2026年3月9日から13日にかけて、サンフランシスコのMoscone Centerにて世界最大級のゲーム開発者向けカンファレンス「GDC(Game Developers Conference)2026」が開催された。着せ替え人形の「バービー」やカードゲーム「UNO」で知られ、80年の歴史を持つ世界的な玩具メーカーであるMattel(マテル)によるセッション「Mattel’s Future of Play: How Iconic IP Scales Across Platforms in a Digital-First World」の模様を詳細にレポートする。
世界的なIPを多数保有する老舗企業が、いかにしてRobloxやFortniteといったUGC(ユーザー生成コンテンツ)プラットフォームや最新のAI技術と向き合い、デジタル第一なエンターテインメント企業へと進化を遂げようとしているのか。その戦略の全貌が語られた。
ピンク色のペンキが店から消えた 映画『Barbie』大ヒットの裏で
このセッションで聞き手を務めたのはゲームメディア「GamesBeat」の編集ディレクター、ディーン・タカハシ氏。マテルのSVP兼Global Head of Digitalを務めるマーカス・リアサイデス氏は、元起業家だ。彼はYouTubeが誕生する以前の2003年に動画配信の企業を立ち上げ、アメリカのMove Networksへの事業売却などを経ており、テクノロジーの急速な発展をその目で目撃してきた。

(聞き手のディーン・タカハシ氏(左)とマテルのマーカス・リアサイデス氏(右))
タカハシ氏が、マテルのような物理的な製品を売る大企業がデジタル・ファーストの姿勢を鮮明にしていることについて質問すると、リアサイデス氏は「どんなビジネスであれ、今やデジタルでのアイデアを考え、テクノロジーを取り入れる必要があること自体は驚くことではない」と前置きしつつ、物理的な玩具とデジタルの関係性について語った。彼にとって、デジタルでの遊びは物理的な遊びを代替するものではなく、「伴侶(コンパニオン)」であるという。
CEOのイノン・クライツから「大企業の中で起業家として振る舞い、大きく大胆に考えるよう」挑戦を受けた彼は、自社の強力なIPをデジタル領域で展開する戦略を推進している。その戦略の重要性を痛感する大きな契機となったのが、映画『Barbie』の歴史的な大ヒットである。タカハシ氏が「タイムズスクエアがBarbieで溢れ返っていたが、ゲームはどこにあるのかと感じた」と指摘すると、リアサイデス氏は深く同意した。「セットの塗装で金物屋からピンクのペンキがなくなったという話まで聞くほど巨大な文化的瞬間だったにもかかわらず、私たちは映画を囲むべき他のデジタル体験の準備ができていなかった」
Mobile、PC、Consoleなどのプラットフォームで十分なデジタルな遊びの体験を提供できなかったことは、マテルにとって大きな教訓となった。この反省を踏まえ、2026年6月5日に公開を控える『Masters of the Universe』の新作映画では、劇場の外や自宅でもファンをサポートし、体験を構築できるよう入念な準備を進めているという。
物理とデジタルは並行して存在することが重要
次なる話題は、マテルのデジタル戦略の具体的な内容に移った。リアサイデス氏は「私たちはデジタルに全力で取り組んでおり、非常に強気である」と断言し、現在のデジタル戦略における3つの大きな柱を説明した。第一の柱は、外部スタジオと協力したライセンス・ゲームの開発である。第二の柱は、自社パブリッシング部門の立ち上げと、Mobile向けの基本無料ゲームへの投資である。そして第三の柱が、RobloxやFortniteといったクリエイタープラットフォームの活用である。
特に第三の柱については、IPの保護とクリエイターの自由という相反する要素のバランスを取る必要があり、社内での舵取りが最も困難であったという。
「私たちは正当な理由で自社のIPを非常に保護しているが、私たちが直接管理していないプラットフォームで、クリエイターの手にIPを委ねている」と彼は語る。しかし、子どもたちが単にIPで遊ぶだけでなく、IPを使って創造したいと望んでいる現状を理解し、彼らの手に委ねるという決断を下したという。
ここでタカハシ氏は、過去に話題となった『Skylanders』や『Disney Infinity』のような、物理的な玩具とゲームを連動させる「Toys to Life」の取り組みについて質問を投げかけた。これに対し、リアサイデス氏は次のように回答した。「物理的な世界とデジタルな世界の両方で同時に機能する、自然な体験を見つけるのは非常に困難だ。そのため、私たちはそれを無理に押し進めることはしない。物理的な世界とデジタルな世界は必ずしも相互作用するわけではなく、並行して存在することが重要だ」
彼はまた、プラットフォームにこだわらない姿勢を強調した。その主戦場となるのが、月間アクティブユーザー数が合わせて5億人に上るRobloxやFortnite、Minecraftといったプラットフォームである。これらのプラットフォームには、物理的な玩具での遊びを卒業しつつある層が多く存在しており、マテルは彼らに自社のIPを体験し、関わり続けるための場所を提供することを重視していると語った。
自社IPのキャラクターを使って85本もAI動画を作ってしまった
トークセッションの中盤では、現代のテクノロジートレンドにおいて避けては通れない「AI」の話題に焦点が当てられた。タカハシ氏が、前年発表されたOpenAIとのパートナーシップの進捗について尋ねると、リアサイデス氏はマテルのAIに対する慎重かつ積極的なアプローチを明らかにした。
彼がマテルに入社した当初、いきなりAIを全面的に導入するのではなく、まずはAIについて学び、それがビジネスをどう変える可能性があるかを理解するための探求から始めたという。現在ではその段階を過ぎ、本格的な導入フェーズに入っている。マテルは本質的にクリエイティブな企業であり、人間の創造性を尊重しているため、「人間に代わるものはない」という強い信念を持っている。しかし同時に、リアサイデス氏個人としては「AIはより多くの人々がクリエイティブになるための助けになる」と確信するに至ったという。
その確信を裏付ける個人的なエピソードとして、彼は『Masters of the Universe』のキャラクター「Skeletor」の事例を挙げた。マテルは自社のIPの一部をOpenAIのプラットフォームで公開し、ファンがそれを使って創作活動を行えるようにした。リアサイデス氏自身もそのプラットフォームを試し、AIの恩恵に驚愕したという。「気づけば私自身がSkeletorの動画を85本も作成していた。以前の私ならこれらの動画を作成することは決してできなかっただろう。良いアイデアやキャッチコピーがいくつかあったおかげで、これまでにない形で創造することができた。」
彼は自身の体験を通して、AIがいかに個人の創造性を拡張し得るかを力説した。企業としてのAIツールの導入も進んでおり、開発スピードの加速といった恩恵を受けている一方で、特に子どもたちが関わる場面における安全性や責任といった課題には細心の注意を払っている。「チャットボットに関する恐ろしい話などもある中で、ユーザーを守るためにあらゆる手段を講じる必要がある」と彼は強調し、イノベーションと安全性の両立を目指す姿勢を示した。
子どもたちが最初に触れるゲームは何か?
続いてタカハシ氏は、マシュー・ボールなどが提唱する「Attention War(関心の奪い合い)」という概念を引き合いに出し、世代間のエンゲージメントの変化について質問を投げかけた。かつての子どもたちは、最初のゲーム体験として任天堂のゲーム機に触れることが多かったが、現代ではスマートフォンがその入り口となっている。このような劇的な環境変化の中で、マテルはどのように若い世代へ早期にアプローチしているのだろうか。
リアサイデス氏は、1,000以上のブランドを抱えるマテルの強みを説明した。特に『Fisher-Price』は、多くの子どもが最初に触れる玩具であり、マテルは単なる楽しさだけでなく「子どもの発達」を非常に真剣に受け止めているという。しかし、その発達の場がデジタルへと移行し、しかもより若い年齢で起こっているのが現状である。「私には9歳と14歳の息子がいるが、2人ともRobloxに住み着いており、それが彼らの遊びの体験になっている」と彼は実感も交えて語った。
安全性と発達に焦点を当てつつ、ファンがいる場所を探求した結果、必然的にRobloxやFortniteといったプラットフォームに行き着くという。マテルは最近、Robloxで『UNO』の体験を立ち上げたが、単に強力なIPを持ち込めば成功するという甘い世界ではないことも理解している。「本当に人気を集めているのは、夢中になるゲームループの方である」と彼は分析し、現在もそのプラットフォームにおける成功の公式を模索中であると率直に認めた。
また、自社パブリッシング事業の強化という観点から、大きな動きもあった。マテルは、2018年にNetEaseとの合弁会社として設立したMobile Game Studio「Mattel163」の完全な所有権を取得している。NetEaseは事業立ち上げにおいて素晴らしいパートナーであり、『UNO』『Phase 10』『Skip-Bo』といった自社IPゲームを成功に導いた。これらのゲームはすでに累計5億5000万ダウンロード、月間アクティブユーザー数2000万人という驚異的な数字を叩き出している。
リアサイデス氏はこれを「10億ドル規模のチャンスの始まり」と位置づけ、開発パイプラインのさらなる加速に意欲を見せた。さらに、玩具ビジネス全体において最も急速に成長している分野の一つが「大人向け市場」であり、『UNO Mobile』などもより年齢層の高いユーザーをターゲットにしていると明かした。
玩具で遊んでいたユーザーがデジタルを機に戻ってくるセッションの終盤のテーマは開発パートナーに求める期待の変化や、今後のロードマップについてだった。リアサイデス氏は、ビジネス展開におけるスピード感の重要性を強調した。「AIがクリエイティブなエコシステムを変えている現在、コンセプトをテストするまでの時間が重要になっている。1年ではなく3ヶ月でテストできるような強みを持つパートナーを探している」と彼は語る。
そのスピード感とファンの熱量を示す成功例として、彼が挙げたのが『Hot Wheels』のアプリである。「Hot Wheels Showcase」というコレクター向けのアプリは、事前のプロモーションを行わなかったにもかかわらず、わずか4ヶ月で50万回ダウンロードされ、2,500万台以上の車が登録されたという。物理的な玩具を卒業したファンであっても、デジタルに適切な居場所を提供すれば、深いエンゲージメントを生み出せることの証左である。
今後の展開として、マテルは今年中に自社パブリッシングのゲームを2本リリースする予定であり、今後は年間2本のペースで新作を提供していくという野心的な目標を掲げている。また、共同開発、自社パブリッシング、ライセンス・モデル、クリエイタープラットフォームの活用など、あらゆるビジネスモデルに対してオープンな姿勢を貫いており、VRやARといった新技術を用いた没入型体験にも引き続き強い関心を寄せている。
最後に、今後の遊びに最も大きな影響を与えるテクノロジーについて問われると、リアサイデス氏は改めてAIの重要性を強調した。
「AIは間違いなく、これからの数年間のGame Changerになる。私たちのブランドの次の大ヒットはコミュニティから生まれると確信している」
Robloxなどの環境でAIが機能するようになれば、プログラミングの知識がなくても、素晴らしいアイデアを持つ人々が次々と新たな体験を生み出せるようになる。「それがいつ、どこから現れるのかを見るのが非常に楽しみだ」という力強い言葉で、セッションは幕を閉じた。
物理的な玩具で80年にわたり世界中の子どもたちを魅了してきたマテル。そのデジタル戦略が今後どこまで拡大していくのか、また、それによってユーザーの“遊び”はどのように変容していくのか、注目したい。