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企業動向 2025.10.16

「なぜ京セラが?」から始まったB2Bメタバース挑戦 熱意が会社を動かすまで【XR Kaigi Hub in 大阪レポ】

2025年9月11日、XRカンファレンス「XR Kaigi Hub in 大阪」にて、京セラ株式会社デジタルビジネス推進本部の田中奈緒氏が登壇。「B2B企業のメタバース活用」をテーマに、同社のメタバースへの挑戦の歩みを語った。本記事ではその講演の模様をレポートする。

講演者紹介:田中 奈緒(たなか なお)氏

京セラ株式会社デジタルビジネス推進本部セールスマーケティング推進部メタバース技術課責任者。元ゲームプログラマーで、現在は京セラのメタバースコンテンツのプロデューサーを務める。VRChatでは「なおちー」として活動。資料のイラストも自ら手がけるなど、クリエイターとしての一面も持つ。

個人的なVRChatへの熱中が全ての始まり

「なぜ、B2Bが主軸事業である京セラがメタバースに取り組んでいるのか?」

講演は、多くの人が抱くであろうこの疑問から始まった。その答えは、田中氏自身の個人的な体験に遡る。2019年5月に発売された一体型VRヘッドセット「Oculus Quest(初代)」を発売日に入手した田中氏は、そこで出会ったソーシャルVRプラットフォーム「VRChat」に夢中になったという。

「インストールしてやり始めたら、もうめちゃくちゃハマったんですね。昔から使っているニックネーム『なお』でログインしてみると、10代とか20代の若いユーザーの方々から一斉に声をかけてくださったんです」

人狼ゲームや雑談を通じて友人が増え、自身でもワールド制作を始めるなど、田中氏はVRChatの世界に深くのめり込んでいった。当時はまだ「メタバース」という言葉が一般的ではなかったが、VR業界で就職する「VR就職」という言葉が生まれ始めるなど、新たな可能性の萌芽が感じられる時期だった。

この個人的な熱中が、会社の事業へと繋がる転機は2021年末に訪れる。世界は新型コロナウイルスのパンデミック下にあり、まん延防止等重点措置によって不要不急の外出自粛が叫ばれていた。社会全体が閉塞感に包まれる中、同年10月にFacebookが社名を「Meta」に変更。これを機に、世界的なメタバースブームが巻き起こった。この大きな潮流を受け、京セラ社内でも「メタバースに取り組もう」という方針が谷本社長から打ち出される。この瞬間、田中氏の中で個人的な情熱と会社の方向性が結びついた。

「これでVRChatの、京セラワールドを作るチャンスじゃないか」一人の社員の熱意が、巨大な組織を動かす挑戦の始まりであった。

半年間の苦闘と「CSR」という光明

「そう簡単に話は進まないわけです」

メタバース企画を実現するためには、会社の製品や取り組みをPRするコンテンツでなければならない。製品をアピールしたい事業部を探し、企画書を作り、予算を獲得する。前例のない取り組みであるがゆえに、その道のりは平坦ではなかったという。

田中氏はメタバースの熱狂的なバズがすぐに収束してしまうのではないか、他のB2B企業に先を越されてしまうのではないかという焦りを抱えながら、半年にもわたって社内を奔走する。コンシューマー事業を手がける部門に声をかけるも「全く興味がないという状態」で、B2Bの主力事業部門からは「メタバースはちょっと早い」とCGムービーの制作を依頼される始末。まさに暗中模索の日々が続いた。

風向きが変わったのは2022年の初夏。切削工具を扱う部門から「秋の展示会を盛り上げるために、メタバースで事前体験をやってみよう」と声がかかったのだ。ようやくスタートラインに立った田中氏だったが、最大の壁は「予算獲得」であった。

「当然の指摘ですが、上司から『VRChatでのワールド公開を何のためにやるの?』という話がされて、答えに窮していたわけです」

当初、「展示会ブースの客寄せパンダ」「将来的なオンライン商談会実現に向けたケーススタディ」といったコンセプトを掲げたが、いずれも承認は得られなかった。数十社に及ぶ外注制作費など、多額の投資に見合うだけの明確な理由が求められたのだ。

数ヶ月に及ぶ議論の末、突破口となったのが「CSR(企業の社会的責任)」という切り口だった。

「社内でもサステナビリティやCSR等をアピールする目的ならできるのではないかという結論になりました。ここでようやく予算がおりたのです」

カーボンニュートラルへの取り組みや海洋資源の調査・保護への貢献など、事業活動を通じて社会課題の解決に貢献する京セラの姿勢をアピールする。このコンセプト転換が、逆風の中にあった企画を後押しし、ついに正式なプロジェクトとしての一歩を踏み出すことになったのである。

“押しかけ女房”的な制作が社内の壁を壊した

多くの困難を乗り越え、2022年11月、京セラ初となるVRChatワールド「切削工具紹介ワールド」が公開された。リアルな展示会ブースの出展と連動し、バーチャル空間で同社の製品技術に触れられるこのワールドは、大きな注目を集めた。谷本社長もアバターでワールドに登場し、社内外へのPRに努めた。

多くのネットメディアに取り上げられ、京セラの谷本社長自らがアバターでワールドを訪れるなど、PR活動も積極的に行われた。この反響を受け、田中氏は「これで社内から『うちの部署もやりたい』と言ってくれるのでは?」と期待を寄せたが、現実は甘くなかった。社内からの反応は「全くなく」、再びアピールしたい事業部を探す日々が始まった。

この状況を打破したのは、またしても田中氏の行動力だった。

「この頃には上司との信頼関係が通っていまして、レーザー製品を作っている部門や、開発販売している部門に押しかけ女房的なかたちで近づきました」

当時の役員であった上司の後ろ盾を得て、レーザー製品部門にワールド制作を提案。2023年6月、第二弾となる「京セラレーザーワールド」の公開にこぎつけた。このワールドもまた多くのメディアに取り上げられ、SNSでも好評を博した。

そして、この“押しかけ女房”的な成功が、ついに社内の分厚い氷を溶かし始める。社内の各部門から「VRChatのワールドを作って欲しい」という依頼が舞い込むようになったのだ。

チーム発足で加速、でもB2Bは不人気?

社内からの依頼が増加したことで、ついに専門チームが正式に発足。「桃太郎のように仲間が増えていきました」と田中氏は嬉しそうに語る。3Dモデラーやエンジニアといった仲間を迎え、4人体制の「メタバース技術課」へと発展した。

体制が強化されたことで、これまで外注が中心だった制作業務の内製化が飛躍的に進んだ。企画立案やコンセプトデザイン、製品モデル作成に加え、機密性の高い製造ラインのモデルやアニメーション、さらには小規模なギミックやシェーダー、ワールド制作そのものまでチーム内で完結できるようになった。

これにより、京セラのメタバース展開は一気に加速する。2024年1月の「高耐久スマホ紹介ワールド」、同年8月の「ファインセラミックス紹介ワールド」、そして2025年6月には「製造技術紹介ワールド」と、継続的に質の高いコンテンツを世に送り出している。これらのワールドの総訪問者数は延べ4万人を超え、B2B企業の取り組みとしては確かな手応えを感じさせる結果となった。

継続的に公開されている京セラのVRChatワールド。しかし、と田中氏は冷静に現状を分析する。

「エンタメ系のワールドっていうのは訪問者数が100万人などは珍しくなく、B2Bのメタバースはマイナーなコンテンツだと感じています」

その理由を「VRChatは可処分時間の中で娯楽を楽しむ空間であり、製造業のマニアックな話題は真面目すぎて、興味を持てない」と語る。ユーザーが求めるエンターテインメントと、企業が発信したい情報の間に存在するギャップが確かにあるのだ。

「バーチャル社会科見学」という新たな価値

B2Bコンテンツならではの難しさに直面する一方で、田中氏は全く予期していなかった場所に新たな可能性を見出す。それは、教育分野での活用だ。

「大学の整備や高校の課題授業、見学ツアーなどで活用したいというお話が寄せられました。バーチャル社会科見学に需要があるというのは、CSRとして意義深いのではないかと、この時は思いました」

普段は目にすることのできない最先端の製造現場や技術を、地理的な制約なく体験できる「バーチャル社会科見学」。これは、未来を担う若い世代にものづくりの魅力を伝える機会となる。当初、予算獲得のロジックとして掲げた「CSR」が本質的な価値となった瞬間だった。

京セラの挑戦は、さらにその先を見据えている。チームでは、メタバース制作で培ったスキルセットを活かし、製品設計や製造ラインの検証を行う「デジタルツイン」や、ウェアラブルデバイスの活用といった、より事業の根幹に近い領域での展開も検討しているという。講演の最後に、田中氏はB2B企業や製造業の企業へ共創を呼びかけた。

「B2Bのご担当者様から『どうやって会社を説得したのか?』と、ご相談をいただきますが、是非一緒に取り組めたら良いなと思ってます。B2B企業、製造業の皆さんとメタバースを始めとしたXRを盛り上げていきたいです」

国内最大級のカンファレンス 「XR Kaigi 2025」が東京で開催!

そして、年間の締めくくりとして、国内最大級のカンファレンス「XR Kaigi 2025」が東京ポートシティ竹芝で開催されます。バーチャル領域の担い手がノウハウや技術をシェアし、繋がり、高め合うことを目的とした本イベントに、ぜひご期待ください。

  • イベント名: XR Kaigi 2025
  • 開催日程: 2025年12月1日(月)~3日(水)
  • 会場: 東京ポートシティ竹芝(ポートホール・東京都立産業貿易センター浜松町館)
  • 公式サイト: https://www.xrkaigi.com/

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