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VTuber 2024.09.24

ここが終着点ではない 個人VTuber名取さな初の音楽ライブに見た新しい景色の予感

個人で活動するバーチャルYouTuber名取さなが、2024年9月19日、EX THEATER ROPPONGIにて1st Live「サナトリック・ウェーブ」を昼夜2公演、全編生バンド編成で開催した。

歌という新たな表現手段を得て、音楽と共に前へ進んでいくと決意した名取さなが見せた文字通り新境地のライブだった。昼夜両公演が今の彼女の環境で考え得る中で最高到達点のライブであったことは間違いない。だが、それでもまだここは終着点にはほど遠く、彼女が楽しいの先陣を切ってみんなの手を引いて歩いていく先には、きっとまだまだ新しい景色が待っている。そういった予感に満ち溢れた1st Liveだった。

※本記事においては、配信で視聴した夜公演を取材対象としていますが、元々筆者が個人的にチケットを購入して参加していた昼公演現地観覧の内容も踏まえて制作しております。

「サナトリック・ウェーブ」に至るまで

遡る事半年前、2024年3月。大団円を迎えた名取さなお誕生日イベント「さなのばくたん。-王国からの招待状-」終演後に流れた告知映像から全てははじまった。



https://youtu.be/adiQx_v-tt4?si=gK24tg6vIgZdErGj

名取さなは、2021年から毎年3月に川崎のチネチッタで単独の誕生日イベント「さなのばくたん。」を開催しているが、そのイベントでは楽曲歌唱のパートはあるものの、トークや演劇的な要素も強く、必ずしも音楽を主軸にしたイベントという訳ではなかった。

そんな彼女にとって、また、彼女のファンらにとっても、このタイミングでの「音楽ライブをやります」という宣言は大きな意味があるものだったと思う。

さらに「さなのばくたん。」は全席指定のオールシッティングスタイルで開催しているため、単独イベントでオールスタンディングのチケットが用意されるのもこれが初めてのことだった。(今回のライブは一階席がオールスタンディング・二階席が全席指定着席観覧)

そして今年3月の1stLive開催告知から当日までの半年間、名取さなと制作チームは様々な音楽的な施策を行ってきたが、その中でも今回のライブに向けた3か月連続楽曲リリースでは、曲調や雰囲気は曲毎に違えど「どれも絶対にライブ映えすること間違いなし!」というライブへの期待感が高まる楽曲に仕上げられていた。

また、「自身が今音楽活動に注力しているということをファン内外に認知してもらいたい」という意図を背景に、3曲のカバー動画のUPも本人のYouTubeチャンネルで行われた。

こうした施策を通して、彼女の歌手としての技量の向上等がファン内外に評価を受けながら迎えたのが今回の1stライブだった。

名取さながバンドメンバーと共に舞台に立つ意味

当日の配信映像冒頭では、これまで名取さなが自身の活動を通して関わってきた企業のCMが流れた。また現地会場には彼女とこれまで関わってきた企業や関係者からのスタンドフラワーも多く出ており、彼女の誠実な活動によって多くの企業や関係者と良好な関係を結びながら、ここまでの道のりを歩んで来たという事実を視覚的に実感した。


(マウスコンピューター社 クリエイターPC「DAIV」CM)

そして前述のライブの注意事項スライドも流れつつ、開演時間が近づいてきたところで、「さなちゃんねる」発のオリジナルキャラクター西郷・R・いろり(CV:名取さな)が場内アナウンスを行い、即興で現地のお客さん達の反応もその場で拾いながらライブ中の諸注意を伝えた。また昼公演から夜公演の間に「#名取さな1stLive」がXのトレンド1位になったことにも触れ、単なる諸注意だけに留まらないライブ感のあるトークを披露した。

そして、西郷・R・いろりのアナウンスの後、バンドメンバーが登壇し、程なくしてライブがはじまった。


(冒頭名取さな登場シーン)

(1曲目「ファンタスティック・エボリューション」)

この画像からステージ構成を見ると、名取さなの立つ床面(とスクリーン全体)は、バンドメンバーのいる実際の床面と比べてかなり高めに配置されているのがわかると思うのだが、この施策によってスタンディングの1階席後方からでも名取さなの姿がものすごく見やすくなっていた。

一方バンドメンバーの姿は観客に埋もれてほとんど隠れていたので、もし名取さなの立つ床面がバンドメンバーと同じ高さであれば、おそらく1階席の中後方からは小柄な彼女の姿はほぼ全く視認できなかっただろう。

事前に配信等で彼女から「今回のライブは少しでも多くの人が見やすくなるようにステージ構成も考えています」との話があったが、それはこういうことだったのか……!と納得した。

そして意外だったのは、本ライブのステージ構成がとてもシンプルだったことだ。例年の「さなのばくたん。」ではいつもポップで豪華な3Dステージを組み、映画館という現実の会場空間から大きく逸脱するショーステージを作り上げているが、今回のライブではこの「EX THEATER ROPPONGI」というライブ会場で、バンドメンバーと共にこのステージに立つ、ということに対して非常に重きが置かれているように感じた。

しかしそれはもちろん「彼女がポンといるだけのスクリーン」を配置しただけでイージーに実現されたわけでは全くなく、「彼女が、リアル空間のこのステージに、バンドメンバーと共に立っている」という状態を極限にリアルに実現するための緻密な演出がなされていたことが随所に感じられた。その中でも一番大きいと感じたのはライティングだ。現実のステージのライティングや演出意図と連動した光源がおそらく彼女のいるバーチャル空間内でも配置され、またステージが暗転中でもうっすらと彼女の姿が視認できるようになっていた。(それ以外にも今回の照明と投影スクリーンに関しては様々な技術が駆使されているようだ)


(暗転中のステージ。画像だと大変わかりにくいが、よく見ると中央にうっすらと彼女の姿が見える)

バーチャルでスクリーン越しの出演であるからには、リアルのアーティストのライブでは不可能な演出であっても実現可能かつ、それを実現するに足る技術も十二分に持っているであろう制作チームの下で、それでもこの限りなくシンプルなステージ構成で本公演を実施したのは、リアルのバンドメンバーと、バーチャルの名取さなが身一つでステージに立つということと、そこで鳴らされる生の音楽そのものを会場のお客さんに楽しんで欲しいという意図があったのではと感じた。お客さんに「ショーの鑑賞を楽しむ」ではなく、「ライブを楽しむ」をやって欲しい、という。

楽曲の話に移ろう。1曲目は「ファンタスティック・エボリューション」、2曲目は「惑星ループ」だった。

1曲目の「ファンタスティック・エボリューション」。これは前述した3か月連続楽曲リリースの際に発表された曲で、その時点でもう「これは絶対にライブ映えする楽曲だろう!」という確信の持てる曲だったが、実際に生バンドでのライブで、かつ生のお客さんの歓声も入った状態だとさらにすさまじく曲としての強度が高まっていくのを感じた。

そして、1曲目からして、すでに昼公演とはセットリストが違っていた。昼公演は2曲目がこの「ファンタスティック・エボリューション」昼公演では1曲目だったがこの夜公演では2曲目として披露されたのが「惑星ループ」だ。

この曲はナユタン星人が制作した楽曲のカバー曲だが、名取さなファンにとって思い出深い曲だ。というのも、2018年に、チャンネル登録者10万人突破を記念してファンに感謝を伝えるべく彼女が初めて制作したカバー動画がこの「惑星ループ」だったからだ。

このカバー動画は、MIXから動画制作まで全て彼女一人の手によって制作されたものだが、オリジナル楽曲かカバーかを問わず「(今の)自分がその曲を歌う意味」「聴いてくれた人・見てくれた人にどういう想いや感情を手渡したいか」を重んじた名取さなの音楽活動はこの時点から現在まで一貫している。彼女の活動史においてその原点となるのがこの「惑星ループ」カバーだ。

最初にこの動画をUPした時は名取さな本人も含めきっと誰も想像しなかったようなステージに、およそ6年の時を経て立ち「惑星ループ」を歌う彼女を見て、変わったこと、変わらなかったこと、その両方に自然と思いを馳せられる空間になっていたのではないだろうか。

3曲目は「ライアーダンサー」。

こちらもカバー曲で、しかも昼公演では披露されていない楽曲だ。例えば

嘘が先か 真が先かなんてさ
いつか来るその日を前にはどちらも
変わらない

見かけだけの造花も
心動かすのさ

という歌詞は、「生まれついての本物ではなかったとしても」というテーマをここ1~2年でたびたび自身の活動で取り上げる彼女に通ずるところの大きい歌詞だ。最近までこういった楽曲の歌唱例はほとんどなかったはずなのに、いつの間にかこんなにロックな曲を力強くかつ違和感なく歌い上げるようになっていて、そこにも驚愕した。

一度目のMCに入る時点でもうすっかり、(バンドメンバーを除いた名取さなの出演に関しては)スクリーンライブであることを忘れ、「彼女本人がバンドメンバーと共に今このステージに立っている」としか思えなくなってしまっている自分に気づいた。ステージを見てそう感じていたのはきっと私だけではなかったはずだ。

そう感じさせるのは、彼女の歌唱やトークを含めた、バーチャルYouTuberとしてのステージングのスキルの高さと、それを支える制作チームの様々な技術的な支えによるところがまず大きいだろう。さらに、バンドメンバーや現地会場のお客さん達の「生きた生身の人間がいる」ということによって生じる””実在の説得力””の大きさも改めて感じた。

そして映画や演劇等と同様に、その表現が圧倒的なものであればあるほど、観客の私達がその世界の中にのめり込めばのめり込むほど、「それが虚構か現実か?」ということはもはやどうでもよくなってしまうのかもしれない。

このMCでは、昼公演でも触れられたARカメラ(※VTuberと現実の景色を重ね合わせ、本人が本当に舞台に立っているかのように見せる技術を実装したカメラ)の実装について改めて触れられた。



(ARカメラ撮影映像)

舞台下手側、主に名取さなを真横のアングルで撮影するようにARカメラは設置されているようで、背景をよく見るとEX THEATER ROPPONGIの舞台機構や照明がそのまま映っているのが見える。今回のライブは舞台装置がシンプルなため、気にして見ないと少し気づきにくいが、よく見ると実際の会場の照明の変化と同様に背景も変化しているのがわかる。

このARカメラで撮影した映像は配信でのみ使用されているが、特に現地観覧の後に視聴すると「やっぱりあのステージ上にほんとに……居たんだ」という確信を強めるような、実在感の強い映像だ。このARカメラの技術が個人VTuberのライブで実現していること自体が異例のことではないだろうか。

このARカメラは元々はライブ直前まで実現の可否が不明だったが、制作チームの尽力によってなんとか実現できたとのことだった。(ただし「マルチアングル視聴可」のチケットでもこのARカメラの視点は通常配信映像でしか視聴できないため注意。マルチカメラアングルで定点視聴できるのは現地会場のリアルカメラで撮影している3視点のみだ)

通常配信視点(この画像のスクリーンショット時はARカメラ視点を表示中)

マルチカメラ1

マルチカメラ2

マルチカメラ3

なおYouTubeでの冒頭無料公開はこのMCまでだった。


(「え~!」と言いながらペンライトを青色に点灯させ、YouTubeの冒頭無料が終わってしまう悲しみを色で表現するファンと「『え~!』って、あんたたちには関係ないよね?」とつっこむ名取さなの様子)

そして次の曲へ。「私論理」と「夜を待つよ」そして「オドループ」。3曲ともカバー曲だ。

どれも夜の雰囲気のある楽曲群だ。「私論理」と「夜を待つよ」は、普段の彼女の軽快なお喋りやSNSのポストからはこぼれ落ちたような、夜の情景や感情の乗った歌唱だった。

そしてその2曲で歌った感情を内包したまま「オドループ」へ。直前2曲で歌われたような感情を内包しつつもそのままでは終わらせず「踊ってない夜が気に入らないよ」と歌いながら踊るこの曲順に彼女らしさを感じた。またオドループでは彼女作のオリジナルキャラクター「うさちゃんせんせえ」達がダンサーズとして参加していた。

MC中に行われた曲紹介では、名取さなとの共演歴のある花譜と星街すいせいのことにも触れつつ(「私論理」は花譜の楽曲、Midnight Grand Orchestra「夜を待つよ」は星街すいせいが歌唱を担当している楽曲だ)、各曲への思い入れや各曲を本ライブのセットリストに組み込んだ理由などを楽しげに説明していた。そして「次の2曲は会場のお客さん限定で写真・動画撮影OKです!」という案内があり、名取さなのオリジナル曲「弱酸性ラジオブレイク」へ。

こちらは、名取さなが文化放送で毎週木曜に行っている地上波ラジオ「名取さなの毒にも薬にもならないラジオ」のために書き下ろされた楽曲だ。このラジオの楽しさや面白さをぎゅっと1曲に詰め込んだ、ポルノグラフィティ『ミュージック・アワー』の名取さなバージョンとも言えるような曲だが、曲の途中で観客から「え~!?」という声が起きる場面があった。

というのも、原曲ではどくラジネーム「名取”インターネット”さなさん」がお悩みを話す歌詞になっているのだが、このライブでは「名取”お祭り”さなさん」からのお悩みになっていて、しかもそのお悩みの内容も原曲の歌詞とは全く違っていたのだ。

「さなちゃんねる夏祭りでおしりぷり音頭の振付をみんなにレクチャーしたのにコメントがドン引きしていてムカつきました!こうなったら会場の人に踊ってもらうしかない!」と言った瞬間、曲中にも関わらず止まる音楽。一瞬の静寂の後客席から巻き起こる「え~!?」という声。そして鳴り響く「ドン・ドン・ドン・ドドン・ドドン」という和太鼓の音。事態を察知した観客が上げる歓声。そしてスーッとステージに登場するのは、台車に乗った和太鼓と奏者……。そう、「おしりぷり音頭」だ!!

(ステージに入場する和太鼓と奏者の樋口 幸佑)

この楽曲は名取さなのオンラインイベント「さなちゃんねる夏祭り」をきっかけに生まれた楽曲だ。(歌詞の内容に気づきさえしなければ)本当に盆踊り会場で流れていても全く違和感を感じないような曲と名取さなのこぶしの効いた歌唱で、先ほどの「弱酸性ラジオブレイク」内でも触れられていた通り振付もしっかり用意されている。

「『おしりぷり音頭』というタイトルで、おしりをテーマにした歌詞の音頭を作って盆踊りをする。」これだけを聞いたら思わず「ふざけてる!」と言ってしまいそうなところだが、ただそれを名取さな本人と制作チームが一丸となってここまで本気でやられてしまうと、もう「すごい……」としか言いようがない。


(「おしりぷり音頭」の歌詞に合わせて本当に会場に打ち上がる火花)

「おしりぷり音頭」を最後までやり切ると、演奏は中断した「弱酸性ラジオブレイク」の続きに戻る。たださっきと違うのはおしりぷり音頭の和太鼓がそのまま参加し、「弱酸性ラジオブレイク」和太鼓ありver.になっているところだ!

そのまま和太鼓と共に「弱酸性ラジオブレイク」の演奏・歌唱を終え、その後のMCでは和太鼓の演奏を担当しているのは今日のライブにドラムとバンドマスターとして参加している樋口 幸佑で、しかも樋口は今回和太鼓初挑戦だったという旨が紹介された。

そして新曲。鹿あるくが作詞作編曲を担当した「ノーゲスト、イン、ザ、テアトロ。」へ。先ほどまでとは打って変わって静かなイントロから曲がはじまる。

「””みんな””の前にいない時の名取さなは一人何を思うのか」ということに思いを馳せてしまう楽曲だ。素直でありたい気持ちとあまのじゃくな気持ち、感じる寂しさと喜びがどちらも嘘ではないこと、そういった真反対の感情の狭間でそれでも、この愛と共に前に進みたいと心から思っていること。彼女の中にうずまくそういった様々な感情を一つもとりこぼすことなく音にしたような楽曲だった。

続く「アマカミサマ」。「ノーゲスト、イン、ザ、テアトロ。」で喜怒哀楽ないまぜの本心を丁寧に歌い上げた直後に「昨日 言いすぎちゃった/ついつい本当のことを」から始まる曲を歌うのが少し面白く、そしてそこに名取さなっぽさを感じる。「アマカミサマ」は2021年リリースでファンにはお馴染みの楽曲だが、今日ここまでに演奏された楽曲群を経て聴くと、当時よりも

それでも言いすぎちゃった
自分の本音と素顔
嫌われたって平気だ なんて嘘だよ

という歌詞の「本音と素顔」についての理解が深まってきているように感じた。また、直前の「ノーゲスト、イン、ザ、テアトロ。」がお客さんのいない劇場での名取さなの情景であるとするなら、「アマカミサマ」はどちらかと言えば人前にいる時の名取さなについての曲かな……? と考えることができたりなど、曲の深度が深まり既存曲の新たな一面を発見できる良い曲順だと感じた。

そしてMCを挟み「パラレルサーチライト」「面影ワープ」「オヒトリサマ」へ。このブロックでは「面影ワープ」だけがカバー曲だ。

「パラレルサーチライト」は配信だと歌詞の「ああ 私が連れて来たいつもの色」のタイミングで、ペンライトの光で染まった客席が映し出されるところが美しかった。

今回この曲に限らず、ただこの「パラレルサーチライト」で特に強く感じたことだが、そんなにバンドサウンドのイメージがない原曲であっても、本ライブでのバンドアレンジはその原曲の良さをしっかり残しつつ、ただ、ライブという環境で観客や名取さな本人の感情がより乗りやすくなるアレンジと演奏になっている。そこに、今回のライブの秀逸さを感じた。

そして「面影ワープ」カバー。夏の終わりや夕方の気配のある曲で、ライブ終盤、この楽しい時間はきっともうすぐ終わってしまうんだという予感や情景が重なる曲だ。その切なさのまま次の曲へ…と思いきや不穏に高く鳴り響くギターの音……。

「オヒトリサマ」だ!!
「このまま終わらせねえよ!!!」と言わんばかりに激しく鳴る前奏。力強く孤独への賛歌を歌い上げた。

本編ラストのMCでは、ここまでの名取さなの音楽活動にまつわる歩みについてが本人から語られた。活動当初は音楽活動をメインに活動していくつもりは全然なかったこと。最初の「惑星ループ」のカバー動画を作る動機は歌うこと自体よりも、「惑星ループのカバー動画を作ってみたい」という気持ちの方が大きかったこと、だけど今は、上手く話せないような気持ちをみんなに伝えることができる音楽や歌をがんばりたいと思っていること。そして次に歌う曲は「名取の音楽活動は、このライブが終着点ではなくて、これからもずーっと続いていくんだ!っていう思いを込めて」名取さな自身が作詞したことなどが、言葉を尽くして伝えられていた。

そんなMCの後、本編ラストの曲はこの日発表の新曲。名取さな作詞、森本練作編曲の「ソラの果てまで」。彼女の澄んだ高音が、本当に空の果てを思わせるような楽曲で、伝えたい気持ちがあるということや諦めていた日々について、全て捨ててしまわずに前に進みたいと、まさにこの日の昼夜両公演でオリジナル、カバー、様々な楽曲を通して歌って来た想いや過去と現在、そして未来への決意を、改めて彼女自身の言葉で高らかに歌った。

曲中に空を舞う金テープ。以前配信で「テープが飛ぶ演出をやってみたい!」という旨を話していた彼女とそれを聴いていたファンらの夢が一つ叶った瞬間だ。アンコールの後、最初は今日のバンドメンバー紹介へ。名取さなは、ライブTシャツの白バージョンを着用していた!

アンコール1曲目「さなのおうた。」は、名取さな最初のオリジナル曲だ。元々は名取さなファンのファンアートからはじまったという出自を持つこの曲は、現在に至るまでずっと変わらない名取さなと「せんせえ」達のアンセムだ。

この楽曲は彼女の活動の原点の一つでありながら、誕生日を迎えるたび、新しいステージに立つたび、「わたしここまでこれたよ 本当にありがとう」という歌詞の情景が更新され続ける。そんなところも素晴らしい。

アンコールのMCでは、ライブTシャツのアレンジのこだわりなどが語られた。(今回の3D実装もさえきやひろが担当しているとのこと。

この日本当に最後の曲は「足跡」だ。疾走感がありつつも優しく、全ての感情を包み込むような夕焼けの情景が浮かぶ曲で、このライブを見た一日の楽しかった思い出が走馬灯のように頭の中を流れていく歌唱と演奏だった。

ついに演奏が終わり、最後の挨拶を交えつつこのライブが終わってしまうことを会場にいる誰よりも名取さなが一番惜しみながらステージを後にした。

名取さなの1stLiveが終わった。まず思ったのは、本当に全く別物のライブだったと言っても過言ではないぐらいセットリストが昼と夜で全く違っていたということだ。

 

こういった初ライブは、自身のオリジナル曲でセットリストを埋め、どうしても曲数が足りない場合に数曲カバー曲を演奏するというのが定番の形だろう。しかし、名取さなは、1ライブを全て自分のオリジナル曲で公演できるほどの曲を持っている。彼女が、自身の楽曲の演奏を昼と夜に二分割してまで、なぜ敢えて他アーティストの曲をここまで起用したのかを考えると、昼夜両方の配信チケットを販売しているという興行的な理由だけではなかったはずだ。それ以上に、「今までの名取さなの枠だけに留まらない最新の名取さなを表現するためにはその方が良い」という判断があったからではないだろうか。今までの名取さなの楽曲群は全体的に明るくポップで、喜怒哀楽で言えば「喜」「楽」を想起するような楽曲が多かったように感じるが、今回のライブでは「喜」「楽」以外の感情や情景が、他アーティストの楽曲の力も借りつつ本人の新曲と合わせて幅広く表現されていたように感じる。

演出面に関しては、スクリーンの映像を使った演出だけに頼らず、照明、花火や金テープ、ジェットスモーク、花火など、リアルのライブ会場ならではの特効や演出もふんだんに使用することで、ライブの厚みや体験のリッチさをもたらしていたように感じた。

そしてそういったライブ本編の内容の良さについてももちろんだが、事務所にもグループにも所属せず、無所属個人でありながら企業との協力体制を得て、この規模の会場で現地チケット即完売の集客とこのクオリティのライブを実現させたのは、もはや個人VTuberというくくりがなかったとしても個人として異例の事態であることは間違いないだろう。

さらに驚愕するのは、活動7年目にして、個人勢バーチャルYouTuberのライブとして考え得る中でもここまで最上級のライブを行ってもなお、名取さなのキャリアハイはまだここではないという予感に満ちていることだ。

音楽と歌という新たな表現手段を手に入れた名取さなが新たな決意とともに、楽しいの先陣を切ってみんなの手を引いて歩いていく先には、きっとまだまだ新しい景色が待っている。そういった予感に満ち溢れた1st Liveだった。


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