのほか、IP65の防塵防水性能を備え、工場フロアやフィールドワークでの使用を想定した堅牢設計となっている。接続はBT 5.2、Wi-Fi 6、GPSに対応。音声制御用のステレオSPK/Micも搭載されているが、こちらは今回の体験では未検証だった。
MRTK互換のSDKで「HoloLensの次」を狙う
SiNGRAY G2の開発環境は、SnapDragon Spaces SDKとUnity Native SDK(MRTKベース)の組み合わせだ。この構成は明確にHoloLens 2からの移行を意識している。HoloLens 2に慣れた開発者であれば、既存資産を活かしながら比較的低い障壁でアプリケーションを移植できる設計思想だ。
今後の課題はOpenXRの適合テストだ。2026年前半のEVTに向けた認証プロセスが控えている。
欧州の追い風と見えてきた商機
産業向けMRデバイスという市場において、HMSの競合は減っていっている。そこに静かな手応えがあるようだ。意図せず生まれた市場の空白が、福岡の小さな会社に世界中からの引き合いをもたらしている。
特に動きが活発なのが欧州だという。Meta製品へのプライバシー懸念が根強く、Questを産業用途に採用しづらい企業が多い。中国・ByteDance傘下のPicoも同様の理由で敬遠される。担当者によれば、欧州のディストリビューターからの問い合わせが直近で急増しているという。
一方、半導体供給やMicro OLEDの生産コスト問題から、コンシューマー向けARグラスの普及は「一時期のあと1〜2年という話は遠のいた」との認識だった。裏を返せば、産業特化で着実に実績を積む時間的猶予がある。この窓がいつ閉じるかが、HMSにとっての勝負どころだろう。
SiNGRAY G2は「HoloLensの正統後継」になれるか
SiNGRAY G2は、穴の空いた市場に対して正面から向き合っている製品だ。MRTKベースの開発環境でHoloLensユーザーの移行先となること、ホットスワップや防塵防水で現場運用に応えること、SONY Micro OLEDの高精細映像で産業用途に求められる視認性を確保すること。狙いは的確だ。
次のマイルストーンは2026年6月前半。少量生産を段階的に開始し、パートナー企業との共同検証を重ねていく計画とのこと。
次に実機を触るとき、どれだけ進化しているか。継続して追いかけるのが楽しみなデバイスだ。





