今連載は、Meta社のXRヘッドセットMeta Questシリーズをビジネスや教育に活用する様々な企業・組織を直接取材。最新のMR技術がどのような課題を解決する可能性があるのかを探っていきます。
アイシンの抱えていた新人教育の課題
製造業における新人教育には、大きな課題があります。「見て覚える」「身体で覚える」といった要素が大きく、ベテラン工員が長年の経験で培った暗黙知の技術伝承は言語化が難しいところです。そのため、従来から行われてきた直接の指導や動画マニュアルでは、コツの部分までは伝えにくく、最適な動作を会得してもらうまでに多くの時間を費やしたり、新人教育期間後も作業時間のバラつきや安全面のリスクにもつながりかねません。
こうした課題に対し、株式会社アイシンは株式会社ホロラボのモーションキャプチャーアプリ「TechniCapture」を導入し、Meta Quest 3のMR機能を活用した新しいトレーニング手法に取り組んでいます。

(中野隆文氏 株式会社アイシン グループ生産本部 半田工場 工場技術室DX・グローバル支援グループ)
新人研修を改善するホロラボのTechniCapture
トヨタグループの自動車部品メーカーであり、エナジーソリューション事業も展開しているアイシン。今回取材した愛知県・半田工場では、新人教育や定期教育、改善業務などさまざまな教育が実施されています。
教育項目のひとつに「ばらつき低減」や「ベスト標準作り」があり、たとえば工具を持つ、ボルトをつかむ、締めるといった一連の作業を、決められたサイクルタイム内で正確にこなすことが求められます。教育作業での目標タイムは55秒ですが、新人の多くが平均5〜6秒遅れてしまうのが実情でした。
従来はストップウォッチを手にした監督者が作業時間を計測していましたが、動作に明確なミスが見られなかった場合の指導はどうしても抽象的になりがち。新人社員にはその指摘の意図が伝わりづらく、両者の間に齟齬や摩擦が生じていたそうです。
そこで導入されたのが、株式会社ホロラボが提供するモーションキャプチャアプリ「TechniCapture」です。

(現実の体験者とバーチャルなアバターを重ねて表示。作業手順の違いを確認できる)
「レースゲームなどで過去のプレイヤーの走行した際の動きをゴーストの姿で再現してくれる機能がありますが、こちらのアプリでも監督者の模範動作をMeta Quest 3で記録し、アバターで動きを表示できます。監督者がヘッドセットを装着すると、自分の動きと新人を比較しながら“どこで遅れているのか”をピンポイントで指導できるんです」(中野氏)
TechniCaptureは、まさにアイシン、そして多くの製造業における新人教育の課題を解決する可能性を持つアプリです。Meta Quest 3の各種センサーを活用して、頭の向き、視線、手や指の動きまで詳細に記録。これをシンプルなアバターで再現することで、動作のズレや遅延がひと目でわかります。導入のしやすさもポイントです。Meta Quest 3またはQuest 3Sが1台あれば開始でき、研修は現場の実機や作業台をそのまま使用可能。外部カメラの設置も不要なため、狭い空間でもモーションキャプチャが行えます。
さらに、専用のPCアプリ「TechniDataVisualizer」にモーションデータを読み込めば、複数の動作を並列・重ねて表示でき、再生速度や軌跡の表示時間も自由に調整可能。複雑な作業であっても、各工程を細かく観察し、改善点を明確にすることができます。
デバイスとソフトウェアの最適な組み合わせが結果を生み出す
MRを活用した研修用アプリは他にも存在しますが、なぜアイシン半田工場はTechniCaptureを選んだのでしょうか。
「導入を検討するにあたって、私たちは3つのポイントを重視しました。まずはスピード感です。使用時に毎回XR機器に詳しい人が付き添えるわけではないので、誰でも簡単に扱えるUIであること。そして、記録データをパソコンで解析してようやく答えが出せるような仕組みではなく、Meta Quest 3単体で完結するシステムであることが重要でした」(中野氏)
大量のマニュアルを読み込まなければ使えないようなアプリでは、それ自体の操作研修が必要となり、現場の負担が増してしまいます。それでは新人教育の改善にはつながりません。そこで、操作も機能もシンプルで、直感的に使えるものを探したといいます。
「少し抽象的ですが、“使っていてワクワクするか”という要素も重視しました。楽しみながら技術を身につけることができるという期待も込めました」(中野氏)
新人研修の段階で「辛い」「厳しい」と感じてしまうと、仕事へのモチベーションが低下しかねません。TechniCaptureはまるでゲームのような体験を通じて、前向きに技術を学べる点も評価されています。
「そして最後に、デバイスを含めた導入費用の低さです。当工場には50を超える職場があり、年間を通して多数の新人が入社します。それぞれの部署でMR研修を行うには、複数のセットが必要になりますが、TechniCaptureは必要な数だけサブスクリプション契約が可能で、スモールスタートしやすい点も魅力でした」(中野氏)
企業にとっては、高価なXR機器の導入はハードルが高くなりがちです。その点、Meta Quest 3は低価格で導入可能なため、試しやすい上、万が一故障しても過剰に気を使わずに済みます。現在、同工場では10セットを導入しているとのことです。
学習効果が高く、10時間以上もの短縮効果が出た

(メニューは手でつかんで好きな位置に配置できる。直感的に操作できる点が魅力)
Meta Quest 3にインストールされたTechniCaptureを初めて体験した際、中野氏が抱いた印象は「すごいのに簡単だ」というものでした。それまでVRやMRは“魅力的だが現場での運用は難しい”というイメージを持っていたそうですが、その印象が一気に覆されたといいます。
「マニュアルを読まずとも直感的に使える点には驚きました。私たち技術者の立場だと、つい玄人好みな凝ったアプリに惹かれがちですが、製造現場では、操作方法の習得に時間をかける余裕がありません。その点、TechniCaptureはXR機器に不慣れな人でもすぐに扱える。高度なことができるのにシンプルで、ある意味相反する要素を両立している点に感銘を受けました」(中野氏)
実際にMeta Quest 3を導入した結果、5日間の新人研修期間中に、3日目には目標タイムをクリアする新人が続出。多くの時間を残しながらベテランと同じサイクルタイムで作業できるという、確かな成果が現れました。
「私自身も新人時代は、標準タイム55秒の作業に60秒くらいかかっていました。先輩に教わりながら“もっと手を早く動かせばいいのか”と思っていたのですが、実際には動作の精度や無駄をなくすことが重要なんです。TechniCaptureでは、監督者と新人が互いの動作をアバターで視覚的に確認できるので、納得感をもって改善点を共有できるようになりました」(中野氏)
現場の各職場でも、Meta Quest 3の導入による変化が実感されているようです。
「『教えるのが格段に楽になった』『コミュニケーションが取りやすくなった』という声が多く聞かれます。正しい動作との比較ができるため、具体的に『ここが遅れている』とピンポイントで指摘できる。それによって、新人の習得スピードも目に見えて向上しています」(中野氏)
現在Meta Quest 3は、新人研修にとどまらず、ラインごとの作業ばらつきを分析するQCサークル活動にも活用されているとのことです。
「今後は、安全対策やリスク対応といった教育コンテンツへの展開も検討しています。また、アバターだけでなく、実際の人物の顔を見ながら共同作業できるような機能が搭載されることにも期待しています」(中野氏)
ベテランが感覚で得ていたコツを視覚化する
筆者も実際にMeta Quest 3でTechniCaptureを体験させてもらいましたが、中野氏が感じた驚きを、自分の身体でも確かに実感することができました。まず印象的だったのは、録画の開始・停止やモーション再生を行うためのコントロールパネルが大きく、非常に操作しやすい点です。また、モーション再生時にアバターを配置する位置の設定もスムーズで、ストレスなく使えました。長年にわたり産業向けのVR/MRアプリを手がけてきたホロラボだからこそ、誰にとっても直感的に扱えるUIを設計する技術に長けているのでしょう。
さらに中野氏によれば、「工具を握るとき、横から腕を回して掴むのではなく、正面から腕を伸ばして掴む。こうした動作の違いが、コンマ数秒の作業時間短縮につながります」とのこと。TechniCaptureでは、こうした腕や指先の微細な動きも正確に記録されるため、どこで遅れが発生しているのかが一目でわかります。これはTechniCaptureの機能だけでなく、Meta Quest 3の高精度なハンドトラッキング性能にも支えられていると言えるでしょう。

(製造業現場のニーズに合わせて独自にカスタマイズされたMeta Quest 3)
周囲の状況を確認しやすくするために、フェイスクッションを外して視界を確保したり、安全用キャップをかぶったままでもMeta Quest 3を装着できるようにしたヘッドストラップ構造は、まさにアイデアの結晶と言えるでしょう。また、社内ネットワークを使わずに、Meta Quest 3装着者の視界を大型モニターにワイヤレスで伝送できる仕組みも、現場からのニーズに応える形でハードウェアをカスタマイズした成果だと考えられます。

(安全用キャップを被った状態のままでもMeta Quest 3を装着できる)
以前は、こうしたカスタマイズの際に3Dプリンターで出力したワンオフパーツを使用していたそうですが、現在は剛性に優れ、コストも抑えられる市販パーツの組み合わせで対応しているとのこと。こうした工夫には、ホロラボの豊富な知見が活かされており、中野氏も「彼らは非常に重要な存在」と語っています。
取材に同席していただいたホロラボの白木氏にもお話をうかがいました。

(作業開始時に再生位置を固定するためのQRコードも自分の手で持ち運べる仕様に)
「TechniCaptureはHololens 2の時代から提供してきたアプリです。それまでは外部センサーが必要だった6DoFかつハンドトラッキングのできる単体のデバイスがリリースされたことから開発しました。今は低価格で、より高精度かつ広範囲なトラッキングが可能なMeta Quest 3/Meta Quest 3Sがあることで、従来からのお客様も段階的に切り替えていただいております。社内のネットワークに新規のデバイスを接続させることを忌避するお客様もいますが、Meta Quest 3/Meta Quest 3Sであればスタンドアローンで動かせるといったメリットもあります。
リリース当初から製造業のお客様からのお問い合わせが多く、当時から簡単に使えるシステムであることを念頭に開発してきました。またアイシン様がTechniCaptureを選んでくれたことで、『作業のスピード感を伝えるものにしてほしい』とリクエストいただいたり、やアバターの位置合わせや操作についても助言いただいたりと、など現場の需要に沿った使い方をフィードバックしていただき、アップデートを繰り返してきました。
今後のロードマップに関してはまだ明確にはお伝えできないのですが、どのような現場でも空間内に情報を表示したり、人の動きを常時記録してAIを用いた分析や活用をするなど、新たな機能開発にも取り組んでいきます」(白木氏)
ビジネスシーンにもMeta Quest 3/Meta Quest 3Sが欠かせない時代に
Meta Quest 3/Meta Quest 3Sは、コンシューマー向けに販売されているXRデバイスですが、比較的低価格でありながら高性能かつ堅牢な設計で、ビジネス用途にも非常に適した製品です。現在では、メーカーであるMeta自身が、ハードウェアとソフトウェアを統合した法人向けソリューション「Meta Horizon Managed Solutions」を展開しており、セキュリティを重視する企業や組織でも安心して運用できる環境が整いつつあります。
もし最新の新人教育ソリューションを導入したいとお考えであれば、Meta Quest 3/3SとTechniCaptureの組み合わせは、非常に有効な選択肢となるでしょう。また、企業のDX推進の一環としてXRデバイスの活用を検討している場合は、Meta Horizon Managed Solutionsについても一度問い合わせてみることをおすすめします。
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